軟産道強靱とは

軟産道は骨産道の内側に存在する産道組織で

子宮骨盤底筋や靭帯結合織会陰等で構成されます。

これらは分娩時期になると硬度が低下し伸展をきたす組織です。分娩が順調に進行しない(分娩遷延)・特に児娩出直前にも関わらずこれらの組織によって児の娩出が困難な場合は器械分娩(吸引分娩または鉗子分娩)を行うことがあります。その際の診断を

「軟産道強靭」

と呼ぶのです。

軟産道強靭の要因をいくつかあげると

・高齢妊婦

・産道を妨げる子宮筋腫

・子宮頸管熟化不全

・高度肥満

などです。妊娠中の体重増加が著しい場合、産道の軟部組織の厚みが大きく産道が狭い場合、軟産道強靭に含めます。

器械分娩の適応として胎児機能不全、回旋異常、微弱陣痛(分娩第2期の母体疲労を含む)、そして軟産道強靭があります。器械分娩は自然分娩に比べ軟産道の裂傷が増えることが予想されますが、器械分娩の適応があるにもかかわらず処置を拒み続けると、児の予後に悪影響を及ぼしてしまいます。軟産道強靭の要因のなかで妊婦さんができることは体重管理となります。妊婦健診期間中は適切な食事摂取を心がけましょう。

執筆 院長

帝王切開の子宮創部縫合

帝王切開において、開腹後子宮下部を横切開し、児を娩出します。その後胎盤を娩出後、切開した子宮創部を縫合していくのですが、その方法については分娩施設によって多少異なるのが実情です。

簡単に申し上げると、子宮創部を1層縫合とするか、または2層縫合とするか、ということです。

1層縫合は2層縫合より手術時間を短くすることができますが、TOLACで子宮破裂の発症頻度が増加すると言われています[Bujold et al. 2002]。

当院としては、特に初産で骨盤位による選択帝王切開の場合、次回妊娠時のTOLACを希望される場合に備え、子宮創部は2層縫合を行います。

また縫合の方法については間隔をおいて一箇所ずつ結紮する単結紮縫合を行うか、連続縫合を行うかも分娩施設によって異なります。

当院は1層目の縫合を単結紮し、2層目の縫合は連続縫合を行います。

単結紮縫合か2層目の連続縫合かは、実のところ助手の手術介助力により決める場合もあります。2層目の連続縫合において、執刀医による縫合の際に助手が吸収糸の適切なテンションをかけれない場合、縫合創部が容易に裂けてしまうのです。私と副院長が執刀医、または助手のペアの時は問題ありませんが、

緊急帝王切開時に助手が看護師の場合(ちなみに海外では「手術看護師」という専門職があり、帝王切開時は当たり前に看護師が助手をつとめます)、私院長は吸収糸を創部にかけた直後にインターロックを行い、その後自身で再び糸を把持し適切なテンションを意識しながら連続縫合(2013年にACOGに掲載されたシステマティックレビューで推奨B)を行います。

今後の妊娠を望まなければ帝王切開の子宮創部は1層縫合で良いと考えます(前述のシステマティックレビューで推奨A)。ただし1層であれ2層であれ子宮内膜面もすくった子宮筋層の縫合を意識しなければ、子宮創部の菲薄化により産後生理が再開した後、帝王切開瘢痕症候群(月経困難症や続発性不妊症)を起こす可能性があるのです。

院長執筆

繰り返す流産について

こんにちは、副院長の石田です。

在胎22週未満で胎児心拍が停止してしまう、あるいは胎児が娩出されてしまうなどの理由で妊娠が終わってしまうことを流産と言います。診察で確認された正常妊娠のうち概ね15%程度が流産になると言われていますが、2.6〜5.0%の確率で2回連続する反復流産や、0.7〜1.0%の確率で3回以上連続する習慣流産となることがあります。ただでさえつらい流産を複数回経験するのは本当に悲しいことですが、本日はこのことについてガイドラインに沿って解説したいと思います 1)。

流産を繰り返してしまう原因

国際的に明確な定義はありませんが、日本では流産または死産を2回以上経験した状態を不育症と呼びます。最も重要な流産リスクは加齢とされていますが、それ以外の原因としては子宮奇形や子宮筋腫・腺筋症などの子宮因子、抗リン脂質抗体に代表される自己免疫疾患、甲状腺機能異常症などの内分泌疾患、そして夫婦の隠れた染色体異常などがよく挙げられます。その一方で半分近くの患者さんで原因不明というデータもあり対応は決して簡単ではありません 2)。いずれにしても複数回の流産を主訴に受診された患者さんにはこれらの異常を念頭に検査を行っていくことになります。「夫婦の隠れた染色体異常」というのが分かりづらいかもしれませんが、染色体異常には「均衡型」と言って保有していても症状が出ないものがあります。具体的には相互転座やロバートソン転座などですが、これが男性か女性のどちらか(あるいは両方)にあると受精卵の染色体異常はより深刻なものとなり、流産のリスクが上昇すると考えられています。しかし夫婦の染色体検査は値段が高い割に必ずしも頻繁に異常が見つかるわけでもなく決してコスパの良い検査ではないこと、仮に異常が見つかっても治療法が存在しないため当人に責任を感じさせるだけになってしまう可能性があることなどから、検査前には患者さんと医療者が検査の意義について十分に話し合っておくことが重要です。

