子育て本の紹介:学力の経済学

こんにちは、副院長の石田です。

先日も子育て本のご紹介をさせていただいたのですが、外来で「先生がブログで紹介してた本、読みました」って言ってくださった方がいらっしゃったのに気を良くして、本日も1冊ご案内してみようと思います。

学力の経済学

こちらは教育経済学者の中室牧子先生が書かれた本です。教育経済学とは応用経済学の一分野で、主に大規模なデータを用いてそれぞれの教育法が子供たちにとってどんなメリット・デメリットがあるのかを科学的に検証する学問です。
自分も含めてですが、教育については十人十色に考え方がありますよね。たまにSNSなんかで「勉強は何故必要なのか」という命題が投稿されるとたくさんのリプライがついたり場合によっては炎上してしまっているのを目にします。本書の第1章では「教育は「一億総評論家」状態である」としていますが、これは誰しもが様々な形で教育を受けて大人になったことから少なからず自分なりの成功・失敗体験を持っており、そこを根拠にしてそれなりに語れることが関係しているでしょう。しかし、それらはサンプル数=自分1人(+自分の子供の数?)という極めて弱い統計学の上に成り立っています。そこで調べる子供を数千、数万人と増やしていってみると、意外と自分が思っていたのとは異なる傾向が浮かび上がってくることがよくあるんですね。
・子供をご褒美で釣ってはいけないのか?
・子供をどのように褒めると効果的なのか?
・勉強をさせたい時にはテレビゲームを制限するべきなのか?
・どのような能力を伸ばすのが一番子供の将来のためになるのか?
・どんな教員のもとだと子供の将来に良い影響があるのか?
など、親であれば誰でも悩んだことがあるようなトピックについて、主観ではなく科学的なデータに基づいて客観的に教えてくれるのが本書なのです。

非認知能力(ちょっとネタバレ)

私がこの本を読む中で特に印象に残ったのは第3章でした。皆さんは認知能力と非認知能力についてご存知でしょうか?認知能力がIQや学力テストで計測される能力であるのに対して、非認知能力とは忍耐力、社交性、意欲などの数値では測れない「生きる力」の部分です。どちらが大切かと問われれば直感的に非認知能力と答える人が多いと思いますが、実際それは正解なようで認知能力以上に非認知能力の差が学力や収入、社会的地位や犯罪率などの改善に影響があると言うデータがあるそうです。また、認知能力は獲得してもその後メンテナンスしないと(勉強し続けないと)経過とともに減衰していく一方で、非認知能力は一旦身についてしまえばその効果は長く持続するのだそうです。特に未就学児に効果的な教育ができた場合は、その子の将来にわたる社会還元率が最大化されるらしいのですが、具体的な計算によると4歳児に100円教育投資した場合、成長して65歳になった時に6千円〜3万円の価値になるということだそうです。

まとめ

というわけで本日は「学力の経済学」と言う本についてご紹介いたしました。本当はもっといっぱい書きたいんだけど、あんまりやると全部ネタバレになってしまうのでこの辺にしておきます。大きいデータを使用する時の注意は、その研究が示すのは飽くまで全体の傾向であって個別の結果を保証するものではないと言う点ですが、闇雲にインフルエンサーの根拠のない持論についていくよりはずっと再現性があるのかなとも思っています。本書では直接触れていないような「習い事は何をさせたらいいんだろう?」といった悩みについても、読む人によってはヒントを得られるような内容になっています。興味のある方は是非手にとってみてください。

※下記リンクはアフィリエイト化されていません。

https://www.amazon.co.jp/「学力」の経済学-中室-牧子/dp/4799316850/ref=nodl_

新型コロナワクチン非接種妊婦の予後

現在、オミクロン株による新型コロナウイルスが猛威を奮っている状況で、にしじまクリニックにおかかりの妊婦さんやそのご家族も例外ではありません。当院も埼玉県産婦人科医会のリエゾンシステムに基づき、感染者や濃厚接触者に毎日健康状態を確認させてもらっています。

以前から基礎疾患もつ方や妊娠中の方は、新型コロナウイルスに感染すると予後不良とされていましたが、とりわけワクチン非接種だとより危険であることがスコットランドのおよそ8万8000人妊婦の追跡調査で示されました。

https://www.science.org/content/article/covid-19-starkly-increases-pregnancy-complications-including-stillbirths-among?utm_campaign=Gadi&utm_source=AAAS&utm_medium=Facebook

ワクチン接種が始まった2020年12月以降にスコットランドで妊娠した8万7694人が対象(2021年10月までの追跡調査)です。

新型コロナウイルスに感染し、1ヶ月以内に出産した620件のうち、14件が子宮内胎児死亡もしくは新生児死亡が起こったと報告しています。その14件全てがワクチン非接種妊婦であったとのことです。

