経会陰超音波によるProgression angle

ブログでも何度も繰り返して言っていますが、分娩での内診評価を正確に表すこと、この事は大事なことです。

急速墜娩、いわば赤ちゃんを早急に娩出しなければならない状態の時に吸引および鉗子分娩か、帝王切開か、内診の状態が判断材料の一つとなるからです。

特に児頭下降評価は解剖学的に、また空間認知ともに把握してないと経験に頼ってしまう医師および助産師がいるのも事実です。そこで当院では児頭下降を客観的に評価するため、経会陰超音波を利用した『Progression angle(プログレッションアングル)』を測定します。

遷延分娩、いわゆる難産の時に行います。結局のところ経腹超音波を産婦の会陰に当てるだけなのですが、

恥骨の長軸

児頭への接線

が交わる内側の角度、これを『Progression angle』と呼び、

児頭長軸線と児頭先進部の接線が交わる内側角度がProgression angle

この角度が広がると児頭が下降している、ことがわかるのです。

転載禁止

児頭下降を画像および数値で可視化することで、内診だけを行うよりより正確な評価が行えます。

この方法は簡便であるのに他院であまりなされていないのが実情のようです。より安全な分娩管理のための手法としてProgression angleを一人でも多くの産科医療従事者が行うことを望みます。

(院長執筆)

頭痛対策にペンシルポイント針

帝王切開術後に麻酔の影響で頭痛を訴える方がいます。これは

硬膜穿刺後頭痛(PDPH: PostDural Puncture Headache)

といい、帝王切開の麻酔である脊髄くも膜下麻酔において

麻酔針が硬膜を穿刺通過するため、その穿刺口から脊髄液が流出することから起こります。

従来のクインケ・ランセット針は穿刺痕が鋭い切り口となります。そのため穿刺のしやすさから多くの施設でこの針を採用されている一方、PDPHが少ないですがある程度一定の割合で発生してしまうのがデメリットでした1)。

そこで、にしじまクリニックでは新たに『ペンシルポイント針』を採用することにしました。

ペンシルポイント針は外相的な切り口となります。

PDPHの発生率は

・クインケ23Gで4.6%

・クインケ25Gで3.6%

なのに対し、

・ペンシルポイント25Gで0.79%

・ペンシルポイント27Gで0.09%

(G:ゲージ。Gの数が大きいほど針は小さい。注射針も同様です)

と圧倒的に頭痛発生率を抑えられます。

既に手技としても従来と問題ないことを確認し、当院では選択帝王切開術で用いています。

先ほど「クインケ針は鋭針で穿刺しやすい」と述べましたが、

ペンシルポイント針は逆に穿刺時前後の負荷の差が大きい分、硬膜を穿刺する感覚がわかりやすく、「ブラインド」手技である麻酔穿刺において解剖学的特徴が得られ良い事だと感じています。

(超緊急帝王切開の場合等は従来のクインケ針で行う場合があります)

にしじまクリニックでは年々手技のアップデートに努めています。ご質問があれば外来でお気軽にお声かけください。

(院長執筆)

参考文献

1) Post dural puncture headache. UpToDate.

妊活中のご夫婦へ 〜風疹抗体検査を受けましょう〜

こんにちは、副院長の石田です。

当院には日頃から妊活に関するご相談で来院される患者さんが多くいらっしゃいます。妊活というとなかなか授からないカップルによる不妊・不育に特化した施設への受診が思い浮かばれるかもしれませんが、実際にはこれから妊活に入るご夫婦の相談なんかも多くお受けしています。そんな中でいくつか決まってアドバイスをすることの一つに風疹抗体検査があります。意外と知られていませんがとても大切なことですので、本日はこれについてお話ししようと思います。

先天性風疹症候群を知っていますか?

風疹は「三日麻疹」とも呼ばれるウイルス感染症で本家の麻疹と違って子供から大人までほとんどの人が軽症で終わるそれほど怖くない疾患ですが、妊婦さんが風疹に感染すると胎盤を経由して赤ちゃんに甚大な健康被害が出る病気です。赤ちゃんに出現する臨床症状として有名なのは難聴、白内障、心臓奇形の3つですが、それ以外にも小頭症や心身の発達障害、肝臓や脾臓の腫大など様々な影響が出ることが知られており、多くの症状はそのまま一生残るとされています。予防接種がこれだけ普及した現代の日本であっても散発的な流行が観察されていること、また子供の頃に予防接種を受けても大人になって風疹抗体が減弱してきてしまう人が多くいらっしゃるのが分かっていることから必ずしも油断できない感染症だと言えます。

