無痛分娩を選んだ方がよい人の特徴、1選

こんにちは、副院長の石田です。

外来でよく聞かれる相談の一つに「無痛分娩にするか悩んでいます」というものがあります。心臓や精神の疾患、高血圧などをお持ちの方では医学的におすすめされることもありますが、そうでない場合はどうしたらいいか悩みますよね。旧約聖書の創世記第3章では「陣痛は人類の原罪だから頑張れ」的な解釈がされる記述があるそうですが、実際どうしたらよいのでしょうか?そこで本日は無痛分娩の選び方について改めてお話ししてみようと思います。

無痛分娩、みんなはどうしてるの?

自分の無痛分娩を考える際にまず気になるのは他の妊婦さんがどうしているかだと思います。厚生労働省の調査によると全分娩のうち無痛分娩が占める割合は2008年には2.6%でしたが、2014年で4.6%、2016年で6.1%と少しずつ増えており、無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)の発表によれば2020年では8.6%にまで上昇しているということでした 1)2)。欧米と比べるとまだまだ低いですが、本邦でも選ぶ人が増えてきているようですね。

無痛分娩のメリット

メリットはなんと言っても痛みが軽減することです。文字通りの「無痛」までいくことはあまりありませんが、ほとんどの方が分娩をより楽に過ごせるようになります。痛みが楽になると妊婦さんの呼吸が整えられるため、胎盤の血流が良くなり赤ちゃんが苦しくなりにくくなる可能性が示唆されています 3)。また、過度な陣痛は産後うつの発症リスクと考えられているため、それを抑える効果もあるかもしれません 4)。

無痛分娩のデメリット

硬膜外麻酔という医療介入を行う以上、やはりノーリスクということはありません。当院でもご希望の妊婦さんには必ず文面を用いてご説明しますが、出血や感染、アレルギー、そして神経障害などの有害事象が極めて低い確率ではあるものの存在します。また、子宮口が全開してからの分娩時間が長くなる可能性や、力が入りにくくなるためか産みきれずに吸引・鉗子分娩の確率が高まる恐れも指摘されています 5)6)。

無痛分娩を選んだ方がよい人

結論から言うと、私がこの相談をされた時は決まって「陣痛が怖いかどうかで決めていただくのがよいと思います」とお伝えしています。
実は上記のメリットとデメリットは医学的にまだ議論の余地があるのが事実です。無痛分娩を使用することで母児の予後が改善するという確実なデータも無ければ、分娩時間もそんなに長くならないかもという研究結果があったりもするんですね 7)。加えて一人ひとりの患者さんレベルで言えば、痛みへの耐性やお産の進行具合など違いは様々ですのでお産が終わるまではやってよかった、やればよかったは分かりません。そのため冒頭で触れたように明確な医学的適応がある方でなければご自身の心の声に従っていただくのが一番シンプルだし結局満足度も高いのかなと思っています。

まとめ

というわけで飽くまで私個人の見解ではありますが、無痛分娩を選ぶときの考え方についてお話しいたしました。世間には無痛分娩派、もしくは反無痛分娩派みたいな医療者もいるので人によって言うことが違ったりもしますが、多くの妊婦さんにとってそれがないと絶対にお産にできないという性質のものでもないので無理に選ぶ必要はありません。その一方でゼロリスクではないものの極めて安全に陣痛を軽減できる素晴らしい技術であることも確かです。妊娠中は決めることが多くて大変ですが、主治医ともよく相談しながらバースプランの一環としてご検討ください。

1) 厚生労働省. 無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築について:https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000203217.pdf
2) JALA. わが国の無痛分娩の実態について:https://www.jalasite.org/archives/mutsuu/
3) Reynolds F, et al. BJOG. 2002;109(12):1344
4) Hiltunen P, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 2004;83(3):257
5) Erica NG, et al. BJOG. 2015;122(3):288-293
6) Cheng YW, et al. Obstet Gynecol. 2014;123(3):527
7) Wang TT, et al. Anesth Analg. 2017;124(5):1571

