つわり・妊娠悪阻の原因と診断

こんにちは、副院長の石田です。

多くの妊婦さんが妊娠の初期に辛い思いをするのがつわりです。症状は嘔気嘔吐、頭痛、倦怠感、眠気など多岐にわたりますが、重症度が高いと判断されると妊娠悪阻という診断がつけられます。妊娠すると70〜90%の確率で発症すると言われていますが、いったいつわりとは何なのでしょうか 1)?そんな理不尽なつわり・妊娠悪阻の原因とリスク因子、診断について本日は解説していきたいと思います。

つわりの原因とリスク因子

実はつわりが何故起こるのかは医学的にもあまり分かっていません。ただ、比較的若い人や甲状腺疾患を持っている人、多胎妊娠(双子など)の人などは発症のリスクが高いことが知られています 2)3)。また、興味深いのは赤ちゃんが女の子の場合もつわりが重くなる傾向があるらしいです 4)。「つわりきついわー」って思っている妊娠初期のあなた、もしかしたらお腹の子は女の子かもしれませんよ。稀に「私と夫の相性の問題でこんなにつわりがキツいんですか?」というエッジの効いた質問をされることがありますが、複数回の妊娠においてパートナーが毎回同じだった人と異なる男性との間での妊娠を経験した女性を比較したところ、妊娠悪阻の発症率は変わらなかったというデータがあるためどうやらそれは関係なさそうです 5)。

妊娠悪阻の診断

妊娠初期に気持ち悪くなったらつわりの診断で問題ありませんが、つわりが妊娠悪阻の診断に変わるのはどのタイミングなのでしょうか?尿中ケトン体の有無が重症度の指標にされることがある一方、最近のデータではそれらは関係なさそうだということも分かってきているため、近年ではWindsorの定義というものが使われたりします 6)7)8)。具体的には、嘔気もしくは嘔吐が重度、いつも通り飲食ができない、日常生活に支障が強く出ている、妊娠16週以前に発症している、の全てを満たす場合となっていますが、補助的に脱水徴候がある場合も考慮されます。少し雑にまとめてしまうと、ご本人が苦しそうでいつもの生活が送れなくなってきたら重症認定という感じでしょうか。ただ、実際の臨床現場ではつわりと妊娠悪阻を厳格に区別する意義は乏しいため、診断に関しては比較的柔軟に運用されています。

まとめ

本日はつわり・妊娠悪阻の原因と診断について解説しました。実は以前もこのブログでつわりについて取り上げたことはあったのですが、あれから時間も経ったので改めて何回かに分けて深掘りしていきたいと思います。妊婦さんからすると理不尽な苦しみかもしれませんが、せめてご自身の体に何が起こっているのかを知ることで妊娠生活を前向きに過ごせるようになるきっかけにしていただければ幸いです。

参考文献
1) Hinkle SN, et al. JAMA Intern Med. 2016;176(11):1621.
2) Fell DB, et al. Obstet Gynecol. 2006;107(2 Pt 1):277-84.
3) Fiaschi L, et al. Hum Reprod. 2016 Aug;31(8):1675-84.
4) Veenendaal MV, et al. BJOG. 2011 Oct;118(11):1302-13.
5) Fejzo MS, et al. J Matern Fetal Neonatal Med. 2012 Aug;25(8):1241-5.
6) Niemeijer MN, et al. Am J Obstet Gynecol. 2014 Aug;211(2):150.e1-15.
7) Koot MH, et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2020 Nov;254:315-20
8) Jensen LAW, ET al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2021 Nov;266:15-22.

ゾーニング

皆さんは、食卓・テーブルに宅急便のダンボールを載せますか、それとも床にダンボールを置きますか?

医療現場では医療物品を置く場所や手技を行う区域に気を使います。これらは「ゾーニング」と呼ばれる考え方で対策を行なっています。

ゾーニングとは、感染症の病原体によって汚染されている区域(汚染区域)と、汚染されていない区域(清潔区域)を区分けすることです。医療施設の環境整備においては、ゾーニングを清潔度・清浄度で分け、それぞれ区分けした場所に適合した空調および院内清掃を実施することも意味します。ゾーニングを意識し、区分けを行うことによって病原体に汚染された物品や人の動きを制限し、感染の拡大を防止します。この「ゾーニング」という言葉は、コロナ禍で特に意識されるようになりました。

1:処置台(テーブル)

医療現場での処置台・テーブルは、文字どおり医療器具をセッティングしたり、薬剤を注入したりする場所です。病原体、特に耐性菌が伝搬しないように医療器具とは異なる文房具や私物などは置かず、また台をいつでも消毒・拭き取りやすい状況にしておきます。この場所に床に置いてあった物を載せる事は御法度です。

2:感染対策室

インフルエンザや新型コロナウイルスなど、狭い空間にいると感染のリスクがある場合、部屋を確保する事によって感染拡大を防止します。にしじまクリニックでは入院個室の1つに感染対策室があり、その部屋は陰圧室としての対応が可能です。その部屋を陰圧とする事で、感染物質が部屋の外へ放出されにくくなります。

3:コホート隔離

一般的には同じ感染者同士が同じ場所に留まり、非感染者と一定の距離をおく事を「コホート隔離」と呼びます。感染による発病はまだ起こっていないが、今後発病する可能性がある人に、個室対応が難しい場合この対応がとられる事があります。

3:手術の消毒区域

脊髄くも膜下麻酔(帝王切開の麻酔)や硬膜外麻酔(主に無痛分娩)を行う前に背中を消毒をし、皮膚に付着する常在菌をも消毒する対応を行います。もちろん帝王切開前の腹部消毒も同様の考え方です。それらの部分は清潔区域となり、その後貼付するドレープも含め、手洗い・消毒をし滅菌手袋を着用した者だけがその清潔区域に触れる事ができます。直接触れる滅菌手袋だけでなく、サージカルマスクと個人防護服も着用して個人の菌を持ち込ませないようにする事も大切です。

