出生後のビタミンKについて

こんにちは、副院長の石田です。

出産を経験したご夫婦以外はあまりご存知ないかもしれませんが、赤ちゃんは産まれてからしばらくはビタミンKの投与を必要とします。入院中は施設のスタッフが投与することも多いと思いますが、もちろん退院、帰宅してからはご両親のおしごとになります。なんとなく赤ちゃんの出血を防ぐためということは知っていても、手間がかかる割には具体的にどういう話なのかはよく分からないという方も多いかもしれないので、本日は出生後のビタミンK投与について少し解説したいと思います。

ビタミンKの役割

ブルーベリーに入っているAやレモンを代表とした酸っぱい食べ物に入っている印象があるC、そのほかサプリでもお馴染みのBやDなどと比べてビタミンKを日常生活で意識することは一部の方を除いてあまりないかもしれません。しかしビタミンKは骨を丈夫に保つ作用があるほか、血液を凝固させるのに重要な役割があることが知られています。怪我などから血管が壊れて出血が始まると、まず血小板という細胞がそこに集まってきて応急的に傷口を塞ぎますが(一次止血)、その後に凝固因子がそこに作用することでフィブリンの網を形成してガッチリと補強し頑丈に止血します(二次止血)。ビタミンKはこの二次止血で必要ないくつかの凝固因子が適切に働くために不可欠な栄養なんですね。

なぜ赤ちゃんはビタミンKが必要なのか

止血に必要なビタミンKは基本的に腸内細菌によって作られますが、生まれたばかりの赤ちゃんは無菌状態であり、善玉菌が定着してこのメカニズムがしっかり働き出すのに時間がかかります。加えてビタミンKは胎盤を通過しにくかったり母乳への分泌もあまりなかったりするのでお母さんからの供給も期待できないんですね 1)2)。そのため生後哺乳できるのを確認してからと退院時、そして3ヶ月までは毎週シロップによる投与が必要になります。ところでビタミンKは多くの先進国で筋肉注射での単回投与が推奨されています。これは経口投与が安価かつ赤ちゃんへの侵襲性が少ない一方で、筋肉注射の方がより高い効果が期待できるというデータがあるためです 3)4)。(この違いに関しては経口投与における服薬忘れや個々の赤ちゃん間での吸収率の差、未知のメカニズムの関与などが推測されています。)ちなみに1992年にある論文においてビタミンKの注射薬による小児がん発症との関係が懸念されたことがあり話題となりましたが 5)、これに関してはその後の追跡調査により否定的な見解が大勢となっています 6)7)。

ビタミンKの効果

いずれにしてもビタミンKが不足すると皮下出血や胃腸からの出血、そして場合によっては頭蓋内出血を起こして命に関わることがあるので補充は必須なのです。実際、時代背景やその時々の医療水準、国際情勢など考慮すべき因子はたくさんあるものの、ビタミンKが投与されていなかった時期と投与され始めた後を比較すると重症出血に関しては約80%の予防効果が得られるというデータがあります 8)。そのほか歴史的に多くの研究がビタミンKが赤ちゃんを守ってくれることを証明しており、今この瞬間にも世界中の赤ちゃんに投与されているというわけです。

まとめ

ということで本日は生後に投与するビタミンKのお話でした。ちなみに母乳にはビタミンKが少ないと言いましたが、実は粉ミルクにはビタミンKがしっかり含まれているので生後1ヶ月の時点で1日の半分以上の授乳を粉ミルクにしている場合はビタミンKの投与を中止しても良いとされています 9)。しかしその一方で、シロップ剤と粉ミルクの重複投与でビタミンK過剰になってしまったと言う報告も無いので混乱してしまうくらいなら規定通り生後3ヶ月まではビタミンKを毎週投与するのがお勧めです。生まれたばかりの赤ちゃんのお世話はやることいっぱいでてんやわんやですが家族みんなで協力して漏れがないように頑張りましょう。

