お腹の赤ちゃんに臍の緒が巻いているか心配になった時に読む話

こんにちは、副院長の石田です。

臨月も近くなり、いよいよお産を意識し始めると気になってくるのが「臍の緒が赤ちゃんの首に巻きついていたらどうしよう?」という心配です。実際、少なくない妊婦さんに「うちの子、大丈夫ですか?」と聞かれるので、本日はこの件について解説したいと思います。

臍の緒が首に巻きついているとどうなるのか?

結論から言うと赤ちゃんへの影響はあまり考えなくて良いようです。首に臍帯が巻きついている場合は出生直後の赤ちゃんの元気度を表すアプガースコアが低くなる傾向があるようですが、一方で胎児死亡や新生児集中治療室への入院率は上昇しなさそうと言うことで、それが深刻な状況に発展することはほとんどないようです 1)2)。また、分娩中に胎児心拍異常の出現率が上がるかもしれないと考えられている一方で、諸説あるものの脳性麻痺を含む神経障害などの発生に関しては「明らかな影響はなさそう」というのが多数派の見解のようです 2)3)4)。

当院での対応

上記の通り出生直後の赤ちゃんの立ち上がりが悪くなる可能性があること、エビデンスは定かではないものの分娩の最後に少し引っ張られて出にくくなることがある印象から、念のため当院では37週の妊婦健診時に首への臍帯巻絡がないかどうかチェックして記録に残してスタッフ間で情報共有しています。ただ、医学的にはそれが赤ちゃんの予後に大きな影響を与える可能性は低いこと、そうは言っても「臍帯が赤ちゃんの首に巻いていますよ」と聞くと必要以上に妊婦さんとご家族を心配させてしまう可能性が高いことから積極的にお伝えしてはいません。一方で内緒にしているわけでもないので、その際に聞かれれば正直にお答えもしています。

まとめ

ということで本日は臍帯巻絡についてお話ししてみました。我が子の首がロープのようなもので絞められていると想像するとちょっと怖い気もしますが、実は20%程度の赤ちゃんに臍帯巻絡は見られるとされており、そんなに珍しいものでもありません 1)。日本産婦人科医会のウェブサイトでも「心配しすぎないで大丈夫ですよ」と案内されていますが、実臨床の経験としてもほとんどの赤ちゃんは問題なく生まれてくるので安心していただいて大丈夫です 5)。ただ、「それでも気になるから知っておきたい!」という妊婦さんもいらっしゃることと思いますので、気になる時には超音波検査中に遠慮なく院長や私に聞いてみてください。

1) Dexter J L Hayes, et al. PLoS One. 2020 Sep 24;15(9):e0239630
2) Eyal Sheiner, et al. Arch Gynecol Obstet. 2006 May;274(2):81-3
3) Gutvirtz G, et al. Early Hum Dev. 2019;133:1
4) Ogueh O, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 2006;85(7):810
5) 日本産婦人科医会. 女性の健康Q&A: https://www.jaog.or.jp/qa/confinement/200819/

GBSとは

B群溶連菌(溶血性連鎖球菌)[group B Streptococcus agalactiae]は腟や直腸に存在します。

GBSは、GBS感染症として新生児の早発型敗血症・髄膜炎と遅発型敗血症・髄膜炎の原因となります。分娩前の抗菌薬投与が現時点で早発型敗血症に対する予防法とされています。よってGBSをできるだけ検出しこの予防法を行うことが重要で、日本ではアメリカの検査方法および対応(ユニバーサルスクリーニング)が参考にされています。

分娩時の産道内GBSの存在予測のため、妊娠35・36週の健診で検体を提出します。

結果、B群溶連菌(GBS)を保菌していることがわかった(前児がGBS感染症だった)場合、

分娩時に抗菌薬の点滴を行います。陣痛発来・破水での入院時から4時間ごとに、分娩まで抗菌薬を追加投与します。なお帝王切開時に関しては予定どおり術前に抗菌薬を投与します。

