子宮収縮薬(陣痛促進剤)のあれこれ

こんにちは、副院長の石田です。

予定日超過などの何らかの医学的な理由や無痛分娩を含む社会的な理由で分娩誘発を行う妊婦さんは少なくありません。そんな時に使用するのが子宮収縮薬と言われるお薬です。このお薬にはいくつか種類があって、医師は病歴や診察所見をもとにその患者さんに最も望ましいと思われるものを選択して使用します。医師によって選び方に個性がありますが、大雑把な使い方は共通しているため我々からすると個々の患者さんの使用薬剤を見るだけで現在の状況がざっくりと把握できます。しかし患者さんからするとどんな理由で昨日と今日の子宮収縮薬が違うのかが分かりにくくて不安になるかもしれないので、本日はこれについて少し解説したいと思います。

プロスタグランジンとオキシトシン

子宮収縮薬にはおおまかにプロスタグランジンとオキシトシンという2種類の薬剤があります。いずれも分娩の進行に重要な役割を担うホルモンで、本来は体内で自然に分泌されて陣痛発来に寄与しますが、人工的に陣痛を起こしたい場合にはお薬として妊婦さんに投与します。細かい使い分けは長くなるので割愛しますが、プロスタグランジンは現在点滴で使用する注射薬、口から飲む経口薬、腟の中に入れて使用する坐薬の3種類が日本で使用できます。


ところで、分娩の三要素という言葉をご存知でしょうか?娩出力(陣痛の強さ)、産道(赤ちゃんの通り道)、娩出物(赤ちゃん)という3つの要素が噛み合って初めて分娩は成功するということで、要は陣痛が弱い、産道が通りにくい、赤ちゃんの大きさや向きが良くないなどどれか一つでも状況が許さないと赤ちゃんは生まれてきてくれないわけですが、プロスタグランジンはこの中で産道の状態を改善する力が大きいとされています。そのため「子宮の出口が固く閉じてて陣痛を起こしても出てこられなさそう」という患者さんにまず使うことが多いです。この製剤は永らく点滴薬と経口薬のみでしたが、最近になって世界に遅れて日本でも経腟坐薬が発売され使われ始めました。坐薬に関しては国内では新しい薬なのでなかなか使い方に迷う施設が多いと聞く一方で、院長と私はそれぞれ海外で似たような薬を使い慣れていたためか、気がつけば意図せず当院が県内で最も使用実績のある施設となっているようです。


オキシトシンは点滴薬で、陣痛(娩出力)を強くする効果がとにかく強いです。また、プロスタグランジンよりも使用に関しての制限が少なく使いやすいのも特徴です。その一方で子宮の出口を開きやすくする効果はあまり期待できないため、「既にある程度出口が開いていて、あとは赤ちゃんを押し出してあげるだけ」という状況で使うことが多いです。

まとめ

というわけで本日は分娩誘発に用いられる薬剤について解説しました。まとめると、分娩誘発の基本戦略は様々な方法で産道を通りやすくしてから最後にオキシトシンで陣痛を誘発してお産にするというのが一般的です。子宮の出口である頸管はBishop scoreという国際的に用いられる指標で6点以上なら熟化しているとみなされますが、薬剤の種類や剤型の選択は子宮頸管の状態だけでなく妊婦さんの年齢、週数、経産数、体型、基礎疾患の有無、そして赤ちゃんのサイズ等様々な要因を考慮した上で医師の経験や好みも織り交ぜて決定されます。子宮収縮薬に関しては各種メディアで定期的に危険性が訴えられることで何か悪役のような扱いを受けることがありますが、使用基準や方法は膨大に積み上がったエビデンスに裏打ちされたガイドラインで厳格に定められており、適切に使用される分には極めて安全な薬剤です。それどころかこれらの薬がなければ多くの母子の命が失われていたことに疑いの余地はありません。分娩誘発と言われるとなんだか怖くなってしまう人もいるかもしれませんが、主治医によく話を聞いた上で安心して臨んでいただければと思います。

妊娠と麻疹(はしか)

こんにちは、副院長の石田です。

先日、「都内で3年ぶりに麻疹患者確認!」というセンセーショナルな見出しがニュースに出ましたが、それを受けて不安を感じた妊婦さんたちから「かかっても大丈夫ですか?」という質問をいただきます。もちろん感染症は病気なので「大丈夫」ということはないのですが、具体的にどんなことが心配なのかについて解説したいと思います。

麻疹とはどんな病気なのか?

