妊娠蛋白尿に関する考え方

妊娠蛋白尿の定義

・尿蛋白/クレアチニン比が0.3以上

または

・24時間蓄尿で300mg/日以上の蛋白尿が検出された

場合を「妊娠蛋白尿」と定義します。これらは定量検査で

妊婦健診で行う蛋白の出ている尿(蛋白尿)の検査は定性検査

といいます。定性検査は主に陽性か陰性かを判断するもので、蛋白尿が陽性であれば定量検査で妊娠蛋白尿に当てはまるか確認をする必要があります。

蛋白尿の測定法

入院をしており時間的余裕があるなら24時間蓄尿を行いますが、

外来等では尿蛋白/クレアチニン比を検査することで早く結果を得ることができます。尿蛋白/クレアチニン比は、24時間蓄尿による蛋白排泄量とよく相関することが知られています。

尿蛋白/クレアチニン比が0.3~0.5の場合、尿蛋白排泄量は0.3~0.5g/日程度と推定できます。

蛋白尿量で(妊娠高血圧症候群の)重症度の区別は無

蛋白尿の量で妊娠高血圧症候群の重症度をはかるわけではありませんが、

『妊娠中の高血圧+蛋白尿』は妊娠高血圧腎症=子癇前症であること、

まだ高血圧を認めていなくても、蛋白尿を認めれば妊娠高血圧腎症への進展を予測しsFlt-1/PlGF比を測るきっかけとなること

から、妊娠蛋白尿には要注意と言わざる得ないのです。

執筆:院長

出生前診断の注意点

こんにちは、副院長の石田です。

産婦人科で正常妊娠を診断された後、夫婦によって検討が始まるのがNIPT、クアトロ検査、羊水検査などの遺伝学的な出生前診断を受けるかどうかです。これらの検査は赤ちゃんが産まれてくる前に染色体異常を主とした病気の有無が分かるため、夫婦の取れる選択肢が増えるという点で魅力的である一方、実は小さくない落とし穴がいくつもあることは意外と知られていません。そこで本日は出生前診断を受けるか悩んでいるご夫婦に知っておいていただきたい注意点について解説したいと思います。

遺伝情報がもつ注意すべき特殊性

遺伝情報の注意すべき特徴の一つは「あいまいである」ということです。例えばダウン症候群は出生前診断で気にされる最も有名な疾患ですが、もし診断されてもその子が実際にどの程度の重症度で産まれてくるか、将来どのような病気にいつかかるかなど具体的な未来を正確に知ることはできません。加えて染色体異常の中には病気ではない子供が産まれてくる変異がいくつもありますが、その全てが把握されているわけではないため未知の異常が見つかった時にどのように対処すれば良いか専門家ですら答えられないということも起こり得ます。しかもこれらの異常は家系に由来していることもあるため、安易に検査をするとその影響が意図せず広範囲の家族に広がる可能性があるほか、そもそも個人の遺伝情報は変更不可能なため一度知ってしまうと二度と知らなかった状態には戻れないということにも注意が必要です。

「知っておきたいだけ」というご夫婦も注意が必要

中には「何があっても産むことは決めているけど、事前に赤ちゃんの状態が知りたいから検査します」というご夫婦もいらっしゃいますが、そういう場合でも注意が必要です。そもそも胎児にとって出生前診断はやらなければ通常どおり産まれることができる一方で、行った場合は陽性からの中絶や検査による有害事象(破水など)の発生によって流産になる可能性があるイベントであり、赤ちゃん側の視点に立つと受けるメリットが乏しい検査なのかもしれません。そのため検査で期待できることと赤ちゃんが背負うリスクのバランスについては慎重な判断が必要です。さらには検査結果を知らなければ産んだ赤ちゃんも、異常結果を知ってしまったがために決心が揺らぐ可能性は十分にあります。結果に関わらず産むと決めているご家族であっても検査のメリットやデメリット、そして異常結果となったときのことについてはよく話し合っておくことが大事です。

