癒着胎盤、付着胎盤、嵌頓胎盤

胎盤は児娩出後5〜15分以内に剥離し娩出されます。しかし30〜45分経過しても胎盤が娩出されない場合は胎盤の娩出遅延と言えます。近年は産後異常出血の予防のために分娩第3期の積極的管理として胎盤の自然剥離を待つより正しい臍帯牽引を用いた胎盤娩出を行います。

胎盤の娩出遅延として考えられる状態は以下となります。

癒着胎盤:胎盤が子宮壁に癒着し、胎盤剥離が起こらないものをいいます。

胎盤は絨毛膜の一部が成長することで作られます。この時母体側(子宮側)の脱落膜は絨毛の子宮筋層内への侵入を防ぎます。何らかの原因(リスク因子として帝王切開既往、子宮内掻爬術の既往、前置胎盤など)で脱落膜が欠損すると絨毛組織は直接子宮筋層内に侵入し、癒着胎盤となるのです。

付着胎盤:胎盤が子宮壁に付着しているが子宮筋層との結合が密でなく、脱落膜の欠損を伴わず「真の癒着胎盤ではない」状態です。

嵌頓(かんとん)胎盤:組織上での脱落膜と子宮筋層の関係は問題ないのですが、児の娩出後子宮頸部・下節がけいれん性の過度の収縮が起こり、胎盤の娩出が困難な状態です。

胎盤娩出遅延の場合、子宮内検索と胎盤用手剥離術を試みます。

参考文献

産科婦人科用語集・用語解説集

産婦人科ファーストタッチ

文責 院長

産後新型コロナウイルスに感染した場合の授乳

今回は「産後、褥婦さんが新型コロナウイルス感染が判明した」時、授乳(と児の対応)はどうするかをお話します。

原則、児にも抗原検査・PCRを行います1)。結果陰性であっても濃厚接触者として対応します。

授乳に関しては以下3つが考えられます。

直接授乳:褥婦さん本人がマスクを着用と手指消毒、乳輪回りを清潔にしたうえでの直接授乳は可能と考えます2)。可能であれば、褥婦さんの着衣に触れさせないように直接授乳ができればより良いです。褥婦さんが隔離期間中は、児のお世話をしない時はある程度距離(約2m)をおくとよいでしょう。

搾乳した母乳を別介護者が授乳:母乳栄養は通常どおり行うことを推奨している施設が多いです3)。搾乳した母乳を褥婦さんではなく別介護者が哺乳瓶で飲ませる手段もあります。母乳を冷凍保管する場合は詳しくは看護師および助産師にお尋ねください。

別介護者が人工栄養(ミルク)で授乳:上記どおり母乳栄養を行うことは海外においても問題ないと現時点でいわれています4)が、ご家族にとっては濃厚接触者となる児を今後隔離期間中はできるだけ感染リスクを減らしたいお気持ちもある場合もあります。その場合は濃厚接触者に該当しない方がミルクの授乳をするということになります。ただし、隔離明けに母乳育児を速やかに開始するために搾乳を続けて母乳分泌を維持しておくことは必要です。

濃厚接触者の待機期間については、未就学児は現時点で無症状であっても期間短縮の対象とはならず5日間です。

参考文献

1) 産科診療における感染防御ガイド〜2022年版. 日本産婦人科医会

2) 新型コロナウイルス感染症と母乳育児について. 国立成育医療研究センターHP

3) 新型コロナウイルス感染症と赤ちゃん(濃厚接触者扱い)の対応について. 亀田総合病院・亀田クリニックHP

4) COVID-19: Intrapartum and postpartum issues. UpToDate

文責 院長

ファモチジンの妊娠・授乳中の服用

ファモチジンは胃・十二指腸潰瘍や逆流性食道炎などで処方される薬です。商品名は「ガスター®︎」と言えばわかりやすいでしょうか。

実際の処方としては1回20mg, 1日2回(朝・夕食)となります。

作用機序

胃酸は胃の壁細胞にあるヒスタミンH2受容体にヒスタミンが作用することで分泌されます。

ちなみに胃酸の分泌を高める食品は脂肪分の多い物、柑橘類、香辛料、コーヒー・紅茶が挙げられます。

ファモチジンはH2ブロッカーと言われ、作用(ヒスタミンがH2受容体に結合すること)を妨害することで、胃酸の分泌を抑えます。

妊娠・授乳中の服用

一般的にH2ブロッカーは腎機能正常者での副作用発現は低く、まれに血小板減少をきたすことが報告されています。

妊娠中は「有益性投与」です。ただし、催奇形性が報告されていないことから実際の現場では妊婦さんに処方されることはよくあります。褥婦さんにとっても”HALE’S MEDICATIONS & MOTHERS’ MILK 2021″によるとRID(Relative Infant Dose:薬物の新生児へ影響を示す指標)は1.9%とかなり低く「最も安全:L1」の位置づけですので、ファモチジンの内服後に授乳を控える必要はありません。

文責 院長

CAOS(慢性胎盤剥離羊水過少症候群)

