子宮内検索の意義

児の娩出後、児の状態も重要ですが、褥婦さんの状態も注意しながら産後経過をみさせていただいております。

特に産後の異常出血について、何が原因かを速やかに探る必要があります。多くは子宮からの出血であるため、「子宮内検索1)」を行います。英語表記では「Uterine Explorarion」といいます。国境なき医師団では、速やかに外科的処置を施すことを前提に麻酔下で子宮内検索を行なうため、「Uterine Exploration under Anesthesia(UEA)」とよく表記されていました。

MSF ESSRNTIAL OBSTETRIC AND NEWBORN CAREより

産後異常出血にて子宮からの大量出血とわかった時は、とにもかくにも子宮に対する双手圧迫を行います。例えば、事故等で倒れている人が大量の血を流している状態であれば、とっさに圧迫止血を行なうことを思い浮かべませんか?これは子宮からの出血も同様です。子宮からの大量出血の場合、分娩第3期の積極的管理の一つである子宮体部のマッサージより有効です。

子宮の双手圧迫を行いながらスタッフの応援を呼びます。プライマリーサーベイを行い、出血が褥婦さんの危機的状況を作っているのなら子宮収縮を薬剤で強化しながら子宮内検索を行います。双手圧迫は手技者の片方の手が腟に入っているため、そのまま子宮内検索へと移行できるのです(ちなみに胎盤の用手剥離を行なった後も子宮内検索をそのまま行います2))。

・子宮内反をおこしていないか

・胎盤遺残はないか、卵膜遺残はないか

・凝血塊は溜まっていないか、もしくはサラサラとした血なのか(子宮内検索は子宮内に溜まった出血を排出することも目的です)

・子宮破裂や頸管裂傷はないか

を診察します。エコーもあるとなお良いでしょう。

これらの検索を行い、最終的に子宮収縮不全による弛緩出血と判断されたうえで子宮腔内にバルーンを挿入する手技へと移行できるのです。

執筆 院長

参考文献;

  1. p.304 産婦人科ファーストタッチ. じほう
  2. 9.3 Uterine exploration. ESSRNTIAL OBSTETRIC AND NEWBORN CARE. MSF

無痛分娩はカテーテルの「留置長」と「固定」が大事

効果的な無痛分娩を行うため、薬剤の選択云々より、実はカテーテルの留置がしっかり確保できているかどうかが重要だと思っています。

硬膜外腔カテーテルの留置至適長は4〜6cmといわれています。しかし最短の4cmの挿入だと、麻酔が片効きだった場合にカテーテルの調整が行えないため、硬膜外腔へ5cmの留置は確保したいところです。

皮膚から硬膜外腔までの距離は日本人の平均産婦体型だと4〜5cm(肥満産婦だと6cm)なので、例えば硬膜外針で穿刺し、硬膜外腔まで5cmであればカテーテルを10cm挿入すればカテーテルの硬膜外腔への留置が5cm、といことになります。

カテーテルの留置が至適長を保たれていれば、局所麻酔投与による鎮痛効果は得られます。「至適長が保たれていれば」という事がポイントで、穿刺・留置処置が終われば後は大丈夫、というわけではありません。なぜならその後は体動によるカテーテルのずれの可能性があるからです。

例えば前屈の体勢をとると、カテーテルが硬膜外腔から皮下側へ引っ張られてカテーテルがずれ(抜け)ていきます。

当日の硬膜外腔への処置と同日の無痛分娩対応であれば、移動は少ないので体動・体勢によるカテーテルのずれはあまり気にする必要はありませんが、

分娩誘発が翌日に改めて行医、それ以降から無痛分娩対応となる可能性がある場合、1〜1.5cm程のずれを想定しながら硬膜外腔カテーテルの留置を行うようにしています。よってこの場合のカテーテルの硬膜外腔への留置は6〜6.5cm、ということになります。

ただし、上記以上に深く長い留置長だと麻酔レベルに影響したり(鎮痛効果の部位が本来より高くなってしまう)、硬膜外腔内の血管誤入・損傷の可能性も高まることから注意が必要です。

カテーテルの固定も重要です。

当院の硬膜外麻酔の処置セットに含まれているテープ・ドレッシング剤では汗などからすぐに剥がれてしまうため、最近では上記の高透湿性のドレッシング剤を追加で用いています。

カテーテル先端付近はカーブをつけて固定するため、ずれ(抜け)たり、カテーテルそのものが浮かないように貼り方を工夫します。

これらの対応を施すことで、当院での硬膜外麻酔による無痛分娩の鎮痛効果はかなり安定して得られるようになってきました。にしじまクリニックでは日中分娩担当の産科医(主に私と石田)が硬膜外麻酔・無痛分娩を担当します。ただ単に麻酔科医へお願いするだけでなく、このような細かい手技の配慮を行なったうえで無痛分娩の体制が成り立っています。

