海外の周産期事情を知る

先日、国境なき医師団の広報活動の一つとして、春日部共栄中学校の生徒さんに2015年と2018年に行ったナイジェリアミッションについてお話しさせてもらいました。

国境なき医師団は、非営利の医療・人道援助団体で医師とジャーナリストによって1971年にフランスで設立されました。今年で設立50周年を迎えます。また1999年にノーベル平和賞を受賞した医療組織でもあります。

主な活動は緊急医療援助のほか、証言活動も重要な活動でして、説明責任と透明性を遵守し独立性、中立性、公平性のある活動を行っています。

活動する地域の半数がアフリカを占め、私院長も2回のミッション・派遣がギニア湾に面したナイジェリアでした。

ではWHO・GHOによる統計から周産期事情を見てみましょう。

Infant mortality rate(乳児死亡率)に注目しましょう。1000出生あたり、日本は1.80に対し、

ナイジェリアは74.16と、もう桁が違いますよね。「ナイジェリアで分娩したら、あなたが生まれる子の致死率が74倍上がります。」と言われたらどう思いますか?

また、内外が混沌としているアフガニスタン。つい1ヶ月前に私のメンターである看護師(女性)がミッションを行ってきました。世界各国がタリバンを政府として承認するかどうかと言っている間にも、多くの家族と赤ちゃんの立場が危うくなっています。

コロナ禍で海外へ目を向けることが難しい中、今回の講演を聴いてくれた中学生の皆さんが少しでも「海外の周産期事情」を垣間見え、また感じてもらったのかな、と思います。

赤ちゃんの歯のケアについて

こんにちは、副院長の石田です。

皆さん、普段の歯磨きはきちんとされていますか?虫歯になると痛いし歯医者さんに通わないといけないしで何かと大変ですが、人生100年時代にあって歯の健康はQOL(生活の質)を維持するためにもとても大切です。ちなみに交通事故などの賠償請求額の判例からすると、社会的には歯1本辺り概ね100万円前後の価値と考えられているようでした。歯の数が大人で30本前後なので全部で3000万円と考えると改めて大事にしないとという気にもなるでしょうか?というわけで本日は大切な赤ちゃんの歯のケアについて書いていこうと思います。

虫歯についての基礎的なお話

虫歯は主に歯の表面に付着したミュータンス菌やソブリヌス菌などが食べ物に入っている糖分を酸に変えることで歯を溶かす感染症です。文部科学省の統計によると5歳までに虫歯が見つかった子供は治療後も含めると30%程度に確認されていますが、ある論文によると虫歯は気管支喘息より多い可能性があるともされており、とても他人事ではありません 1)2)。子供の場合は放っておくと痛みなどの症状や歯の喪失から摂食、会話、学習の障害に発展することがあると考えられており注意が必要です 3)。

虫歯のリスク因子

産婦人科のブログということで小さな赤ちゃんでのリスクを挙げると、夜間の授乳、お菓子や甘い飲み物の消費、シロップ薬の長期使用などがあります 4)5)6)7)。また、環境因子で言うと両親に虫歯がある、家庭内に喫煙者がいるなどは子供が虫歯になる確率を上げることで有名です 8)。逆にフッ素塗布を行うと虫歯になりにくくなることから強くお勧めされています 9)。

歯科受診はいつから?

個人差がありますが、歯は生後6〜9ヶ月頃から生え始めるので、日本では概ね1歳を過ぎた頃から歯科受診することがお勧めされます。その後の歯科検診の受診頻度は定まったものが見つからなかったのですが、米国小児科学会によると3歳までは半年おき、その後5歳までは1年おきに受診してフッ素塗布をすることが勧められていました 10)。日本の歯医者さんのホームページを見ると3ヶ月おきの検診をお勧めしているところも多いようです。いずれにしても小さいうちは特に虫歯になりやすいので頻回のチェックが必要なんでしょうね。

まとめ

というわけで簡単ではありますが、子供の歯のケアについて触れてみました。よくよく考えてみれば普通は産婦人科って生後1ヶ月くらいまでしか赤ちゃんのこと診ないのになんだか偉そうに専門外のことを語ってて急に恥ずかしくなってきましたが、せっかく調べて書いたので果敢に記事を公開したいと思います。いずれにしても子供達の歯は傷つきやすく繊細です。お子さんに歯が生え始める頃になったらお近くの小児歯科を調べて受診してみましょう。

1) 文部科学省:令和2年度学校保健統計調査速報:https://www.nichigakushi.or.jp/dentist/material/pdf/toukei_2020.pdf

2) Dye BA, et al. NCHS Data Brief. 2012;(96):1-8

3) Jackson SL, et al. Am J Public Health. 2011;101(10):1900-1906

4) Warren JJ, et al. Community Dent Oral Epidemiol. 2009;37(2):116.

