無痛分娩のPCA

この項では無痛分娩における「PCA」について説明します。

PCAとは「Patient Controlled Analgesia」の略で

産婦が陣痛の痛みを強く感じた時に、自分でディフューザーポンプに接続されたボタンを押すことで鎮痛薬剤(局所麻酔薬)を追加できる方法のことです。

にしじまクリニックでは、スミスメディカル社製のPCA機能を備えたディフューザーを採用しています。

ディフューザーのボトルに局所麻酔薬の1%メピバカイン(カルボカイン®︎)100mLを詰めます。当院では安全対策のため、これ以上の用量の麻酔薬は使用しません。

*海外の無痛分娩においても、局所麻酔薬の安全限界による用量設定は厳格です。麻酔薬の用量を使い切ってしまってお産に至っていない場合でも追加投与は行いません(その場合の多くは難産・分娩停止の可能性があります)。

ディフューザー機構により、ボトル100mLの1%カルボカイン®︎は、1時間あたり7mLを硬膜外腔へ注入されます。

またPCA機能として1回3mLのボーラス投与として1%カルボカイン®︎を自身で30分おきに追加できます。

スミスメディカル PCA型FCタイプ

よって1%カルボカイン®︎は1時間に最大10(〜13)mL硬膜外腔へ投与されることになります。これは無痛分娩の安全対策における局所麻酔薬の少量分割投与法にそって行うことができます。

局所麻酔薬の持続投与中でも、もちろん30分おきの麻酔レベルの評価を行います。

当院の無痛分娩における硬膜外麻酔は、カルボカイン®︎の安全用量、先ほど申しあげた100mLで分娩を終えることができるように、分娩第1期進行期に入る直前、すなわち子宮口5cm前後で硬膜外麻酔の処置を行います。進行期と分娩第2期が一番痛い時期だからです。

その後のディフューザーの装着については、分娩進行に合わせて担当医師が判断します。

*カテーテルを硬膜外腔へ留置後、分娩進行が(良い意味)で速い時はディフューザーを接続せず、従来どおり局所麻酔薬の30分おきの少量分割を行います。

以上、今回はPCAについて説明しました。鎮痛局所麻酔薬が持続的に注入されることに加え、さらに痛みを感じる場合はご自身でPCAボタンを押すことでさらなる鎮痛をはかることができるため、安心感もプラスされるのではないでしょうか。

(院長執筆)

過期妊娠予防の誘発分娩について

こんにちは、副院長の石田です。

妊婦さんは初期に分娩予定日を決定します。これは最終月経や赤ちゃんの大きさ、不妊治療を行なった方であればそのスケジュールから決まるのが一般的ですが、もちろんこの日に産まれますよということではなく、この辺りで産まれますよという何となくの目安になります。なので予定日を過ぎてからご出産になる方もたくさんいらっしゃるのですが、時としてなかなか産気づかない場合には積極的な医療介入を勧められることもあります。というわけで本日はこちらについてお話しさせていただこうと思います。

過期妊娠とは

過期妊娠とは妊娠42週を過ぎても妊娠したままの状態にあることを指します。昔は予定日超過という言葉を使用していたこともあったのですが、それだと音感的に予定日を少しでも超えたら全部当てはまってしまいそうなので現在は過期妊娠と呼ぶことに決められています。一般的に予定日を過ぎてしばらくしても陣痛や破水が起こらない場合には42週を超えないように誘発分娩を検討することになりますが、これは別にしびれを切らしてというわけではなく、過期妊娠にしたくない理由があるからに他なりません。では過期妊娠では具体的に何が起こるのでしょうか?

過期妊娠による赤ちゃんへの影響

42週を超えて妊娠が継続すると赤ちゃんが育ち過ぎてしまったり、胎盤が古くなることで機能が低下してしまうリスクが知られています 1)2)。赤ちゃんが大きく育ち過ぎてしまった場合には分娩が順調に進まずに難産や帝王切開になったり、赤ちゃんが出てくるときに産道に挟まったりして鎖骨骨折などの外傷が起こることがありますが、その一方で胎盤機能が低下した状態で妊娠が継続すると低栄養から赤ちゃんが痩せていったり羊水が少なくなったりします。また、胎便吸引症候群や胎児仮死など赤ちゃんの健康に深刻な被害が出てしまうリスクも高まるとされています 2)3)。

