ピルの経済学

こんにちは、副院長の石田です。

近年は社会のリテラシー上昇に伴いピルが市民権を得ているように感じます。一昔前は女性がピルを使っていると言うと、無根拠に後ろめたい空気感すらありましたのでそれを思うと隔世の感がありますね。さて、心理的ハードルが下がりつつあるとはいえ、ピルを飲み続けることに関しては薬代に加えて通院費用などの経済的負担、そして通院にかかる時間や体力、さらには毎日同じ時間帯に内服を続けるという手間などから二の足を踏まれる女性も多いかもしれません。そこで本日はいつもと違う視点でピルについて考えてみたいと思います。

ピルの種類と値段

ピルには色々種類があるのですが、1ヶ月あたり概ね700〜3000円くらいで購入することができます。値段に4倍近くばらつきがあるのは月経困難症と診断された方には保険が適用されるからです。細かい違いはあるものの、どのピルでも大きな意味での効果効能は同様に期待できるため保険のピルの方がいいじゃん!となりそうですが、製剤によって体に合う・合わないがあったり、保険適用の製剤でも先発品だと自費処方のピルとそんなに自己負担額が変わらない場合もあります。むしろ自費処方の製剤ではネットで購入しやすかったり多めの量をまとめて購入しやすかったりと融通が効きやすいため便利だと感じる人も多いかもしれません。いずれにしてもここで言いたいのはピル自体の費用は一番高くて月3000円くらいだと言うことです。

ピルの経済効果

では、逆にピルを内服しなかった場合の損失について見てみましょう。ピルの恩恵をどれほど受けられるかは女性一人ひとりで違いますが、社会全体として見てみると日本では月経困難症だけでも6862億円の損失が見積もられています 1)。このうち労働生産性低下による損失が4911億円と約72%を占めており生理痛をコントロールできるだけでもこれほどの経済効果が期待できるのが分かります。また、同様に日本人を対象にした別の研究によると月経困難症の患者さんを症状から解放できた場合、個人レベルでも通院費や薬剤費を払ったとしても失われずに済む利益の方が大きいとされています 2)。これらは飽くまで月経困難症のみを考慮した話ですが、ピルには他にも月経前症候群(PMS)の改善、卵巣がんを含めたいくつかの悪性腫瘍予防効果、性暴力被害を含めた望まれない妊娠を防ぐ避妊効果、ニキビの治療効果、子宮内膜症による不妊の予防効果などもあるため、これらによる直接、間接での損失を考慮するとピル内服による経済的な利益はそれ以上になると考えられます。

まとめ

上記の試算に関しては月経の程度などによって受けられる恩恵に個人差があると思われますが、学校や仕事、家事など生活に影響が出るほどの月経痛がある人にとってピルの内服は「投資」としての視点に立つならば高いリターンが期待できると思われます。また、同様に定額を払い続ける保険と比較すれば、20代半ばの方の終身医療保険の支払いとそれほど変わらない程度の金額であり、かつ保険と違って体に良い効果が得られることを考えれば納得感があるでしょうか?
絶対額で見ると決して安い買い物ではないかもしれませんが費用対効果はとても高いお薬ですので、生理痛や月経前症候群などでお困りの女性は是非前向きにご検討ください。

1) Erika Tanaka, et al. J Med Econ. 2013 Nov;16(11):1255-66
2) Ichiro Arakawa, et al. Cost Eff Resour Alloc 2018 Apr 10;16:12

コンドームの性病予防効果

こんにちは、副院長の石田です。

コンドームというと、一般的には避妊具としての認識が強いかと思います。しかしコンドーム自体の避妊効果は数ある避妊法の中でも実はそれほど高くありません。むしろ医学的にはコンドームは性病予防としての役割が大きいと考えられており、避妊はピルや子宮内避妊具などで行うのことを推奨されています。しかし、コンドームが性病予防に有用であるということはご存知の方が多いとは思いますが、実際にどのくらい性病を防いでくれるかは具体的にイメージのない人も多いと思います。そこで本日はコンドームにどのくらいの感染症予防効果があるかをお話ししたいと思います。

コンドームが性病予防に有効である理由

HIVやクラミジア、淋病、梅毒など性病には様々ありますが、その多くが接触により感染します。具体的には皮膚や粘膜に触れたり、精液や膣分泌、血液といった体液に暴露が感染の原因となりますが、コンドームは特にリスクとなる腟内や直腸内への陰茎挿入による直接接触を妨げることができるため感染予防効果があると考えられています。

