全脊髄くも膜下麻酔が起こったら

無痛分娩の硬膜外麻酔において、万が一硬膜を貫通し、脊髄くも膜下腔にカテーテルが流入・迷入した場合、そのまま局所麻酔薬が入り続けると体の痛みに対する麻酔効果レベルが腰部から胸部へ上がります。この状態を放置してしまうと『全脊髄くも膜下麻酔』が起こり、いずれは呼吸停止に至ってしまいます。

にしじまクリニックでは事前の予防や対策から、今まで一度も全脊髄くも膜下麻酔が起こったことはありませんが、万が一に備え、当院医療従事者は気道確保や人工呼吸の練習を繰り返し行なっています。

(全・高位)脊髄くも膜下麻酔の初発症状は下肢の運動麻痺です。

テストドーズ(初回の局所麻酔試験注入)時に脚の動かしにくさを訴えたら、

またいきなり「陣痛が楽になった」の訴えがあれば、

脊髄くも膜下腔に局所麻酔が入っている可能性を疑います。

Th4(乳頭の高さ)以上の麻酔レベルでは呼吸抑制が起こります。

麻酔等により、呼吸状態の悪化または停止が疑われた場合

・気道確保を行います。

他スタッフへ情報を共有するとともにバイタルサインの確認を行います。

血圧低下なども予想し、救急カート類をすぐ使えるようにしておきます。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

・呼吸停止時にはただちに人工呼吸を行います。

気道確保をしつつマスクを口鼻に密着させるために、手の添え方はE-C法を行います。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

人工呼吸を行うには空気および酸素を送り込むバッグが必要となり、2 種の様式があります。

A.自己膨張式バッグ(バックバルブマスク)

ガス源(圧縮空気や酸素)を必要としません。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

B.流量膨張式バッグ(ジャクソンリース)

患者の呼吸状態に応じた呼吸管理を行うことができます。手順としては

①酸素回路を接続する

②麻酔器の電源を入れる

③手動換気が行えるようガス回路のセレクトし、手動換気側へレバーを向ける。

④酸素投与開始

⑤APLの調整;

Adjustable Pressure Limitingの略で、バルブ調整を行うことで気道内圧をコントロールし、ひいては肺損傷を防ぎます。要は自発呼吸がある時は圧を少なくし、呼吸がない時は圧を高くして人工呼吸・換気を行います。

呼吸がない場合は1分間に10回の人工呼吸・換気を行います。

なお心肺停止の場合、『胸骨圧迫30回と人工呼吸2回』がセットとなります。

胸骨圧迫を行う場合は高濃度酸素が必要となってくるため、バックバルブマスクよりジャクソンリースを選択する方が望ましいと言えます。

参考文献;

無痛分娩プラクティスガイド(MEDICAL VIEW)

母体急変時の初期対応(メディカ出版)

J-CIMELSベーシックコースインストラクターマニュアル第2版(メディカ出版)

胎児先天性疾患の早期発見のための取り組み

こんにちは、副院長の石田です。

先日他院で妊娠の診断となった患者さんがにしじまクリニックを受診されましたが、その方は分娩施設をどうやって選んだらいいか分からなくてご相談に来られたということでした。

確かに妊娠した時に産婦人科を選ぶのって大変ですよね。ネットやママ友の口コミなんかも参考になると思いますが、実際に行われている医療がどの程度ちゃんとしているかを知るのは容易ではありません。何なら我々専門家でも他地域の病院の実態は分からないことも多いです。そこで本日は手前味噌ではありますが、当院での取り組みの一部をご紹介させていただこうと思います。

赤ちゃんの奇形

先天性疾患というと本当にたくさんの病気が存在しますが、妊婦健診で見つかる確率が高いのは超音波で分かる奇形です。胎児奇形は概ね2〜4%の赤ちゃんに見つかりますが、これらは大きく大奇形と小奇形に分けられます 1)2)。大奇形というのは放置すると医学的、あるいは社会的に損失を伴うため確実に治療を要するようなもので、具体的には心臓や腸などの内蔵や骨格の奇形を指します。一方で小奇形というのはそれ自体が生命や機能に異常をきたさないもので、見た目の問題だけという疾患です。一般的に妊婦健診で重点的に検索されるのはもちろん大奇形です。

