陣痛を促す食べ物

こんにちは、副院長の石田です。

出産予定日が近づくと、「そろそろ陣痛が来てほしいな」と思う方も多いのではないでしょうか。特に臨月に入ると、軽い運動をしたりストレッチを取り入れたりして自然なかたちでお産を進めやすくしようと意識する方が増えてきます。そうした“お産の準備”の中で、よく話題になるのが「食べ物による陣痛促進」ですが、「〇〇を食べるといいらしい」「△△が効くらしい」など、巷にはさまざまな情報が飛び交っています。実はこうした食べ物に関する言い伝えや習慣は、日本だけでなく世界各国にも存在しています。それぞれの地域で長年伝えられてきたものもあれば最近になって話題になった“都市伝説”のようなものまでさまざまありますが、今回はそんな「陣痛を促す」とされる世界の食べ物を、その由来や科学的根拠とあわせてご紹介したいと思います。

一応データがある果物:デーツ

「陣痛を促す食べ物」として近年特に注目されているのがデーツ(ナツメヤシの実)です。日本人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、デーツは主に中東地域やアメリカの乾燥地帯で生産されており、古代から人々に親しまれてきました。その歴史は非常に古く、旧約聖書に登場する「生命の樹」のモデルになったとも言われたり、イスラム教の聖典『コーラン』では神が与えた特別な食べ物として描かれており宗教的・文化的にも深い意味を持っています。そして近年ではこのデーツが分娩の進行を助ける可能性があることが研究で示されてきました。具体的には、臨月(妊娠36週以降)から毎日6個のデーツを食べることで子宮口の開きが良くなる、陣痛が自然に始まりやすくなるといった効果が期待できると報告されています 1)。もちろんすべての人に同じ効果があるわけではありませんが、栄養価も高く安全性の高い食品であるデーツは「自然なお産の準備」の一つとして試してみる価値のある果物かもしれません。

そのほかの言い伝えがある食品

ほかにも陣痛を起こす効果が信じられている食べ物はたくさんあります。たとえば、多くの国でよく言われるのが辛い料理です。スパイシーな食事をとると、お腹が刺激されて陣痛が始まるという考えがあります。
また、ラズベリーリーフティーはイギリスや北米を中心に古くから出産準備のお茶として親しまれてきました。ラズベリーの葉を乾燥させたハーブティーですが、子宮の筋肉を収縮させる働きがあるとハーブ医学の間では信じられています。
南国の果物であるパイナップルも陣痛を促す食べ物として知られています。この背景には、パイナップルの果汁や茎に含まれる「ブロメライン」というタンパク質分解酵素が、動物実験等において子宮筋組織に直接投与された際に収縮を促したという報告があるためです 2)3)。ただし、その量をパイナップルで口から摂ろうとするとあり得ないくらいたくさん食べないと無理なようです。
日本では「焼肉を食べると陣痛が来る」という話が知られていますが、一方アメリカでは「ナスのパルメザン焼き(Eggplant Parmesan)」が有名です。特にジョージア州コブ郡にあったScalini’s (スカリーニズ)というイタリアンレストランでは、この料理を食べた妊婦さんがその数時間〜数日後に出産したというエピソードが相次ぎ、「ベビーボード」に300以上の赤ちゃんの写真が飾られるほど話題となりました 4)。

まとめ

デーツ以外の食品に共通するのは、「科学的な裏付けがあるとは言えない」という点です。多くは民間伝承や都市伝説に近いものですが、それでも妊娠後期の貴重な時間を前向きに、楽しみながら過ごすためのちょっとしたスパイス(話題)としてはとても魅力的かもしれません。皆さんももしよければ臨月に入ったら試してみてください。そしてどうなったか教えてください。

参考文献
1) O Al-Kuran et al. J Obstet Gynecol. 2011;31(1):29-31
2) R G Hunter, et al. Am J Obstet Gynecol. 1957 Apr;73(4):875-80.
3) Faezeh Monji, et al. J Ethnopharmacol. 2016 Dec 4:193:21-29.
4) https://www.livingfullonlife.com/?p=1636

つわり・妊娠悪阻の薬物治療

こんにちは、副院長の石田です。

本日はつわり・妊娠悪阻に対する薬物治療についてお話ししてみたいと思います。

つわりに使われる薬

繰り返しになりますがつわりは飽くまで生理現象なので必ずしも治療しなければいけないわけではありません。また、原理原則で言えば妊娠初期に薬剤を使用することは一定のリスクがあるため避けるに越したことはありませんが、それでも辛いときには患者さんと相談の上で検討されることがあります。日本で使用されることが多いのはメトクロプラミド(プリンペラン®︎)という制吐薬です。ドンペリドン(ナウゼリン®︎)という制吐薬も広く知られていますが、動物実験で骨格や内臓の奇形の原因となることが示されており、妊婦さんへの投与は禁忌となっています。欧米ではオンダンセトロンという抗がん剤の副作用としての嘔吐に対して使用される強力な制吐薬を用いることもありますが、日本では認可されていません。その他ビタミンB6(ピリドキシン)が悪心緩和にエビデンスがあるため処方されることがあります 1)。