どのくらい感染予防効果が期待できるのか

では、コンドームを使用することで実際にどのくらい感染リスクを低下させることができるのでしょうか?まず、性病の中でも最も恐れられているHIVで見てみると、性接触の形式(口腔、腟、直腸など)によってリスクの度合いも変わりますが、概ね80〜90%のリスク低減効果があるとされています 1)2)。また、2003年に出された南米の女性セックスワーカーを対象にした研究によると、コンドームを毎回着用していた場合は淋病に関しては62%、クラミジアに関しては26%の感染防御効果が見られたということでした 3)。コンドームはその他にも梅毒、ヘルペス、腟トリコモナスなど多くの性感染症に対して予防効果があるというデータがたくさん出ているため、いずれにしても性交渉を行う場合はほかの避妊法を使用しているかどうかに関わらず使っていただいた方が良いことが分かります 4)5)6)。

まとめ

というわけで本日はみんなコンドームを使ってねというお話でした。上で何%予防効果がありますよとお伝えしたものの、実はこの数字には報告によってだいぶブレがあります。というのも、データ収集にあたり本当にコンドームを使用していたか、正しい使用方法を用いていたか、性行動がハイリスクかローリスクかなど数字に影響する不確実な変数が多く介在するので正確な評価がとても難しいからなんですね。ただ、このブログを読んでいただいた皆さんにおかれましては、「コンドームには小さくない性感染症の予防効果があるんだ」ということが伝われば幸いです。性感染症は時として不妊の原因になったり命に関わる合併症を引き起こしたりと人生設計を大きく変えてしまうインパクトのある病気です。特に性行動のリスクが高く、パートナーが不特定多数になりがちな若い人たちは自分を守るためにもコンドームを使うようにしましょう。

1) Weller S, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2002;(1): CD003255.
2) Davis KR, et al. Fam Plann Perspect. 1999;31(6):272
3) Jorge Sanchez, et al. Sex Transm Dis. 2003 Apr;30(4):273-9
4) King K. Holmes, et al. Bull World Health Organ. 2004 Jun;82(6):454-61
5) Richard A Crosby, et al. Sex Transm Infect. 2012 Nov;88(7):484-9
6) CDC. MMWR Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021 Jul;70(4)

性暴力の被害者になってしまった時の話

こんにちは、副院長の石田です。

残念ながら定期的にニュースになってしまう話の一つに性暴力・レイプがあります。最近も自衛隊や有名料理店での性暴力が明るみに出ましたが、なかなか社会から根絶ということにはならない根深さのある犯罪です。被害者の半数程度がPTSDの症状を抱えるとも言われており、長きにわたって人生に深刻な影響が及ぶため事件発生後の適切な対応が極めて重要です 1)。被害者が女性の場合、警察、NPO、行政機関などと並んで産婦人科も相談窓口となり得ますが、そうした事態を想定して産婦人科ではどのように対応するかが決められています。そこで本日は被害を受けた時にどのような提案がされるのかを解説してみたいと思います。

ワンストップ支援センターや警察に関する情報提供

被害届を提出するかどうかはあくまで被害者の自己決定が尊重されますが、被害直後は気持ちが混乱していたり名誉毀損や報復の恐れから通報をためらっても、周囲の支援を受けながら時間をかけて加害者と争う決心をされることもあるのでタイムリーに記録を残しておくことは大切です。しかし一般的な病院を受診しても通常証拠保全用の道具がないことが多いため上記のような機関への相談をおすすめしています。ちなみにワンストップ支援センターとはそこに相談することで医療機関受診、証拠保全(被害届を出すかどうかとは別にとりあえず証拠資料を採取できます。)、法律相談、アフターケアなど性被害者にとって必要なことが全て揃っている行政機関です。24時間365日で対応しているほか、被害者の負担を極力軽減するために提供されるサービス、検査(性病・薬物検査や妊娠判定など)、治療(感染症予防投薬や緊急避妊、中絶手術など)は全て行政負担となるのも特徴です。

全身の外傷確認及び性感染症検査

ご本人が頑なに通報を望まない場合であっても同意がいただけた範囲で陰部を含めた外傷の有無を確認し、形や大きさを含めて記録します。また、性感染症に関しては、感染してから一定期間が経過しないと陽性にならないものもあるため被害が発生した日を考慮した上で適切なインターバルで複数回検査を行い判定していきます。

予防投薬

特にHIVなどの感染症予防を念頭においてご相談の上で薬を処方します。また、妊娠可能な年齢であれば被害後120時間以内(できれば72時間以内)など一定の条件を満たす場合に緊急避妊薬を使用します。ただ、緊急避妊薬は適切に投与された場合でも妊娠阻止率が100%にはなりませんので万が一妊娠が成立してしまった場合には別途中絶処置についてもご相談していくこととなります。

