早食いは妊娠糖尿病のもと

『早食いは妊娠糖尿病につながる』。

この度 Dongらが以下タイトルの論文を発表しました。

Self-Reported Eating Speed and Incidence of Gestational Diabetes Mellitus: the Japan Environment and Children’s Study.

2011年1月から2014年3月まで調査した97454人の日本の妊婦さんで、単胎妊娠を対象とし、既にGDM(Gestational Diabetes Mellitus:妊娠糖尿病)の診断、また心疾患やがん合併の方らを外した84811人の妊婦さんの検討となっています。その妊婦さん達が食事時間などを質問票に記入し、それらのデータと結果を追跡し、解析したものとなります。

なお追跡期間中に1902例(全体の2%)が診察にてGDMと判断されています。

食事時間・スピードの対象群分けとしては、

・ゆっくり食べる: Slow

・中等度のスピードで食べる: Medium

・やや速く食べる: Relatively Fast

・速く食べる: Very Fsat

と妊婦さんを4つの群に分けています。

食事時間・スピードが「ゆっくり食べる: Slow」群を基準として、「速く食べる: Very Fast」群の妊娠糖尿病の発症リスクを年齢を調整した上で比較する(Model 1)と、オッズ比1.28(95%信頼区間1.05~1.58)と有意な結果が認められました。

ちなみにオッズ比とはある疾患などへのなりやすさを2つの群で比較して示す尺度です。オッズ比1とは疾患へのなりやすさが両群で同じということになり、オッズ比が1より大きいことは疾患へなりやすさが基準群より高いことを意味します。上の表から「Very Fast」群は他の群と比較して数が大きいのがお分かりいただけるでしょうか。

なお気になる生活習慣(喫煙や飲酒など)や特有な関連リスク(巨大児分娩既往など)がある場合(Model 2)、さらには食事内容を考慮し調整した場合(Model 3)でも「Very Fast」群はオッズ比の上昇が認められます。

これらを踏まえた解析結果として明らかなBMI高値の妊婦さんは、GDMリスクとして食事スピードが64%の理由を占めることがわかりました。

まとめますと、

『早食いの妊婦さんはGDMの危険性がある。これはBMI高値と大きく関連があるかもしれない。』

(*BMIについては以前の副院長のブログを参照してください

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2019/11/13/妊娠中の体重管理/

とこの論文は述べているのです。

子宮筋腫と妊娠について

こんにちは、副院長の石田です。

よく外来で、妊婦健診やがん検診などの時に偶然見つかることが多い子宮筋腫ですが、いきなり筋腫があると言われるとびっくりしてしまう人も少なくありません。本日はそんな子宮筋腫と妊娠についてお話ししようと思います。

その前に子宮筋腫とは

子宮筋腫とは文字通り子宮にできる筋肉の塊です。子宮はもともと“平滑筋”という筋肉で大部分ができていますが、その細胞が部分的に異常増殖してできる腫瘍が子宮筋腫と言われます。婦人科腫瘍の中では最も頻度が高いと言われており、日本人での正確な統計は無いものの、報告によっては50代までの白人女性の70%、黒人女性においては80%に発生するとの報告があります 1)。 30〜40代の女性に多く、女性ホルモンで成長するため雑に言うと生理がある限り少しずつ大きくなってきますが、逆に閉経すると少しずつ小さくなっていきます。

子宮筋腫があると妊娠にどんな影響があるの?

