妊娠中のペットとの関わりについて

こんにちは、副院長の石田です。

外来でよく聞かれる質問シリーズの一つとして、ペットに関するものがあります。自分で飼っていなくても里帰り先の実家で飼っているパターンなんかもあり、それらのペットと妊娠中や出産後を通じてどのように距離を取るべきかというのは難しい問題ですよね。ペットフード協会の全国犬猫飼育実態調査(平成30年)によると全国の犬の飼育頭数は推計で約890万頭、猫は約965万頭であり、この2種類に限っても日本にはたくさんのペットがいることが分かります 1)。というわけで本日は妊娠とペットについて書いていきたいと思います。

「妊娠」「ペット」でネット検索すると何をおいても出てくるのが猫の情報です。猫はトキソプラズマという寄生虫の宿主として有名です。トキソプラズマは猫の糞に排泄されるため、猫のトイレを掃除したり、猫の糞が付着した土を触ったりすると人間に感染する恐れがあります。妊娠中にトキソプラズマに感染すると胎盤を介して赤ちゃんにも感染し、脳や目、肝臓などに障害を起こす可能性があることが知られています。妊娠初期の胎児感染で重症化しやすい反面で妊娠後期の方が胎児感染の確率自体は上昇することも知られており、妊娠期間を通して注意が必要です。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)でも妊娠中の猫との接触は気をつけるようにと勧告しています 2)。

ハムスター、ネズミ

意外と知られていないのがハムスターなどの危険性です。齧歯類の動物はリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(Lymphocytic choriomeningitis virus: LCMV)を保有していることがあります。このウイルスがネズミの糞尿や唾液などを介して子供や成人で感染すると軽い髄膜炎を起こすことが知られていますが、万が一妊娠中に感染してしまうと胎児の小頭症や脳室周囲の石灰化、視力障害などを引き起こすことが知られています。先天性のLCMV感染症の場合、生後21ヶ月までの死亡率は35%になるというデータもあり、これらの動物を飼っている場合には妊娠中は極力接触を避けた方が良いとされています 2)3)4)。

その他に気をつけること

ペットにされる動物は様々で、爬虫類や鳥類、魚類、大型動物なんかがそれぞれに媒介する感染症を言い出すとキリがありませんが、そもそもの衛生状況への配慮はもちろん動物のメンタルコンディションも気にかけてあげることが重要なようです。新しい家族が増えることでペットもストレスを感じることがあるらしく、それまで温厚だった動物でも赤ちゃんを襲ってしまう可能性もゼロではないため赤ちゃんとペットが部屋に2人きりみたいにならないように気をつけましょう。

まとめ

ペットは大事な家族の一員ということで妊娠したせいで距離を取ることになるのは抵抗があるかもしれませんが、動物を飼う時にはお互いのためにも妊娠した時にどのようなリスクが発生するかを事前に想定しておくようにしましょう。

1) https://petfood.or.jp/data/chart2018/3.pdf

2) CDC: https://www.cdc.gov/healthypets/health-benefits/index.html

3) Wright R, et al. Pediatrics 1997; 100: 1-6

4) Daniel JB. Semin Pediatr Neurologic. 2012 Sep; 19(3): 89-95

サービング(SV)ともう一つのNST

赤ちゃんのために妊娠初期から「何を食べてよいか、どの位食べてよいのか」疑問を持たれる事と思います。そこで当院では『Nutrition Book』を差し上げています。

『Nutrition Book』の中に『妊産婦のための食事バランスガイド』が載っています。これは”コマ”に描かれている料理のイラストと早見表を目安に、料理を「1つ」「2つ」…と『〜』というサービング(SV)単位で数えていきます。
料理を『主食』・『副菜』・『主菜』・『牛乳・乳製品』・『果物』と5つのグループ分けをし、各料理ごとに『サービング(SV)』の量が決められています。バランスガイドにはトータル一日に摂る目安の量が示されており、例えば、

主食は5〜7つ(SV)/日、妊娠末期は+1つ(SV)増やす

といった具合です。

『サービング(SV)早見表』をご覧になることで、ほとんどの料理を『サービング(SV)』として換算することができます。

*サービング(SV)早見表 https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/zissen_navi/balance/chart.html

にしじまクリニックは前々からお話しさせて頂いているとおり『エビデンス基づいた医療とサービスを提供する』、これをモットーに私院長は当院の運営および診療に携わっています。

これを食事栄養のアドバイス・指導面でも実践したく、副院長石田がリーダーとなって当院のNST(Nutrition Support Team)を立ち上げてもらいました。ディスカッションのもと、行き着いたのがこの『サービング(SV)』なのです。

このSVを利用することで、スタッフの皆さまへのアドバイスの『偏り』が以前よりグッと減らすことができそうです。

皆さまには3日分のSVを記入してもらい、26週の健診で助産師が評価し、アドバイスをさせていただいています。ご質問などあれば是非とも医療スタッフへお声かけください。