執筆 院長

性分化疾患について

こんにちは、副院長の石田です。

さて、現在パリオリンピックが開催されていますが、女子ボクシング競技で性分化疾患の方が出場し波紋を呼んでいます。遺伝子的には男性であるアルジェリアのイマネ・ヘリフ選手が女子競技に出場したことの公平性が問われているわけですが、昨今の多様性尊重問題とごちゃごちゃになりながら著名人が炎上したり同じ疾患を持つ当事者が悲しい思いをしてしまったりとかなり混乱した状態になっています。そこで本日は性分化疾患について少し解説してみようと思います。

前提知識として性別の決まり方について

生物の体は遺伝情報を元にして作られます。遺伝子はとても長い二重鎖の形をしていますが、これをコンパクトに細胞内にしまっておくため何回も折りたたんだ塊が染色体です。そして人間の場合はこの染色体を2本1組(父親と母親から1本ずつ)で23組持っています。そのうちの1組が性別を決める性染色体ですが、それが両親からX染色体を1本ずつもらったXXだと体は女性に、母親からXを、父親からYをもらったXYだと体が男性に形作られていくわけです。そして、この体づくりに際してX/Yそれぞれの染色体が果たす役割が重要です。すごく雑な説明になりますが、人間の体は女性型が基本であり特に何もしなければ受精卵は女性の体を作ろうとするんですね。そんな中でY染色体は様々な方法でその工程を軌道修正することによって男性の体を作る役割を担っています。そのためY染色体がうまく働かないと、(場合によっては外見からでは分からないくらい)女性っぽい体を形成してしまうのです。同様の原理でXXXXXYという極端な染色体異常の方でも体は男性型になりますし、逆にターナー症候群という性染色体がX1本だけという方の体は女性型になります。

トランスジェンダーと性分化疾患の違い

トランスジェンダーは生物学的性と性自認の不一致であるのに対して性分化疾患は遺伝子と体のミスマッチです。言い換えるとトランスジェンダーの場合は男女どちらかの完全な体を持って生まれるのに対して、性分化疾患では体が男性とも女性とも言い切れない形であったり、例えば染色体が男性であっても現実的には体も心も女性として生活している点でこれら二つは大きく異なります。もちろん性的マイノリティの方々がより住みやすい社会を作っていくことはとても大切な話ではありますが、それと性分化疾患を混同して同じ土俵で話そうとすると様々な矛盾が生じて議論が進まないばかりか双方の当事者をいたずらに傷つけてしまうため注意が必要です。

まとめ

本日は性分化疾患について簡単に解説いたしました。社会にはスポーツだけでなくトイレや更衣室など様々な点で男女のどちらかを選択せざるを得ない場面が多々ありますが、性分化疾患を持つ方やそのご家族は生まれた時からずっと医療者や保健専門家、教育者などとチームを組んでライフステージごとに起こるあらゆる課題に取り組んでおられます。私としては今回の議論がそういった方々の存在を社会が改めて認識し考える機会になることを期待するとともに、当事者の方々が積み上げてきた努力を残酷に否定するような方向にならないよう強く願います1)2)。

1) Selma Feldman Witchel. Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol. 2018 Apr;48:90-102
2) Chromosomal Sex Determination in Mammals – Developmental Biology. 6th edition.

水中分娩について

こんにちは、副院長の石田です。

最近友人から水中分娩ってどうなの?と相談されることがありました。日本では取扱施設がそれほど多くないと思いますが(当院でも行っていません。)、調べてみると欧米を中心に関心が高まっているような記事も散見されます。そこで本日は水中分娩に関しての基礎的なお話をしたいと思います。

水中分娩とは

水中分娩とは陣痛中をバスタブにはった温かいお湯のなかで過ごす分娩方法です。妊婦さんの体調を見ながらお湯に出入りして過ごすわけですが、実際に赤ちゃんを出すところまで水中でやるかは母体のコンディションや施設ごとの考え方によると思われます。分娩中に水中にいることで陣痛が緩和される、体の向きを変えやすくなる、リラックス効果があるなどのメリットが期待されます 1)。

実際にメリットは医学的に証明されているのか?

実は水中でお産をすることによる医学的なメリットは今のところ証明されていません。この件に関する有名なメタ解析によると、水中分娩にすることで帝王切開率、吸引・鉗子などの器械分娩率、出血量、会陰裂傷の重症度などに関して改善効果は見られなかったようでした 2)。局所麻酔薬の使用量は水中分娩で10%減ったかもということですが、それが現実的にどのくらいインパクトのある話かは判断が難しいです。また、新生児側についても新生児集中治療室への入院率、新生児感染症などについて比較されていましたが、こちらもやはり水中分娩で増えたり減ったりはしなかったようです。

水中分娩はお勧めされているのか?