まとめ

というわけで本日は性暴力被害にあってしまった時の流れについて、簡単ですがまとめてみました。もちろんそんなことが起こらない社会づくりが大切ですが、万が一の時には事前にイメージがあると相談しやすいかなと思った次第です。もし相談が必要になった時はワンストップセンターにご連絡いただくのが私のおすすめですが、埼玉県に関してはアイリスホットラインとして運営されていますので、よろしければ是非見てみてください。

1) 性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議. 性犯罪・性暴力対策の強化の方針:https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/pdf/policy_02.pdf
2) 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2020 CQ427

頭痛の種類

こんにちは、副院長の石田です。

突然ですが、皆さんは頭痛持ちですか?私はもう20年近く頭痛に悩んでおり、ここ数年は毎日ロキソニンを飲んでいます。さて、よく外来で患者さんから「片頭痛持ちなのでお薬をください」と言われることが多いですが、実際にお話を伺うと医学的な意味での片頭痛ではなさそうなことがほとんどです。そこで本日は頭痛に関して専門外ではありますが少し解説してみたいと思います。

筋緊張性頭痛

頭痛を起こす疾患はたくさんありますが、私を含めて恐らく最も多くの人が悩んでいるのがこの筋緊張性頭痛です。頭から首、肩の筋肉を包む筋膜からの刺激に対して何らかの理由で脳が過敏になって頭痛を感じるのではないかと考えられていますが、本当のメカニズムは実はまだ分かっていないそうです 1)。おでこからこめかみのあたりをバンドで締め上げられているような痛みが特徴的で、短いと30分くらいで治りますが長いと1週間以上続くこともあります。また、このタイプの頭痛では頭から首、肩にかけての筋肉が押すと痛んだりすることも知られていますが、いわゆる「肩こり、目の疲れ」などと関係しているということなのかもしれません。通常は痛み止めを使用したり運動や鍼灸で筋肉をほぐして対処しますが、症状が重い場合には抗うつ薬や抗痙攣薬などを使用することもあります。

群発性頭痛

群発性頭痛も有名な頭痛の一つです。こちらもそのメカニズムははっきりしていませんが、三叉神経から視床下部への伝達経路の問題や静脈の閉塞などが原因として考えられているようです 2)3)。頭の片側に限局した、目の裏側から湧き上がってくるような鋭くて強い痛みが特徴的で、「まるでアイスピックを目に突き刺されたような」と表現されます。一度の頭痛発作は15分〜3時間程度で治りますが、場合によってはこれが毎日、あるいは1日に何度も襲ってくることがあり、そのせいなのかは分かりませんが群発性頭痛の患者さんはそうでない人と比べてうつ病発症のリスクが3倍高くなるという報告もあります 4)。

片頭痛

片頭痛は医学的には神経障害に端を発した頭痛や、光と音への過敏反応などの諸症状を言います。昔は頭の血管が広がることによって発作が引き起こされると考えられていましたが、現在その考えは否定されつつあります 5)6)。拍動するような頭痛が4〜72時間継続するのが特徴で、25%程度の患者さんで「前兆」と呼ばれる神経症状を伴います。神経症状は具体的には明るい線が見える、耳鳴りや音が聞こえる、体が勝手に動くという陽性症状が有名ですが、逆に目が見えにくくなったり音が聞こえなくなるといった陰性症状のこともあります。ちなみに片頭痛というと片側だけに出そうですが、実際には両側性のこともしばしばです。

まとめ

頭痛を起こす疾患は上記以外にも星の数ほどあるわけですが、頭痛という症状が主体の病気で最も有名なのはこの3種類です。「なんで産婦人科のブログで頭痛のことを取り上げたの?」と思う方も多いかもしれませんが、実は片頭痛をお持ちの女性(特に「前兆」を伴う場合)にピルを使用すると脳卒中のリスクが高まるという理由で禁忌とされているため、安易に自己判断で「片頭痛があります」と申告されてしまうと避妊や生理痛コントロールなどに使いにくくなってしまうという事情があるからなんです 7)。実際には丁寧にお話を伺って本当に片頭痛かを確認した上でピルの処方可否を判断するのですが、施設によっては患者さんから「片頭痛」と言われてしまうとそれだけでピルが治療の選択肢から外れてしまう恐れもあり、そういった機会損失を避けるためにもご自身の頭痛に対して正しい認識を持つことは大切だと考えて記事にしてみました。逆に違うと思っていたら本当の片頭痛だったということもあるかもしれませんので、もしここまで読んで思い当たる症状があるようでしたら最寄りの頭痛外来を受診してみてください。

1) Bendtsen L. Curr Pain Headache Rep. 2003;7(6):460
2) May A, et al. Nat Rev Dis Primers. 2018;4:18006
3) Hardebo JE. Headache. 1991;31(5):314
4) Louter MA, et al. Neurology. 2016;87(18):1899
5) Peter J. Goadsby. Ann Indian Acad Neurol. 2012 Aug; 15(Suppl 1):S15-S22
6) Amin FM, et al. Lancet Neurol. 2013 May;12(5):454-61.
7) 日本産科婦人科学会/日本女性医学学会. OC・LEPガイドライン 2020年度版:CQ607