当院のシステム

当院では可能な限り赤ちゃんの大きな疾患を見逃さないようにいくつものステップで確認しています。

1. 妊娠11〜13週:以前院長のブログでもご紹介いたしましたが、この時期に赤ちゃんの首の裏が厚く浮腫んだりする場合にはダウン症などの染色体異常を疑う必要があります。染色体異常がある場合は大奇形を伴うことが多いですが、当院では英国のFetal Medicine Foundation(FMF)という胎児診断に関する組織の認証を受けた院長と私がしっかりと超音波で確認しています。
2. 妊娠20〜21週:当院ではこの時期の健診を「超音波外来」として赤ちゃんに病気がないかをチェックしています。確認の範囲は中枢神経、顔面、胸腹部臓器、脊椎、四肢、臍帯などですが、チェック項目はリスト化してあるため、どちらの医師を受診しても同様のスクリーニングが受けられます。
3. 妊娠30〜31週:妊娠中期の超音波外来で問題なければ大丈夫なことがほとんどですが、当院では万全を期してこの時期にも再度、赤ちゃんの心奇形を中心にスクリーニングをかけています。その際には(診療状況によりますが)原則的に超音波外来の時と違う方の医師が担当することで目を変えてダブルチェックができるように配慮しています。
4. 出生後:通常の妊婦健診に加えて上記のようなステップを行っていても出生前の診断が難しい病気があります。特にそれが心奇形の場合は多くの他の疾患と違って出生後数日以内に状態が急変することもあるため、当院では出生24時間後の赤ちゃん全例に腕と足の酸素飽和度の差を利用した先天性心疾患スクリーニングを行っています。

クオリティーコントロール

これらのステップはただ定めただけでなく、院内で日常的に行われる医療者間の話し合い、学会、勉強会への参加、年1回のFMFの認証更新試験などを通じて不定期かつ頻回にプロセスを見直しながらより良いものへと進化させています。また、異常が疑われた段階で正確な診断と早期医療介入が実現できるように埼玉医科大学の胎児超音波外来をはじめとした周辺の周産期センターとも緊密に連携を取りながら母児のリスクを最大限ヘッジできるような体制を敷いています。

まとめ

当院のような小規模施設ではきめ細やかなケアを提供しやすいというメリットがある一方で大病院と比べると医療資源の制約を受けがちです。しかし、にしじまクリニックでは決してそれを仕方なしとせずに、患者さん一人ひとりに寄り添いながらも高品質な医療を提供できるような体制づくりを日々行っています。もし他にも当院での妊婦健診や出産に関して疑問に思われることがありましたら外来でご説明可能ですので、ご予約の上お気軽にお越しください。

1) Mai CT, et al. Birth Defects Res. 2019;111(18):1420

2) Feldkamp MI, et al. BMJ. 2017;357:j2249

未成年女性が予期せず妊娠してしまった時の話

こんにちは、副院長の石田です。

先日、高校生の女の子が産んだ赤ちゃんを遺棄したとして逮捕される事件がありました 1)。亡くなられた赤ちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

さて、日本では未成年女性の妊娠を「若年妊娠」と定義しています。厚労省の発表では、令和2年に6948人の未成年女性(内、37人は14歳以下)が出産されましたが、現代日本では若年での妊娠・出産に多くの難しさがあるのは事実です 2)。そうは言っても妊娠を素直に喜び、出産に向けて前向きに進んでいけるカップルがほとんどで、そういう場合は若いなりの強みを活かしながら妊娠・出産・育児とこなしていかれることが多いですが、稀に予期せぬ妊娠で行き詰まってしまうこちらのニュースのような若い女の子もいるので、本日はそういう時のことについて書いてみようと思います。

ちなみに若年妊娠のリスクについて

若年妊娠ではそれ以上の年齢層での妊娠と比べて医学的なリスクが大きい可能性が指摘されています。具体的には低出生体重児や早産児が生まれる確率が高まるほか、新生児死亡も増えるというデータが示されています 3)4)5)。母体の方にも重症妊娠高血圧症候群による子癇発作や重症感染症、そして産後もうつ病になるリスクが高まる可能性が考えられています 6)7)。これらは未成熟な体に妊娠の負荷が重いせいもあると思いますが、それに加えて様々な理由で十分な妊婦健診を受けなかったり、医療施設外で出産に至ってしまうケースがあることも影響しているでしょう。

未成年女性が予期せぬ妊娠に気づいた時にまずすべきこと

中学生や高校生で自分が妊娠していることが分かったらパニックになる人が多いでしょう。親や先生には相談しにくいかもしれないし、かと言って同年代の友達に話したのが周りに知られたらかえっておおごとになってしまうかもしれません。恐らく冒頭の女の子もそうやって誰にも話せず悩んでいるうちに取り返しがつかないことになってしまったのだと思います。この問いに絶対的な正解はないのかもしれませんが、私のお勧めは「とにかく産婦人科を受診する」です。自宅で妊娠反応が陽性に出た場合、どういう形であれほぼ間違いなく妊娠はしています。妊娠していなくても偽陽性が出るということはレアな例外を除いてまずありません。その時点でするべきことはその妊娠が正常妊娠なのか、そして現在が妊娠何週なのかを知ることです。もし異所性妊娠(子宮外妊娠)であれば放っておくと大出血が起こって命に関わることがありますし、正常妊娠であったとしても妊娠22週を過ぎると中絶という選択肢が取れなくなります。妊娠してるかもと思ったけど恥ずかしくて妊娠検査薬を購入できずに悩んでいる場合も同様です。産婦人科には妊娠検査薬があるので病院で検査してもらいましょう。