私は英会話でよく”rasing awareness”というフレーズを用います。単に体重計にのるだけではなく、食事の内容を記入し状況を把握することでマタニティーライフ中のご自身の必要な食生活が見えてきます。実際の食事による結果に『誤り』はありません。SVの記入は初めは慣れないかもしれませんが、記入とアドバイスにより”意識付け”が生まれ、皆さまご自身が『栄養知識』の価値を感じていただけると思いますし、ひいては『安産』のpositive factorの一つになると私院長は信じております。

産後の避妊について

こんにちは、副院長の石田です。

出産直後は赤ちゃんのお世話に慣れるまでお母さんたちは大忙しで、昼も夜も無くなりますが、だんだん育児のペースがつかめてきて余裕が出始めると夫婦生活も再開されてきます。本日はそんな産後の避妊についてのお話です。

産後はいつぐらいから排卵が始まるのか

分娩後の月経開始は非常に個人差があります。中には数ヶ月で開始する人もまれではあるもののいらっしゃいますし、逆に再開まで1年以上かかる人も多いです。ただ、生理よりも先に排卵が再開している人が多くいるといわれており、妊娠にはこちらが主に関わってきます。分娩後の排卵再開は最短で非授乳婦では4週間程度、授乳婦で2ヶ月半くらいという報告があり1) 、その間に適切な避妊をされずに気がついたら妊娠していたということもあるため注意が必要です。

どのような避妊方法があるのか

お手軽なのはコンドームです。処方も必要がないし、適切な使用は高い避妊効果以外にも感染症の予防効果も含めたメリットがあります。ただ、装着感が苦手などコンドームを使用しづらい状況があるご夫婦には他の避妊法をご提案することになります。

1)低用量ピル

いわゆる“避妊ピル”で、毎日決まった時間に1錠ずつ、シートの流れに沿って服用するのが一般的です。避妊成功率もとても高い上に服用期間に応じて卵巣癌や子宮体癌、大腸癌などの発生頻度を抑えてくれるなどメリットが示されています。2)3)4) ただ、産後のお母さんたちは深部静脈血栓症という命に関わるような恐い病気のハイリスクでありピルはその病気を起こしやすくする副作用があるため、授乳婦であれば原則的には妊娠の影響がしっかりと抜けてくる分娩半年後くらい、非授乳婦であれば21日以降を目安に処方されることが多いです。

2) 子宮内避妊器具(ミレーナ®️)

子宮の中に入れるタイプの避妊具で、ホルモン剤が添加されており徐々に溶け出す仕組みになっています。最長で5年くらい入れておけますが、定期的な位置のチェックだけで他の手間がかからないためとても楽です。産後は2ヶ月くらいしたら入れることが可能です。初期費用が高くて驚かれる方もいらっしゃいますが、5年間ピルを飲み続けるのと比較するとこちらの方が圧倒的に安いです。

まとめ

産後は生理が来るまでの間、なんとなく避妊が疎かになりがちですが、慎重な家族計画はどのご家庭にとっても大切なことです。万が一避妊に失敗した場合でも、(条件はありますが)緊急避妊が可能ですのでお気軽に最寄りの産婦人科へご相談ください。

1) Cronin TJ, et al. Lancet 1968; 2: 422-424

2) Havrilesky, LJ et al. Obstet Gynecol 2013; 122: 139-147

3) Gierisch JM, et al. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 2013; 22: 1931-1943

4) Martinez ME, et al. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev 1997; 6: 1-5

早食いは妊娠糖尿病のもと

『早食いは妊娠糖尿病につながる』。

この度 Dongらが以下タイトルの論文を発表しました。

Self-Reported Eating Speed and Incidence of Gestational Diabetes Mellitus: the Japan Environment and Children’s Study.

2011年1月から2014年3月まで調査した97454人の日本の妊婦さんで、単胎妊娠を対象とし、既にGDM(Gestational Diabetes Mellitus:妊娠糖尿病)の診断、また心疾患やがん合併の方らを外した84811人の妊婦さんの検討となっています。その妊婦さん達が食事時間などを質問票に記入し、それらのデータと結果を追跡し、解析したものとなります。

なお追跡期間中に1902例(全体の2%)が診察にてGDMと判断されています。

食事時間・スピードの対象群分けとしては、

・ゆっくり食べる: Slow

・中等度のスピードで食べる: Medium

・やや速く食べる: Relatively Fast

・速く食べる: Very Fsat

と妊婦さんを4つの群に分けています。

食事時間・スピードが「ゆっくり食べる: Slow」群を基準として、「速く食べる: Very Fast」群の妊娠糖尿病の発症リスクを年齢を調整した上で比較する(Model 1)と、オッズ比1.28(95%信頼区間1.05~1.58)と有意な結果が認められました。

ちなみにオッズ比とはある疾患などへのなりやすさを2つの群で比較して示す尺度です。オッズ比1とは疾患へのなりやすさが両群で同じということになり、オッズ比が1より大きいことは疾患へなりやすさが基準群より高いことを意味します。上の表から「Very Fast」群は他の群と比較して数が大きいのがお分かりいただけるでしょうか。

なお気になる生活習慣(喫煙や飲酒など)や特有な関連リスク(巨大児分娩既往など)がある場合(Model 2)、さらには食事内容を考慮し調整した場合(Model 3)でも「Very Fast」群はオッズ比の上昇が認められます。