抗菌薬の投与開始については、分娩の4時間前から抗菌薬の点滴が有効とされています。

(正期産)新生児の(早発型*)GBS感染症を予防するための抗菌薬としてペニシリン系などの抗菌薬を母体に点滴投与します。比較的投与回数が多くなるため、今までに抗菌薬のアレルギーの既往があるか事前に情報を共有させていただき、必要あれば別の抗菌薬(セフェム系やクリンダマイシン)を選定する必要があります。

なお分娩前にGBSの保菌状態が不明の場合(結果がまだ判明していないなど)も上記同様抗菌薬投与の適応となります。

以上、GBSが保菌していると考えられる場合の対応・予防法について述べましたが、もしGBSが検出されなくても、新生児にGBS感染症・敗血症が絶対起こらないわけではありません

GBS感染症は日齢7日未満の早発型*と7日以降の遅発型に分類されます。

・早発型:出生後当日から48時間以内に呼吸困難などの感染による症状が現れ、診断されることが多いです。ユニバーサルスクリーニングを行なっても0.1〜0.2/1000出生の確率で発症します。

・遅発型:生後7日から3か月位(約1ヶ月の発症が多い)に発熱、敗血症や髄膜炎を発症します。遅発型は現時点で予防法は確立しておりません。退院後、児に発熱を認める場合は遅発型GBS感染症でなくても早めに小児科を受診し対応してもらうのが良いでしょう。

文責 院長

妊娠したら重いものを持っていいのか

こんにちは、副院長の石田です。

病院で無事に正常妊娠が確認された直後に最も気になることの一つが「重いもの持って大丈夫ですか?」という疑問です。日常生活での買い物や仕事はもちろん、上のお子さんがいれば抱っこしていいのかということも気になりますよね。特に介護や運送などの仕事をされている人は心配が絶えないと思います。そこで本日はこの話題について触れてみたいと思います。

重量を取り扱うことのリスク

妊娠中に重量を扱うことで物理的な子宮への圧迫や持ち上げる動作・体勢による静脈圧の変化、下肢から血液還流の減少などが起こりえますが、理論上はこれらにより流早産や低出生体重児、妊娠高血圧症候群のリスクが懸念されます 1)2)。また、妊娠に伴う重心の変化、関節や背骨の不安定性の増加、バランスコントロールの変化などにより、筋肉や骨格の損傷リスクも妊娠前と比較して上昇すると考えられています 1)。

妊娠中に持ち上げるものの重量制限

では、どの程度の重さまでなら取り扱っても大丈夫なのでしょうか?重量制限については、日本では女性労働基準規則第二条で妊婦の年齢と作業の種類によって以下のように定められています。

また、米国疾病予防センター(CDC)では妊娠20週以前か以降か、持ち上げる頻度、そして高さや角度によって細かく決められていました 3)。細かくご紹介するとキリがないんですが、例えばお腹の高さに持ち上げる作業が5分に1回未満の場合、妊娠20週以前では16.3kg、妊娠20週以降では11.8kgですが、5分に1回以上で、しかも1日1時間以上その作業に従事する場合には妊娠20週までは8.2kg、妊娠20週以降では5.9kgとされています。(細かくて目が疲れますが、気になる人は以下の表をご参照ください。)

実際重いものは妊婦さんと赤ちゃんのリスクるのか

上記のように諸々と示されてはいるものの、実は根拠となるエビデンスの質は必ずしも高いものではないようで、この問いに関して明確な答えは未だに出ていないようです。データによってはリスクは上昇しない、あるいはリスクの上昇が示されてはいてもその幅は決して大きくないという話もあるようです 4)。ちなみに英国王立内科協会の資料によると重量物を取り扱う妊婦さんにおける早産、流産、新生児の低体重リスクの上昇はそれぞれ0.1%、0.2%、0.8%程度に留まるようでした 5)。そもそも上記の目安を提案しているCDCですら、サイトの下の方で「実際に流産などになったとしても、それが重いものを持ったせいかどうか判断するのはほぼ無理だし、実際本当の意味で何キロまでならいけるかとかは我々には分からない。」と書いているんですね 3)。