水中分娩を経験した個人のレベルでは高い満足感を得た方ももちろんいらっしゃると思いますが、その一方で米国小児科学会と米国産科婦人科学会が2014年に共同で出した声明では水中分娩の選択には十分な注意が必要だとしています 3)。これは上記の通り医学的なメリットが明確に示されていない一方で、汚染されたお湯・バスタブの使用を含めた不適切な妊娠・分娩管理により母児に深刻な健康被害が見られた症例報告があるためです。

まとめ

2023年、日本の合計特殊出生率は1.20でした。お産が一生のうち何回もあるイベントで無くなってきている昨今、分娩に色々な選択肢があるのは女性がお産を楽しめる幅が広がるという意味で歓迎するべきことかもしれません。水中分娩に関しても医学的に証明されたデメリットが無い現状では、一部の女性にとっては素晴らしい体験にもなりえるでしょう。しかし広く行われている分娩方法ではないということは、病院によって管理の質に大きな違いがある可能性も否定できません。水中分娩を検討されている妊婦さんはその施設が細かいルールを定めて実施しているかどうかしっかり確認されるとよいかもしれませんね。

1) NHS. Water birth and home birth: https://www.bradfordhospitals.nhs.uk/parent-education-modules/waterbirth-and-homebirth/
2) Elizabeth R Cluett, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2018 May 16;5(5): CD000111
3) AAP, ACOG. Pediatrics. 2014 Apr;133(4):758-61

RSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ®︎」

RSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ®︎」が、当院でも採用となりました。

RSウイルス感染症について
RSウイルス感染症は呼吸器疾患であり、免疫が不十分な新生児から高齢者まで感染するリスクがあります。

RSウイルスは生後1歳までに50%以上が、2歳までにほぼ100%が感染し、終生免疫は獲得されず再感染がみられます。乳幼児における肺炎の約50%、細気管支炎の50~90%がRSウイルス感染症によるとされており、小児科医が対応する感染症の大きな原因となっています。

症状は軽症の感冒様症状から下気道症状(咳、呼吸困難、喘鳴[ぜんめい])に至るまで様々で、特に生後6か月齢未満で感染すると重症化します。

日本では毎年約12万~14万人の2歳未満の乳幼児がRSウイルス感染症と診断され、そのうち約4分の1に入院が必要と推定され、日本においても重症例(酸素投与以上)では、0.3%程度が死亡しているとされます。
RSウイルス感染による乳児の入院は、基礎疾患を持たない正期産児も多く、入院発生数は生後1~2か月時点でピークとなります。このようにRSウイルス感染症の疾病負荷は極めて大きく、基礎疾患の有無にかかわらず生後早期から予防策が必要な感染症なのです。

RSウイルス感染症の重症化抑制する対策として
RSウイルス感染症に対しては有効な治療薬はなく、対症療法しかありません。そのため予防が重要となり、RSウイルス感染症の重症化抑制薬としてこれまでパリビズマブ(シナジス®︎) が早産児や先天性心疾患など基礎疾患のあるハイリスク児に限定して使用されます。

しかし、RSウイルス感染症による入院の大部分を占める、『基礎疾患のない』正期産児に対して、シナジス®︎は健康保険適用外(自費診療)となり、非常に高額です。

よってRSウイルス母子免疫ワクチン
現状、小児に有効なRSウイルスワクチンは開発されておらず、そこで着目されたのがRSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ®︎」です。

妊婦に接種することにより、母体のRSウイルスに対する中和抗体価を高め、胎盤を通じて母体から胎児へ中和抗体が移行することで、新生児・乳児におけるRSウイルスを原因とする下気道疾患を予防します。妊娠24~36週の妊婦に筋肉内に1回接種しますが、28週から36週の接種によりさらに有効性が高くなる可能性があります。生後6か月までの重度のRSウイルス関連下気道感染症、医療機関の受診を必要とするRSウイルス関連下気道感染症に対しての有効性が臨床試験で証明されています。
承認前の臨床試験(国際共同第Ⅲ相試験)において、母体のワクチン接種により重度のRSウイルス関連下気道感染症に対して、生後90日で81.8%、180日で69.4%の減少が認められました。また医療機関の受診を必要とするRSウイルス関連下気道感染症に対して生後90日で57.1%、180日で51.3%の減少が認められました。

有害事象および重篤な有害事象はワクチン群とプラセボ群で同程度でした。

以上から、RSウイルスワクチンは、『基礎疾患のない』乳児に対するRSウイルス感染症の予防に寄与することが期待されます。

執筆 院長