本当の分娩第3期の積極的管理

産後異常出血を防ぐために、「分娩第3期の積極的管理」を行われている施設が多いと思われます。今回はその中身についてお話です。

分娩第3期の積極的管理は大きく4つの方針が定められています。

1.オキシトシンの点滴

産後の子宮収縮を促すために子宮収縮薬であるオキシトシンを投与します。投与時期は文献によって様々な記載がなされていますが、ALSOプロバイダーマニュアルでは児の前肩が娩出してすぐに投与してよい1)、としています。一般的には児を娩出してからまもなくオキシトシンを投与する施設が多いと思います。この投与タイミングは産後異常出血の予防だけでなく、胎盤の自然剥離を促す目的でもあるのです。

なお、オキシトシンの投与遅延は胎盤遺残の原因ともなるので注意が必要です。

2.臍帯切断の遅延

新生児蘇生の対象とならなければ臍帯切断をすぐに行うのではなく、1〜3分経過してから臍帯切断を行うのがよいとされています。新生児の貧血等の改善・予防を期待するためです。

これは産後異常出血の予防ではなく、赤ちゃんによりそった分娩第3期管理といえるでしょう。ただし、これに関しては確立したエビデンスがまだなく、議論がなされている最中です。

3.適切な臍帯牽引による胎盤娩出

子宮底ではなく、恥骨上縁から手を乗せ子宮前壁を確認し、同時に臍帯を無理のない程度で正しい角度の臍帯牽引を行い胎盤を娩出します。これは’Brandt-Andrews(ブラント・アンドリュース)法’という手技になります。

4.胎盤娩出後の子宮マッサージ

胎盤娩出後、子宮をマッサージして子宮の再収縮をはかりつつ、子宮内腔の出血の排出を促します。文献として「どの位の時間子宮のマッサージを行ったら有効なのか」詳細な記載はなく2)、元々はオキシトシンを使えないような地域で産後出血を予防するための古典的な手技ではありますが、逆にこれを行わず分娩を終えてしまうと産後出血に対する初期診療のアプローチが遅れてしまいます。よって当院では担当助産師と担当医師に必ず行うよう伝えています。

文責 院長

参考文献

1) ALSOプロバイダーマニュアル第9版(英語版)

2) G Justus Hofmeyr, Uterine massage for preventing postpartum haemorrhage

産婦人科ファーストタッチ

新生児黄疸について

こんにちは、副院長の石田です。

赤ちゃんは生後数日以内に、黄疸といって皮膚が黄色くなってくることが多いです。人種や生まれた週数など様々な要因にも左右されますが、おおよそ70%前後の赤ちゃんが見た目で黄疸が確認されるというデータもあり、実際たくさんのご家族が生まれてきた赤ちゃんが黄色くなるのを確認されていると思います 1)。それでも多くの場合で自然に治まってきますが、一部の赤ちゃんには黄疸に対する治療が必要となることもありご両親が不安になってしまうことも多いので、本日は新生児黄疸について少し解説していきたいと思います。

なんで新生児は黄疸になりやすいのか

赤ちゃんは生まれるまでの間、胎盤を介してお母さんから酸素や栄養を分けてもらいます。しかし、実際にお母さんから回ってくる酸素量は自分で呼吸している我々の半分以下です。そこで胎児は赤血球という酸素を身体中に運ぶ血液細胞を大量に作り出すことでより効率的に酸素を運搬するよう工夫しているんですね。しかし出産が無事に終わって自分で呼吸するようになるとそこまでの赤血球は必要なくなるので余った分を壊して廃棄するようになります。この過程で出る廃棄物がビリルビンという物質です。ビリルビンはその後肝臓に運ばれて適切に処理され、腸に排出された後にうんちと一緒に体外に排出されることになります。赤ちゃんが黄疸になりやすいのは出生後に大量の赤血球を廃棄するためビリルビンがたくさん作られること、それに加えて処理工場である肝臓の機能が未熟なため排泄工程もモタつくことが原因なんですね 2)。