麻疹はウイルスによって引き起こされる全身感染症です。主に空気感染によって伝播して行きますが、その感染力は数ある感染症の中でも最強クラスで基本再生産数(R0)はCOVID-19やインフルエンザが3〜4くらいなのに対して麻疹は15前後と「同じ空気を吸うだけで感染する」「すれ違っただけで感染する」と描写されるくらいにとても高いです。感染が成立すると幅はあるもののおおよそ2週間前後で発熱、倦怠感、咳、結膜炎などで発症し、続いて発疹が見られるのが特徴です 1)2)。そう書くとなんだか普通の風邪っぽい印象になるかもしれませんが、実際の症状はかなり強いようで肺炎や脳脊髄炎などに移行して重症化することもあり、2018年には世界でも14万人以上の人が麻疹のために亡くなったということです。決定的な特効薬は存在しないためワクチンによる予防が対策の鍵となります。

妊娠と麻疹

三日ばしかと呼ばれることもある風疹と混同されることもありますが、母体に感染すると胎児に難聴、失明、心疾患などといった影響を及ぼす風疹と違って先天奇形との因果関係は指摘されていません。その一方で感染した妊婦が重症化しやすかったり、流早産や子宮内胎児死亡や母体死亡のリスクが高いとされています 3)。その他、胎児が子宮内感染し出生後に発症する先天性麻疹という病態もありますが、それが懸念される場合には別途特別な対応を行うこととなります。

まとめ

本日は妊娠と麻疹について超簡単にお話ししました。麻疹はそれ自体が非常に強い感染力と症状がありますが、妊娠という免疫機能が控えめになった状況と合わさるとさらにリスクが上がります。そうそう流行するものでもありませんがその一方で定期的に話題になるのも事実ですので、ワクチン以外の対策が難しい感染症ではあるものの妊婦さんにおかれましては感染防御に、またご家族に関してはできるだけ持ち込まないようにワクチン接種を含めて心がけていただければと思います。

1) Richardson M, et al. Pediatr Infect Dis J. 2001;20(4):380
2) Hubschen JM, et al. Lancet. 2022;399(10325):678
3) Ogbuanu IU, et al. Clin Infect Dis. 2014 Apr;58(8):1086-92

お腹の赤ちゃんに臍の緒が巻いているか心配になった時に読む話

こんにちは、副院長の石田です。

臨月も近くなり、いよいよお産を意識し始めると気になってくるのが「臍の緒が赤ちゃんの首に巻きついていたらどうしよう?」という心配です。実際、少なくない妊婦さんに「うちの子、大丈夫ですか?」と聞かれるので、本日はこの件について解説したいと思います。

臍の緒が首に巻きついているとどうなるのか?

結論から言うと赤ちゃんへの影響はあまり考えなくて良いようです。首に臍帯が巻きついている場合は出生直後の赤ちゃんの元気度を表すアプガースコアが低くなる傾向があるようですが、一方で胎児死亡や新生児集中治療室への入院率は上昇しなさそうと言うことで、それが深刻な状況に発展することはほとんどないようです 1)2)。また、分娩中に胎児心拍異常の出現率が上がるかもしれないと考えられている一方で、諸説あるものの脳性麻痺を含む神経障害などの発生に関しては「明らかな影響はなさそう」というのが多数派の見解のようです 2)3)4)。

当院での対応

上記の通り出生直後の赤ちゃんの立ち上がりが悪くなる可能性があること、エビデンスは定かではないものの分娩の最後に少し引っ張られて出にくくなることがある印象から、念のため当院では37週の妊婦健診時に首への臍帯巻絡がないかどうかチェックして記録に残してスタッフ間で情報共有しています。ただ、医学的にはそれが赤ちゃんの予後に大きな影響を与える可能性は低いこと、そうは言っても「臍帯が赤ちゃんの首に巻いていますよ」と聞くと必要以上に妊婦さんとご家族を心配させてしまう可能性が高いことから積極的にお伝えしてはいません。一方で内緒にしているわけでもないので、その際に聞かれれば正直にお答えもしています。

