性分化疾患について

こんにちは、副院長の石田です。

さて、現在パリオリンピックが開催されていますが、女子ボクシング競技で性分化疾患の方が出場し波紋を呼んでいます。遺伝子的には男性であるアルジェリアのイマネ・ヘリフ選手が女子競技に出場したことの公平性が問われているわけですが、昨今の多様性尊重問題とごちゃごちゃになりながら著名人が炎上したり同じ疾患を持つ当事者が悲しい思いをしてしまったりとかなり混乱した状態になっています。そこで本日は性分化疾患について少し解説してみようと思います。

前提知識として性別の決まり方について

生物の体は遺伝情報を元にして作られます。遺伝子はとても長い二重鎖の形をしていますが、これをコンパクトに細胞内にしまっておくため何回も折りたたんだ塊が染色体です。そして人間の場合はこの染色体を2本1組(父親と母親から1本ずつ)で23組持っています。そのうちの1組が性別を決める性染色体ですが、それが両親からX染色体を1本ずつもらったXXだと体は女性に、母親からXを、父親からYをもらったXYだと体が男性に形作られていくわけです。そして、この体づくりに際してX/Yそれぞれの染色体が果たす役割が重要です。すごく雑な説明になりますが、人間の体は女性型が基本であり特に何もしなければ受精卵は女性の体を作ろうとするんですね。そんな中でY染色体は様々な方法でその工程を軌道修正することによって男性の体を作る役割を担っています。そのためY染色体がうまく働かないと、(場合によっては外見からでは分からないくらい)女性っぽい体を形成してしまうのです。同様の原理でXXXXXYという極端な染色体異常の方でも体は男性型になりますし、逆にターナー症候群という性染色体がX1本だけという方の体は女性型になります。

トランスジェンダーと性分化疾患の違い

トランスジェンダーは生物学的性と性自認の不一致であるのに対して性分化疾患は遺伝子と体のミスマッチです。言い換えるとトランスジェンダーの場合は男女どちらかの完全な体を持って生まれるのに対して、性分化疾患では体が男性とも女性とも言い切れない形であったり、例えば染色体が男性であっても現実的には体も心も女性として生活している点でこれら二つは大きく異なります。もちろん性的マイノリティの方々がより住みやすい社会を作っていくことはとても大切な話ではありますが、それと性分化疾患を混同して同じ土俵で話そうとすると様々な矛盾が生じて議論が進まないばかりか双方の当事者をいたずらに傷つけてしまうため注意が必要です。

まとめ

本日は性分化疾患について簡単に解説いたしました。社会にはスポーツだけでなくトイレや更衣室など様々な点で男女のどちらかを選択せざるを得ない場面が多々ありますが、性分化疾患を持つ方やそのご家族は生まれた時からずっと医療者や保健専門家、教育者などとチームを組んでライフステージごとに起こるあらゆる課題に取り組んでおられます。私としては今回の議論がそういった方々の存在を社会が改めて認識し考える機会になることを期待するとともに、当事者の方々が積み上げてきた努力を残酷に否定するような方向にならないよう強く願います1)2)。

1) Selma Feldman Witchel. Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol. 2018 Apr;48:90-102
2) Chromosomal Sex Determination in Mammals – Developmental Biology. 6th edition.

多嚢胞性卵巣症候群の診断基準

「多嚢胞なんとか、と言われたことがあります」

このような訴えで婦人科受診をされる方が多くいらっしゃいます。そのような方の主訴として『生理不順』、いわば『月経周期異常』を気にして婦人科へおかかりになるのかと思います。前医での経腟超音波で『多嚢胞卵巣』を指摘されて上記の訴えになるかと思いますが、当院では「月経周期異常と多嚢胞卵巣では『多嚢胞性卵巣症候群』の診断基準に満たさない」と説明しています。

多嚢胞性卵巣症候群の診断基準は、

1. 月経周期異常

2. 多嚢胞卵巣またはAMH高値

3. アンドロゲン過剰症またはLH高値

以下1〜3の全てを満たす場合とされています。

多嚢胞性卵巣症候群は、生殖年齢女性の約10%に存在する頻度の高い症候群です。月経周期異常(ひいては不妊の可能性)、肥満・多毛・ニキビ、そして子宮体癌のリスクなど、様々な健康障害を呈することから的確な診断を行うことが重要です。

