妊娠したら重いものを持っていいのか

こんにちは、副院長の石田です。

病院で無事に正常妊娠が確認された直後に最も気になることの一つが「重いもの持って大丈夫ですか?」という疑問です。日常生活での買い物や仕事はもちろん、上のお子さんがいれば抱っこしていいのかということも気になりますよね。特に介護や運送などの仕事をされている人は心配が絶えないと思います。そこで本日はこの話題について触れてみたいと思います。

重量を取り扱うことのリスク

妊娠中に重量を扱うことで物理的な子宮への圧迫や持ち上げる動作・体勢による静脈圧の変化、下肢から血液還流の減少などが起こりえますが、理論上はこれらにより流早産や低出生体重児、妊娠高血圧症候群のリスクが懸念されます 1)2)。また、妊娠に伴う重心の変化、関節や背骨の不安定性の増加、バランスコントロールの変化などにより、筋肉や骨格の損傷リスクも妊娠前と比較して上昇すると考えられています 1)。

妊娠中に持ち上げるものの重量制限

では、どの程度の重さまでなら取り扱っても大丈夫なのでしょうか?重量制限については、日本では女性労働基準規則第二条で妊婦の年齢と作業の種類によって以下のように定められています。

また、米国疾病予防センター(CDC)では妊娠20週以前か以降か、持ち上げる頻度、そして高さや角度によって細かく決められていました 3)。細かくご紹介するとキリがないんですが、例えばお腹の高さに持ち上げる作業が5分に1回未満の場合、妊娠20週以前では16.3kg、妊娠20週以降では11.8kgですが、5分に1回以上で、しかも1日1時間以上その作業に従事する場合には妊娠20週までは8.2kg、妊娠20週以降では5.9kgとされています。(細かくて目が疲れますが、気になる人は以下の表をご参照ください。)

実際重いものは妊婦さんと赤ちゃんのリスクるのか

上記のように諸々と示されてはいるものの、実は根拠となるエビデンスの質は必ずしも高いものではないようで、この問いに関して明確な答えは未だに出ていないようです。データによってはリスクは上昇しない、あるいはリスクの上昇が示されてはいてもその幅は決して大きくないという話もあるようです 4)。ちなみに英国王立内科協会の資料によると重量物を取り扱う妊婦さんにおける早産、流産、新生児の低体重リスクの上昇はそれぞれ0.1%、0.2%、0.8%程度に留まるようでした 5)。そもそも上記の目安を提案しているCDCですら、サイトの下の方で「実際に流産などになったとしても、それが重いものを持ったせいかどうか判断するのはほぼ無理だし、実際本当の意味で何キロまでならいけるかとかは我々には分からない。」と書いているんですね 3)。

まとめ

というわけで本日は妊婦さんと赤ちゃんに対する重量物のリスクについてのお話でした。上記を踏まえた上で、私は「無理せず持ち上げられる程度のものであれば、あまり気にし過ぎなくて良いですよ」とお伝えしています。確かにお母さんと赤ちゃんのリスクが上昇する可能性は否定できませんが、そもそもその動作は上の子の抱っこや買い物などの日常生活や、家計を支える仕事など必要でやっていることがほとんどだからです。もちろんただでさえ体調が万全とは言えない妊娠期に重労働を避けられればそれに越したことはありませんが、どうしても自分がやらなければいけない時にはその動作は必ずしも大きなリスクとは言えないので心配し過ぎなくても良いと思います。逆に、男性や妊娠していない女性におかれましては、「妊娠中に重いものを持たせるとリスクがあるかもしれない!」と考えて積極的に周りの妊婦さんの重労働を代わってあげてください。

1) Thomas R Waters, et al. Hum Factors. 2014 Feb;56(1):203-214
2) Palmer KT, et al. Occup Environ Med 2013;70:213-22
3) Centers for Disease Control and Prevention. The National institute for Occupational Safety and Health (NIOSH). Physical Job Demands – Reproductive Health: https://www.cdc.gov/niosh/topics/repro/images/Lifting_guidelines_during_pregnancy_-_NIOSH.jpg
4) The American Collage of Obstetricians and Gynecologists Committee Opinion No. 804. Obstet Gynecol 2020;135:e178-88
5) Royal College of Physicians. Advising women with a healthy, uncomplicated, singleton pregnancy on : heavy lifting and the risk of miscarriage, preterm delivery and small for gestational age.: https://www.nhshealthatwork.co.uk/images/library/files/Clinical%20excellence/6220_Pregnancy_info_heavy_lifting.pdf