まとめ

ということで本日は臍帯巻絡についてお話ししてみました。我が子の首がロープのようなもので絞められていると想像するとちょっと怖い気もしますが、実は20%程度の赤ちゃんに臍帯巻絡は見られるとされており、そんなに珍しいものでもありません 1)。日本産婦人科医会のウェブサイトでも「心配しすぎないで大丈夫ですよ」と案内されていますが、実臨床の経験としてもほとんどの赤ちゃんは問題なく生まれてくるので安心していただいて大丈夫です 5)。ただ、「それでも気になるから知っておきたい!」という妊婦さんもいらっしゃることと思いますので、気になる時には超音波検査中に遠慮なく院長や私に聞いてみてください。

1) Dexter J L Hayes, et al. PLoS One. 2020 Sep 24;15(9):e0239630
2) Eyal Sheiner, et al. Arch Gynecol Obstet. 2006 May;274(2):81-3
3) Gutvirtz G, et al. Early Hum Dev. 2019;133:1
4) Ogueh O, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 2006;85(7):810
5) 日本産婦人科医会. 女性の健康Q&A: https://www.jaog.or.jp/qa/confinement/200819/

GBSとは

B群溶連菌(溶血性連鎖球菌)[group B Streptococcus agalactiae]は腟や直腸に存在します。

GBSは、GBS感染症として新生児の早発型敗血症・髄膜炎と遅発型敗血症・髄膜炎の原因となります。分娩前の抗菌薬投与が現時点で早発型敗血症に対する予防法とされています。よってGBSをできるだけ検出しこの予防法を行うことが重要で、日本ではアメリカの検査方法および対応(ユニバーサルスクリーニング)が参考にされています。

分娩時の産道内GBSの存在予測のため、妊娠35・36週の健診で検体を提出します。

結果、B群溶連菌(GBS)を保菌していることがわかった(前児がGBS感染症だった)場合、

分娩時に抗菌薬の点滴を行います。陣痛発来・破水での入院時から4時間ごとに、分娩まで抗菌薬を追加投与します。なお帝王切開時に関しては予定どおり術前に抗菌薬を投与します。

抗菌薬の投与開始については、分娩の4時間前から抗菌薬の点滴が有効とされています。

(正期産)新生児の(早発型*)GBS感染症を予防するための抗菌薬としてペニシリン系などの抗菌薬を母体に点滴投与します。比較的投与回数が多くなるため、今までに抗菌薬のアレルギーの既往があるか事前に情報を共有させていただき、必要あれば別の抗菌薬(セフェム系やクリンダマイシン)を選定する必要があります。

なお分娩前にGBSの保菌状態が不明の場合(結果がまだ判明していないなど)も上記同様抗菌薬投与の適応となります。

以上、GBSが保菌していると考えられる場合の対応・予防法について述べましたが、もしGBSが検出されなくても、新生児にGBS感染症・敗血症が絶対起こらないわけではありません

GBS感染症は日齢7日未満の早発型*と7日以降の遅発型に分類されます。

・早発型:出生後当日から48時間以内に呼吸困難などの感染による症状が現れ、診断されることが多いです。ユニバーサルスクリーニングを行なっても0.1〜0.2/1000出生の確率で発症します。

・遅発型:生後7日から3か月位(約1ヶ月の発症が多い)に発熱、敗血症や髄膜炎を発症します。遅発型は現時点で予防法は確立しておりません。退院後、児に発熱を認める場合は遅発型GBS感染症でなくても早めに小児科を受診し対応してもらうのが良いでしょう。

文責 院長

妊娠したら重いものを持っていいのか

こんにちは、副院長の石田です。

病院で無事に正常妊娠が確認された直後に最も気になることの一つが「重いもの持って大丈夫ですか?」という疑問です。日常生活での買い物や仕事はもちろん、上のお子さんがいれば抱っこしていいのかということも気になりますよね。特に介護や運送などの仕事をされている人は心配が絶えないと思います。そこで本日はこの話題について触れてみたいと思います。

