染色体の分離と不分離

減数分裂はなぜ必要なのか?

ヒトの細胞の中は、常染色体として相同染色体(母由来と父由来のゲノムが2本で1セット)が22組とXXまたはXY染色体が入っており、計46本の染色体で成り立っています。これをそのままコピーしてしまうと、誕生する子の染色体数は精子の46本と卵子の46本を合わせて92本になってしまいます。したがって、生殖細胞は2回分裂することによって、細胞1個あたりの染色体数を23本 に半減させるのです。これを「減数分裂」と言います。

相同染色体は第一減数分裂で(同じ)染色体同士が対合(たいごう)した後に分離され、さらに第二減数分裂でも二価染色体が分離され、配偶子(卵子、精子)が作られます。

胎生期(母親のお腹にいる間)に胎児卵巣内での細胞の減数分裂は始まっており、第一減数分裂の前期で一旦停止します。思春期に排卵周期が開始されてから第一減数分裂が再開されます(女性は実に10数年減数分裂が停止していることになります)。

一方、精子形成においての第一・第二減数分裂は思春期以降に続いて行われます。

母体年齢が上昇すると、受精可能な卵子形成時の染色体不分離の頻度が増加する

生殖細胞のストック数は出生時に既に決定され、その後増えることはありません。女性が一生で排卵する卵子は400 〜500個とされています。受精できる卵子は排卵時に原則1つ作られるので、年齢を重ねるごとにその時排卵される卵子は減数分裂の停止期間が長くなっていきます。これが染色体の不分離を起こしやすくなり、ひいては高年妊娠でダウン症候群(21トリソミー)の発生率が高くなる理由となります。

第一減数分裂での染色体の形成が、のちの配偶子形成に左右される

生殖細胞は通常、第一減数分裂で2価染色体を形成しますが、

ロバートソン転座保因者は3価染色体を形成し、その後の配偶子形成、そして受精で21トリソミーが起こる可能性があります。

均衡型相互転座保因者の第一減数分裂では、転座に関わる染色体2本とそれらに対応する正常染色体2本の相同部位が対合して4価染色体を形成(2種類の染色体での転座のため)し、特に11番染色体と22番染色体の転座・派生染色体を持つ場合はエマヌエル症候群が起こる可能性があります。

*4価染色体が分離する時は大きく3通りあり(3価染色体の分離は大きく2通り)、中でも染色体の量がバランスよく分配されたものであれば、児は保因者の片親と同じ均衡型相互転座を引き継いだ状態となる、と言うことができます。

執筆 院長

帝王切開分娩による愛着形成への影響

こんにちは、副院長の石田です。

先日、とある妊婦さんから「今回帝王切開の予定なのですが、お腹を痛めずに産んでちゃんとママになれるか心配です。」という悩みをご相談いただくことがありました。よく話を聞いてみると、陣痛を経験しないで産むとちゃんと愛情が出ないのではないかとご心配されていたんですね。同じようなことを気にされる方はいつの時代も少なくありませんが、実際に帝王切開でのお産は母子の絆を阻害することがあるのでしょうか?そこで本日はこの件について少し掘り下げてみましょう。

なんでそういう考え方が出てくるのか?

そもそも私としては、なんで悠久の進化の過程で痛みを感じずに出産できるようにならなかったのかがよく分かりませんが、創世記第3章によるとアダムとイブが神様がダメって言ったのに知恵の実を食べたのがまずかったみたいです。怒った神様がアダムには労働を、イブには陣痛の苦しみを罰として与えたため、いまだにお産はしんどいままということのようでした。ちなみに労働も陣痛も英語にすると”labor”ですが、その語源はここから来ているとかなんとか。
それはさておき心理学的な話をすれば、努力正当化(effort justification)と言って人間は苦労して得たものに強い愛着を感じる傾向があるため、「出産の痛みを経験することで強く子供を愛せる」→「陣痛を耐え抜かないと愛情が足りなくなる」という考えが生まれがちなのかもしれませんね。

実際の影響はどうなっているのか?

