既往帝王切開後の経腟分娩(TOLAC / VBAC)をお考えの方へ

こんにちは、副院長の石田です。

全国で毎日新しい命が誕生していますが、現在日本ではおよそ20%くらいの赤ちゃんが帝王切開で生まれてきます。一度帝王切開が行われるとそのお母さんに関しては次の妊娠でも帝王切開での出産が望まれるわけですが、中には経腟分娩を希望される方も少なくありません。というわけで本日は既往帝王切開後の経腟分娩についてお話ししようと思います。

TOLAC / VBACについて

帝王切開を経験した妊婦さんが経腟分娩される際に良く出てくる言葉に“TOLAC“や“VBAC“があります。TOLACとはTrial Of Labor After Cesareanの略で、帝王切開後の経腟分娩を試すことを指します。一方でVBACはVaginal Birth After Cesareanの略ですが、こちらは帝王切開後でも経腟分娩できましたってことですね。要はTOLACをやってみて成功したらVBACと呼ばれるということなんです。紛らわしい。

TOLAC / VBACのメリット、デメリット

TOLACのメリットはなんと言っても成功した時に産後の体力回復が早かったり、帝王切開による術後合併症を回避できる点にあります。当院では帝王切開後は6日間の入院期間を設けていますが、経腟分娩であれば4日目には退院できます。産後の痛みはさておき手術による術後疼痛などもありませんし、一般的に帝王切開と比べて後が楽に過ごせることが多いです。手術による腸や膀胱などの腹腔内臓器の損傷なども経腟分娩であればありません。一方でTOLACを行う際に最も心配されているのは子宮破裂です。一度帝王切開で切られた子宮は切開部が治るときに薄くなる傾向があるため、次の妊娠で陣痛などで刺激が加わるとそこが裂けてしまうことがあるんですね。そうなると母児ともに命に関わることがあります。

TOLACのリスク評価

子宮破裂のリスクを正確に評価するのは難しいですが、通常のTOLACにおいてはおよそ0.5%程度とされています 1)。しかし、この数字は患者さんの前提条件によって上下することが知られています。例えば前回の帝王切開の際に子宮を一般的な体下部横切開ではなく縦に切った場合は破裂のリスクが約2〜3倍になることが知られています 2)。その他、赤ちゃんが大きい、予定日を過ぎてしまった、前回の帝王切開の際に子宮の傷が1層縫合だった、前回の帝王切開から今回の妊娠までの期間が短い、複数回の帝王切開歴があると言ったことも子宮破裂のリスクを上げる可能性があるため注意が必要です 3)4)5)6)。

TOLACをした方が良いのか

TOLACは諸外国では比較的広く試みられていますが、だからと言って必ずしもその優位性が日本人に当てはまるとは限りません。まず、日本の帝王切開に関しては衛生的な環境下で世界でもトップレベルの安全性が担保されています。加えて国民皆保険制度のもと品質に対して安価に受けることができるうえ、医療保険に加入されている方では補償内容によってはほぼ無料となる場合もあります。帝王切開は術後の癒着などのリスクから3回程度までを目安に案内されることが多いですが、晩婚、晩産化の流れもあって日本では4人以上出産される女性は少ないため子宮破裂のリスクを負ってまでTOLACを行う必要があるかどうかはそれぞれのご家庭の家族計画を含めて慎重に検討されることをお勧めいたします。

にしじまクリニックでのTOLACの進め方

当院では上記を踏まえてできるだけリスクを抑えた形でTOLACをお受けしています。具体的な流れとしては、ご本人とご家族からの希望をいただいた上で当院独自の基準に照らし合わせながらリスク要因を慎重に検討し、その時点でのTOLACの可否を判断します。TOLACについて相談したいという患者さんにはじっくりとお時間をとって疑問にお答えできるようにオンラインでの相談窓口を4月から開設いたしましたので是非当院のホームページをご参照ください。他施設から転院されてくる方では遅くとも妊娠16週頃からは当院での妊婦健診をお願いしていますが、これは「TOLAC可能」の判断が妊娠経過の中で変わり得ることや、リスクの高いお産になるため時間をかけてゆっくり患者さんとの信頼関係を築いていくことが必要であるためです。その後の経過も問題無ければ自然の陣痛発来を待つことになりますが、当院では予定日を迎えても陣痛が無い場合には誘発分娩は行わずに帝王切開とさせていただいています。