黄疸が強くなりすぎたら

上記の通り、黄疸が見られるのは赤ちゃんが外の世界に順応するのに辿る通常の体の変化によるものであり、基本的には自然に治まるので心配ないことがほとんどです。しかし想定以上にビリルビンが体内に溜まりすぎると核黄疸といって治療不可能な損傷を脳に引き起こすことがあるため適切なモニタリングと必要に応じた治療介入が肝心です。通常の検査は赤ちゃんの皮膚に押しつけるだけの器械を使って皮下組織の黄疸を計測するので痛くありませんが、その数値が高く出る場合は採血で実測します。実測値が高い場合には治療を開始しますが、ほとんどは光線療法といって裸の赤ちゃんに1日特殊な光線を当てるだけで問題なく改善しますので入院は必要ですがやはり赤ちゃんは痛くありません。ただ、ごく一部の赤ちゃんで黄疸の数値が非常に高くなることがあり、その場合は交換輸血という新生児科による特別な処置が必要になります。
たまに勉強熱心なご両親から「家でも日光に当てといた方が良いですか?」「母乳は控えた方が良いでしょうか?」などのご質問をいただくこともありますが、日光に当てることによる日焼けや体温上昇、脱水などの心配や、母乳を控えることで本来得るべき大きなメリットを逃してしまうリスクがありますので赤ちゃんの黄疸が強くなってきたからといってご自宅で何かしようというのはあまりお勧めしていません。

まとめ

というわけで本日は新生児黄疸についてでした。上記の通りほとんどの新生児黄疸は生理的なものであり、時間経過とともに勝手に良くなるかあるいは治療が必要になっても痛くない簡単な処置で終わる程度なので心配する必要はありません。その一方で黄疸が遷延するなど通常の処置では良くなりにくい場合は、その背後に代謝病や感染症などの基礎疾患が隠れている可能性もあるため精密検査を要することもあります。もし新生児期に赤ちゃんの黄色みが強くなってきたかな?と心配になる時は気軽に分娩施設へご相談ください。

1) Chou RH, et al. Pediatrics, 2003;112:1264-73
2) Ansong-Assoku B, et al. Neonatal Jaundice. StatPearls. 2022

ALSOとは

皆さん、あけましておめでとうございます。2023年もどうぞよろしくお願いします。

おかげさまで小生が院長を引き継いでから、分娩件数は

2019年:552件

2020年:573件

2021年:627件

2022年:654件

と増加しております。これはスタッフ全員が高いモチベーションで診療とサービスを行なってくれており、その価値を妊婦さんらが見い出していただいている結果と考えています。スタッフにも患者様にも改めて感謝いたします。

月によっては分娩予約数が予想を超え制限させていただくこともございます。安心・安全の医療の提供のためご理解いただければと思います。

今回は、私がにしじまクリニックの今後の成長要素を捉えている”ALSO”についてお話しします。

ALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)とは、医師やその他医療従事者が、周産期における救急事象に効果的に対処できる知識や能力を発展・維持するための教育コースのことをさします。米国家庭医学会によって認可され、現在アメリカではほとんどの分娩施設において分娩に関わる医療従事者がALSOの受講を義務づけられています。

成人の心肺蘇生はBLS/ACLS、小児の初療はPALS、産婦人科診療はALSOという大まかな位置付けでとらえていただくのがよいかと思います。

ALSOはLDRにおける産科の救急的対処できるようなプログラムがあるのはもちろんのこと、その他に出産前のリスク評価、妊娠初期の性器出血、患者と医師の関係、出産危機における両親のサポート、そして医療過誤リスクの減少といったテーマも含まれています。最近ではALSO-Japanでは患者安全とチームパフォーマンスの向上をはかるため”チームSTEPPS”をプログラムに取り入れているのも特徴です。