『無痛分娩』の程度

無痛分娩は本当に”無痛”なのでしょうか。

結論から申し上げますと、痛みはゼロではない、のです。

にしじまクリニックでは無痛分娩は硬膜外麻酔を採用しています。硬膜外腔にカテーテルを入れて、そこから局所麻酔薬を注入できるようにします。

(本来、分娩の目標は『母児ともに安全な分娩を迎える』ことです。無痛分娩処置における無理は禁物であることをご承知ください。)

では無痛分娩をいつ開始するか。原則として産婦さんが希望する時期に硬膜外麻酔の手技を行います1)。それは陣痛(10分間以内に子宮収縮による痛みを定期的に伴う状態)開始後、となりますので、この時点で既に「分娩は痛みはゼロで行われる」ことはないのです。よって無痛分娩を希望されるとしても、知識や準備をせずに陣痛を迎えると、分娩の満足度が得られにくいばかりか安全な分娩をそこなわれる可能性すらあるのです。

もう少し具体的に、陣痛の痛みをより感じる時間帯を申し上げると、分娩第1期進行期以降、いわゆる子宮口が4〜6cmの時期以降は分娩進行のスピードが早まりますので、痛みを感じやすいです。よってこの時期に硬膜外麻酔の手技を行うことが多いです。また初産婦さんと経産婦さんでは分娩進行スピードは異なりますので、それを意識した鎮痛の開始を心がける必要があります。

硬膜外麻酔は、より深度のある脊髄くも膜下麻酔(帝王切開での麻酔)と違って、また妊婦さんに負担の少ない・低濃度の局所麻酔薬を選択するという観点から運動機能が麻痺する程の麻酔はかけられません。実際硬膜外麻酔による脊髄幹鎮痛を行なっている分娩において、多少脚のしびれはあっても怒責は可能なのです。ということは『怒責がかけられる=子宮収縮はわかる』のです。

また分娩第1期はTh10〜L1の痛みに対し、子宮口全開大(10cm)以降である分娩第2期の痛みの部位は、S2〜S4でより鋭い痛みとなる知覚神経による体性痛も伴います2)。安全な麻酔の心がけるゆえに局所麻酔薬の少量分割投与(1回につき局所麻酔薬を5cc/30分注入投与)とするため、分娩進行スピードの早い経産婦さんは維持鎮痛が追いつかない場合もあります。

硬膜外麻酔手技のカテーテル挿入位置は、上記の痛み部位をおさえるため、多くの場合はL3-4の部位としています。

個人差はありますが、カテーテルから局所麻酔薬単独の少量分割投与を数回(2・3回の注入投与)行うことで鎮痛の効果発現が得られることが多いです。

もちろん、分娩後の処置(腟壁会陰裂傷の縫合等)まで鎮痛管理を行います。この時、硬膜外麻酔が効いていれば傷周囲の皮下浸潤麻酔は不要です。ここで「(S領域まで)麻酔が効いていたんだ」と気づかれる方もいます。

あとはしっかり正中にカテーテルが挿入されていることが鎮痛効果を得られる要因ともなりますので、硬膜外カテーテルの挿入手技時は、体位保持のご協力をよろしくお願いします。カテーテルの挿入方向等による硬膜外麻酔の鎮痛が不十分である事象は約8%みられるそうです3) 。ただし重ねて申しあげますが、無痛分娩処置における無理は禁物であり、麻酔が効かない・効きにくいからといって何度も再処置(穿刺挿入手技)を行うことは、むしろリスクを招く可能性がありますので、硬膜外麻酔を中止する可能性はご理解ください。

とはいえ、硬膜外麻酔管理による『無痛分娩』は、行わない方に比べて圧倒的に鎮痛効果を得られるのは事実です。痛みをできるだけおさえてご自身の既往や合併症に対しベネフィットを得られることもありますから、気になることがありましたら是非とも担当医師にお尋ねください。

(院長執筆)

参考資料、文献;

1) 月刊産科麻酔(日本産科麻酔科学会)