この(周産期)死亡率は1000件出産のうち22.5という比率になり、スコットランドの本来の1000件出産のうち5.6の比率を大きく上回ります。

また新型コロナウイルスに感染した妊婦は、早産率が2%ポイント上昇したとも報告しています。

新型コロナウイルスに感染し集中治療が必要になった妊婦の98%がワクチン非接種とのことでした。

(院長執筆)

生まれた後の赤ちゃんの頭の形について

こんにちは、副院長の石田です。
産婦人科では通常、ご出産後1ヶ月健診まで赤ちゃんの状態をチェックしますが、その際によくお母さんから出るご相談が赤ちゃんの頭の形のことです。絶壁になってしまったり、左右で形が違ったりすると見た目もさることながら赤ちゃんの発達に影響が出るんじゃないかと心配になりますよね。そこで本日はこの件についてお話しさせていただきます。

赤ちゃんの頭蓋骨は柔らかい

そもそも赤ちゃんの頭ってとても柔らかいですよね。実際に触るとわかるように頭蓋骨はペコペコしているし、頭頂部の前後に大泉門と小泉門という2つの穴まで開いています。これは生まれたばかりの赤ちゃんの頭蓋骨は何枚ものパーツに別れているためです。成長とともにこれらがくっついて隙間のない頭蓋骨になるのですが、これには、赤ちゃんは産道というとても狭い通路を通ってお母さんから出てこないといけないので、分娩時に頭蓋骨が重なり合うようにして頭のサイズを小さくする必要があること、そして赤ちゃんの脳みそは生まれた後もしばらく成長して大きくなるため頭蓋骨の容量も増えないといけないという2つの理由があるためです。こうして生まれてしばらく柔らかいままの赤ちゃんの頭蓋骨は、寝かせておくと接地面が平らになってしまいやすいわけです。加えて向きグセがあったりすると特定の方向に形が歪んでいってしまうんですね。

家庭での対処法

見た目の問題はともかくとしてほとんどの場合では頭の形が多少歪んでいても医学的には脳の発達などに影響は無いとされています 1)。さらにお座りができるようになってくると頭への圧がかからない時間が増えてくるので自然と形が整うことも多いです。ただ、そうは言っても「それなら何でもいいや」とはなりにくく、我が子の頭をできるだけ丸くきれいに仕上げたいというのが親心ですよね。そこで家庭でも試せる対処法として、まずは抱っこがあげられます。特に縦抱きをすると赤ちゃんの頭に圧力がかからなくなるため頭が平らになりにくくなります。抱っこだと腕が疲れてしまうという場合はしばらくうつ伏せにしておくという方法もありますが、うつ伏せ寝は乳幼児突然死症候群のリスクとされていますので、その間は赤ちゃんから目を離さないようにしておきましょう 2)。それ以外では頭の向きを定期的に変えてみたり、首が動くようになったら向きグセがついているのとは反対方向から窓の光や音といった刺激を入れてみるのもいいかもしれません。

まとめ

というわけで本日は赤ちゃんの頭の形についてのお話でした。ここまで特に問題ないよというトーンで解説しましたが、斜頸を含めて医学的なバックグラウンドを伴う頭蓋骨の変形では発達に悪影響が出る懸念があるのも事実です 3)。そういった子の場合、上記のような方法で矯正が難しい時には医師から特別なヘルメットの処方を含めて積極的な介入が提案されることもありますので、うちの子大丈夫かな?と心配になるようであれば積極的に小児科医に相談してみましょう。

1) American Association of Neurological Surgeons: https://www.aans.org/en/Patients/Neurosurgical-Conditions-and-Treatments/Positional-Plagiocephaly
2) Carl Cummings. Paediatr Child Health 2011;16(8):493-494
3) Inaki Pastor Pons, et al. Ital J Pediatr 2021:47:41

黄体ホルモン製剤エフメノ®︎カプセル

更年期障害のホルモン補充療法として、天然型黄体ホルモン製剤の「エフメノ®︎カプセル」が昨年発売となりました。

ホルモン補充療法(HRT: Hormone Replacement Therapy)とは、エストロゲン欠乏に伴う症状の治療で、閉経移行期以降(周閉経期)の女性にエストロゲン製剤を投与する治療の総称をいいます。

子宮を有する女性ではホルモン補充療法を行う際、エストロゲン製剤のみでは子宮内膜増殖症のリスクを伴います。そこで黄体ホルモン製剤を併用することで子宮内膜増殖症、ひいては子宮内膜癌のリスクを抑えつつホルモン補充療法を行うことが可能となります。

今までも黄体ホルモン剤(類縁化合物)はありましたが、今回のエフメノ®︎カプセルは初の天然型製剤で、継続投与による乳がんリスクや血栓症リスクを減らすことが期待されています。

今は卵胞ホルモン+黄体ホルモン一体型のパッチ製剤が更年期障害に対しホルモン補充療法の主流となっていますが、貼付し続けることで皮膚トラブルを訴える方がいらっしゃるのも事実です。そこで今回の新たな黄体ホルモン内服薬はホルモン補充療法におけるもう一つの選択肢と言えるでしょう。