執筆 院長

NIPTを早く受けることについて

こんにちは、副院長の石田です。

以前からこのブログでご紹介しているように、当院では認証施設としてご希望の患者さんに妊娠11〜12週前後でNIPTを提供しています。妊婦さんの採血だけで染色体異常について知ることができるこの検査を希望される方は多いですが、検査前の相談でよく聞かれるのが「結果を早く知りたいので検査ももう少し早くできますか?」という質問です。心情的になんとなく焦ってしまうのは理解できますが、果たして早く受けることはできるのか、そしてそれは本当に良いことなのか、今回は一緒に深掘ってみましょう。

そもそもなぜその週数で行うのか?

NIPTは胎盤(厳密にいうとこの週数では絨毛と呼ばれる組織ですが)の古くなって剥がれた細胞から妊婦さんの血流中に漏れ出てきたDNAの断片(cfDNA)を数えて病気の有無を調べる検査です。この胎児・胎盤由来のcfDNAが母体血中に占める割合を”fetal fraction”と呼びますが、正確な検査を行うためにはこれが十分に高いこと、具体的には少なくとも4%以上あることが大切です 1)2)。通常胎児・胎盤由来のcfDNAは早いと妊娠5週から、遅くても妊娠9週までには母体血中にみられるようになります 3)。そして妊娠10週以降になると概ね10〜20%のfetal fractionが得られるようになるためNIPTはその頃から行われるようになるんですね 2)4)5)。

早く受けることにメリットはあるのか?

色々と考え方はあると思うのですが、私個人としてはNIPTを早く受けるメリットはあまりないと考えています。検査精度のこともそうですが、NIPTは非確定検査と言ってそれ自体の陽性・陰性では診断が確定しません。例えばダウン症候群が陽性となっても、本当に21番染色体が3本あるかは絨毛検査や羊水検査を受けないと分からないんですね。そして多くの施設で提供されている羊水検査は妊娠16週頃にならないと受けられないので、結局そこまで待つことになります。たまに「早期NIPT」として妊娠6週頃よりNIPTを提供している施設がありますが、何かそれが可能になる新技術でもあるのかと文献を調べたり関係各所にヒアリングしてみたものの、今のところそういった事実は確認できませんでした。実際そうした施設のウェブサイトを確認すると「判定保留の場合は無料で再検査いたします」と書いてあり、もしかしたら従来のNIPTを早くにやっているだけなのかもしれません。「早くに分かれば内服薬による中絶を選択できる」とする意見も散見されますが、一般的にNIPTの結果だけで中絶を受けてくれる産婦人科はほとんど無いと思われます。

まとめ

本日はNIPTを受ける時期について解説いたしました。赤ちゃんのことを早く知りたい気持ちもあるとは思いますが、闇雲に焦るとかえってモヤモヤする時間が長くなったりとストレスが増えてしまう恐れもあります。日本の妊婦健診や出生前診断は必要な検査を適切な時期に受けられるよう配慮されていますので、慌てず一つひとつ進めていくようにしましょう。

参考文献
1) Lisa Hui, et al. Prenat Diagn. 2019 Dec 10;40(2):155-163.
2) Sanaz Mousavi, et al. BMC Pregnancy and Childbirth. 2022 Dec 8;22(1):918
3) Guibert J, et al. Hum Reprod. 2003;18(8):1733.
4) G Ashoor, et al. Ultrasound Obstet Gynecol. 2013 Jan;41(1):26-32.
5) Glenn E Palomaki, et al. Genet Med. 2011 Nov;13(11):913-20.

産後ミレーナ®︎挿入の適切な時期(当院の対応)

ミレーナ®︎の産後に挿入する時期について、添付文章の記載を確認しながら考察します。

「産後は子宮の回復を待ってから挿入 、産後6を目処は要点を全てクリアしている方に

海外では産後6週を目安に、希望者にミレーナ®︎を挿入する事があります。産後早期に希望される、すなわち避妊目的ですから、この場合は自費請求となります。ただし、

「授乳中は子宮穿孔のリスクがあり」

と添付文章も記載されています。よって当院の対応に関わらず、授乳中はミレーナ®︎の挿入は控えた方がよいでしょう。ミレーナ®︎は黄体ホルモンを放出するので母乳中への移行も報告されています。

穿孔のリスク、という事に関しては帝王切開術後症例は術部(子宮創)の回復を待ってから挿入します。また、

「海外での大規模市販後調査において、授乳をしていない女性のうち、分娩後36週目までにIUDを装着した女性は、分娩後36週目を超えてIUDを装着した女性に比べ子宮穿孔のリスクが高かった」との報告があります。

以上から、産後10ヶ月以降にミレーナ®︎の挿入を考慮するのが無難かと考えます。そして産後10ヶ月以降に月経(生理)が開始していれば

「妊娠初期の装着を防止するために、月経開始後7日目に装着」と添付文章どおりに処置が可能ですが、産後、月経(生理)が再開していない方はこのリスク(新たな妊娠の可能性)もあることを知っておくべきです。

以上から「産後6週のミレーナ®︎挿入」は

・経腟分娩後で悪露の排出が終了し、子宮復古と判断できる

・授乳をしていない

・子宮穿孔のリスクを理解されている

要点を全てクリアした方が適応となります。

ミレーナ®︎希望の方は避妊目的以外に、月経困難症の方(保険適応)もいらっしゃいます。個々に応じて対応をいたしますので、まずは私院長または石田副院長へお声かけください。

執筆 院長