2) 岡原祥子. 正常分娩の鎮痛・鎮静. pp556-561. 日臨麻会誌Vol.38No.4

3) Pan PH, et al. Incidence and characteristics of failures in obstetric neuraxial analgesia and anesthesia: a retrospective analysis of 19,259 deliveries. pp227-233. Int J Obstet Anesth 2004; 13: 227

麻酔を行うためのレベル(高さ)

無痛分娩も選択帝王切開も、全身麻酔ではなく局所麻酔を脊髄近くの腔に注入して鎮痛をはかります。

局所麻酔を注入するには専用の針があり、それを背中から穿刺します。穿刺部位は、脊髄神経が皮膚に分布する『デルマトーム』にそって、目的とする鎮痛範囲の中心となる椎間に穿刺を行います。

椎間のメルクマールは背中側の正中に突き出ている『棘(きょく)突起』となります。

針を椎間へ入りやすくするためには体位が重要で、できるだけ「かがんだ」姿勢をとってもらいます。

・側臥位の場合:顔はお腹をのぞき込み、膝はお腹につくような体位

・体重増加(BMI 30以上)や棘突起がわかりずらい場合は座位で穿刺を行います:座位の場合は上半身を介護者にゆだねるようにしてください(脱力姿勢)。それによって腰が突き出る体位となります。

硬膜外麻酔は黄(色)靭帯を超え、硬膜の外側の空間(硬膜外腔)に針を入れます。

一方帝王切開で行う脊髄くも膜下麻酔は硬膜を越え、硬膜の内側の空間に針を入れ局所麻酔を注入します。にしじまクリニックでは『硬膜を越える』感覚がわかり、また術後の頭痛が起こりにくい27G(ゲージ)ペンシルポイント針を採用しています。

そして穿刺のレベル(高さ)は、胸椎から腰椎の間で穿刺を行います。胸椎(Thoracic vertebra)は12個、腰椎(Lumbar vertebra)は5個の椎骨から成り立っています。

■硬膜外麻酔:T(胸椎)12〜L(腰椎)4に行います。

硬膜外麻酔に関しては、『帝王切開後の鎮痛目的』と、『無痛分娩のため』と痛みを取りたい場所が異なるので穿刺場所も変わります。そして局所麻酔薬の注入量を調節し、効かせたい脊髄分節範囲を狙った麻酔を行います。これを『分節麻酔』といいます。

一般的には帝王切開ではTh12-L1、

無痛分娩ではL3-4を狙って穿刺を行います。

■脊髄くも膜下麻酔:L3-4あたりに行います。

いずれの麻酔も、麻酔が効き過ぎてしまった万が一の場合に、すぐに対処できる体制は必須となります。

(院長執筆)

全脊髄くも膜下麻酔が起こったら

無痛分娩の硬膜外麻酔において、万が一硬膜を貫通し、脊髄くも膜下腔にカテーテルが流入・迷入した場合、そのまま局所麻酔薬が入り続けると体の痛みに対する麻酔効果レベルが腰部から胸部へ上がります。この状態を放置してしまうと『全脊髄くも膜下麻酔』が起こり、いずれは呼吸停止に至ってしまいます。

にしじまクリニックでは事前の予防や対策から、今まで一度も全脊髄くも膜下麻酔が起こったことはありませんが、万が一に備え、当院医療従事者は気道確保や人工呼吸の練習を繰り返し行なっています。

(全・高位)脊髄くも膜下麻酔の初発症状は下肢の運動麻痺です。

テストドーズ(初回の局所麻酔試験注入)時に脚の動かしにくさを訴えたら、

またいきなり「陣痛が楽になった」の訴えがあれば、

脊髄くも膜下腔に局所麻酔が入っている可能性を疑います。

Th4(乳頭の高さ)以上の麻酔レベルでは呼吸抑制が起こります。

麻酔等により、呼吸状態の悪化または停止が疑われた場合

・気道確保を行います。

他スタッフへ情報を共有するとともにバイタルサインの確認を行います。

血圧低下なども予想し、救急カート類をすぐ使えるようにしておきます。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