5) Hallonsten AL, et al. Int J Paediatr Dent. 1995;5(3):149

6) Maguire A, et al. Caries Res. 1996;30(1):16

7) P Bahuguna, et al. Eur J Paediatr Dent. 2013 Mar;14(1):55-8

8) Aligne CA, et al. JAMA. 2003;289(10):1258

9) Clark MB, et al. Pediatrics. 2020;146(6)

10) American Academy of Pediatrics. Bright Futures Fourth Edition. Guidelines for Health Supervision of Infants, Children, and Adolescents.

妊娠・出産と抜け毛

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠・出産を契機に髪の毛がごっそり抜け始める女性はたくさんいます。赤ちゃんを産むと抜け毛が増えることについてはあらかじめ知識として知っている人も多いと思いますが、実際に櫛に多量についてくる毛束やお風呂の排水溝がすぐにいっぱいになるのを見ると想像以上のインパクトに驚かれるでしょう。と言うわけで本日はこのことについて解説したいと思います。

前提知識として毛の一生(ヘアサイクル)について

脱毛のメカニズムを理解するにはまず毛の一生について知っておきましょう。毛の状態は大きく分けて3つのステージのいずれかに分類されています。

成長期(anagen):読んで字のごとく毛が伸びていく時期のことです。頭髪の場合は90%がこの成長期にあるとされており、成長速度は0.3mm/日、期間は6年程度とされていますが、これは毛の生えている場所や毛の種類によって違いがあります 1)。
退行期(catagen):退行期は成長期の最後の方に3週間程度確認されている相で、この時期には毛の成長は止まります。生えている頭髪の1%以下がこの時期にあたると考えられています 1)。
休止期(telogen):通常2〜3ヶ月続くとされており、この時期に脱毛が起こります。通常は頭髪の10%程度が休止期にあるとされており、平均で50〜150本程度の脱毛が1日に見られます。

妊娠・出産は大きなストレス

では、出産を通じて抜け毛が増えるのは何故でしょうか?これには諸説ありますが、簡単に言ってしまうと妊娠・出産は女性の心身に大きなストレスを及ぼしているということです。詳細なメカニズムにはまだ未知の部分も多いですが、出産に限らず人間が大きなストレスを感じると上記のヘアサイクルが強制的に休止期に移行し脱毛が始まることが知られています。「10円ハゲ」とかはまさにその典型とも言えますが、他に有名な原因としては急激な体重減少や大きな病気などが挙げられます。特に発熱性疾患は脱毛との因果関係がよく指摘されますが、新型コロナウイルス感染の後遺症として注目される脱毛も本質的には出産による脱毛と同じということです。(逆に高熱が出るような疾患であれば脱毛の原因になり得るので、これ自体はコロナだけに起こる後遺症ではありません。)

治療

一般的にこの手の抜け毛に対しては明らかなストレス源がある場合はそれを生活から除去することが治療の第一歩になります。ただ、出産はもちろん仕事や人間関係を始め避けることができないことも多いため、実際にはご本人のお話をよく聞いて悩みや不安を吐き出してもらいつつ上記のようなメカニズムをご説明していくという流れになります。通常は2〜3ヶ月間で多量の脱毛があったとしてもその後半年から1年程度で元に戻るので心配はありませんが、それでも長期間毛が薄いのは辛いので人によってはその間カツラなどを使用することもあります。ミノキシジルという薄毛に使用される薬剤が処方されることもありますが、この手の脱毛に対する有効性はあまり期待されていません 2)。その他鉄分のサプリメントを使用すると良くなる可能性も示唆されてはいますが、研究自体が少なくまだまだ議論の余地がありそうです 3)。