これらを踏まえた解析結果として明らかなBMI高値の妊婦さんは、GDMリスクとして食事スピードが64%の理由を占めることがわかりました。

まとめますと、

『早食いの妊婦さんはGDMの危険性がある。これはBMI高値と大きく関連があるかもしれない。』

(*BMIについては以前の副院長のブログを参照してください

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2019/11/13/妊娠中の体重管理/

とこの論文は述べているのです。

子宮筋腫と妊娠について

こんにちは、副院長の石田です。

よく外来で、妊婦健診やがん検診などの時に偶然見つかることが多い子宮筋腫ですが、いきなり筋腫があると言われるとびっくりしてしまう人も少なくありません。本日はそんな子宮筋腫と妊娠についてお話ししようと思います。

その前に子宮筋腫とは

子宮筋腫とは文字通り子宮にできる筋肉の塊です。子宮はもともと“平滑筋”という筋肉で大部分ができていますが、その細胞が部分的に異常増殖してできる腫瘍が子宮筋腫と言われます。婦人科腫瘍の中では最も頻度が高いと言われており、日本人での正確な統計は無いものの、報告によっては50代までの白人女性の70%、黒人女性においては80%に発生するとの報告があります 1)。 30〜40代の女性に多く、女性ホルモンで成長するため雑に言うと生理がある限り少しずつ大きくなってきますが、逆に閉経すると少しずつ小さくなっていきます。

子宮筋腫があると妊娠にどんな影響があるの?

胎盤との位置関係やサイズなどによって妊娠への影響に違いがありますが、一般的には切迫流早産、骨盤位(逆子)、前置胎盤、常位胎盤早期剥離など様々なリスクを上げることが分かっています。また、筋腫自体も妊娠中に大きくなることがあり、それに伴って変性痛という強烈な痛みを1〜2週間起こすこともあります。しかも妊娠中は出血などのリスクのために原則的に筋腫の治療ができないため特定の患者さんたちにとっては非常に厄介な疾患なのです。

とか言うと、「じゃあ筋腫があったら妊娠しない方がいいってこと!?」と言いたくなりますが、上記の通り婦人科で最も多い腫瘍の一つであり、知らないで抱えている人も結構多いです。実際の子宮筋腫合併妊娠の頻度は12.5%くらいあるという報告もありますが、多くの妊婦さんが筋腫がありながら無事にご出産されていますので、注意して診ていく必要はあるものの、過度に心配しなくてもよいということになります。

子宮筋腫があるのが分かっていて妊娠を希望する場合はどうしたらいいの?

これは一概にお答えするのは難しいですが、一般的にはサイズが5〜6cmを超えるもの、過多月経や月経困難症など症状を起こすもの、また不妊の原因になっていると思われるものなどは手術を含めて積極的に治療を検討することが多いです。「え?不妊の原因になるの?」と思われた方、そうなんです。筋腫がある人と無い人では、ある人の方が妊娠率が低く、流産率は高いんですね。もちろん位置やサイズなんかにも影響されるんですが、特に子宮の中に飛び出してくるタイプはその差が顕著だと言われています 2)。

ただ、子宮筋腫を手術で摘出すると子宮に傷がつき、修復する過程で壁が薄くなることからその後の妊娠で子宮破裂のリスクが高まると言われています。そのため原則的には帝王切開での分娩が必要です。また、術後は子宮の傷を治すために半年程度の避妊期間を置くことが多いため、高年齢の患者さんの場合には特別な配慮が必要です。そういった関係で実際に治療をするかどうか、どのような方法で治療するかは個々の患者さんの状況に応じてご本人と医療者がよく相談をしながら決めることが多いですね。

筋腫にはどんな治療があるの?

一番シンプルなのは手術です。筋腫だけを取り除く“核出術”と子宮全てを取ってしまう子宮全摘出術があり、それぞれお腹を大きく開ける開腹術と小型カメラと専用の棒みたいな器具でお腹に小さな穴を開けるだけでやる腹腔鏡手術があります。

また、完治できるわけでは無いけどGnRH アゴニストというホルモンに働きかける注射で小さくすることもできます。注射は月1回、最大半年間の治療になりますが、最近は似たような作用を持つ飲み薬も発売されました。ただ、飲み薬は新薬ということもあり2週間に1回病院に通って作用、副作用をチェックしながら処方を受ける必要があります。ちなみにどちらも良い薬ではあるんですが、ちょっと値段が高いです。

まとめ

子宮筋腫は婦人科的には“ありふれた”病気ですが、出てくる症状は多彩で気づきもしない人が多い反面、重い症状に悩んでいる方もたくさんいらっしゃいます。自分にもあるのかな?と気になった方、また生理が重かったり妊娠しづらいなと思う方は子宮筋腫の可能性も考えて最寄りの婦人科を受診してみてはいかがでしょうか?

1) Day Baird D, et al. Am J Obstet Gynecol 2003; 188: 100-107

2) Klatsky et al. Am J Obstet Gynecol 2008; 198: 357-66