受診した後にどうなっていくか

正常妊娠の診断となり週数が確定した後は22週未満であれば妊娠を継続するかどうかの意思確認があります。22週を超えている場合は法律上の取り決めから出産する以外に選択肢はありません。初診はご本人のみで大丈夫ですが、それ以降は中絶、妊娠継続どちらの道を選ぶにしても親のサポートが必要になります。これは未成年者の場合、あらゆる医療行為に対してご本人に加えて親の同意が必ず求められるからです。さらに言うと未成年妊婦がパートナーと入籍できない場合、出産後の赤ちゃんの親権はその女性が成人するまで赤ちゃんから見た祖父母に帰属することとなっており、そういう意味でも親に内緒で全部終わらせるというのは不可能なんですね 8)。ただ、ご両親が他界している、虐待から避難しているなどの場合は地域行政との連携のもと、別途対応していくことになります。

そのほかのよくあるご心配

金銭的な不安から受診を控えてしまう人もいらっしゃいますが、妊娠は放置してしまうと最終的にかかる費用が大きくなる傾向があるのと、お金に関しては後から解決できることが多いのでまずは病院にかかることが大切です。別に赤ひげ先生が無料で全部やってくれるというわけではありませんが、本当に支払いが難しい状況では地域行政やNPOの支援を得られる可能性が高いためです。また、出産まではできたとしてもその後の育児が不可能な場合は特別養子縁組を利用してその赤ちゃんを必要としている人たちに譲ることも可能です。いずれにしても産科医療施設はあらゆるケースに対応するノウハウを蓄積していることが多いので、とにかくまずは我々プロに相談してください。

まとめ

当院でも10代の妊婦さんはいらっしゃいますが、しっかりと妊婦健診を受けていただいている場合はむしろスムーズなお産で終わることも多いです。加えて育児は体力を使う作業ですのでそういう意味では若さがメリットになるという側面もあり、10代での妊娠が必ずしも不利なわけではもちろんありません。ただ、若い女の子が期せずして妊娠してしまった時に“未成年 妊娠“で検索してこのブログに辿り着いて、とりあえず産婦人科を受診してもらうきっかけになればと思って書かせていただきました。でも、何より大切なのは社会がそういった人たちを孤立させないことです。もし周りに妊娠したかもしれない女の子がいたら、優しく声をかけてあげてください。

1) https://news.yahoo.co.jp/articles/92bb21e2c0fffab8edd31c9a33234e92a7e27dbe

2) 厚生労働省 人口動態の概況:https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei20/index.html

3) Fraser AM, et al. N Engl J Med. 1995;332(17):1113

4) Rees JM, et al. Pediatrics. 1996;98(6 Pt 1):1161

5) Phipps MG, et al. Obstet Gynecol. 2002;100(3):481

6) Ganchimeg T, et al. BJOG. 2014;121 Suppl 1:40

7) Siegel RS, et al. J Pediatr Adolesc Gynecol. 2014;27(3):138

8) 民法第833条

無痛分娩のPCA

この項では無痛分娩における「PCA」について説明します。

PCAとは「Patient Controlled Analgesia」の略で

産婦が陣痛の痛みを強く感じた時に、自分でディフューザーポンプに接続されたボタンを押すことで鎮痛薬剤(局所麻酔薬)を追加できる方法のことです。

にしじまクリニックでは、スミスメディカル社製のPCA機能を備えたディフューザーを採用しています。

ディフューザーのボトルに局所麻酔薬の1%メピバカイン(カルボカイン®︎)100mLを詰めます。当院では安全対策のため、これ以上の用量の麻酔薬は使用しません。

*海外の無痛分娩においても、局所麻酔薬の安全限界による用量設定は厳格です。麻酔薬の用量を使い切ってしまってお産に至っていない場合でも追加投与は行いません(その場合の多くは難産・分娩停止の可能性があります)。