まとめ

というわけで本日は妊婦さんと赤ちゃんに対する重量物のリスクについてのお話でした。上記を踏まえた上で、私は「無理せず持ち上げられる程度のものであれば、あまり気にし過ぎなくて良いですよ」とお伝えしています。確かにお母さんと赤ちゃんのリスクが上昇する可能性は否定できませんが、そもそもその動作は上の子の抱っこや買い物などの日常生活や、家計を支える仕事など必要でやっていることがほとんどだからです。もちろんただでさえ体調が万全とは言えない妊娠期に重労働を避けられればそれに越したことはありませんが、どうしても自分がやらなければいけない時にはその動作は必ずしも大きなリスクとは言えないので心配し過ぎなくても良いと思います。逆に、男性や妊娠していない女性におかれましては、「妊娠中に重いものを持たせるとリスクがあるかもしれない!」と考えて積極的に周りの妊婦さんの重労働を代わってあげてください。

1) Thomas R Waters, et al. Hum Factors. 2014 Feb;56(1):203-214
2) Palmer KT, et al. Occup Environ Med 2013;70:213-22
3) Centers for Disease Control and Prevention. The National institute for Occupational Safety and Health (NIOSH). Physical Job Demands – Reproductive Health: https://www.cdc.gov/niosh/topics/repro/images/Lifting_guidelines_during_pregnancy_-_NIOSH.jpg
4) The American Collage of Obstetricians and Gynecologists Committee Opinion No. 804. Obstet Gynecol 2020;135:e178-88
5) Royal College of Physicians. Advising women with a healthy, uncomplicated, singleton pregnancy on : heavy lifting and the risk of miscarriage, preterm delivery and small for gestational age.: https://www.nhshealthatwork.co.uk/images/library/files/Clinical%20excellence/6220_Pregnancy_info_heavy_lifting.pdf

当院の無痛分娩で計画分娩が望ましい理由

当院では硬膜外麻酔の無痛分娩を原則、計画分娩としてお願いしています。理由として以下となります。

痛みが強くなる前に硬膜外処置を行い、無痛分娩対応を行わないと一定の満足度が得られない可能性がある

陣痛発来後、さらに痛みが強くなった状態で硬膜外麻酔の処置を行い、局所麻酔薬を注入しても、ご自身が痛みをどの位軽減されたのか、わかりにくく、結局痛いまま分娩を終えてしまった、という経験になりかねません。また「痛い、痛い」と訴えられ、リクエストどおりに局所麻酔薬をどんどん注入してしまうと局所麻酔中毒の危険性も出てしまいます。

上記でも触れましたが、当院では硬膜外処置にて留置したカテーテルから『局所麻酔薬』を注入します。他院ではそれに加えて『麻薬』を投与することもあります。実際、麻薬も入れた方が鎮痛効果が高いのですが、呼吸抑制のリスクもあるのです。当院としては安全な鎮痛管理を行うため、麻薬の投与は行いません。ただしこの方針は一般的に言われている”無痛分娩”と何ら変わりはありません。

日中、院長か副院長がいれば局所麻酔量の調整ができる(分節麻酔)

先ほど申し上げたとおり安全な鎮痛管理を行うため、夜間や当直医による無痛分娩時は安全量の局所麻酔薬を時間どおり注入する形となります。これはある程度の鎮痛は得られるものの、分娩の進行によって児頭も下降するため、痛みの場所も変わってくるので痛みを再度感じてくるのも事実です。日中、私院長か副院長がいる時は慎重管理のもと、局所麻酔薬投与量を多くして鎮痛領域を広げる対策が可能なのです。

夜間の陣痛発来時、LDR 2部屋ですでに無痛分娩の対応の時は、安全のため硬膜外処置をお受けできないことがある

やはり日中の方がマンパワーが多く夜間に比べ柔軟な対応が行いやすいのです。当院での分娩提供環境(LDR 2室、手術室1室)からは夜間同時3例の無痛分娩対応は安全面から難しく、夜間は硬膜外処置をお受けできないことがあります。