世界各国の不妊治療事情

こんにちは、副院長の石田です。

体外受精など、「基本治療」とされる一連の不妊治療が2022年4月に保険適用されてから1年が経ちました。この間、不妊治療から無事妊娠が成立して当院を受診してくださった患者さんも大勢いらっしゃいますので、恐らく多くの方が保険診療の恩恵を受けられたことと思います。さて、そんな折ですが、学会誌に「諸外国における不妊治療の公費負担状況」という面白い論文が投稿されていたので本日はそちらから世界の不妊治療事情をご紹介させていただこうと思います 1)。

各国の公費負担割合

まずはご参考までに、International Federation of Fertility Societies(IFFS)という生殖医療に関わる代表的な国際組織が出したレポートによると、回答を得た88カ国のうち、53%にあたる47カ国で不妊治療をする患者さんに何かしらの経済的支援が行われているそうです 2)。そんな中で冒頭の論文を読むと、ヨーロッパでは大半の国で何らかの公費負担が実施されているようで、たとえばフランス、イギリス、スペイン、デンマーク、スウェーデンなどではそれぞれに設定した条件のもと、100%の治療費が公費で賄われているということでした。また、保険の種類や州によってはドイツでも100%補助が出ることがあるほか、オランダでも加入している保険次第で90%がカバーされることもあるようです。ちなみに日本では43歳未満の女性が対象で、子供一人あたり6回(40歳以上では3回)まで保険適用としていますが、上記の国々では年齢制限は概ね40歳前後、治療回数は3回前後に設定されていることが多いです。他の国や地域で言うと、台湾は日本と大体同じような内容、韓国では自己負担10〜50%(年齢や所得による)、そしてなんとイスラエルでは婚姻状況を問わず45歳までのすべての女性が、第2子が出生するまで無償・無制限で治療を継続することができるみたいです。

上記の補足

さて、ここまでの流れだと「日本、まだまだじゃん。少子化なんだしもっと頑張らないと。」って思う方もいらっしゃるかもですが、もちろんそれぞれの社会にはそれぞれに抱える問題点もあります。例えば手厚そうに見える欧州各国の制度ですが、国によっては薬剤費は自腹だったり肥満女性は対象外になるなど必ずしもみんなに使い勝手が良いわけでもないようです。また、公費診療だと診察予約が1〜2年先になることもザラにあるようで、そこまで待てない女性に関しては結局自費での治療を選ぶことも少なくないみたいです。イスラエルは大盤振る舞いに見えますが、恐らくは文化的な事情に加えて常に亡国の緊張感がある歴史的背景などから「子供を産むことへの同調圧力」が極めて強く、加えて上記の制度がそれを後押ししているため一部の女性に対してかかる精神的負担の大きさが社会問題になっているということでした。そこで言うとフリーアクセスで予約も取りやすく、かつ国際的に見ても低単価とされている日本の不妊治療費用がさらに保険適用になっているのは、妊娠、出産を希望するカップルや個人にとって優しい社会と言えるのかもしれません。

まとめ

というわけで本日は不妊治療についてのお話でした。不妊治療はもともと産婦人科医の中でも知識や技術がそれに特化した人材でないと扱いきれないという特殊性があります。そのため私自身はこの分野に関して何か偉そうなことを言える立場にはないのですが、こうして制度の国際比較とその背景の考察をすることで様々なことが見えてくるのは興味深いなと思い記事にさせていただきました。とは言え当院でも、妊娠を希望しているけど専門施設にかかるのはちょっとハードルが高いという患者さんのご相談や初期診療はお受けしております。ご希望の方は是非気軽に予約を取ってお越しください。

1) 前田恵理 日本産科婦人科学会雑誌 Vol. 75, No. 3, pp.392-399, 2023
2) IFFS 2022. Global Trends in Reproductive Policy and Practice, 9th Edition. Global Reproductive Health 2022;7:e58

妊娠と違法薬物

こんにちは、副院長の石田です。

定期的に見るニュースの一つに違法薬物の問題があります。最近も有名人が逮捕されて話題になりましたが、いちいち表に出てこないだけで実は私たちの身近な場所にも意外と存在しているのかもしれません。実際日本ではまだ裏社会のイメージがありますが、海外では思ったよりもオープンに取引されていることも多く、私が以前海外に住んでいた時には繁華街のイタリアンレストランで大麻がトッピングされている”Happy Pizza”が食べられることが有名でした。(もちろん私は食べたことはありません。)
そこで本日は違法薬物と妊娠について少し解説してみようと思います。