胎盤との位置関係やサイズなどによって妊娠への影響に違いがありますが、一般的には切迫流早産、骨盤位(逆子)、前置胎盤、常位胎盤早期剥離など様々なリスクを上げることが分かっています。また、筋腫自体も妊娠中に大きくなることがあり、それに伴って変性痛という強烈な痛みを1〜2週間起こすこともあります。しかも妊娠中は出血などのリスクのために原則的に筋腫の治療ができないため特定の患者さんたちにとっては非常に厄介な疾患なのです。

とか言うと、「じゃあ筋腫があったら妊娠しない方がいいってこと!?」と言いたくなりますが、上記の通り婦人科で最も多い腫瘍の一つであり、知らないで抱えている人も結構多いです。実際の子宮筋腫合併妊娠の頻度は12.5%くらいあるという報告もありますが、多くの妊婦さんが筋腫がありながら無事にご出産されていますので、注意して診ていく必要はあるものの、過度に心配しなくてもよいということになります。

子宮筋腫があるのが分かっていて妊娠を希望する場合はどうしたらいいの?

これは一概にお答えするのは難しいですが、一般的にはサイズが5〜6cmを超えるもの、過多月経や月経困難症など症状を起こすもの、また不妊の原因になっていると思われるものなどは手術を含めて積極的に治療を検討することが多いです。「え?不妊の原因になるの?」と思われた方、そうなんです。筋腫がある人と無い人では、ある人の方が妊娠率が低く、流産率は高いんですね。もちろん位置やサイズなんかにも影響されるんですが、特に子宮の中に飛び出してくるタイプはその差が顕著だと言われています 2)。

ただ、子宮筋腫を手術で摘出すると子宮に傷がつき、修復する過程で壁が薄くなることからその後の妊娠で子宮破裂のリスクが高まると言われています。そのため原則的には帝王切開での分娩が必要です。また、術後は子宮の傷を治すために半年程度の避妊期間を置くことが多いため、高年齢の患者さんの場合には特別な配慮が必要です。そういった関係で実際に治療をするかどうか、どのような方法で治療するかは個々の患者さんの状況に応じてご本人と医療者がよく相談をしながら決めることが多いですね。

筋腫にはどんな治療があるの?

一番シンプルなのは手術です。筋腫だけを取り除く“核出術”と子宮全てを取ってしまう子宮全摘出術があり、それぞれお腹を大きく開ける開腹術と小型カメラと専用の棒みたいな器具でお腹に小さな穴を開けるだけでやる腹腔鏡手術があります。

また、完治できるわけでは無いけどGnRH アゴニストというホルモンに働きかける注射で小さくすることもできます。注射は月1回、最大半年間の治療になりますが、最近は似たような作用を持つ飲み薬も発売されました。ただ、飲み薬は新薬ということもあり2週間に1回病院に通って作用、副作用をチェックしながら処方を受ける必要があります。ちなみにどちらも良い薬ではあるんですが、ちょっと値段が高いです。

まとめ

子宮筋腫は婦人科的には“ありふれた”病気ですが、出てくる症状は多彩で気づきもしない人が多い反面、重い症状に悩んでいる方もたくさんいらっしゃいます。自分にもあるのかな?と気になった方、また生理が重かったり妊娠しづらいなと思う方は子宮筋腫の可能性も考えて最寄りの婦人科を受診してみてはいかがでしょうか?

1) Day Baird D, et al. Am J Obstet Gynecol 2003; 188: 100-107

2) Klatsky et al. Am J Obstet Gynecol 2008; 198: 357-66

柴苓湯(サイレイトウ)はマルチパーパス漢方

前回私院長がブログにポストした、『当帰四逆加呉茱萸生姜湯』についての反応が良かったので、今回は引き続き漢方のお話で、”柴苓湯(サイレイトウ)”について解説します。

柴苓湯は小柴胡湯(ショウサイコトウ)と五苓散(ゴレイサン)を合わせた合剤漢方になります。

小柴胡湯の成分はステロイド類似作用を持ち、炎症や自己免疫が関与する疾患(*)に処方されます。

また、炎症の多くは臓器、組織の浮腫を伴います。五苓散の成分は利水作用を持ち、浮腫に対し有効に働きます。例えば妊娠後半期の循環血流量増加に伴う単純性浮腫であれば、五苓散を単独処方します。