多嚢胞性卵巣症候群の病態は『視床下部・下垂体〜卵巣のホルモンバランスの乱れ』と表現するのが適切かと思います。

・若年女性によるホルモンバランスの未成熟

・生活習慣の乱れからホルモンバランスの乱れ

らから多嚢胞性卵巣症候群をきたす可能性があります。

あくまでも多嚢胞性卵巣症候群は視床下部や卵巣の機能不全ではない、ことをご理解いただければと思います。

3.の『アンドロゲン過剰症またはLH高値』は採血で調べることが可能です。

アンドロゲンはいわば男性ホルモンで、『テストステロン』が高値かを確認します。

LHに関しては採血時期も重要で、生理(消退出血)から10日目以降の採血が望ましいです。

執筆 院長

水中分娩について

こんにちは、副院長の石田です。

最近友人から水中分娩ってどうなの?と相談されることがありました。日本では取扱施設がそれほど多くないと思いますが(当院でも行っていません。)、調べてみると欧米を中心に関心が高まっているような記事も散見されます。そこで本日は水中分娩に関しての基礎的なお話をしたいと思います。

水中分娩とは

水中分娩とは陣痛中をバスタブにはった温かいお湯のなかで過ごす分娩方法です。妊婦さんの体調を見ながらお湯に出入りして過ごすわけですが、実際に赤ちゃんを出すところまで水中でやるかは母体のコンディションや施設ごとの考え方によると思われます。分娩中に水中にいることで陣痛が緩和される、体の向きを変えやすくなる、リラックス効果があるなどのメリットが期待されます 1)。

実際にメリットは医学的に証明されているのか?

実は水中でお産をすることによる医学的なメリットは今のところ証明されていません。この件に関する有名なメタ解析によると、水中分娩にすることで帝王切開率、吸引・鉗子などの器械分娩率、出血量、会陰裂傷の重症度などに関して改善効果は見られなかったようでした 2)。局所麻酔薬の使用量は水中分娩で10%減ったかもということですが、それが現実的にどのくらいインパクトのある話かは判断が難しいです。また、新生児側についても新生児集中治療室への入院率、新生児感染症などについて比較されていましたが、こちらもやはり水中分娩で増えたり減ったりはしなかったようです。

水中分娩はお勧めされているのか?

水中分娩を経験した個人のレベルでは高い満足感を得た方ももちろんいらっしゃると思いますが、その一方で米国小児科学会と米国産科婦人科学会が2014年に共同で出した声明では水中分娩の選択には十分な注意が必要だとしています 3)。これは上記の通り医学的なメリットが明確に示されていない一方で、汚染されたお湯・バスタブの使用を含めた不適切な妊娠・分娩管理により母児に深刻な健康被害が見られた症例報告があるためです。

まとめ

2023年、日本の合計特殊出生率は1.20でした。お産が一生のうち何回もあるイベントで無くなってきている昨今、分娩に色々な選択肢があるのは女性がお産を楽しめる幅が広がるという意味で歓迎するべきことかもしれません。水中分娩に関しても医学的に証明されたデメリットが無い現状では、一部の女性にとっては素晴らしい体験にもなりえるでしょう。しかし広く行われている分娩方法ではないということは、病院によって管理の質に大きな違いがある可能性も否定できません。水中分娩を検討されている妊婦さんはその施設が細かいルールを定めて実施しているかどうかしっかり確認されるとよいかもしれませんね。

1) NHS. Water birth and home birth: https://www.bradfordhospitals.nhs.uk/parent-education-modules/waterbirth-and-homebirth/
2) Elizabeth R Cluett, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2018 May 16;5(5): CD000111
3) AAP, ACOG. Pediatrics. 2014 Apr;133(4):758-61

RSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ®︎」

RSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ®︎」が、当院でも採用となりました。

RSウイルス感染症について
RSウイルス感染症は呼吸器疾患であり、免疫が不十分な新生児から高齢者まで感染するリスクがあります。

RSウイルスは生後1歳までに50%以上が、2歳までにほぼ100%が感染し、終生免疫は獲得されず再感染がみられます。乳幼児における肺炎の約50%、細気管支炎の50~90%がRSウイルス感染症によるとされており、小児科医が対応する感染症の大きな原因となっています。

症状は軽症の感冒様症状から下気道症状(咳、呼吸困難、喘鳴[ぜんめい])に至るまで様々で、特に生後6か月齢未満で感染すると重症化します。

日本では毎年約12万~14万人の2歳未満の乳幼児がRSウイルス感染症と診断され、そのうち約4分の1に入院が必要と推定され、日本においても重症例(酸素投与以上)では、0.3%程度が死亡しているとされます。
RSウイルス感染による乳児の入院は、基礎疾患を持たない正期産児も多く、入院発生数は生後1~2か月時点でピークとなります。このようにRSウイルス感染症の疾病負荷は極めて大きく、基礎疾患の有無にかかわらず生後早期から予防策が必要な感染症なのです。

RSウイルス感染症の重症化抑制する対策として
RSウイルス感染症に対しては有効な治療薬はなく、対症療法しかありません。そのため予防が重要となり、RSウイルス感染症の重症化抑制薬としてこれまでパリビズマブ(シナジス®︎) が早産児や先天性心疾患など基礎疾患のあるハイリスク児に限定して使用されます。