重量を取り扱うことのリスク

妊娠中に重量を扱うことで物理的な子宮への圧迫や持ち上げる動作・体勢による静脈圧の変化、下肢から血液還流の減少などが起こりえますが、理論上はこれらにより流早産や低出生体重児、妊娠高血圧症候群のリスクが懸念されます 1)2)。また、妊娠に伴う重心の変化、関節や背骨の不安定性の増加、バランスコントロールの変化などにより、筋肉や骨格の損傷リスクも妊娠前と比較して上昇すると考えられています 1)。

妊娠中に持ち上げるものの重量制限

では、どの程度の重さまでなら取り扱っても大丈夫なのでしょうか?重量制限については、日本では女性労働基準規則第二条で妊婦の年齢と作業の種類によって以下のように定められています。

また、米国疾病予防センター(CDC)では妊娠20週以前か以降か、持ち上げる頻度、そして高さや角度によって細かく決められていました 3)。細かくご紹介するとキリがないんですが、例えばお腹の高さに持ち上げる作業が5分に1回未満の場合、妊娠20週以前では16.3kg、妊娠20週以降では11.8kgですが、5分に1回以上で、しかも1日1時間以上その作業に従事する場合には妊娠20週までは8.2kg、妊娠20週以降では5.9kgとされています。(細かくて目が疲れますが、気になる人は以下の表をご参照ください。)

実際重いものは妊婦さんと赤ちゃんのリスクるのか

上記のように諸々と示されてはいるものの、実は根拠となるエビデンスの質は必ずしも高いものではないようで、この問いに関して明確な答えは未だに出ていないようです。データによってはリスクは上昇しない、あるいはリスクの上昇が示されてはいてもその幅は決して大きくないという話もあるようです 4)。ちなみに英国王立内科協会の資料によると重量物を取り扱う妊婦さんにおける早産、流産、新生児の低体重リスクの上昇はそれぞれ0.1%、0.2%、0.8%程度に留まるようでした 5)。そもそも上記の目安を提案しているCDCですら、サイトの下の方で「実際に流産などになったとしても、それが重いものを持ったせいかどうか判断するのはほぼ無理だし、実際本当の意味で何キロまでならいけるかとかは我々には分からない。」と書いているんですね 3)。

まとめ

というわけで本日は妊婦さんと赤ちゃんに対する重量物のリスクについてのお話でした。上記を踏まえた上で、私は「無理せず持ち上げられる程度のものであれば、あまり気にし過ぎなくて良いですよ」とお伝えしています。確かにお母さんと赤ちゃんのリスクが上昇する可能性は否定できませんが、そもそもその動作は上の子の抱っこや買い物などの日常生活や、家計を支える仕事など必要でやっていることがほとんどだからです。もちろんただでさえ体調が万全とは言えない妊娠期に重労働を避けられればそれに越したことはありませんが、どうしても自分がやらなければいけない時にはその動作は必ずしも大きなリスクとは言えないので心配し過ぎなくても良いと思います。逆に、男性や妊娠していない女性におかれましては、「妊娠中に重いものを持たせるとリスクがあるかもしれない!」と考えて積極的に周りの妊婦さんの重労働を代わってあげてください。

1) Thomas R Waters, et al. Hum Factors. 2014 Feb;56(1):203-214
2) Palmer KT, et al. Occup Environ Med 2013;70:213-22
3) Centers for Disease Control and Prevention. The National institute for Occupational Safety and Health (NIOSH). Physical Job Demands – Reproductive Health: https://www.cdc.gov/niosh/topics/repro/images/Lifting_guidelines_during_pregnancy_-_NIOSH.jpg
4) The American Collage of Obstetricians and Gynecologists Committee Opinion No. 804. Obstet Gynecol 2020;135:e178-88
5) Royal College of Physicians. Advising women with a healthy, uncomplicated, singleton pregnancy on : heavy lifting and the risk of miscarriage, preterm delivery and small for gestational age.: https://www.nhshealthatwork.co.uk/images/library/files/Clinical%20excellence/6220_Pregnancy_info_heavy_lifting.pdf