これに関しては複数の臨床研究が出ていますが、日本人を対象とした有名なエコチル調査によると経腟分娩と帝王切開で「愛情の欠如」について統計学的な差は見られませんでした 1)。それどころか別の研究では予定、緊急を問わず帝王切開分娩では経腟分娩と比べて産後8週間と14ヶ月の時点における愛着形成が強かったという結果すら示されています 2)。ちなみに帝王切開術が全身麻酔(意識がなくなる麻酔)で行われた場合、脊椎くも膜下麻酔などの局所麻酔の時と比べて退院時の愛着形成に問題が生じる可能性を示唆する報告もありましたが、それですら産後1ヶ月の時点では差が無くなっていたということです 3)。まぁ、手術によってかえって愛情が強くなるとまで言うのはやや違和感がありますが、少なくとも帝王切開分娩のせいで赤ちゃんに対する愛情が阻害されるという心配は不要だと言ってよいでしょう。

まとめ

逆子や胎児機能不全など、帝王切開術の多くは母親というよりは赤ちゃんを助けるために行われます。言い換えると「赤ちゃんが死んでもよい」なら帝王切開をする必要はないことが多々あるんですね。それにも関わらず子供のために自分のお腹を切らせる母親の決断は、私に言わせれば純度100%の愛情であり愛着形成の阻害になり得ません。手術前は母子関係ができるか不安があるとしても生まれてきた赤ちゃんが必ず皆さんを親にしてくれますので、帝王切開が決まった方におかれましても安心して分娩に臨んでいただければと思います。

参考文献
1) Taketoshi Yoshida, et al. J Affect Disorder. 2020 Feb 15;263:516-520.
2) Svenja Doblin, et al. BMC Pregnancy and Childbirth. 2023 Apr 25;23(1):285.
3) Kenta Nitahara, et al. J Perinat Med. 2020 Jun 25;48(5):463-470.

遺伝形式に関わる専門用語

産婦人科診療ガイドラインから

羊水検査の実施要件に「ヘテロ接合体」との単語があります。

今回はこれに関わる用語の説明です。

◻︎アレル(allele):染色体のある部分(「座位」と言います)は遺伝子が存在します。アレルは対立を成すための一つの遺伝子(対立遺伝子)のことです。遺伝子は対をなしており、それらは父と母に由来します。

個人の遺伝型は、2 本の相同染色体上にある両方のアレルから成り立っているとも言えます。

・野生型アレル:疾患の原因とならない

変異型アレル:疾患の原因となる

とされ、この後の文章をご覧ください。

アレルの組み合わせ(接合様式

①ホモ接合:同じ型のアレルを持つもの

同じ型の野生型アレルを持っている→野生型ホモ接合体:異常なし

同じ型の変異型アレルを持っている→変異型ホモ接合体:この組み合わせで疾患を罹患・発症するのが劣性遺伝病です。

「劣性」は劣っているという意味ではなく、表現型を見せにくい、という意味です。両方のアレルが機能不全に陥ったうえで劣性遺伝病は疾患を罹患・発症します。

◻︎表現型(phenotype):遺伝子の組み合わせの結果、生じる個体の特性・特徴を指します。

常染色体劣性遺伝。両親ともに保因者であった場合、児は1/4の確率で罹患します。

ヘテロ接合:野生型アレルと変異型アレルが組み合わさるもの

ホモ(同一)ではないということです。

これによって罹患・発症するものは優性遺伝病です。

常染色体優性遺伝。夫婦どちらかが罹患者であった場合、児は1/2の確率で罹患します。

③ヘミ接合

ヘミとは「半分」という意味です。男性の性染色体は「XY」であり、そもそもそもY染色体に対してX染色体は対立遺伝子として成り立っていないので、XYは相同染色体上のヘミ接合と言えます。

保因者女性のX染色体上に変異型アレルがある場合、その男の子はY染色体と対をなそうとするX染色体が1/2の確率で変異型のため罹患・発症するのがX連鎖性劣性遺伝病です。

X連鎖性劣性遺伝

執筆 院長

日本の妊婦と新型コロナウイルス感染症のこれまで

こんにちは、副院長の石田です。

なんか最近また新型コロナウイルス感染症の患者さんが少し増えてきているのかなという雰囲気がありますが、皆さんは元気にお過ごしでしょうか?2020年から社会全体がパンデミックにより振り回されてきたこともあり、もう名前も聞きたくないという方も多いかもしれませんが、最近の学会誌でこれまでの妊婦さんとコロナの状況についてデータをまとめた論文が出ていたので内容を簡単にご紹介してみようと思います 1)。