風疹抗体検査を受けましょう

と、言うわけで妊娠前には夫婦で風疹への備えを万全にすることが大切です。埼玉県では妊娠を目指す女性とその同居者に対して、一定の条件を満たす場合に風疹抗体測定を無料で提供しています。詳細は県のウェブサイトでご確認いただきたいのですが、対象となる方は当院を含む検査実施医療機関を受診して検査を受けることができます。事前に申し込み書類を印刷、記入して受診するよう書いてありますが、にしじまクリニックでは院内に書類を用意していますのでご家庭にプリンターが無い方でも来院していただければ大丈夫です。結果は1週間ほどでご説明できますのでご希望の方は是非お問い合わせください。

本事業対象外の方へ

あいにく本事業の対象者に当てはまらなかった場合でもご希望の方は受診していただければ有料で抗体測定をすることができます。それか、そもそも検査→結果確認→抗体値が低ければワクチン接種というステップを踏むのが時間的に難しかったりめんどくさかったりする方は、抗体検査をせずにいきなりワクチンを接種してしまうのもありです。(実際私は子供の時にワクチン接種済みでしたが、妻が長男を妊娠したときに抗体検査をせずに再度ワクチンを接種しました。)いずれにしても当院でご対応可能ですので、外来でどちらがよいかご相談しましょう。

当院ではMRワクチンを提供しています

当院で普段使用しているのはMRワクチンといって、風疹に加えて麻疹の抗体もつく製剤です。麻疹はコロナでも話題の「基本再生産数」が12~18と考えられており、いわゆる「すれ違っただけで感染する」タイプのウイルスである上に、症状も重篤になることが多く命に関わる感染症です。この麻疹に対しても抗体を付け直すことができるため、直接自分が妊娠しない人達であっても十分に健康上のメリットを期待できるワクチンです。実績としても安心・安全が証明された製品ですのでご心配なくお受けいただくことができます。

まとめ

本日は妊活を考えている方々に向けてのご案内でした。妊娠を目指す女性本人がワクチンを接種した後は2ヶ月間の避妊期間を設けることが必要ですので、ご結婚前であっても計画的に風疹抗体検査を受けられることをお勧めいたします。その他にも妊娠・出産に向けての不安や疑問があれば、ご予約の上で是非お気軽にご相談ください。

遷延分娩

本日は『遷延分娩』についてお話させてもらいます。

まず、「子宮口が全開大」とは「子宮口が10cm」のことをさします。そこから分娩第2期、いよいよ赤ちゃんが出てくる過程となりますが、すぐに児が娩出するわけではありません。子宮口全開大でも多くの場合は第2回旋は終了していないのです。

第2回旋が終了(矢状縫合が縦の位置)し、恥骨の下をくぐり抜けるように第3回旋(第1回旋の反屈)が行われて赤ちゃんの頭が出てきます。

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2020/09/07/赤ちゃんの進み方②、回旋(かいせん)を知る/

(↑ 『回旋』についてのブログはこちら

では遷延分娩について。

遷延分娩とは「分娩第1期活動期または分娩第2期が異常に長く経過している状態」をいいます。

分娩第2期における遷延分娩の基準は、

初産婦は2時間以上

経産婦は1時間以上

分娩が停滞することを日本産科婦人科学会では定義・基準としています。

近年、ACOG(the American College of Obstetrics and Gynecologists)は分娩第2期遷延を

初産婦は3時間以上

経産婦は2時間以上

分娩が停滞することとし、産科救急のトレーニングを提供するALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)はこの新基準を採用しています。CTG所見が問題なければ、また母体の状態が許せば早い医療介入を行うより自然経腟分娩率が増える可能性があることはご想像いただけるでしょうか。

不要な医療介入、特に帝王切開を避けるため、CTG所見などに問題がなければ、分娩第2期に怒責を行い始めるタイミングや積極的な医療介入は、最近では上記の新基準に沿って今までより1時間遅くすることも考慮されています。

分娩第2期の遷延分娩の原因としては

・Dynamic dystocia:微弱陣痛(hypotonic uterine dysfunction, weak pain)

・分娩第2期における母体疲労などからの怒責不十分

・回旋異常

・CPD(CephaloPelvic Disproportion):児頭骨盤不均衡

が挙げられます。

初産婦さんで子宮口が全開大後も2または3時間経過しても分娩に至らない場合は医療介入が必要となります。

分娩第2期の遷延分娩に対する医療介入 *転載禁止

医療介入のフローチャートとしては上の図のようになります。詳細はまた後日のブログに譲りますが、いずれにせよ児頭下降と回旋の正確な評価は大事です。次回私院長のブログでは児頭下降評価の一つである、エコーによる”Progression angle”についてお話しさせてもらいます。