用法

卵胞ホルモン剤(エストロゲン製剤)とともに、エフメノ®︎カプセル100mg(1錠)を

・持続的投与法:1日1錠を就寝前に内服

・周期的投与法:卵胞ホルモン剤投与15〜28日目に2錠を就寝前に内服

(院長執筆)

経口中絶薬について

こんにちは、副院長の石田です。

先日ラインファーマというイギリスの製薬会社が厚生労働省に経口中絶薬の承認申請をしたことが話題になりました。これまで日本では中絶を希望される女性は外科処置を受けるしかありませんでしたが、本薬剤が使用できるようになると色々な意味で患者さんの負担が軽減すると期待されており注目を集めています。ただ、その一方で国内での経口中絶薬の是非をめぐっては賛否両論あり、さらにそこにイデオロギーやポジショントーク、果ては陰謀論めいたものまで飛び交うことで議論はすっかりカオスになっている印象です。そこで本日はこのお薬がどういうものなのかお話ししてみたいと思います。

2種類のお薬を組み合わせて使います

今回経口中絶薬として承認申請が行われたのはミフェプリストンとミソプロストルという2種類のお薬です。妊娠中は様々なホルモンが分泌されて体が妊娠状態を維持できるように働いていますが、ミフェプリストンはその中でもプロゲステロンという最も重要なホルモンの働きを阻害します。さらに子宮収縮作用を持つミソプロストルという薬を組み合わせることで妊娠が効率よく終了するように設計された治療です。海外のデータでは、これにより95~98%程度の中絶成功率が確認されていますが、日本でも同様の成績が報告されているようです 1)2)3)。ちなみに妊娠10週を超えると成功率が落ちる傾向があるようです 4)。

産婦人科以外や薬局などでも手軽に手に入るようになるのか

薬が使用できるのは初期の正常妊娠であり、それ以外の例えば異所性妊娠(子宮外妊娠)などで使ってしまうと命に関わることがあります。加えて中絶前には医学的な理由で血液検査などが必要になるため処方は産婦人科での診察後にのみされるべきであり、妊娠反応が陽性に出たら安易に薬局で風邪薬みたいに購入できるとは考えない方が良いでしょう。さらに言うと、現在中絶処置ができるのは母体保護法指定医の認定を受けた産婦人科医がいる、入院設備を持った医療施設に限定されていますが、内服薬が承認された場合にそれがどこまで緩和されるのかは議論があるかと思います。

実際、安全なのか?

ホルモン剤ゆえの気持ち悪さとか頭痛なんかはざっくり半分くらいの人に見られますが、重篤な有害事象はおよそ0.1%程度とという統計があります 5)6)。また、帝王切開の既往歴がある女性であっても有害事象や成功率に影響は無いようです 7)。世界的に見れば長い使用実績があることからもとても安全な治療であるということは間違いありません。ただ、これは薬での中絶だからというわけではないのですが、医療介入である以上ゼロリスクということもあり得ません。中絶処置は胎児組織を子宮から剥がしてくる時にごく稀に大出血を伴うことがあります。その他薬に対するアレルギーや処置後に感染症を起こすことなんかもあるので夢の治療と盲信しないこともとても大切です。

まとめ

というわけで本日は経口中絶薬に関する一般的な知見についてご紹介いたしました。上記を読むと安全で有効で便利な治療なんだったら早く導入して!という声が強いのはもっともですね。その一方で、当院で言うと院長や私はそれぞれ海外でのキャリアからミソプロストルを使って誘発分娩や流産処置をした経験があるため導入に対してそれほど抵抗感はありませんが、日本では使用経験が無い医療者の方が多いため慎重になる背景も理解できます。(どんな医療者でも使ったことのない薬や道具を患者さんに導入するのは緊張するもんです。)加えて日本での中絶処置は設備が整った大病院は行っていないことが多く、街のクリニックでの処置がメインとなるため夜間休日に人がいないような診療所では不測の事態にどのように対応するかなど詰めるべき点も多いでしょう。いずれにしても患者さんにとって良い選択肢が増えるのは歓迎すべきことですので、この件についての議論が煽られすぎることなく建設的に進むことを期待しています。

1) Ashok PW, et al. Hum Reprod 1998;13:2962-2965
2) Goldstone P, et al. Aust N Z J Obstet Gynecol 2017;57:366-371
3) Osuga Y, et al. Acts Obst Gynaec Jpn 2021;73(12):1735-1739
4) Hamoda H, et al. Am J Obstet Gynecol. 2003;188(5):1315
5) Chen MJ, et al. Obstet Gynecol. 2015;126(1):12
6) Cleland K, et al. Obstet Gynecol. 2013;121(1):166
7) Dehlendorf CE, et al. Contraception. 2015;92(5):463