よって上記から、当院では外来での内診所見から

経産婦さんは39週頃、

初産婦さんは40週頃の

計画分娩をお勧めすることが多いです。

当院では分娩件数の増加とともに、無痛分娩希望の方も多くなっています(他院と比べ、価格が1/2〜2/3の設定になっているのも要因でしょうか)。安心安全な分娩を提供するためこれらのご理解をいただきますようよろしくお願い申し上げます。

文責 院長

世界各国の不妊治療事情

こんにちは、副院長の石田です。

体外受精など、「基本治療」とされる一連の不妊治療が2022年4月に保険適用されてから1年が経ちました。この間、不妊治療から無事妊娠が成立して当院を受診してくださった患者さんも大勢いらっしゃいますので、恐らく多くの方が保険診療の恩恵を受けられたことと思います。さて、そんな折ですが、学会誌に「諸外国における不妊治療の公費負担状況」という面白い論文が投稿されていたので本日はそちらから世界の不妊治療事情をご紹介させていただこうと思います 1)。

各国の公費負担割合

まずはご参考までに、International Federation of Fertility Societies(IFFS)という生殖医療に関わる代表的な国際組織が出したレポートによると、回答を得た88カ国のうち、53%にあたる47カ国で不妊治療をする患者さんに何かしらの財政支援が行われているそうです 2)。そんな中で冒頭の論文を読むと、ヨーロッパでは大半の国で何らかの公費負担が実施されているようで、たとえばフランス、イギリス、スペイン、デンマーク、スウェーデンなどではそれぞれに設定した条件のもと、100%の治療費が公費で賄われているということでした。また、保険の種類や州によってはドイツでも100%補助が出ることがあるほか、オランダでも加入している保険次第で90%がカバーされることもあるようです。ちなみに日本では43歳未満の女性が対象で、子供一人あたり6回(40歳以上では3回)まで保険適用としていますが、上記の国々では年齢制限は概ね40歳前後、治療回数は3回前後に設定されていることが多いです。他の国や地域で言うと、台湾は日本と大体同じような内容、韓国では自己負担10〜50%(年齢や所得による)、そしてなんとイスラエルでは婚姻状況を問わず45歳までのすべての女性が、第2子が出生するまで無償・無制限で治療を継続することができるみたいです。

上記の補足

さて、ここまでの流れだと「日本、まだまだじゃん。少子化なんだしもっと頑張らないと。」って思う方もいらっしゃるかもですが、もちろんそれぞれの社会にはそれぞれに抱える問題点もあります。例えば手厚そうに見える欧州各国の制度ですが、国によっては薬剤費は自腹だったり肥満女性は対象外になるなど必ずしもみんなに使い勝手が良いわけでもないようです。また、公費診療だと診察予約が1〜2年先になることもザラにあるようで、そこまで待てない女性に関しては結局自費での治療を選ぶことも少なくないみたいです。イスラエルは大盤振る舞いに見えますが、恐らくは文化的な事情に加えて常に亡国の緊張感がある歴史的背景などから「子供を産むことへの同調圧力」が極めて強く、加えて上記の制度がそれを後押ししているため一部の女性に対してかかる精神的負担の大きさが社会問題になっているということでした。そこで言うとフリーアクセスで予約も取りやすく、かつ国際的に見ても低単価とされている日本の不妊治療費用がさらに保険適用になっているのは、妊娠、出産を希望するカップルや個人にとって優しい社会と言えるのかもしれません。

まとめ

というわけで本日は不妊治療についてのお話でした。不妊治療はもともと産婦人科医の中でも知識や技術がそれに特化した人材でないと扱いきれないという特殊性があります。そのため私自身はこの分野に関して何か偉そうなことを言える立場にはないのですが、こうして制度の国際比較とその背景の考察をすることで様々なことが見えてくるのは興味深いなと思い記事にさせていただきました。とは言え当院でも、妊娠を希望しているけど専門施設にかかるのはちょっとハードルが高いという患者さんのご相談や初期診療はお受けしております。ご希望の方は是非気軽に予約を取ってお越しください。

1) 前田恵理 日本産科婦人科学会雑誌 Vol. 75, No. 3, pp.392-399, 2023
2) IFFS 2022. Global Trends in Reproductive Policy and Practice, 9th Edition. Global Reproductive Health 2022;7:e58