まとめ

本日は妊娠・出産と抜け毛に関してお話ししました。「一時的な抜け毛はありますが、時間とともに回復するので大丈夫ですよ。」で全てではありますが、そうは言っても数ヶ月にわたって抜け続ける頭髪に悲しい気持ちになる人がほとんどだと思います。もし目立って毛が薄くなるような時は、行きつけの美容室などで頭皮が目立たない髪型を提案してもらったり、デパートのウィッグ売り場で相談してみるといいかもしれませんね。最後に余談ですが、ストレスで脱毛することはあっても、漫画みたいに一晩で白髪になってしまうことは無いと言われています。

1) Price VH, et al. N Engl J Med. 1999;341(13):964

2) Dauton A, et al. Br J Dermatol. 2017;177-52

3) Rushton DH. Clin Exp Dermatol. 2002;27(5):396

同性愛カップルと子育て

こんにちは、副院長の石田です。

当院は産婦人科で周産期施設ですので、普段お手伝いさせていただくのは男女の夫婦のお産です。妊娠が成立するには基本的に男性と女性の交わりが必要となるため、普段産婦人科でお会いするご夫婦が男女の組み合わせになるのは(少なくとも日本では)自然でしょう。その一方で愛には様々な性別間の営みがありますが、世の中には同性愛カップルでありながらも子育てをしているカップルがいらっしゃいます。そこで本日はそうした方々の育児について少しお話ししたいと思います。

性的マイノリティーの夫婦と子育ての現状

日本のデータが見つけきれなかったため代わりに外国の統計になりますが、カルフォルニア大学の調査によるとアメリカ人の2%程度が性的マイノリティーの親に育てられたと報告されています 1)。「性」への理解が日本と比べて進んでいるであろうアメリカのデータではありますが、それでも差別や社会的排斥の恐れがあるため隠している人も少なくなく、実際にはこの数字よりたくさんの性的マイノリティーの親が子育てをしていると考えられています。では、生物学的に妊娠することが難しい同性愛カップルの場合、どのように子供を授かっているのでしょうか?これには日本では認められていないものも含めていくつかのパターンがありますが、里親制度や養子縁組を使って他人の子供を家庭に迎え入れたり、以前関係のあった異性のパートナーとの間でできた子供を引き取って同性のパートナーと再婚したりするケースがあるようです。また、女性同士であれば精子提供によって妊娠することができますし、男性同士であっても卵子提供を受けた上で代理母に産んでもらうという方法もあります。ちなみに性的マイノリティーの方が一人親として子育てをしているということも多いようです 2)。

同性愛カップルに育てられた子供はどう育つか?

性別および性的嗜好の種類は定義により様々でいわゆる”LGBTQ”だけでは収まりきらないことからその子育てについての統計を取るのは非常に難しいと思われます。ただ、同性愛者の育児に限って言えばたくさんの統計が既に出ており、精神発達や社会性の獲得においては両親の性による影響はほとんど無いことがわかっています 3)。親が同性愛者だからと言って友人関係の構築が難しくなるようなこともありません 4)。それどころか2010年の研究によるとレズビアンの夫婦に育てられた子供は他の子に比べて学校の成績が良くなる可能性が示唆されました 5)。

まとめ

簡単ではありますが、本日は同性愛カップルの子育てについてのデータをご紹介しました。日本ではまだまだ誤解がまかり通っている話であり、当事者が言われのない肩身の狭い思いをしていることも多いでしょう。しかし性別や性的嗜好は本人の個性ですし、ましてやそれらの方々が「二人の子供が作れない」ということはあっても「子育てができない」ということにはなりません。事実、私の海外の友人にもゲイでありながら子育てしている人がいますがとても幸せそうです。本来当事者からすれば「理解」という言葉を言われることも違和感があるでしょうが、是非社会全体として性別に限らず多様性というものについて理解を進めていければと思います。

1) Gates GJ. The Williams Institute, UCLA School of Law, Website.: https://williamsinstitute.law.ucla.edu/publications/lgbt-parenting-us/

2) Jerel P Calzo, et al. Child Dev. 2019 Jul;90(4):1097-1108.

3) Ellen C Perrin, et al. Pediatrics. 2013 Apr;131(4):e1374-83.