昨年12月にALSOのインストラクターの認定をいただけることになりました。名簿上、埼玉県内の医師として2番目の認定となります。今後私は埼玉南西部エリアの周産期診療の向上を目指します。当院スタッフの能力向上の目的はもちろんのこと、エリア内の他産科施設とより良い相乗効果を生むためにALSOを活用させていただくつもりです。

これは私と当院の今後20年の成長戦略として第1段階になります。ぜひともご賛同いただければ幸いです。

文責 院長

癒着胎盤、付着胎盤、嵌頓胎盤

胎盤は児娩出後5〜15分以内に剥離し娩出されます。しかし30〜45分経過しても胎盤が娩出されない場合は胎盤の娩出遅延と言えます。近年は産後異常出血の予防のために分娩第3期の積極的管理として胎盤の自然剥離を待つより正しい臍帯牽引を用いた胎盤娩出を行います。

胎盤の娩出遅延として考えられる状態は以下となります。

癒着胎盤:胎盤が子宮壁に癒着し、胎盤剥離が起こらないものをいいます。

胎盤は絨毛膜の一部が成長することで作られます。この時母体側(子宮側)の脱落膜は絨毛の子宮筋層内への侵入を防ぎます。何らかの原因(リスク因子として帝王切開既往、子宮内掻爬術の既往、前置胎盤など)で脱落膜が欠損すると絨毛組織は直接子宮筋層内に侵入し、癒着胎盤となるのです。

付着胎盤:胎盤が子宮壁に付着しているが子宮筋層との結合が密でなく、脱落膜の欠損を伴わず「真の癒着胎盤ではない」状態です。

嵌頓(かんとん)胎盤:組織上での脱落膜と子宮筋層の関係は問題ないのですが、児の娩出後子宮頸部・下節がけいれん性の過度の収縮が起こり、胎盤の娩出が困難な状態です。

胎盤娩出遅延の場合、子宮内検索と胎盤用手剥離術を試みます。

参考文献

産科婦人科用語集・用語解説集

産婦人科ファーストタッチ

文責 院長

産後新型コロナウイルスに感染した場合の授乳

今回は「産後、褥婦さんが新型コロナウイルス感染が判明した」時、授乳(と児の対応)はどうするかをお話します。

原則、児にも抗原検査・PCRを行います1)。結果陰性であっても濃厚接触者として対応します。

授乳に関しては以下3つが考えられます。

直接授乳:褥婦さん本人がマスクを着用と手指消毒、乳輪回りを清潔にしたうえでの直接授乳は可能と考えます2)。可能であれば、褥婦さんの着衣に触れさせないように直接授乳ができればより良いです。褥婦さんが隔離期間中は、児のお世話をしない時はある程度距離(約2m)をおくとよいでしょう。

搾乳した母乳を別介護者が授乳:母乳栄養は通常どおり行うことを推奨している施設が多いです3)。搾乳した母乳を褥婦さんではなく別介護者が哺乳瓶で飲ませる手段もあります。母乳を冷凍保管する場合は詳しくは看護師および助産師にお尋ねください。

別介護者が人工栄養(ミルク)で授乳:上記どおり母乳栄養を行うことは海外においても問題ないと現時点でいわれています4)が、ご家族にとっては濃厚接触者となる児を今後隔離期間中はできるだけ感染リスクを減らしたいお気持ちもある場合もあります。その場合は濃厚接触者に該当しない方がミルクの授乳をするということになります。ただし、隔離明けに母乳育児を速やかに開始するために搾乳を続けて母乳分泌を維持しておくことは必要です。

濃厚接触者の待機期間については、未就学児は現時点で無症状であっても期間短縮の対象とはならず5日間です。

参考文献

1) 産科診療における感染防御ガイド〜2022年版. 日本産婦人科医会

2) 新型コロナウイルス感染症と母乳育児について. 国立成育医療研究センターHP

3) 新型コロナウイルス感染症と赤ちゃん(濃厚接触者扱い)の対応について. 亀田総合病院・亀田クリニックHP

4) COVID-19: Intrapartum and postpartum issues. UpToDate

文責 院長