検査で検出できる病気には限界がある

新生児の3〜5%は大小何かしらの先天性疾患を持って産まれてくると言われていますが、遺伝学的検査で検出できる染色体異常は全先天異常のうちの1/4しかありません。しかも遺伝子疾患の中には出生直後は正常でも年単位の時間をかけてゆっくり発症してくるような病気もありますし、そもそも産まれた後も人間はさまざまな病気にかかる可能性があります。それらを踏まえた上で染色体異常の有無だけを事前に知ることがご夫婦にとって必要十分なのかは吟味が必要でしょう。

まとめ

本日は出生前診断を受ける前に知っておくべきことについて解説いたしました。ここまで出生前診断についてネガティブな面ばかりに焦点をあててきましたが、もちろん上手に使えば多くのメリットが受けられる便利な検査であることは間違いありません。検査の利点欠点を総合的に判断するのは簡単な作業ではありませんが、お困りの際にはまずかかりつけの産婦人科で相談してみてください。

妊娠高血圧腎症の新しいマーカー

妊娠高血圧腎症は妊娠高血圧症候群の一種で、妊娠中の高血圧および蛋白尿に伴い、母体の臓器障害や子宮内胎児発育不全をきたす妊娠疾患で、子癇などの重篤な合併症を引き起こすことがあるため、早期に発見することが求められます。
近年の研究成果から、胎盤形成に関わる血管新生因子PlGF(Placental Growth Factor:胎盤増殖因子)および、その阻害因子sFlt-1(soluble Fms-like tyrosine kinase-1:可溶性fms様チロシンキナーゼ-1)は、妊娠高血圧腎症の病態形成に関与していることが明らかになっています。

簡単に説明すると、母体と胎児をつなぐ胎盤は、子宮へ張りめぐらされた血管があり、胎児胎盤循環が成り立っています。それら血管を作る因子PlGFに対し、阻害する因子sFlt-1の数が多い状態は胎児胎盤循環の悪化、すなわち妊娠高血圧腎症を引き起こす、ということなのです。
よって妊娠高血圧腎症を発症する妊婦は、発症前に血清中のsFlt-1のPlGFに対する比率が上昇することから、 「sFlt-1/PlGF比」(読み方:エスフルトワン/ピーエルジーエフ)比が妊娠高血圧症候群の発症を予測する補助マーカーとして保険適応となりました。

sFlt-1/PlGF比は採血検査となります。適応と対象者は妊娠18週から妊娠35週の妊娠高血圧腎症が疑われる妊婦さんで、結果sFlt-1/PlGF比が38を越える(39以上)と以後4週間以内の妊娠高血圧腎症を発症する可能性(陽性的中率36.7%)があり、高次医療連携施設との連携を図る必要があります。

このsFlt-1/PlGF比については昨年改訂された「産婦人科診療ガイドライン産科編2023」にも新規の記載として追加されました。

文責:院長

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断されたときに読む話

こんにちは、副院長の石田です。

生理不順や妊娠相談などで産婦人科を受診して多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という診断を受けたことのある患者さんは少なくありません。しかしPCOSは少し複雑な病気であり、患者さんたちも体に何が起きているのか、どう対処するべきなのかについての理解が曖昧なことも多いです。そこで本日は病院でPCOSと診断された時のことについて少し解説したいと思います。

PCOSとは

PCOSの原因は完全に解明されているわけではありませんが、ホルモンバランスの変化により卵巣に小さな水たまりである嚢胞をたくさん作ったり(以下画像参照)排卵が障害されることで生理不順・無月経や不妊になる病気です。また、男性ホルモンが増加することで毛深くなったりニキビができやすくなることもあります。

黒くて丸い嚢胞が卵巣内にたくさん見えています。 1)