4) All children matter: how legal and social inequalities hurt LGBT families; full report. Movement Advancement Project Web site.: https://www.lgbtmap.org/file/all-children-matter-full-report.pdf

5) Nanette Gartrell, et al. Pediatrics. 2010 Jul;126(1):28-36

おひなまき

こんにちは、副院長の石田です。

みなさん、「おひなまき」ってご存知ですか?英語だと”swaddling”と言いますが、赤ちゃんをガーゼタオルやシーツなどで繭みたいにコンパクトに巻くやつです。もともとトコちゃんベルト®︎でお馴染みの株式会社青葉のおくるみ用メッシュ布の製品名だったということですが、現在では赤ちゃんの体を丸く包む方法の呼び名として定着しました 1)。ネットで「おひなまき」と検索すると写真や動画付きの分かりやすい解説がたくさん出てきますが、実際に上手にできると赤ちゃんが吸い込まれるように眠ってくれるので子育て疲れのご両親にとっては必殺技みたいなインパクトがあります。そんな便利なおひなまきですが、実は気をつけなければいけないこともいくつかあります。今日はそのことについてお話ししようと思います。

おひなまきと赤ちゃんのリスク

アメリカ小児科学会が出している”Bright Futures”という子育てのガイドライン本があるのですが、その中では「おひなまきは赤ちゃんを落ち着かせるのに有用な技術だが、その一方で全般的に勧められるものではなくなってきている。」としています 2)。その理由として代表的なものに予期せぬ乳幼児突然死(SUID)や先天性股関節脱臼のリスクが上がる可能性が指摘されています。

おひなまきと予期せぬ乳幼児突然死(SUID/ 乳幼児突然死症候群(SIDS

適切に使用されれば突然死のリスクはそれほど上がらないという研究もありますが、その一方でうつ伏せになるとリスクが12倍程度に上昇することも報告されています。うつ伏せ寝はただでさえ突然死のリスク因子として有名ですが、それに加えておひなまきをされていると手足が動かせずに仰向けに返れないことが危険度を増しているのかもしれません 。ここまでで既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、おひなまきによる突然死の危険は寝返りを打てるようになると高まると考えられています。赤ちゃんは通常5〜6ヶ月くらいで寝返りを打つようになるため(ちなみに医師国家試験では「5656(ゴロゴロ)寝返り」と覚えます。)3〜4ヶ月にはおひなまきを卒業しようねとしていることが多いですが、もう少し早く寝返りできるようになる子もいるため先述のガイドラインでは生後2ヶ月を過ぎたらやめることや、そもそも寝かしつける時にはおひなまきを解くことが勧められています 2)3)4)5)。

おひなまきと先天性股関節脱臼

出生前〜出生後の発育過程で股関節の脱臼が起こる疾患ですが、最近では出生後の要素も注目されるようになったことから発育性股関節形成不全と呼ばれるようになりました。この疾患とおひなまきの関係が複数の研究で指摘されており、特にきついおひなまきを長い時間行うとリスクが増加すると考えられています 2)3)6)。また、日本でも巻きつけるタイプのオムツが主流であった1965年以前では先天性股関節脱臼の罹患率が高かったというデータもあり、やはり足の動きを固定してしまうようなものはあまり良く無いのかもしれません 7)。そのため最近では足を自由に動かせるように緩く巻くのをお勧めされることもあります。

まとめ

というわけでおひなまきのリスクについてお話ししました。おひなまき自体は泣きじゃくる赤ちゃんが気持ちよさそうにおとなしくなったり、場合によってはスッと寝付いてくれるため育児による両親の消耗を防ぐためには有用な技術です。そして何より見た目がとても可愛いですよね。我が家でも幾度となくおひなまきに助けられました。なので頭ごなしに「やめましょう」と言うつもりはありませんが、この記事を読んでいただいたみなさんには上記のリスクも十分にご理解いただいた上で上手におひなまきを使っていただければと思います。

1) 株式会社青葉ホームページ:https://tocochan.jp/howtouse/ohina/

2) Paula M. Duncan, et al. Bright Futures. Guidelines for health Supervision of Infants, Children, and Adolescents. Fourth Edition. American Academy of Pediatrics.

3) Bregje E van Sleuwen, et al. Pediatrics. 2007 Oct;120(4):e1097-106.

4) Antonia M Nelson. MCN Am J Matern Child Nurs. Jul/Aug 2017;42(4):216-225.

5) Anna S Pease, et al. Pediatrics. 2016 Jun;137(6):e20153275.

6) A Kutlu, et al. J Pediatr Orthop. Sep-Oct 1992;12(5):598-602

7) T Yamamuro, et al. Clin Orthop Relat Res. 1984 Apr;(184):34-40