41週前後での誘発分娩をご提案しています

大体の周産期施設がそのようにしていると思いますが、上述のリスクを回避するために当院でも妊娠41週が見えてくると誘発分娩で積極的にお産にもっていくことをご相談するようにしています。実際に2020年に発表されたデータによるとその時期での誘発分娩は周産期死亡率を約70%、帝王切開になるのを約10%、新生児の集中治療室入院を約12%低下させるということでした 4)。誘発分娩は入院のうえで進めていくことになりますが、入院日はその時期の曜日や休日、また患者さんご本人やご家族の都合などを考慮してご相談の中で決まります。

まとめ

本日は過期妊娠について解説いたしました。できるだけ自然の陣痛を待ちたいというお母さんが多いと思いますし、我々としてもその方がスムーズにお産が進むことが多いのでできれば自然に陣痛が来る方がありがたいなと思っています。ただ、その一方で「赤ちゃんとお母さんが元気にお産を終えられること」が最優先課題ですので、患者さんご本人やそのご家族と我々医療者とでしっかりと話し合いながら一番良い方法を一緒に決めていきましょう。

1) Spellacy WN, et al. Obstet Gynecol. 1985;66(2):158

2) Vorherr H. Am J Obstet Gynecol. 1975;123(1):67

3) A M De Los Santos-Garate, et al. K Perinatol. 2011;31(12):789.

4) Middleton P, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2020;7:CD004945.

流産の疫学と治療・管理

流産の頻度は加齢により増加

流産の頻度は臨床的全妊娠の約15%であり1)、その多くは妊娠12週以前の早期流産です。

流産する確率は母体の加齢とともに増加します。加齢により染色体異常が増加するのです。例えばダウン症の確率を思い出していただければ納得がいくと思います。

ダウン症は常染色体異常のトリソミーに分類されます。これは卵子の老化によりものです。卵母細胞の減数分裂時の染色体不分離(受精前)が原因となります。

実のところ、染色体異常のある初期胚の多くは妊娠判明前に生理や化学流産等で生理様の出血として流産しています。

早期流産と後期流産

早期流産は染色体異常などによるものなので、胎児側の原因で起こるので治療を行うことはできません。

後期流産・切迫流産は母体側因子(子宮内感染や頸管無力症など)によるものなので、治療の介入の余地があります。

流産の治療・管理

・稽留流産、不全および進行流産では原則、子宮内容除去術(MVA)を行います。流産を繰り返す場合は内容物の病理検査のほか、染色体検査を行う場合があります。

・完全流産は経過観察とします。

・胎児心拍確認以後、妊娠12週未満の切迫流産で有効な薬物療法はありません。安静とし、こまめな経過観察を行います。

・妊娠12週以降の切迫流産では使用可能な薬剤を用いることがあります。妊娠16週以降では薬剤の選択肢が増えます。

参考文献;

1)産婦人科専門医のための必修知識2020年度版

(院長執筆)

出産とアロマテラピー

こんにちは、副院長の石田です。

当院では入院中の患者さんをメインにアロマテラピーを提供しています。お産中から産後にかけて専門のセラピストが医療者と協力しながらケアにあたらせていただいていますが、そもそもアロマとお産にどういう関係があるのでしょうか?というわけで本日はこのことについて少し解説させていただきます。

アロマセラピーとは

日本アロマ環境協会のウェブサイトによると、「アロマテラピーは植物から抽出した香り成分である精油(エッセンシャルオイル)を使って、美と健康に役立てていく自然療法」とあります 1)。“アロママッサージ“と聞くとエキゾチックな香りのするオイルを使用したタイマッサージを連想する人も多いかもしれませんが、グイグイ体のツボを押すようなマッサージではなく、むしろそれぞれのオイルが持つ香りの力を使って中枢神経を刺激したり、オイルが皮膚を通して作用することにより心身を整えていくのがアロマテラピーということです。

アロマセラピーとお産

陣痛という強い痛みの中でアロマの香りなんか楽しめるのだろうかと心配になる方もいらっしゃると思いますが、実はアロマオイルを使用することにより陣痛が緩和できるというデータがあります 2)3)4)5)。陣痛に対する恐怖感や緊張感が強いと交感神経がその分強く刺激され、それによって分泌されるアドレナリンやノルアドレナリンなどのストレスホルモンが陣痛を増強すると言われていますが、アロマオイルの香りとセラピストによるケアにより妊婦さんがリラックスすることで陣痛緩和効果が得られると考えられているわけです。陣痛でパニックになると呼吸法などの指導が入らなくなってしまう方もいらっしゃいますが、アロマオイルであれば嗅覚を通じて確実に届きますし、肌に合わないなど局所の問題が無ければ副作用も無く安全に使用できるのも利点ですね。