「多嚢胞卵巣」と言われるとあたかもこの嚢胞が何か悪さをしているように感じてしまいますが、実はこの病気の本質は月経異常と不妊であり、治療に関してもこれらの症状の解決を目指すことになります。

PCOSの診断

PCOSは患者さんの病歴に加え、超音波検査や採血検査を用いて診断します。すごく大雑把に説明すると、生理不順で受診された方で上の写真のような卵巣が超音波で見られて、かつ採血でホルモン値の異常も確認された場合に「あなたはPCOSです」となるわけです。ただ、実際には厳密に診断基準を満たしていない状況でも診断を伝えられている現場がありそうな印象です。

PCOSの治療

治療の目的は適切な排卵周期を回復して妊娠ができる状態にすること、また無月経が続くことによる子宮体がんリスクの上昇を防ぐことにあります。医学的に肥満との関係が示唆されておりBMI(体重kg÷身長m÷身長m)が25以上の方に関しては適切な減量によって治ることがあります。また、状況によってピルなどの薬でホルモンバランスと生理周期を整えてみたり、積極的に妊娠を考えている場合は排卵誘発を行います。PCOSにかかると血糖値が上がりやすくなりますが、その際には糖尿病治療薬であるメトホルミンを併用することも検討されます。

まとめ

本日はPCOSについての一般的なお話でした。名前が漢字だらけでいかつい上にインターネットなどでみると不妊症とか子宮がんとか書いてあって怖くなってしまう人もいると思いますが、実はとても一般的な病気で治療も確立しているため心配しすぎる必要もありません。自分がPCOSかなと思ったら、まずは落ち着いて最寄りの産婦人科を受診してみましょう。

1) Saika Amren. EMJ Radiol. 2022

風疹って何ですか

風疹は、ウイルスによる感染症です。

風疹ウイルスによって引き起こされる、急性の発疹性感染症で、飛沫感染後、2〜3週後の潜伏期を経て発熱発疹、耳介後部リンパ節腫脹の主要症状が現れます。

風疹ウイルスはトガウイルス(Togavirus)科に属する直径60〜70nmのRNAウイルスです。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスの直径は約100nmなので、風疹ウイルスはそれらより小さいウイルスと言えます。小さいウイルスのため、マスク着用でも風疹の感染予防効果は乏しいのです。

ヒトに感染性のあるエンベロープRNAウイルスとしては風疹のほか、新型コロナウイルス、インフルエンザウイルスも同様です。

風疹に対する免疫がない集団において、1人の風疹患者から5~7人にうつす強い感染力があります。よって胎児感染、先天性風疹症候群の発生を起こさないためにも妊婦さんはご自身の風疹抗体価を有している事、また風疹の感染予防に努める事が大事なのです。

風疹の予防には、予防接種が最も有効ですが、いわゆる「生ワクチン*」のため、妊婦さんは風疹ワクチン接種は受けることができません(産後の接種は可能です)。

*生ワクチンは病原体となるウイルスの毒性を弱め、病原性をなくしたものを原材料として作られます。

風疹抗体価が低く免疫が不十分な妊婦さんが妊娠20週頃までに風疹のかかると、眼や心臓、耳などに障害をもつ先天性風疹症候群を有する赤ちゃんが産まれてくる可能性があります。

妊婦さんの風疹初感染において、先天性風疹症候群は妊娠8週までに約50%、妊娠12週までに約40%、妊娠16週までに約30%、妊娠20週まででは数%起こるといわれています。

風疹抗体価を十分にもっていない(風疹HI 16倍以下)場合、特に妊娠20週までにおいて外出をする際には可能な限り人混みを避けましょう。また夫が風疹抗体価があるかの確認し、必要あれば夫の風疹ワクチン接種を検討するとよいでしょう。

院長執筆

参考文献;

Rubella (German Measles, Three-Day Measles). CDC

風疹とは. 国立感染症研究所

胎児診断・管理のABC(第6版). 金芳堂