妊娠と大麻

大麻はマリファナ、ハッシシ、ウィードなどの呼び名で出回っている薬物です。テトラヒドロカンナビトール(THC)と言う成分が神経系に作用することで穏やかな気持ちになったり幻覚を見たりするそうですが、実際の作用機序についてはまだ分かっていないことも多いようです 1)。「中毒性が低い」「健康に良い」という言説が聞かれることもありますが、実際諸外国では解禁される動きもあるため手が出しやすい印象があるかもしれませんね。さて、社会的な大麻の是非については触れませんが、妊娠に対しては明らかに悪影響があると考えられています。具体的には赤ちゃんが小さく育ってしまったり、生まれた子供が成長するにつれて注意力、記憶力、問題解決能力、行動などに問題が出るというデータが出ています 2)。

妊娠とコカイン

コカインは通称コーク、クラックと呼ばれて販売されている薬物です。主にドパミン、ノルエピネフリンといったホルモンを活性化する作用を持っており、体内への吸入や注射によって攻撃的で興奮した状態を作り出します 1)。後述する覚醒剤も同様の作用がありますが、コカインは覚醒剤よりもよりドパミンに対する作用が強いと言われています。妊娠中に使用すると高血圧や胎盤早期剥離、痙攣、早産など様々なリスクがあります 3)。赤ちゃんへの影響も様々言われてはいるものの、コカインを使用している妊婦さんではアルコール、タバコなどを含めた多種多様な薬物の併用や、性病を含む様々な感染症の合併の頻度が多いことからコカイン単独による胎児への影響の評価が極めて難しいようです。余談ですが、鼻からの吸入で常用している人では、コカインの強力な血管収縮作用と鎮痛作用により左右の鼻の穴を隔てる鼻中隔が知らない間に壊死して、鼻の穴が一つになってしまう”Coke Nose Hole”と言う所見が有名です。

妊娠と覚醒剤

覚醒剤はスピード、シャブ、クランクなどの呼称で流通している薬剤で、最近話題になったMDMA(通称“エクスタシー“)もこの仲間に入ります。もとは1885年に日本の薬学者によって抽出されたエフェドリンですが、その後エフェドリンからアンフェタミンやメタンフェタミンといった現在覚醒剤として主に出回っている物質が合成されるに至りました。日本でも戦後まで疲労回復や眠気解消を主作用としてヒロポンという商品名で一般に販売されていましたが、中毒性が判明するに従い法で規制されるようになりました。ドパミンやノルエピネフリンの作用を増強することでハイになる効果があるわけですが、これらを妊娠中に使用すると早産や胎児発育不全、そして時として子宮内胎児死亡の原因になると言われています 1)4)。また、生後の発達段階での注意力の低下や感情の不安定化とも関係している可能性があり、当たり前ですが使用しない方が良いみたいです。

まとめ

というわけで本日は妊娠と違法薬物についてでした。主だった3つについて解説してみましたが、他にもヘロインやフェンタニルなどお騒がせの薬物はたくさんあります。これらの物質の怖さは一度でも手を出してしまうと抜け出すのがとても難しいことです。恐ろしいことに自分から求めていなくても生活に入り込んでくることもあると聞きますので、知らず知らずのうちに人生を壊されないように気をつけていきましょう。

1) UNODC. Terminology and Information on Drugs. Third edition. https://www.unodc.org/documents/scientific/Terminology_and_Information_on_Drugs-E_3rd_edition.pdf
2) CDC. What You Need to Know About Marijuana Use and Pregnancy. https://www.cdc.gov/marijuana/health-effects/pregnancy.html
3) NIH. Cocaine Research Report. https://nida.nih.gov/download/1141/cocaine-research-report.pdf?v=3f3fb3f0903dfa8879388c2a5d086cb9
4) Marcela C, et al. Clin Obstet Gynecol. 2019 Mar;62(1):168-184

児娩出のタイミング

「会陰切開はしてほしくない」、「吸引・鉗子分娩を行ったら児に障害が残らないか」

もちろん分娩の進行・胎児の状態に問題がなければ上記の医療介入は行いませんが、必要なタイミングを逃してしまうと、それこそ分娩後母児に影響を及ぼしてしまう可能性があります。

今回は児娩出のタイミングについて述べたいと思います。

ALSO資料から

児の娩出のタイミング判断はCTGによる胎児心拍パターンを確認(産婦人科診療ガイドラインの準拠した波形レベル分類を評価)し、なおかつその時児におかれた状況を臍帯動脈の血液ガスのpHで推定することまで行うのが良いと考えます。

分娩直後の臍帯動脈血液ガス分析結果は、分娩前・分娩中の胎児の血液酸素化状況を反映するのです。

鮫島浩先生がまとめた上の表から、例えば「基線細変動(交感神経と副交感神経の協関作用の生理的な揺らぎ)の減少を認めれば、pHは 7.2あたり」ということになります。