1) Eugene Ng, et al. Paediatr Child Health 2018;23(6):394-397
2) Walter A Mihatsch, et al. J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2016 Jul;63(1):123-9
3) Cornelissen M, et al. Eur J Pediatr. 1997;156(2):126-30
4) Lowensteyn YN, et al. Eur J Pediatr. 2019;178(7):1033
5) Golding J, et al. BMJ 1992;305:341-6
6) Von Kries R, et al. Thromb Haemost 1993;69:293-5
7) American Academy of Pediatrics. Pediatrics 2003;112:191-2
8) MJ Sankar, et al. J Perinatol. 2016 May;36 Suppl(1):S29-35
9) 日本産婦人科・新生児血液学会. 産婦人科・新生児領域の血液疾患診療の手引き:131-137

サイトメガロウイルスについて

サイトメガロウイルス(以下 CMV)はヘルペスウイルス科に属し、胎児への先天感染により難聴、視力障害、精神発達遅滞、肝臓・脾臓の腫大などを引き起こす可能性のあるウイルスです。CMV は尿、唾液、血液、涙、精液、腟分泌物、乳汁などの体液から感染します。

成人の初感染は主として性交感染で、一部に経口感染(上のお子さんとの食べ物の共有など)があると知られています。潜伏期は5〜7週です。

母体が感染しても微熱や咽頭痛など、一般的な感冒症状しか認められないことが多いうえに、90%程度は無症状とも言われているため妊娠中の感染を診断するのは非常に難しいとされています。

また、妊娠中に胎児が感染しても正常に発達する場合もあり、逆に無症状で出生してもその後健康問題を起こすこともあります。
日本における妊婦のCMV抗体保有率は 70%程度と考えられていますが、初感染だけでなく再感染や再活性化による胎児への影響も確認されており、妊娠中のCMVに対する感染対策がとても大切です。以下対策として

・上のお子さん達と食べ物や食器の共有をしない

・歯ブラシを共有しない

・玩具などを清潔に保つ

・上のお子さんのおむつ交換後の手洗い

などです。

にしじまクリニックでは出生後にCMVによる先天感染が疑われる所見を認めた(胎児超音波検査異常、低出生体重児、聴覚スクリーニングで正常を確認できないなど)場合は、新生児の尿検査で先天感染の有無を確認いたします。
一般に妊娠初期での初感染ほど児の重症リスクが高まります。妊婦健診中にサイトメガロウイルス感染症が心配な時は、担当医師にお申し出ください。

文責 院長

赤ちゃんのアトピー予防

こんにちは、副院長の石田です。

アトピー性皮膚炎は最も多いアレルギー疾患の一つです。アトピーを発症してしまうとその後に喘息や鼻炎などほかのアレルギー疾患が連鎖的に続くアレルギーマーチを経験することもあり、子供のアトピーをなんとか予防できないかとあれこれ調べるご両親がとても多いです。実際にインターネットで見てみると様々な情報や製品がヒットしますが、医学的に有効とされているのはどのような予防法なのでしょうか?というわけで本日はこの件についてお話ししたいと思います。

アトピー性皮膚炎とは

アトピー性皮膚炎は良くなったり悪くなったりを繰り返すかゆみと湿疹が主症状のアレルギー疾患です。皮膚のバリア機能が弱いことが原因の一つとされていますが、実際には様々な要因が複雑に絡み合って発症に結びつくと考えられています。調査によると本邦では現在乳児で6〜32%、幼児で5〜27%、学童で5〜15%がアトピー性皮膚炎を罹患しているようです 1)。

アトピーの予防法

アトピーは病気そのものについてまだ分かっていないことも多く、そのため予防法についても世界中の医学者が手探りで試しているような状態です。これまでに母乳栄養と粉ミルクの比較、オメガ脂肪酸の摂取、妊娠中や授乳中の母親の栄養指導など様々なアプローチが試みられましたが、現在に至るまで決定的に有効とされる予防法は見つかっていません 2)。一時期、積極的な保湿の継続がアトピー予防に有効っぽいという報告もあったのですが、その後の検証でこちらも否定的とされています 3)4)。また、妊婦さんとその後生まれた赤ちゃんにプロバイオティクス(乳酸菌とか)を摂取してもらうことで予防できる可能性があるという報告はあるのですが、具体的にどういう人にどの菌株をどうやって投与したらよいかなど具体的なことがよく分かっていないため実用レベルでの推奨には至っていません 5)6)。