ディフューザー機構により、ボトル100mLの1%カルボカイン®︎は、1時間あたり7mLを硬膜外腔へ注入されます。

またPCA機能として1回3mLのボーラス投与として1%カルボカイン®︎を自身で30分おきに追加できます。

スミスメディカル PCA型FCタイプ

よって1%カルボカイン®︎は1時間に最大10(〜13)mL硬膜外腔へ投与されることになります。これは無痛分娩の安全対策における局所麻酔薬の少量分割投与法にそって行うことができます。

局所麻酔薬の持続投与中でも、もちろん30分おきの麻酔レベルの評価を行います。

当院の無痛分娩における硬膜外麻酔は、カルボカイン®︎の安全用量、先ほど申しあげた100mLで分娩を終えることができるように、分娩第1期進行期に入る直前、すなわち子宮口5cm前後で硬膜外麻酔の処置を行います。進行期と分娩第2期が一番痛い時期だからです。

その後のディフューザーの装着については、分娩進行に合わせて担当医師が判断します。

*カテーテルを硬膜外腔へ留置後、分娩進行が(良い意味)で速い時はディフューザーを接続せず、従来どおり局所麻酔薬の30分おきの少量分割を行います。

以上、今回はPCAについて説明しました。鎮痛局所麻酔薬が持続的に注入されることに加え、さらに痛みを感じる場合はご自身でPCAボタンを押すことでさらなる鎮痛をはかることができるため、安心感もプラスされるのではないでしょうか。

(院長執筆)

過期妊娠予防の誘発分娩について

こんにちは、副院長の石田です。

妊婦さんは初期に分娩予定日を決定します。これは最終月経や赤ちゃんの大きさ、不妊治療を行なった方であればそのスケジュールから決まるのが一般的ですが、もちろんこの日に産まれますよということではなく、この辺りで産まれますよという何となくの目安になります。なので予定日を過ぎてからご出産になる方もたくさんいらっしゃるのですが、時としてなかなか産気づかない場合には積極的な医療介入を勧められることもあります。というわけで本日はこちらについてお話しさせていただこうと思います。

過期妊娠とは

過期妊娠とは妊娠42週を過ぎても妊娠したままの状態にあることを指します。昔は予定日超過という言葉を使用していたこともあったのですが、それだと音感的に予定日を少しでも超えたら全部当てはまってしまいそうなので現在は過期妊娠と呼ぶことに決められています。一般的に予定日を過ぎてしばらくしても陣痛や破水が起こらない場合には42週を超えないように誘発分娩を検討することになりますが、これは別にしびれを切らしてというわけではなく、過期妊娠にしたくない理由があるからに他なりません。では過期妊娠では具体的に何が起こるのでしょうか?

過期妊娠による赤ちゃんへの影響

42週を超えて妊娠が継続すると赤ちゃんが育ち過ぎてしまったり、胎盤が古くなることで機能が低下してしまうリスクが知られています 1)2)。赤ちゃんが大きく育ち過ぎてしまった場合には分娩が順調に進まずに難産や帝王切開になったり、赤ちゃんが出てくるときに産道に挟まったりして鎖骨骨折などの外傷が起こることがありますが、その一方で胎盤機能が低下した状態で妊娠が継続すると低栄養から赤ちゃんが痩せていったり羊水が少なくなったりします。また、胎便吸引症候群や胎児仮死など赤ちゃんの健康に深刻な被害が出てしまうリスクも高まるとされています 2)3)。

41週前後での誘発分娩をご提案しています

大体の周産期施設がそのようにしていると思いますが、上述のリスクを回避するために当院でも妊娠41週が見えてくると誘発分娩で積極的にお産にもっていくことをご相談するようにしています。実際に2020年に発表されたデータによるとその時期での誘発分娩は周産期死亡率を約70%、帝王切開になるのを約10%、新生児の集中治療室入院を約12%低下させるということでした 4)。誘発分娩は入院のうえで進めていくことになりますが、入院日はその時期の曜日や休日、また患者さんご本人やご家族の都合などを考慮してご相談の中で決まります。

まとめ

本日は過期妊娠について解説いたしました。できるだけ自然の陣痛を待ちたいというお母さんが多いと思いますし、我々としてもその方がスムーズにお産が進むことが多いのでできれば自然に陣痛が来る方がありがたいなと思っています。ただ、その一方で「赤ちゃんとお母さんが元気にお産を終えられること」が最優先課題ですので、患者さんご本人やそのご家族と我々医療者とでしっかりと話し合いながら一番良い方法を一緒に決めていきましょう。

1) Spellacy WN, et al. Obstet Gynecol. 1985;66(2):158

2) Vorherr H. Am J Obstet Gynecol. 1975;123(1):67

3) A M De Los Santos-Garate, et al. K Perinatol. 2011;31(12):789.

4) Middleton P, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2020;7:CD004945.