妊婦におけるCOVID-19の発生状況

実は国内の妊婦さんにおけるCOVID-19の罹患数についての統計は報告されていません。「あんなに毎日書類書いてどこかに送ってたのに…。」とか思うんですが、全期間を通したレジストリ登録妊婦の重症度別割合を解析すると軽症(咳のみ)が85%、中等症I(呼吸困難あり)が8.2%、中等症II(酸素投与)が6.2%、重症(人工呼吸器やECMOを使用)が0.65%ということでした。ただ、中等症II+重症の割合はデルタ株(第5波)で20%だったものの、オミクロン株(第6波)以降では1%未満と急激に低下したそうです。

妊婦のCOVID-19 重症化リスク

上記の通り、第6波以降で感染した方は明らかに重症度が低いです。ワクチンに関しては接種歴不明を除いて解析すると、中等症II・重症は1回以上接種者で0.39%に対して非接種者10%と有意に差があったようです。そのほか、重症化リスクとしては妊娠前半(21週未満でリスクが6.5倍)、体格(BMI≧30でリスクが2.8倍)、年齢(31歳以上で2.8倍)、妊娠前からの基礎疾患の有無(基礎疾患有りで2.5倍)などが挙げられたそうです。一方で妊娠に伴う産科合併症(妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、切迫流早産など)に関してはCOVID-19の重症化とは関係なさそうということでした。

まとめ

本日は今さらだけど妊娠とコロナについての振り返りをご紹介してみました。どれも皆さんの肌感覚に概ね合うデータなんじゃないかなと思いますがいかがだったでしょうか?コロナだけでなくインフルエンザやマイコプラズマ、最近ではりんご病など様々な感染症が流行っていますが、妊婦さん本人はもちろんご家族も含めて十分注意しながら快適なマタニティライフをお過ごしください。

参考文献
1) Masashi D. Acta Obst Gynaec JPN 2024;76(12):1711-1716.

ロバートソン転座

染色体を形作るDNAの糸が途中で切れて、元と違う形で染色体が再構成される事を「構造異常」と言います。そのうち

・ゲノム量が変わるものを「不均衡型」

・ゲノム量に変化がないものを「均衡型」に分けれらます。

ロバートソン転座とは

今回お話する『ロバートソン転座』は染色体構造異常の一つで、

『13, 14, 15, 21, 22番染色体の長腕(q)どうしがつながった状態』をいいます。

13, 14, 15, 21, 22番染色体の短腕(p)は非常に小さく有効な遺伝子がないため、このような事が起きる可能性があるのです。

*染色体短腕の”p”はフランス語の”petit”に由来します。長腕の”q”はpの次の文字として採用されているようです。

ロバートソン転座が起きると、典型として、染色体数が45本(通常より1本少ない)となります。

14番長腕が13番長腕と結合(短腕は消失)したロバートソン転座で染色体数は45本

ロバートソン転座があると何が問題なのか

ロバートソン転座保因者は染色体数が45本となり、通常(46本)と異なりますが、上記のとおり失われた短腕(p)部分には有効な遺伝子がない(よってロバートソン転座は均衡型の一型としてもとらえられる)ため、表現型は正常(保因者自身には問題は起きない)です。

問題になるのはどちらかがロバートソン転座をもつカップルが妊娠した時、流産の確率が増える事と

21トリソミーが発生する可能性(21番染色体の転座を認めれば)がある事です。

出典:日本産婦人科医会HP。POC検査において, 21モノソミー, 14トリソミー, 14モノソミーの結果が出たらどちらかがロバートソン転座保身者の可能性がある

Down症候群は女性の高年妊娠によって確率が上がる事はよく知られています。このロバートソン転座によるDown症候群(転座型21トリソミー)は年齢とは関係ありません。

またロバートソン転座は50%が新生(de novo)とされている(親がロバートソン転座保因者でないこともある)ため、流産絨毛組織染色体分析(POC)や羊水検査で見つかったり、カップルの染色体検査で判明する事象も考えられます。

転座型21トリソミーは染色体数は46本ですが、そのうち21番の長腕(q)が1本多く、生まれてくる場合はDown症候群となります。

父がロバートソン転座保因者の場合、お子さんがDown症候群となる確率は1%未満、母が保因者の場合は10〜15%といわれています。

執筆 院長