おひなまき

こんにちは、副院長の石田です。

みなさん、「おひなまき」ってご存知ですか?英語だと”swaddling”と言いますが、赤ちゃんをガーゼタオルやシーツなどで繭みたいにコンパクトに巻くやつです。もともとトコちゃんベルト®︎でお馴染みの株式会社青葉のおくるみ用メッシュ布の製品名だったということですが、現在では赤ちゃんの体を丸く包む方法の呼び名として定着しました 1)。ネットで「おひなまき」と検索すると写真や動画付きの分かりやすい解説がたくさん出てきますが、実際に上手にできると赤ちゃんが吸い込まれるように眠ってくれるので子育て疲れのご両親にとっては必殺技みたいなインパクトがあります。そんな便利なおひなまきですが、実は気をつけなければいけないこともいくつかあります。今日はそのことについてお話ししようと思います。

おひなまきと赤ちゃんのリスク

アメリカ小児科学会が出している”Bright Futures”という子育てのガイドライン本があるのですが、その中では「おひなまきは赤ちゃんを落ち着かせるのに有用な技術だが、その一方で全般的に勧められるものではなくなってきている。」としています 2)。その理由として代表的なものに予期せぬ乳幼児突然死(SUID)や先天性股関節脱臼のリスクが上がる可能性が指摘されています。

おひなまきと予期せぬ乳幼児突然死(SUID/ 乳幼児突然死症候群(SIDS

適切に使用されれば突然死のリスクはそれほど上がらないという研究もありますが、その一方でうつ伏せになるとリスクが12倍程度に上昇することも報告されています。うつ伏せ寝はただでさえ突然死のリスク因子として有名ですが、それに加えておひなまきをされていると手足が動かせずに仰向けに返れないことが危険度を増しているのかもしれません 。ここまでで既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、おひなまきによる突然死の危険は寝返りを打てるようになると高まると考えられています。赤ちゃんは通常5〜6ヶ月くらいで寝返りを打つようになるため(ちなみに医師国家試験では「5656(ゴロゴロ)寝返り」と覚えます。)3〜4ヶ月にはおひなまきを卒業しようねとしていることが多いですが、もう少し早く寝返りできるようになる子もいるため先述のガイドラインでは生後2ヶ月を過ぎたらやめることや、そもそも寝かしつける時にはおひなまきを解くことが勧められています 2)3)4)5)。

おひなまきと先天性股関節脱臼

出生前〜出生後の発育過程で股関節の脱臼が起こる疾患ですが、最近では出生後の要素も注目されるようになったことから発育性股関節形成不全と呼ばれるようになりました。この疾患とおひなまきの関係が複数の研究で指摘されており、特にきついおひなまきを長い時間行うとリスクが増加すると考えられています 2)3)6)。また、日本でも巻きつけるタイプのオムツが主流であった1965年以前では先天性股関節脱臼の罹患率が高かったというデータもあり、やはり足の動きを固定してしまうようなものはあまり良く無いのかもしれません 7)。そのため最近では足を自由に動かせるように緩く巻くのをお勧めされることもあります。

まとめ

というわけでおひなまきのリスクについてお話ししました。おひなまき自体は泣きじゃくる赤ちゃんが気持ちよさそうにおとなしくなったり、場合によってはスッと寝付いてくれるため育児による両親の消耗を防ぐためには有用な技術です。そして何より見た目がとても可愛いですよね。我が家でも幾度となくおひなまきに助けられました。なので頭ごなしに「やめましょう」と言うつもりはありませんが、この記事を読んでいただいたみなさんには上記のリスクも十分にご理解いただいた上で上手におひなまきを使っていただければと思います。

1) 株式会社青葉ホームページ:https://tocochan.jp/howtouse/ohina/

2) Paula M. Duncan, et al. Bright Futures. Guidelines for health Supervision of Infants, Children, and Adolescents. Fourth Edition. American Academy of Pediatrics.

3) Bregje E van Sleuwen, et al. Pediatrics. 2007 Oct;120(4):e1097-106.

4) Antonia M Nelson. MCN Am J Matern Child Nurs. Jul/Aug 2017;42(4):216-225.

5) Anna S Pease, et al. Pediatrics. 2016 Jun;137(6):e20153275.

6) A Kutlu, et al. J Pediatr Orthop. Sep-Oct 1992;12(5):598-602

7) T Yamamuro, et al. Clin Orthop Relat Res. 1984 Apr;(184):34-40