まとめ

VBACが成功するかどうかはやってみないと分かりません。スムーズに進行して下から生まれれば普通のお産と同じように終わりますし、逆にTOLACの最中に分娩が進まなくなってしまう、赤ちゃんの調子が悪くなる、その他母児にとって危険な状況となるような場合には躊躇なく帝王切開に切り替えることになります。ただ我々としては患者さんがTOLACを希望され、それが可能と判断できた場合には安全に最大限配慮しながらできるだけご希望に沿った形で進めたいと思っています。当院でのTOLACをご希望の方は是非お問い合わせください。

1) Guise JM, et al. Obstet Gynecol. 2010;115(6):1267

2) Landon MB, et al. N Engl J Med. 2004;351(25):2581

3) Landon MB. Semin Perinatol. 2010;34(4):267

4) Landon MB, et al. Obstet Gynecol. 2006;108(1):12

5) Roberge S, et al. Int J Gynaecol Obstet. 2011 Oct;115(1):51-10

6) Al-Zirqi I, et al. Am J Obstet Gynecol. 2017;216(2):165.e1

分娩第1期潜伏期の疼痛緩和

分娩のための入院が長時間となる場合、とても大変ですが時にはお薬を利用して痛みの緩和や休憩を用いることも必要な場合があります。

にしじまクリニックでは分娩における薬物による疼痛緩和として、硬膜外麻酔による無痛分娩のほか、

・オピオイド鎮痛薬(ソセゴン®︎)

・ゾルピデム(半減期の短い睡眠薬)

の頓用により治療的疼痛緩和(therapeutic rest)をはかることがあります。

まずは『陣痛発来』と『分娩第1期潜伏期』の定義を確認しましょう。

陣痛発来の診断:子宮収縮が周期的でかつ子宮頸管の熟化を認める

分娩第1期潜伏期:陣痛発来〜子宮口5cmの期間

子宮口6cm以降から『分娩第1期活動期』とし、子宮口全開大まで分娩スピードが上がります。

分娩第1期潜伏期は数時間から数日を要することもあります。しかしながらそれは「遷延分娩」とは診断されません。産婦が分娩第1期潜伏期の陣痛の対処が困難な場合、”therapeutic rest”としてペンタゾシン(ソセゴン®︎)を用いることがあります。

ペンタゾシンは非麻薬性のオピオイドで、陣痛以外に術前術後の疼痛緩和などに他科でも幅広く用いられる「痛みどめ」です。

分娩におけるペンタゾシンの使用は、1970年以降の無痛分娩として使用され始めたとされており1)、当院でも広義の無痛分娩として扱っています。硬膜外麻酔と異なりすぐに投与(主に筋注)が可能であり、また分娩経過時間を延長することはありません2)。

ちなみに海外では麻薬のモルヒネを陣痛に対するtherapeutic restとして5〜10mgの筋注や静注で用いられることがあります3)。いずれにせよ、「痛みどめ」によるtherapeutic restはエビデンスのある分娩管理方法の一つであることをご理解いただければと思います。

(院長執筆)

参考文献

1) 木村尚子. 20世紀後半の日本における無痛分娩法普及の試みと助産婦への影響

2) ALSOチャプターF

3) UpToDate: Latent phase of labor

10代前半に子宮頸がんワクチンを受けるもう一つのメリット

こんにちは、副院長の石田です。

2月末にシルガード9®︎という9価ワクチンが発売されましたが、既に何人もの患者さんからお申し込みをいただいています。公費対象の方は従来の4価ワクチン(ガーダシル®︎)での接種を選ばれることも多いですが、いずれにしても今のところ当院では大きな副反応はありません。さて、このブログでも複数回に分けて子宮頸がんワクチンの接種をお勧めしていますが、本日はワクチン接種を通じて得られる副次的な効果についてお話ししようと思います。

ワクチンをきっかけにかかりつけの産婦人科をつくれる

日本での子宮頸がんワクチン接種が公費で対象となるのは小学校6年生からですが、まだ11〜12歳の女の子だと体調を崩した時には小児科や内科は受診しても、産婦人科にかかることは多くありません。プライバシーの高い診療が必要な分野でもあるため思春期の女の子にとってはよほどのことが無い限り受診すること自体に強い抵抗感があると思うので、そういう意味でかかりつけの産婦人科をつくるのは簡単なことではないでしょう。しかし、ワクチンであれば最低限の問診のみで下半身の診察は無く受診することができるため、そのハードルを大きく下げることができます。