臍帯動脈のpHが7未満であれば、新生児は低体温療法の適応となります。もちろんそうなる前に児の娩出が行われるべきで、そこで医療介入の必要性が生じます。

分娩直前なのにも関わらず児の娩出が困難な場合の胎児アシドーシス・pHを関係する明らかなデータはおそらくないと思われますが、肩甲難産では、児のpermanentな中枢神経を起こすリスク時間は5〜7分を超える場合に起きると言われています1)。この数値は会陰の閉塞によって児を娩出するのが困難(胎児心拍パターンが悪化しているのに会陰の伸展が不良で児の娩出に時間を要する)症例でも当てはまると思われます。

医師および助産師は分娩の際、分娩介助だけに目を向けるのではなく、胎児心拍パターンやその時の臍帯動脈のpHを推定し、適切な児の娩出のタイミングをはかるために「状況モニター」を行うことは重要です。

会陰切開や吸引・鉗子分娩はルーティーンで行うことはありません。担当医師からこれらを行うお話があった時は、分娩状況が切迫している状態であるとご理解いただければと思います。

参考文献

1) ALSO Iテキスト

文責 院長

コンドームの性病予防効果

こんにちは、副院長の石田です。

コンドームというと、一般的には避妊具としての認識が強いかと思います。しかしコンドーム自体の避妊効果は数ある避妊法の中でも実はそれほど高くありません。むしろ医学的にはコンドームは性病予防としての役割が大きいと考えられており、避妊はピルや子宮内避妊具などで行うのことを推奨されています。しかし、コンドームが性病予防に有用であるということはご存知の方が多いとは思いますが、実際にどのくらい性病を防いでくれるかは具体的にイメージのない人も多いと思います。そこで本日はコンドームにどのくらいの感染症予防効果があるかをお話ししたいと思います。

コンドームが性病予防に有効である理由

HIVやクラミジア、淋病、梅毒など性病には様々ありますが、その多くが接触により感染します。具体的には皮膚や粘膜に触れたり、精液や膣分泌、血液といった体液に暴露が感染の原因となりますが、コンドームは特にリスクとなる腟内や直腸内への陰茎挿入による直接接触を妨げることができるため感染予防効果があると考えられています。

どのくらい感染予防効果が期待できるのか

では、コンドームを使用することで実際にどのくらい感染リスクを低下させることができるのでしょうか?まず、性病の中でも最も恐れられているHIVで見てみると、性接触の形式(口腔、腟、直腸など)によってリスクの度合いも変わりますが、概ね80〜90%のリスク低減効果があるとされています 1)2)。また、2003年に出された南米の女性セックスワーカーを対象にした研究によると、コンドームを毎回着用していた場合は淋病に関しては62%、クラミジアに関しては26%の感染防御効果が見られたということでした 3)。コンドームはその他にも梅毒、ヘルペス、腟トリコモナスなど多くの性感染症に対して予防効果があるというデータがたくさん出ているため、いずれにしても性交渉を行う場合はほかの避妊法を使用しているかどうかに関わらず使っていただいた方が良いことが分かります 4)5)6)。

まとめ

というわけで本日はみんなコンドームを使ってねというお話でした。上で何%予防効果がありますよとお伝えしたものの、実はこの数字には報告によってだいぶブレがあります。というのも、データ収集にあたり本当にコンドームを使用していたか、正しい使用方法を用いていたか、性行動がハイリスクかローリスクかなど数字に影響する不確実な変数が多く介在するので正確な評価がとても難しいからなんですね。ただ、このブログを読んでいただいた皆さんにおかれましては、「コンドームには小さくない性感染症の予防効果があるんだ」ということが伝われば幸いです。性感染症は時として不妊の原因になったり命に関わる合併症を引き起こしたりと人生設計を大きく変えてしまうインパクトのある病気です。特に性行動のリスクが高く、パートナーが不特定多数になりがちな若い人たちは自分を守るためにもコンドームを使うようにしましょう。

1) Weller S, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2002;(1): CD003255.
2) Davis KR, et al. Fam Plann Perspect. 1999;31(6):272
3) Jorge Sanchez, et al. Sex Transm Dis. 2003 Apr;30(4):273-9
4) King K. Holmes, et al. Bull World Health Organ. 2004 Jun;82(6):454-61
5) Richard A Crosby, et al. Sex Transm Infect. 2012 Nov;88(7):484-9
6) CDC. MMWR Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021 Jul;70(4)