・呼吸停止時にはただちに人工呼吸を行います。

気道確保をしつつマスクを口鼻に密着させるために、手の添え方はE-C法を行います。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

人工呼吸を行うには空気および酸素を送り込むバッグが必要となり、2 種の様式があります。

A.自己膨張式バッグ(バックバルブマスク)

ガス源(圧縮空気や酸素)を必要としません。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

B.流量膨張式バッグ(ジャクソンリース)

患者の呼吸状態に応じた呼吸管理を行うことができます。手順としては

①酸素回路を接続する

②麻酔器の電源を入れる

③手動換気が行えるようガス回路のセレクトし、手動換気側へレバーを向ける。

④酸素投与開始

⑤APLの調整;

Adjustable Pressure Limitingの略で、バルブ調整を行うことで気道内圧をコントロールし、ひいては肺損傷を防ぎます。要は自発呼吸がある時は圧を少なくし、呼吸がない時は圧を高くして人工呼吸・換気を行います。

呼吸がない場合は1分間に10回の人工呼吸・換気を行います。

なお心肺停止の場合、『胸骨圧迫30回と人工呼吸2回』がセットとなります。

胸骨圧迫を行う場合は高濃度酸素が必要となってくるため、バックバルブマスクよりジャクソンリースを選択する方が望ましいと言えます。

参考文献;

無痛分娩プラクティスガイド(MEDICAL VIEW)

母体急変時の初期対応(メディカ出版)

J-CIMELSベーシックコースインストラクターマニュアル第2版(メディカ出版)

無痛分娩のPCA

この項では無痛分娩における「PCA」について説明します。

PCAとは「Patient Controlled Analgesia」の略で

産婦が陣痛の痛みを強く感じた時に、自分でディフューザーポンプに接続されたボタンを押すことで鎮痛薬剤(局所麻酔薬)を追加できる方法のことです。

にしじまクリニックでは、スミスメディカル社製のPCA機能を備えたディフューザーを採用しています。

ディフューザーのボトルに局所麻酔薬の1%メピバカイン(カルボカイン®︎)100mLを詰めます。当院では安全対策のため、これ以上の用量の麻酔薬は使用しません。

*海外の無痛分娩においても、局所麻酔薬の安全限界による用量設定は厳格です。麻酔薬の用量を使い切ってしまってお産に至っていない場合でも追加投与は行いません(その場合の多くは難産・分娩停止の可能性があります)。

ディフューザー機構により、ボトル100mLの1%カルボカイン®︎は、1時間あたり7mLを硬膜外腔へ注入されます。

またPCA機能として1回3mLのボーラス投与として1%カルボカイン®︎を自身で30分おきに追加できます。

スミスメディカル PCA型FCタイプ

よって1%カルボカイン®︎は1時間に最大10(〜13)mL硬膜外腔へ投与されることになります。これは無痛分娩の安全対策における局所麻酔薬の少量分割投与法にそって行うことができます。

局所麻酔薬の持続投与中でも、もちろん30分おきの麻酔レベルの評価を行います。

当院の無痛分娩における硬膜外麻酔は、カルボカイン®︎の安全用量、先ほど申しあげた100mLで分娩を終えることができるように、分娩第1期進行期に入る直前、すなわち子宮口5cm前後で硬膜外麻酔の処置を行います。進行期と分娩第2期が一番痛い時期だからです。

その後のディフューザーの装着については、分娩進行に合わせて担当医師が判断します。

*カテーテルを硬膜外腔へ留置後、分娩進行が(良い意味)で速い時はディフューザーを接続せず、従来どおり局所麻酔薬の30分おきの少量分割を行います。

以上、今回はPCAについて説明しました。鎮痛局所麻酔薬が持続的に注入されることに加え、さらに痛みを感じる場合はご自身でPCAボタンを押すことでさらなる鎮痛をはかることができるため、安心感もプラスされるのではないでしょうか。

(院長執筆)