しかし、RSウイルス感染症による入院の大部分を占める、『基礎疾患のない』正期産児に対して、シナジス®︎は健康保険適用外(自費診療)となり、非常に高額です。

よってRSウイルス母子免疫ワクチン
現状、小児に有効なRSウイルスワクチンは開発されておらず、そこで着目されたのがRSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ®︎」です。

妊婦に接種することにより、母体のRSウイルスに対する中和抗体価を高め、胎盤を通じて母体から胎児へ中和抗体が移行することで、新生児・乳児におけるRSウイルスを原因とする下気道疾患を予防します。妊娠24~36週の妊婦に筋肉内に1回接種しますが、28週から36週の接種によりさらに有効性が高くなる可能性があります。生後6か月までの重度のRSウイルス関連下気道感染症、医療機関の受診を必要とするRSウイルス関連下気道感染症に対しての有効性が臨床試験で証明されています。
承認前の臨床試験(国際共同第Ⅲ相試験)において、母体のワクチン接種により重度のRSウイルス関連下気道感染症に対して、生後90日で81.8%、180日で69.4%の減少が認められました。また医療機関の受診を必要とするRSウイルス関連下気道感染症に対して生後90日で57.1%、180日で51.3%の減少が認められました。

有害事象および重篤な有害事象はワクチン群とプラセボ群で同程度でした。

以上から、RSウイルスワクチンは、『基礎疾患のない』乳児に対するRSウイルス感染症の予防に寄与することが期待されます。

執筆 院長

妊娠中の便秘

こんにちは、副院長の石田です。

便秘は多くの妊婦さんが抱えるお悩みの一つです。妊娠前は快便だったような方でも通りが悪くなるようなことがありますが、ただでさえお腹も大きくなる中で余計に苦しくなってしまいますね。そこで本日は妊娠中の便秘についてお話ししたいと思います。

妊娠中に便秘になりやすい理由

妊娠中はプロゲステロンという妊娠維持に大事な役割を果たすホルモンが多く分泌されますが、それによって腸の動きが悪くなるため便やガスが溜まりやすくなることが指摘されています 1)2)。そのほかにも大きくなった子宮により腸が圧迫されていることや運動量の減少、貧血に対する鉄剤処方の副作用などとにかく妊娠中は便秘になる理由が盛りだくさんです。実際20~40%の妊産婦さんが便秘になるという報告もありますが、この辺はデータを集める国や地域の人種や食文化の違いで多少変わるかもしれませんね 3)4)。

対処法

一応教科書的には食物繊維や水分の摂取量を増やすのが初めにやるべきこととなっていますが、実際には食生活や習慣の見直しだけで良くなるとも限らないため最初から下剤を処方することが多いです。日本では酸化マグネシウム(マグミット®︎)やポリエチレングリコール(モビコール®︎)などの便を柔らかくする薬や、腸の動きをよくするピコスルファート(ラキソベロン®︎)などがよく使われます。また、浣腸は添付文書に流早産のリスクになり得ると書かれているため敬遠する医療者も少なくありませんが、状況により使われることもあります。

ちなみに痔にもなりやすい

便秘だけでも煩わしいんですが、妊娠中は特に妊娠末期からお産直後で痔にもなりやすいです 5)。これには循環血流量の増加、大きくなった子宮による腹腔内圧の上昇、会陰での血液鬱滞などの妊娠特有の体の変化や便秘の影響が考えられています 6)。出血や痛みなど症状が結構キツイですが妊娠中の治療は食生活の改善や便秘の解消、坐薬や塗り薬などの局所療法に限られており、嵌頓(戻れなくなった痔が血流障害から壊死を起こした状態)でも起こさない限りは手術療法の適応になることはほぼありません 7)。つまり基本的には出産後しばらくして自然に良くなるのを待つしかないということですね。

まとめ

本日は妊娠中の便秘についてのお話でした。まとめると「妊娠中は便秘になりやすいから薬を出すよ!」というもらいの少ない内容でお恥ずかしいですが、外来で気まずそうに便秘や痔の悩みを打ち明けられる方が多いので「みんな同じだから安心して相談してください」というメッセージが伝われば幸いです。

1) Wald A, et al. Dig Dis Sci. 1982;27(11):1015
2) Lawson M, et al. Gastroenterology. 1985;89(5):996
3) Catherine S Bradley, et al. Obstet Gynecol. 2007 Dec;110(6):1351-7
4) M Kuronen, et al. BJOG. 2021 May;128(6):1057-1064
5) Abramowitz L, et al. Gynecologist Obstet Fertil. 2003;31(6):546
6) Tomas Poskus, et al. BMC Pregnancy Childbirth. 2022 Apr 30;22(1):374.
7) Lohsiriwat V. World J Gastroenterol. 2015;21(31):9245