まとめ

というわけで本日は「子供のアトピー予防については実用レベルで有効なものは見つかっていません」というお話しでした。「じゃあなんでブログに書こうと思ったんだよ!」ってお叱りをくらいそうですが、今回お伝えしたかったのはむしろアトピーの予防効果を謳うような製品や施術に関しては少し気をつけて見るようにしてくださいねということです。かく言う私自身も生まれてすぐにアトピーを発症し、その後現在に至るまでステロイドを使い続けていますが、自分の経験からも子供のアトピーをどうにかしたいという親の切実さは我が身にしみて知っています。しかし、それと同時に世の中にはそんな親心につけこんで一儲けしようとする人も少なくありません。皆さんにおかれましてはお子さんがアトピーになってしまっても決して自分を責めることなく、まずは積極的に小児科や皮膚科にご相談ください。

1) 日本皮膚科学会 佐伯秀久, et al. 日皮会誌 2021:131(13);2691-2777
2) Howell C Williams, et al. Acta Derm Venereol. 2020 Jun 9;100(12):adv00166
3) Skjerven HO, et al. Lancet 2020; online Feb 19
4) Chalmers JR, et al. Lancet 2020; online Feb 19
5) M Panduru, et al. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2015 Feb;29(2):232-242
6) Wen Jiang, et al. Paediatr Drugs. 2020 Oct;22(5):535-549

本当の分娩第3期の積極的管理

産後異常出血を防ぐために、「分娩第3期の積極的管理」を行われている施設が多いと思われます。今回はその中身についてお話です。

分娩第3期の積極的管理は大きく4つの方針が定められています。

1.オキシトシンの点滴

産後の子宮収縮を促すために子宮収縮薬であるオキシトシンを投与します。投与時期は文献によって様々な記載がなされていますが、ALSOプロバイダーマニュアルでは児の前肩が娩出してすぐに投与してよい1)、としています。一般的には児を娩出してからまもなくオキシトシンを投与する施設が多いと思います。この投与タイミングは産後異常出血の予防だけでなく、胎盤の自然剥離を促す目的でもあるのです。

なお、オキシトシンの投与遅延は胎盤遺残の原因ともなるので注意が必要です。

2.臍帯切断の遅延

新生児蘇生の対象とならなければ臍帯切断をすぐに行うのではなく、1〜3分経過してから臍帯切断を行うのがよいとされています。新生児の貧血等の改善・予防を期待するためです。

これは産後異常出血の予防ではなく、赤ちゃんによりそった分娩第3期管理といえるでしょう。ただし、これに関しては確立したエビデンスがまだなく、議論がなされている最中です。

3.適切な臍帯牽引による胎盤娩出

子宮底ではなく、恥骨上縁から手を乗せ子宮前壁を確認し、同時に臍帯を無理のない程度で正しい角度の臍帯牽引を行い胎盤を娩出します。これは’Brandt-Andrews(ブラント・アンドリュース)法’という手技になります。

4.胎盤娩出後の子宮マッサージ

胎盤娩出後、子宮をマッサージして子宮の再収縮をはかりつつ、子宮内腔の出血の排出を促します。文献として「どの位の時間子宮のマッサージを行ったら有効なのか」詳細な記載はなく2)、元々はオキシトシンを使えないような地域で産後出血を予防するための古典的な手技ではありますが、逆にこれを行わず分娩を終えてしまうと産後出血に対する初期診療のアプローチが遅れてしまいます。よって当院では担当助産師と担当医師に必ず行うよう伝えています。

文責 院長

参考文献

1) ALSOプロバイダーマニュアル第9版(英語版)