経口中絶薬について

こんにちは、副院長の石田です。

先日ラインファーマというイギリスの製薬会社が厚生労働省に経口中絶薬の承認申請をしたことが話題になりました。これまで日本では中絶を希望される女性は外科処置を受けるしかありませんでしたが、本薬剤が使用できるようになると色々な意味で患者さんの負担が軽減すると期待されており注目を集めています。ただ、その一方で国内での経口中絶薬の是非をめぐっては賛否両論あり、さらにそこにイデオロギーやポジショントーク、果ては陰謀論めいたものまで飛び交うことで議論はすっかりカオスになっている印象です。そこで本日はこのお薬がどういうものなのかお話ししてみたいと思います。

2種類のお薬を組み合わせて使います

今回経口中絶薬として承認申請が行われたのはミフェプリストンとミソプロストルという2種類のお薬です。妊娠中は様々なホルモンが分泌されて体が妊娠状態を維持できるように働いていますが、ミフェプリストンはその中でもプロゲステロンという最も重要なホルモンの働きを阻害します。さらに子宮収縮作用を持つミソプロストルという薬を組み合わせることで妊娠が効率よく終了するように設計された治療です。海外のデータでは、これにより95~98%程度の中絶成功率が確認されていますが、日本でも同様の成績が報告されているようです 1)2)3)。ちなみに妊娠10週を超えると成功率が落ちる傾向があるようです 4)。

産婦人科以外や薬局などでも手軽に手に入るようになるのか

薬が使用できるのは初期の正常妊娠であり、それ以外の例えば異所性妊娠(子宮外妊娠)などで使ってしまうと命に関わることがあります。加えて中絶前には医学的な理由で血液検査などが必要になるため処方は産婦人科での診察後にのみされるべきであり、妊娠反応が陽性に出たら安易に薬局で風邪薬みたいに購入できるとは考えない方が良いでしょう。さらに言うと、現在中絶処置ができるのは母体保護法指定医の認定を受けた産婦人科医がいる、入院設備を持った医療施設に限定されていますが、内服薬が承認された場合にそれがどこまで緩和されるのかは議論があるかと思います。

実際、安全なのか?

ホルモン剤ゆえの気持ち悪さとか頭痛なんかはざっくり半分くらいの人に見られますが、重篤な有害事象はおよそ0.1%程度とという統計があります 5)6)。また、帝王切開の既往歴がある女性であっても有害事象や成功率に影響は無いようです 7)。世界的に見れば長い使用実績があることからもとても安全な治療であるということは間違いありません。ただ、これは薬での中絶だからというわけではないのですが、医療介入である以上ゼロリスクということもあり得ません。中絶処置は胎児組織を子宮から剥がしてくる時にごく稀に大出血を伴うことがあります。その他薬に対するアレルギーや処置後に感染症を起こすことなんかもあるので夢の治療と盲信しないこともとても大切です。

まとめ

というわけで本日は経口中絶薬に関する一般的な知見についてご紹介いたしました。上記を読むと安全で有効で便利な治療なんだったら早く導入して!という声が強いのはもっともですね。その一方で、当院で言うと院長や私はそれぞれ海外でのキャリアからミソプロストルを使って誘発分娩や流産処置をした経験があるため導入に対してそれほど抵抗感はありませんが、日本では使用経験が無い医療者の方が多いため慎重になる背景も理解できます。(どんな医療者でも使ったことのない薬や道具を患者さんに導入するのは緊張するもんです。)加えて日本での中絶処置は設備が整った大病院は行っていないことが多く、街のクリニックでの処置がメインとなるため夜間休日に人がいないような診療所では不測の事態にどのように対応するかなど詰めるべき点も多いでしょう。いずれにしても患者さんにとって良い選択肢が増えるのは歓迎すべきことですので、この件についての議論が煽られすぎることなく建設的に進むことを期待しています。

1) Ashok PW, et al. Hum Reprod 1998;13:2962-2965
2) Goldstone P, et al. Aust N Z J Obstet Gynecol 2017;57:366-371
3) Osuga Y, et al. Acts Obst Gynaec Jpn 2021;73(12):1735-1739
4) Hamoda H, et al. Am J Obstet Gynecol. 2003;188(5):1315
5) Chen MJ, et al. Obstet Gynecol. 2015;126(1):12
6) Cleland K, et al. Obstet Gynecol. 2013;121(1):166
7) Dehlendorf CE, et al. Contraception. 2015;92(5):463