(ちなみに五苓散は二日酔いや、めまいにも大変有効です)

従って、柴苓湯は手のしびれを主訴とする手根管症候群に適応となります。

手根管症候群とは、浮腫によって手首の手根管という腱が腫れ、そこを通る正中神経が圧迫され手のしびれや痛みが起こる病態です。先ほど申し上げた通り妊娠は赤ちゃんに血液を送るために循環血液量が増加するので手根管症候群が起こりやすいのです。

対処法としては末梢神経障害に適応のあるビタミンB12などの内服、そして漢方の内服です。また運動や仕事の軽減、シーネ固定などの局所の安静、ひどい時は腱鞘炎を治めるための手根管内腱鞘内注射が行われます。1)

ちなみにこの腱鞘内注射、トリアムシノロンアセニド(ケナコルト®)2)というステロイドを打つのですが、すごく痛いそうです。

であれば浮腫を抑えてステロイド成分のある柴苓湯は、手根管症候群の対処法として理にかなっていると言えます。

また、関節痛・神経痛に桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)という漢方があります。これも手根管症候群に有効とされ、小林製薬が市販薬として販売しています。

話を柴苓湯に戻します。新潟大学産婦人科などでは柴苓湯のステロイド類似作用を利用し、自己免疫(*)疾患の抗リン脂質抗体症候群などの不育症に対して、柴苓湯を積極的に用いています。3)

柴苓湯はその他の適応として術後のケロイド・肥厚性瘢痕に対しても有効とされています。Multipurposeな漢方である柴苓湯をぜひ皆さんも知っていただきたいです。

参考)

1) 日本整形外科学会 https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/carpal_tunnel_syndrome.html

2) 今日の治療薬

3) 新潟大学医学部産婦人科教室 http://obs-niigata.jp/patient/reproductive/

HPV 9価ワクチン(シルガード9®︎)について

こんにちは、副院長の石田です。

皆さん本日7月6日はワクチンの日というのをご存知でしょうか?1885年7月6日、フランスの細菌学者であるルイ・パスツールが開発した狂犬病ワクチンが、狂犬病の犬に噛まれた9歳の少年に世界で初めて接種されました。狂犬病は今も発症すればほぼ100%死に至る病気ですが、この少年はワクチンのおかげで発症することなく無事に治癒したのです。というわけで本日はワクチンに関するお話です。

HPV 9価ワクチンの承認が了承されました。

先日厚生労働省の薬食審・医薬品第二部会が9価ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの承認を了承しました。このワクチンは2015年7月に承認申請が出されたので、実に5年越しの部会通過となります 1)。間も無く正式承認される見通しということで、このワクチンについてちょっと解説していきたいと思います。

どんなワクチン?

これまでの子宮頸がんワクチンと同じでHPVの感染を予防することによって子宮頸がんになりにくくなるというものです。HPV自体は100種類を超える型に数字で分類されており、そのうちメインになる16と18を含む14種類が子宮頸がんの原因になると考えられていますが、現行のサーバリクス®︎やガーダシル®︎がそれぞれ2種類(2価)、4種類(4価)にしか効かないのに対して、シルガード9®︎は6、11、16、18、31、33、45、52、58の9種類のウイルスに効果があります 。これまでのワクチンでカバーされていた16型と18型は子宮頸がん全体の70%程度の原因とされてきましたが、今回さらに31、33、45、52、58型をカバーすることで90%の子宮頸がんを予防することが可能と考えられています 2)。その他にも外陰がん(陰茎を含む)、肛門がん、咽頭がん、そして性病の尖圭コンジローマ(主に6、11型)などもHPV感染により起こるため、これらに対してもまとめて予防効果が期待されています。