お産後のアロマも大切

お産は心身ともに大きく消耗するイベントですが、そこから一息つく間も無くすぐに育児を始めなければなりません。そのため入院中を含めていかにお母さんの心と体を回復させるかが課題となりますが、その場面でもアロマの有効性が示唆されています。具体的にはアロマテラピーを行うことでお母さんのストレスや鬱っぽさが改善したり、睡眠の質が高まったりするそうです 6)7)。そのため当院では分娩後の患者さんに対してもアロマテラピーやシッツバス、病室でのディフューザーによるアロマサービスなどを行っています。

まとめ

実際の臨床経験ではやはり緊張が強い妊婦さんのお産は痛みが強かったり進みにくかったりする印象があるため、我々医療者は妊婦健診を通じて信頼関係を築く、両親学級で出産の流れをイメージしやすくする、陣痛中のケアを行う、(今はコロナのせいで難しいけど)立ち会い分娩を奨励するなど様々な手段を使って妊婦さんをリラックスさせようと努力しています。上でお示ししたデータは必ずしもエビデンスレベルが高いものではありませんが、その一方で「アロマに助けられた」と言ってくださる患者さんも多く、嗅覚や触覚からの効果を期待できるアロマテラピーはお母さんと赤ちゃんを守るのにとても有効な手段であると確信しています。当院では国内外の資格を有するセラピストが医療スタッフとの連携のもと、皆さん一人ひとりの症状や好みに合わせて適切なアロマオイルをご提案しながらただのオイルマッサージとは違う本質的なケアを提供しています。ご興味のある方は是非当院のウェブサイトもご覧ください。

1) 日本アロマ環境協会:https://www.aromakankyo.or.jp/basics/introduction/

2) Tabatabaeichehr M, et al. Ethiop J Health Sci. 2020;30(3):449-458

3) Rajavadi Tanvisut, et al. Arch Gynecol Obstet. 2018 May;297(5):1145-1150

4) Masoumeh Namazi, et al. Iran J Pharm Res. 2014;13(3):1011-1018

5) Masoumeh Namazi, et al. Iran Red Crescent Med J. 2014 June;16(6):e18371

6) Kianpour M, et al. Iran J Nurs Midwifery Res. 2016 Mar-Apr;21(2): 197-201

7) Mahnaz Keshavarz Afshar, et al. Iran Red Crescent Med J. 2015 Apr;17(4):e25880

PUPPP

妊娠中は腹部が大きく伸展することで水分が減少するなどの理由から妊娠線や湿疹ができやすくなります。なかでも妊娠後半期に特徴的な湿疹・丘疹をきたすもので『PUPPP』と呼ばれる疾患があります。

PUPPP(Pruritic Urticarial Papules and Plaques of Pregnancy)、日本語に置き換えると

『妊娠性そう痒性丘疹』

といいます。

PUPPPの特徴は妊娠後半期(末期)に妊婦腹部からそう痒性丘疹・水疱疹が出現し、やがて末梢まで拡大します。

なお分娩後は速やかにに消退することも特徴です。

初産婦に多い傾向があります。

病因

・腹壁の過伸展による結合組織の損傷

・血管透過性亢進による炎症反応

など

治療

・Strongクラス以上のステロイド外用剤:StrongのステロイドⅢ群としてメサデルム®︎、リンデロン-V®︎、フルコート®︎など

+、追加でヘパリン類似物質

・抗ヒスタミン薬の内服:第一世代は眠気に注意

+、追加でプレドニゾロン15mg/日の内服:ここまでの状態であれば高次施設での管理を推奨

鑑別診断

・妊娠性痒疹:とも呼ばれ、妊娠中期と妊娠末期のタイプに分別される。四肢から好発し、掻痒性丘疹と掻いた痕の皮疹から成る

・妊娠性疱疹:『Herpes gestationis』とも呼ばれ、表皮下水疱を形成する

・多形滲出性紅斑:感染のみならず薬疹などの中毒疹を含む

・アトピー性皮膚炎

参考文献;

妊娠と皮膚病変. 診断と治療Vol. 83-No. 2

PUPPP. 皮膚病診療. 29(8); 927-930

(院長執筆)