今回は、慢性胎盤剥離羊水過少症候群(CAOS: Chronic Abruption Oligohydramnios Sequence)について説明します。

妊娠20週未満の性器出血が続き、明らかな破水がなくとも次第に羊水が少なくなる病態をさします。

CAOSは慢性の胎盤早期剥離の状態であり、胎盤血流の虚血状態から羊水過少になると考えられています1)。

胎盤血流の虚血状態は胎児発育不全を、羊水過小により児は肺の未成熟や四肢の拘縮をきたし、予後(intact survival)として良くないことが多くの報告であがっています。

CAOSの検査所見として、超音波検査では羊水が少なめであること以外に胎盤血腫がみられることがあります。妊娠末期に起こりうる常位胎盤早期剥離と異なり、母体の採血異常が表れることは少ないです。

臨床所見として、妊娠中期の性器出血が続く場合はCAOSの可能性も念頭において経過をみる必要があります。

CAOSは発症週数の観点から妊娠継続についてセンシティブな病態・病状の一つです。当院で疑った場合は高次施設へご紹介する運びとなります。

引用文献

1) Acute placental abruption: Pathophysiology, clinical features, diagnosis, and consequences. UpToDate.

文責 院長

無痛分娩を選んだ方がよい人の特徴、1選

こんにちは、副院長の石田です。

外来でよく聞かれる相談の一つに「無痛分娩にするか悩んでいます」というものがあります。心臓や精神の疾患、高血圧などをお持ちの方では医学的におすすめされることもありますが、そうでない場合はどうしたらいいか悩みますよね。旧約聖書の創世記第3章では「陣痛は人類の原罪だから頑張れ」的な解釈がされる記述があるそうですが、実際どうしたらよいのでしょうか?そこで本日は無痛分娩の選び方について改めてお話ししてみようと思います。

無痛分娩、みんなはどうしてるの?

自分の無痛分娩を考える際にまず気になるのは他の妊婦さんがどうしているかだと思います。厚生労働省の調査によると全分娩のうち無痛分娩が占める割合は2008年には2.6%でしたが、2014年で4.6%、2016年で6.1%と少しずつ増えており、無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)の発表によれば2020年では8.6%にまで上昇しているということでした 1)2)。欧米と比べるとまだまだ低いですが、本邦でも選ぶ人が増えてきているようですね。

無痛分娩のメリット

メリットはなんと言っても痛みが軽減することです。文字通りの「無痛」までいくことはあまりありませんが、ほとんどの方が分娩をより楽に過ごせるようになります。痛みが楽になると妊婦さんの呼吸が整えられるため、胎盤の血流が良くなり赤ちゃんが苦しくなりにくくなる可能性が示唆されています 3)。また、過度な陣痛は産後うつの発症リスクと考えられているため、それを抑える効果もあるかもしれません 4)。

無痛分娩のデメリット

硬膜外麻酔という医療介入を行う以上、やはりノーリスクということはありません。当院でもご希望の妊婦さんには必ず文面を用いてご説明しますが、出血や感染、アレルギー、そして神経障害などの有害事象が極めて低い確率ではあるものの存在します。また、子宮口が全開してからの分娩時間が長くなる可能性や、力が入りにくくなるためか産みきれずに吸引・鉗子分娩の確率が高まる恐れも指摘されています 5)6)。

無痛分娩を選んだ方がよい人

結論から言うと、私がこの相談をされた時は決まって「陣痛が怖いかどうかで決めていただくのがよいと思います」とお伝えしています。
実は上記のメリットとデメリットは医学的にまだ議論の余地があるのが事実です。無痛分娩を使用することで母児の予後が改善するという確実なデータも無ければ、分娩時間もそんなに長くならないかもという研究結果があったりもするんですね 7)。加えて一人ひとりの患者さんレベルで言えば、痛みへの耐性やお産の進行具合など違いは様々ですのでお産が終わるまではやってよかった、やればよかったは分かりません。そのため冒頭で触れたように明確な医学的適応がある方でなければご自身の心の声に従っていただくのが一番シンプルだし結局満足度も高いのかなと思っています。

まとめ

というわけで飽くまで私個人の見解ではありますが、無痛分娩を選ぶときの考え方についてお話しいたしました。世間には無痛分娩派、もしくは反無痛分娩派みたいな医療者もいるので人によって言うことが違ったりもしますが、多くの妊婦さんにとってそれがないと絶対にお産にできないという性質のものでもないので無理に選ぶ必要はありません。その一方でゼロリスクではないものの極めて安全に陣痛を軽減できる素晴らしい技術であることも確かです。妊娠中は決めることが多くて大変ですが、主治医ともよく相談しながらバースプランの一環としてご検討ください。

1) 厚生労働省. 無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築について:https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000203217.pdf
2) JALA. わが国の無痛分娩の実態について:https://www.jalasite.org/archives/mutsuu/
3) Reynolds F, et al. BJOG. 2002;109(12):1344
4) Hiltunen P, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 2004;83(3):257
5) Erica NG, et al. BJOG. 2015;122(3):288-293
6) Cheng YW, et al. Obstet Gynecol. 2014;123(3):527
7) Wang TT, et al. Anesth Analg. 2017;124(5):1571