接種対象と方法

ガーダシルと同様で初回、2ヶ月後、6ヶ月後というスケジュールで1回0.5mLを合計3回筋肉注射します。対象は9歳以上の女性で、通常は11〜12歳で投与しますが、45歳までであれば適応となります。意外と知られていないのは、「子宮頸がんワクチンは男性が接種しても良い」ということです。子宮も無いのに不思議な感じがするかもしれませんが、上記の通り陰茎がん、肛門がん、一部の咽頭がんや尖圭コンジローマなんかも予防できるので理に適っていますね。性病の尖圭コンジローマは別にしても、子宮頸がんと比べるとこれらの悪性腫瘍はそもそも発生頻度が格段に低いため男性は接種による利益を感じにくくはあるのですが、特に女性のワクチン接種率が低い国や地域では女性から男性という感染も成立しやすいため費用対効果が高いと考えられます 3)。でも何より大事なのは男性が接種することで男性→女性という感染の機会が減るため結果的に女性を子宮頸がんから守れるということです。子宮頸がんというのは女性だけが関心を払う問題ではないということを改めて意識するべきでしょう。

効果

では実際にみんなが子宮頸がんワクチンを接種するとどれほどの効果が期待されるのでしょうか?こちらは日本産科婦人科学会のウェブサイトからお借りして来たスライドです。

なんと2030年までにワクチンと子宮頸がん検診がしっかり普及した場合、今世紀中に子宮頸がんをほとんど撲滅することが可能であることが分かっています。これってすごくないですか?事実、世界に先駆けて子宮頸がん対策を行ってきたオーストラリアでは2028年頃に国内から子宮頸がん患者がいなくなる可能性があるそうです 4)。

副反応

最も多いとされている副反応は注射した場所の発赤、腫脹、疼痛で、その他めまいなんかも見られます 5)。重い副作用では失神なんかも頻度が高いため特に子供たちに投与する時は倒れないように座らせるか寝かせることが勧められています。また日本では2013年にワクチン接種後の知覚障害や全身疼痛、記憶障害などの重度な副反応が報告されたことは皆様もご存知かと思います。今も苦しんでいる方々がいらっしゃるためそれを軽んじることはできませんが、その一方でこれらの症状は臨床研究を通じてワクチンとの因果関係は証明されませんでした 6)7)。これに対して研究自体の問題点を指摘するもっともな意見もありますが、逆にこれらの重度な副反応とワクチン接種の因果関係を証明できた研究はありません。

まとめ

皆さんは「悪魔の証明」という言葉をご存知でしょうか?現実世界での悪魔の存在を情況証拠的に否定することはできるけど、断定的に存在しないとは言い切れない(「私は悪魔を見た」という人が一人でもいればその経験を反証するのはほぼ不可能)ことから、無いものを無いと証明することは極めて難しいことを指します。ワクチンの副反応もきっと同じで、いくら科学的に無い可能性が高いと言ってみても、現に何らかの症状で苦しんでいる方がいる以上は「無い」と断定するのは、恐らく今後も不可能でしょう。そういうある意味曖昧な部分が残るせいでワクチン接種に踏み切るのが難しい部分もあるかと思いますが、その一方で毎年多くの女性が子宮頸がんで子宮を失ったり亡くなったりしているのは事実です 4)。これらのデータを踏まえて我々産婦人科医のほとんどは、ワクチン接種を行うことで期待できる成果が大きいと考えています。当院ではご希望の方に子宮頸がんワクチンの接種を承っておりますし、今後9価ワクチンが正式に承認されれば院内採用する予定です。ご希望の方、ご興味のある方は是非当院までご連絡ください。

1) https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=69303

2) Zhigang Zhang, et al. Hum Vaccin Immunother. 2017 Sep;13(1):2280-2291

3) Bogaards JA, et al. BMJ. 2015;350:h2016. Epub 2015 May 12

4) 日本産科婦人科学会:http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4

5) Slade BA, et al. JAMA 2009;302(7):750

6) 第23回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成28年度第9回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会 資料4

7) Sadao S, et al. Papillomavirus Res. 2018;5:96-103