なぜ10代前半からかかりつけの産婦人科を作ったほうが良いのか

現代を生きる女性にとって生涯一度も産婦人科にかからないということはほとんどあり得ません。思春期に入って本格的に生理が始まれば生理痛や出血に悩む方は少なくありませんし、恋人ができて避妊を考えるようになったり、スポーツや受験などで生理をずらす必要が出てくることもあります。20歳を迎えると子宮頸がん検診も始まりますし、その後も家族計画に関する相談、妊娠・出産や婦人科疾患、50歳前後になると更年期症状などもあります。時として避妊に失敗してしまったり、場合によっては異性から乱暴を受けてしまったなどの性的な問題では身近な人にも相談しにくいことがあるかもしれませんが、気がついたらお腹が大きくなって取り返しがつかない状況になってしまう可能性もあります。そんな時に信頼できるかかりつけの産婦人科があると、人生が救われることもあるかもしれません。このように産婦人科は特殊な診療科で、一般的な医療インフラとしての機能だけでなく日々のお悩みの相談所であったり、時として緊急対応施設としての性格もあるのです。そういう意味で、すぐに相談できる産婦人科の診察券を思春期の頃から一枚持っておくことは、女性の人生にリスクヘッジを効かせるだけでなく、選択肢を広げてより豊かな人生を送るための大切なステップであると確信しています。

まとめ

なんだか上の文章を読み返してみたら情報商材屋さんのような独特な胡散臭さが否めない感じになりましたが、かかりつけの産婦人科を作っておくのが大切なのは間違いありませんし、そもそもそれ自体は年会費がかかるわけでもなくほぼノーリスクです。最初のきっかけが子宮頸がんワクチンである必要はありませんが、例えば中学生になるくらいのタイミングで親と一緒に信頼できる産婦人科を探してみるのは、重要な家庭内教育であるとともにいざという時の保険にもなると思います。
当院は分娩施設のため妊産婦さんが多いですが、一方で思春期の患者さんのご相談も年々増えています。ワクチン以外でも生理痛、中高生アスリートの無月経、思春期の避妊、月経移動、性病の検査など幅広くお受けしていますので、何かあればお気軽にご連絡ください。

新たな子宮頸管熟化剤の選択肢、プロウペス®︎

分娩誘発の適応となった場合、全てが巷でいう「促進剤」をいきなり使うわけではありません。内診で子宮口の状態を確認し、スコアリングして(これを『ビショップスコア』といいます)薬剤の選択を行うのです。

子宮口がまだ狭い場合は当然ながら分娩まで時間がかかります。そこで子宮頸管熟化剤である『プロスタグランジンE2』を使用し、子宮口を開きやすくするのです。

現在のところ、プロスタグランジンE2は内服薬が用いられています。そして今回、腟内留置用製剤のプロウペス®︎が新たな選択肢として加わります。

(フェリング・ファーマ eラーニングから)

プロウペス®︎はプロスタグランジンE2(ジノプロストン)を含有する、乾燥した親水性ポリマーが網に包まれている製剤となります。

適応:妊娠37週以降の子宮頸管熟化不全の妊婦

『子宮頸管熟化不全』とは、内診によるビショップスコアが6点以下・未満とほぼ同義になります。

ビショップ(Bishop)スコア *転載禁止

また、あくまでも本製剤は子宮頸管の熟化を目的としているので、既に陣痛が開始している方には用いません。

投与方法

①投与予定の20分前に分娩監視装置を用いた連続モニタリング(NST)を行う。

②NSTの評価に問題がなければ、後腟円蓋部にプロウペス®︎を留置する。

③留置後、横になった状態で少なくとも30分間安静になってもらう。また連続モニタリングを再開する。

プロウペス®︎の除去基準

□プロウペス®︎投与後12時間経過した場合

□子宮頻収縮(子宮収縮回数が10分間に5回を超える)

□新たな破水が起こった時、人工破膜を行う時

□胎児機能不全やその徴候が見られる時

□悪心嘔吐、低血圧など、副作用と思われる症状がある時

□30分間にわたり規則的で明らかな痛みを伴う3分間隔の子宮収縮を認める場合

特に「陣痛が発来したらプロウペスを医師または助産師が抜去する」ことが重要です。

上記内容をふまえ以下、にしじまクリニックでのプロウペス®︎投与に関するさらなる指針として、

■プロウペス®︎投与は9時頃に投与する

■留置困難な場合は使用しない、容易に滑脱する場合もその後使用しない

とする予定です。

プロぺウス®︎は、腟内に留置することで他製剤より子宮頸管熟化機構をより期待したり(調節性)、児頭が高いため器械的子宮頸管拡張がしずらい時に用いることを想定しています。

一方でプロスタグランジン類を用いても器械的頸管熟化処置でも「頸管熟化促進の優劣はない」とガイドライン産科編やWilliams Obstetricsでも明記されており、他製剤そのものとの有意性がないことを強調しておきます。

今後当院では院内研修など終えた後、プロウペス®︎を導入します。プロウペス®︎を含め、分娩誘発に関してご質問がありましたら外来担当医師にお声かけください。

(院長執筆)