つわりに大麻はダメ、絶対。

今まで患者さんから聞かれたことが何回かあるんですが、再度はっきり言っておくと大麻をつわり対策に使ってはいけません。とか言われてもほとんどの人は「石田は急に何の話してんの?」って感じだと思うんですが、実は大麻草から抽出されるカンナビノイドという物質には吐き気止め効果があるんですね。カンナビノイドには葉や花穂を原料とするTHC(テトラヒドロカンナビノール)と茎や種子を原料とするCBD(カンナビジオール)がありますが、日本においてTHCが違法とされる一方でCBDは合法のため、普段からオイルや飲み物として使用されている方もおられます。精神作用や依存性がとても小さいと言われていることから安全に使えるような印象を持っている方も少なくないですが、妊娠中の使用は胎児の神経発達などに悪影響を及ぼす可能性が示唆されており、使用は絶対に避けた方が良いです 2)3)4)5)。

まとめ

ということで本日はお薬によるつわりの治療についてのお話でした。最後は大麻にまで触れましたが、妊娠にまつわるよもやま話として楽しんでいただけると幸いです。上記以外にも漢方や抗ヒスタミン剤、ステロイドなどを使用する方法もありますが、いずれにしても完全にスッキリさせるというわけにはいかないことが多いです。ただ、少しでも楽に過ごせるようになるのは大切なことですので、お困りの妊婦さんは試しに主治医へ相談してみてください。

参考文献
1) ACOG Practice Bulletin No. 189. Obstetric Gynecol. 2018;131:e15-e30
2) Serena Hayer, et al. Obstetric Gynecol Surv. 2023 Jul;78(7):411-428.
3) FDA: What You Should Know About Using Cannabis, Including CBD, When Pregnant or Breasfeeding.
4) ACOG Committee Opinion No. 637. Obstet Gynecol. 2015 Jul;126(1):234-8
5) Government of Canada: Review of cannnabidiol: Report of the Science Advisory Committee on Health Products Containing Cannabis.

つわり・妊娠悪阻に有効な食事法

こんにちは、副院長の石田です。

先日つわりと妊娠悪阻の診断に関するブログを書かせていただきましたが、今回はつわり対策について解説しようと思います。

そもそもつわりは治せるのか

以前の記事でも触れたようにつわりは大多数の妊婦さんが大なり小なり経験します。通常、症状はほとんどの場合で自然軽快し後遺症や合併症などにも関係しないため治療は必要ないとされていますが、一方で生活に支障が出てしまっているような人は積極的に治療が検討されます。特に摂食や飲水に著しく支障をきたしている場合は脱水や脳症の危険があるためビタミン剤を添加した点滴を必要とすることがあります。いずれにせよつわりで苦しいのは「しょうがない」という側面もあるため、治療目標は完治を目指すというよりは、症状の緩和と生命の危険や合併症リスクの低減を目指していく感じになります。

つわり・妊娠悪阻に効果的な食事法

つわりは空腹時と満腹時に症状が強くなる傾向が見られるため、空腹を感じ始める前に食べること、具体的には細かく1〜2時間ごとに軽食をとるという方法が提案されることがあります 1)2)。また、脂っぽかったり甘さや辛さが強い食べものはつわりを悪化させる可能性が示唆されているため、さっぱりとした刺激が少ない食べ物が勧められる傾向があります(欧米ではバナナ, ライス, アップルソース, トーストの頭文字をとってBRAT食と呼ばれる食事が用いられることが多いみたいです)。また、よく言われることですが、嘔気に対してショウガの有効性も示唆されています 3)4)。ショウガとつわりの関係はよく分かっていませんが、一説によるとショウガに含まれるジンゲロールとショウガオールがコリン作動性M3受容体とセロトニン作動性5-HT3受容体を阻害することにより効果を発揮するとされています。摂取方法に決まりは無いようで、料理に入れるほかジンジャーティーとして飲んだり粉末のショウガを飲んだりすることが多いようです。

まとめ

本日はつわりに効果がある食事について解説しました。色々と書きましたがつわりは個人差が大きい病態であり、人によってはむしろ脂っこいものが大丈夫だったりもします。いずれにしてもこの時期はあまり栄養バランスを気にせず食べられるものを食べていただくので十分ですので上記を参考にしながら自分に合う食事を探してみてください。

参考文献
1) V Newman, et al. J Obstet Gynecol Neonatal Nurs. 1993 Nov-Dec;22(6):483-90.
2) Stephan C Bischoff, et al. Auton Neurosci. 2006 Oct 30;129(1-2):22-7.
3) Youchun Hu, et al. J Matern Fetal Neonatal Med. 2022 Jan;35(1):187-196.
4) Estelle Viljoen, et al. Nutr J. 2014 Mar 19:13:20.