不育症の治療

原因と思われる疾患が見つかった場合には可能な範囲でそれに沿った治療を行っていくことになりますが、原因不明の際に有効とされる治療ははっきりしていません。しかしその一方で流産を5回経験している患者さんでも50%以上の人が最終的に無治療で赤ちゃんを授かれるというデータもあり、必ずしも悲観的になり過ぎる必要はないようです。

まとめ

というわけで本日は流産を繰り返してしまう患者さんの対処法についてご説明しました。一般的には2〜3回流産を経験した場合には不育症専門の施設へご紹介することが多いと思いますが、必ずしも統一した基準はないためその都度医療者と患者さんでよく話し合って対応していく形になります。もし「自分たちは流産を繰り返しているけどどうかな?」と思う方は一度最寄りの産婦人科に相談してみるといいかもしれません。

1) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 産婦人科診療ガイドライン 産科編2023 CQ204
2) Abramson J, et al. Thyroid. 2001;11(1):57

妊娠中の寝る向きについて

こんにちは、副院長の石田です。

当院にかかられている妊婦さんたちによく聞かれる質問の一つに「仰向けで寝ない方がいいですか?」というものがあります。この件は妊婦さんの間では思った以上に一般的な情報のようですが、一方でそう言われる理由については意外に知らない人が多い印象でしたので本日は妊娠中の寝る向きについて解説したいと思います。

なぜ仰向けで寝てはいけないと言われるのか

妊娠すると赤ちゃんを抱えた子宮がどんどん大きくなってくるわけですが、仰向けに寝ると大きな子宮が背骨の右側に沿うように縦に走っている下大静脈という大きな血管を押し潰してしまうことがあります。下大静脈はお腹から下にある血液を心臓に戻すという重要な役割がありますが、潰されてしまうと心臓が新たに体に向かって押し出す血液が不足し、その結果母体の心拍数異常や低血圧から母体の眩暈・悪心といった症状を呈する仰臥位低血圧症候群という状態になることがあります。すると子宮の血液循環も悪くなり、赤ちゃんにも影響が出るのではないかと考えられているんですね 1)。これを避けるために、特に子宮が大きくなってくる妊娠後半期は左側を下にして寝ることが勧められるわけです。実際世の中には下大静脈のある右側を下にして寝ると胎児死亡のリスクになるという研究結果が複数あるんですね 2)3)。

そうは言っても寝て起きたら仰向けだったりするんですけど

そんなこと言ったって朝起きたら仰向けとか右向きになってること結構あるんですけどっていう妊婦さんも多いと思います。それなのに「仰向け寝が胎児死亡のリスクを上げる!!」とか言われるとどうしたらいいか分かりませんよね。ただ、上で紹介したデータは症例対象研究(Case-Control study)というバイアスの入りやすいデザインで集められており、本当に寝方と胎児死亡に相関関係があるかは慎重に見る必要があります。むしろより精密なデザインで行われた研究では左向きに寝た方がリスクが上がるというデータも出ていてどっちつかずになっていることに加え、妊婦さんといえど常識的に考えて睡眠中は寝返りをうっているはずで左下だけでいられているわけがありません 4)。以上のことから私は、妊婦さんが苦しくなければ(お腹が圧迫されるような体勢以外で)ご本人が快適に過ごせるように寝てもらったらいいですよとお伝えしています。

まとめ

ということで本日は妊娠中の寝方について解説いたしました。とはいえ上記のように本件に関しては医療者の中でも何が良いのか結論が出きっているとは言いがたく、聞く相手によっていろんな意見が出てくると思います。そのため妊婦さんやそのご家族を混乱させてしまうと申し訳ないのですが、いずれにしても皆さんにおかれましてはストレスのない範囲でご自身の腑に落ちる考え方を採用しながら過ごしていただければと思います。

1) Diann M. Krywko, et al. StatPearls. Treasure Island(FL): StatPearls Publishing;2023 Jan.
2) McCowan LME, et al. PLoS One. 2017;12(6):e0179396.
3) Gordon A, et al. Obstet Gynecol. 2015;125(2):347.
4) Robert M, et al. Obstet Gynecol. 2019;134(4):667-676.

帯状疱疹はうつるのか?

帯状疱疹は、水痘(水ぼうそう)と同様に水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV: Varicella Zoster Virus)によるものです。幼少期に水痘にかかったことがある人はこのウイルスが体内に潜伏しており、その後免疫の働きが低下しウイルスの再活性化により帯状疱疹として皮疹や痛みを起こす可能性があるのです。

帯状疱疹になった場合、他の人が帯状疱疹になることはありません(免疫の働きが低下した人を除き、既に水痘にかかったことのある人が帯状疱疹がうつることはありません)。ただし

主に接触によって水痘になったことのない人は水痘になるおそれがあります。

帯状疱疹を発症した場合に気をつけること

・帯状疱疹の主な感染経路は皮疹との接触感染であることを認識しましょう。お風呂の共有は控えましょう。

・まだ水痘にかかったことのない人、特に乳幼児との接触、また免疫の働きが下がりやすい妊婦との接触は避けましょう。

妊婦が帯状疱疹になった場合は一般的には児の異常は認めません。

ただし、免疫をもたない妊婦が水痘にかかると自身の重症化(水痘性肺炎)や経胎盤的に胎内感染をおこし先天性水痘症候群のおそれがあります。

・帯状疱疹は皮疹の場所を保護すれば出勤停止などの措置はありません。ただし痛みが強く伴う場合は回復を待ち、安静につとめましょう。

院長執筆