2) G Justus Hofmeyr, Uterine massage for preventing postpartum haemorrhage

産婦人科ファーストタッチ

新生児黄疸について

こんにちは、副院長の石田です。

赤ちゃんは生後数日以内に、黄疸といって皮膚が黄色くなってくることが多いです。人種や生まれた週数など様々な要因にも左右されますが、おおよそ70%前後の赤ちゃんが見た目で黄疸が確認されるというデータもあり、実際たくさんのご家族が生まれてきた赤ちゃんが黄色くなるのを確認されていると思います 1)。それでも多くの場合で自然に治まってきますが、一部の赤ちゃんには黄疸に対する治療が必要となることもありご両親が不安になってしまうことも多いので、本日は新生児黄疸について少し解説していきたいと思います。

なんで新生児は黄疸になりやすいのか

赤ちゃんは生まれるまでの間、胎盤を介してお母さんから酸素や栄養を分けてもらいます。しかし、実際にお母さんから回ってくる酸素量は自分で呼吸している我々の半分以下です。そこで胎児は赤血球という酸素を身体中に運ぶ血液細胞を大量に作り出すことでより効率的に酸素を運搬するよう工夫しているんですね。しかし出産が無事に終わって自分で呼吸するようになるとそこまでの赤血球は必要なくなるので余った分を壊して廃棄するようになります。この過程で出る廃棄物がビリルビンという物質です。ビリルビンはその後肝臓に運ばれて適切に処理され、腸に排出された後にうんちと一緒に体外に排出されることになります。赤ちゃんが黄疸になりやすいのは出生後に大量の赤血球を廃棄するためビリルビンがたくさん作られること、それに加えて処理工場である肝臓の機能が未熟なため排泄工程もモタつくことが原因なんですね 2)。

黄疸が強くなりすぎたら

上記の通り、黄疸が見られるのは赤ちゃんが外の世界に順応するのに辿る通常の体の変化によるものであり、基本的には自然に治まるので心配ないことがほとんどです。しかし想定以上にビリルビンが体内に溜まりすぎると核黄疸といって治療不可能な損傷を脳に引き起こすことがあるため適切なモニタリングと必要に応じた治療介入が肝心です。通常の検査は赤ちゃんの皮膚に押しつけるだけの器械を使って皮下組織の黄疸を計測するので痛くありませんが、その数値が高く出る場合は採血で実測します。実測値が高い場合には治療を開始しますが、ほとんどは光線療法といって裸の赤ちゃんに1日特殊な光線を当てるだけで問題なく改善しますので入院は必要ですがやはり赤ちゃんは痛くありません。ただ、ごく一部の赤ちゃんで黄疸の数値が非常に高くなることがあり、その場合は交換輸血という新生児科による特別な処置が必要になります。
たまに勉強熱心なご両親から「家でも日光に当てといた方が良いですか?」「母乳は控えた方が良いでしょうか?」などのご質問をいただくこともありますが、日光に当てることによる日焼けや体温上昇、脱水などの心配や、母乳を控えることで本来得るべき大きなメリットを逃してしまうリスクがありますので赤ちゃんの黄疸が強くなってきたからといってご自宅で何かしようというのはあまりお勧めしていません。

まとめ

というわけで本日は新生児黄疸についてでした。上記の通りほとんどの新生児黄疸は生理的なものであり、時間経過とともに勝手に良くなるかあるいは治療が必要になっても痛くない簡単な処置で終わる程度なので心配する必要はありません。その一方で黄疸が遷延するなど通常の処置では良くなりにくい場合は、その背後に代謝病や感染症などの基礎疾患が隠れている可能性もあるため精密検査を要することもあります。もし新生児期に赤ちゃんの黄色みが強くなってきたかな?と心配になる時は気軽に分娩施設へご相談ください。

1) Chou RH, et al. Pediatrics, 2003;112:1264-73
2) Ansong-Assoku B, et al. Neonatal Jaundice. StatPearls. 2022