NIPTを早く受けることについて

こんにちは、副院長の石田です。

以前からこのブログでご紹介しているように、当院では認証施設としてご希望の患者さんに妊娠11〜12週前後でNIPTを提供しています。妊婦さんの採血だけで染色体異常について知ることができるこの検査を希望される方は多いですが、検査前の相談でよく聞かれるのが「結果を早く知りたいので検査ももう少し早くできますか?」という質問です。心情的になんとなく焦ってしまうのは理解できますが、果たして早く受けることはできるのか、そしてそれは本当に良いことなのか、今回は一緒に深掘ってみましょう。

そもそもなぜその週数で行うのか?

NIPTは胎盤(厳密にいうとこの週数では絨毛と呼ばれる組織ですが)の古くなって剥がれた細胞から妊婦さんの血流中に漏れ出てきたDNAの断片(cfDNA)を数えて病気の有無を調べる検査です。この胎児・胎盤由来のcfDNAが母体血中に占める割合を”fetal fraction”と呼びますが、正確な検査を行うためにはこれが十分に高いこと、具体的には少なくとも4%以上あることが大切です 1)2)。通常胎児・胎盤由来のcfDNAは早いと妊娠5週から、遅くても妊娠9週までには母体血中にみられるようになります 3)。そして妊娠10週以降になると概ね10〜20%のfetal fractionが得られるようになるためNIPTはその頃から行われるようになるんですね 2)4)5)。

早く受けることにメリットはあるのか?

色々と考え方はあると思うのですが、私個人としてはNIPTを早く受けるメリットはあまりないと考えています。検査精度のこともそうですが、NIPTは非確定検査と言ってそれ自体の陽性・陰性では診断が確定しません。例えばダウン症候群が陽性となっても、本当に21番染色体が3本あるかは絨毛検査や羊水検査を受けないと分からないんですね。そして多くの施設で提供されている羊水検査は妊娠16週頃にならないと受けられないので、結局そこまで待つことになります。たまに「早期NIPT」として妊娠6週頃よりNIPTを提供している施設がありますが、何かそれが可能になる新技術でもあるのかと文献を調べたり関係各所にヒアリングしてみたものの、今のところそういった事実は確認できませんでした。実際そうした施設のウェブサイトを確認すると「判定保留の場合は無料で再検査いたします」と書いてあり、もしかしたら従来のNIPTを早くにやっているだけなのかもしれません。「早くに分かれば内服薬による中絶を選択できる」とする意見も散見されますが、一般的にNIPTの結果だけで中絶を受けてくれる産婦人科はほとんど無いと思われます。

まとめ

本日はNIPTを受ける時期について解説いたしました。赤ちゃんのことを早く知りたい気持ちもあるとは思いますが、闇雲に焦るとかえってモヤモヤする時間が長くなったりとストレスが増えてしまう恐れもあります。日本の妊婦健診や出生前診断は必要な検査を適切な時期に受けられるよう配慮されていますので、慌てず一つひとつ進めていくようにしましょう。

参考文献
1) Lisa Hui, et al. Prenat Diagn. 2019 Dec 10;40(2):155-163.
2) Sanaz Mousavi, et al. BMC Pregnancy and Childbirth. 2022 Dec 8;22(1):918
3) Guibert J, et al. Hum Reprod. 2003;18(8):1733.
4) G Ashoor, et al. Ultrasound Obstet Gynecol. 2013 Jan;41(1):26-32.
5) Glenn E Palomaki, et al. Genet Med. 2011 Nov;13(11):913-20.

NIPTの検査機関と検査精度について

こんにちは、副院長の石田です。

当院は現在、日本医学会の出生前検査認証制度等運営委員会の認証を受けてNIPTを提供していますが、妊婦健診や検査前の遺伝カウンセリングでよく聞かれる質問の一つに「NIPTの検査精度って病院によって違いますか?」というものがあります。実はこれ、とても大事なことなので今回は本件について少し説明させていただこうと思います。

NIPTってどこで検査しているの?

一般的にNIPTは各医療施設でカウンセリングと採血を行ったのち、検査会社に血液サンプルを渡して行います。結果が出たらそれが病院に返送され、外来等で担当医から患者さんに報告するという仕組みになっており、院内で検査をしているわけではないんですね。つまり厳密に言うと検査精度は「どの病院を受診するか」というよりは「どの検査会社が行うか」によることになります。

病院はどんな検査会社と契約しているの?

あまり知られていませんが、NIPTの認証制度は病院や診療所などの医療施設だけでなく、検査会社の方にもあります。同じく出生前認証制度等運営委員会により認証された検査会社を「認証検査分析機関」と呼びますが、認証施設はほぼ間違いなく認証検査分析機関と契約しているため検査の質が保証されているんですね。逆に認証検査分析機関は非認証施設に検査を提供すると「委員会認証検査分析機関剥奪」につながる恐れがあります。そのため非認証施設は同様に認証を受けていない検査会社と契約していることがほとんどですので、そこで行われている検査の質が高いか低いかは分からないということになります。

まとめ

もちろん「非認証施設の検査は質が低い」と言ってしまうのは暴論ですが、少なくとも認証施設の検査は安心して受けていただけますよというお話でした。NIPTをお考えの妊婦さんとそのご家族におかれましては、そのほかにも気になることがあればスルーしてしまうのではなく、遠慮なくかかりつけの主治医に相談しましょう。