陽圧換気を行うバッグ

皆様は「人工呼吸」というとどのようなイメージをもたれるでしょうか。

今回は人工呼吸、いわば陽圧換気を行うためのバッグについて取り上げようと思います。

陽圧換気を行うためには大きく2種類のバッグがあります。

自己膨張式バッグ

ガス源(空気、酸素)が必要ないので、持っていけば場所を選ばず使用可能です。またリザーバーバッグと酸素を繋ぐこともでき、人工呼吸として高濃度酸素を供給することが可能です。ただしフリーフロー酸素投与は行えません。

成人の自己膨張式バッグはAmbu社のバッグが有名なため、「アンビューバッグ」と呼ばれることもあります。

自己膨張式バッグ

流量膨張式バッグ

ガス源とその回路(「ジャクソンリース」と呼ばれます)が必要となるので、主に出生直後のウォーマー機能のあるインファントベッドで用います。フリーフロー酸素や持続的陽圧換気補助(CPAP: Continuous Positive Airway Pressure)を行うことができます。

流量膨張式バッグ

なぜCPAPが行えることが重要かと申しますと、

例えば風船を膨らますことを想像してみてください。新しい風船を膨らます時は、力を入れて空気を入れますよね?風船が膨らんだ後、再度空気が抜けたとしても2回目3回目は最初より空気を送りやすくありませんか?これは初回の空気の残気が風船の中に残っているからです。これは肺も同じ原理で空気が残存していると呼吸補助による吸気も楽に送り込まれるんですね。この『残気』を保持してあげる状態の圧を『PEEP』と呼び、このPEEPをかけ続ける補助換気のことを『CPAP』といいます。要は赤ちゃんが呼吸をすることが楽になるのです。

PEEP: Positive End Expiratory Pressure

にしじまクリニックの医師と助産師と看護師は全員、新生児蘇生法のNCPR取得者です。

生まれた全ての赤ちゃんはNCPRのアルゴリズムに従って管理を進めていきます。多くは出生直後も異常なくルーチンケアへと進みます。

しかしながら、自発呼吸があってもちょっと調子の悪そうな、いわゆる『努力呼吸』または『チアノーゼ(児の酸素化不良)』がみられる一次性無呼吸状態の子を見つけ出してすぐにCPAPやフリーフロー酸素を行ってあげることができる『安定化の流れ』に児の状態をつなげていくことが重要なのです。

『安定化の流れ』は図右側(青矢印方向)

出生後、陽圧換気が必要な児は約5%といわれています。自発呼吸がない、または心拍が1分に100回未満の子には人工呼吸が必要なので上記2種類のバッグを用いて人工呼吸を行い二次性無呼吸に対する『救命の流れ』に進んでいきます。

(院長執筆)

妊娠中の花粉症

こんにちは、副院長の石田です。

桜も咲いて日本はすっかり春の陽気といった感じですが、この時期は花粉症の季節でもあります。外来では毎日花粉症でお悩みの妊婦さんが来られますが、皆さんよく言われるのが「妊娠中だから飲める薬はありませんよね?」ということです。実際には使える薬の方が多いので苦しい中我慢する必要は全くないのですが、意外と誤解の多い話かもと思ったので今回はこちらについて解説したいと思います。

妊娠による花粉症への影響

理論的には妊娠で増加した女性ホルモンは鼻の血管を拡張したり好酸球という細胞を粘膜に誘導したりすることで鼻炎は悪くなる傾向があると考えられていますが、実際に妊娠中の良くなったり悪くなったりは人それぞれのようです 1)。また、その反対に鼻炎自体が妊娠に悪影響を及ぼすというデータも無いみたいですので花粉症がひどくなっても妊娠について過度に心配する必要は無さそうですね 2)。

妊娠中の花粉症の治療

アレルギーの治療としてまず大切なのは原因物質を生活環境から除去することですが、実際に花粉を無くせと言われてもなかなか難しいですよね。洗濯物を室内で干したり空気洗浄機を使用したりすることで多少は改善が期待できますが、結局は薬が必要になることが多いです。そんな中でステロイドの点鼻薬は妊娠中でも安全に使用できますが、それでいて鼻の症状には最もよく効くと考えられておりお勧めです 3)。そのほか内服をご希望の方には抗ヒスタミン薬を処方することも可能ですが、その際には眠気などの副作用が少ない第2世代のお薬を処方することが一般的です。大体どの薬でも問題ないことが多いですが、中でもロラタジン(クラリチン®︎)、レボセチリジン(ザイザル®︎)、セチリジン(ジルテック®︎)、フェキソフェナジン(アレグラ®︎)なんかは安全性がよりしっかりと確立しているためよく使われます。そのほかでは小青竜湯という漢方が処方されることも多いですね。

まとめ

というわけで本日は妊娠中の花粉症治療についてでした。上記の通り、アレルギー性鼻炎自体が妊娠に悪さをすることはあまり無いと考えられていますが、その一方でストレスの原因になったり睡眠の妨げになったりと生活に対するインパクトはとても大きいので、妊娠しているからといって我慢せずにしっかり治療することは大切だと思います。妊婦さんの治療はデリケートなので耳鼻科に行ってもお薬を出してもらえないこともあるかもしれませんが、そんな時はかかりつけの産婦人科で気軽に相談してみてください。

1) Mark S Dykewicz, et al. J Allergy Clin Immunol. 2020 Oct;146(4):721-767
2) Somoskovi A, et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2007;131(1):21
3) Ahmed H Alhussien, et al. Eur Arch Otorhinolaryngol. 2018 Feb;275(2):325-333

クリティカルの共有からABCDEFアプローチ

産婦人科は他科に比べ出血を多くみる科です。産後の異常出血に気を取られがちですが、にしじまクリニックでは周産期初期診療アルゴリズムを折り混ぜて、患者様の万が一の状況に対応しています。

■まず、患者様の状態の第1印象から、命に関わる事象を見つけたら、または可能性があれば、クリティカル(critical)を宣言(Call out)します。

ここではCall outするスタッフは、オーバートリアージを許容していることをご容赦ください。まずは他スタッフに『メンタルモデルの共有』をし、素早い初動を行うことが重要なのです。初動は4つの要素があります。

を呼ぶ

ニター物品を準備する

素を投与する(投与できる状態にしておく)

・静脈ートを確保する(確保できる状態にしておく)

初動を完了した後に、患者様の生命を守るために生理学的徴候の異常を迅速に評価し、直ちに蘇生(治療)を開始するステップを踏んでいきます。これをPrimary survey(プライマリーサーベイ)といいます。この手順は『ABCDEFアプローチ』法で素早くかつ抜け目なく患者様の状態を評価し、並行してcriticalの要素の蘇生を行なっていきます。

■A(気道):いびき音など、気道閉塞音が聞こえれば気道確保を行います。

気道確保は頭部後屈あご先挙上法もしくは下顎挙上法を行います。

■B(呼吸):呼吸数、呼吸様式、SpO2、聴診での異常を察知します。異常があれば酸素を投与します。

酸素を投与しても呼吸状態が改善しなければ人工呼吸・バックバルブマスクを行います。健常成人の呼吸回数は1分間あたりおよそ4秒に1回であり、人工呼吸の回数はそれに合わせて行います。

バックバルブマスクのE-C法が一人で難しいければ、他スタッフと2人で協業して行います(業務支援)。

■C(循環):末梢皮膚に冷汗・湿潤があり、橈骨動脈の触れが弱く、爪床を圧迫し再循環に2秒以上かかる場合はショックと判断します。産後の異常出血によるものであれ速やかな初期輸液療法や輸血のオーダーを行います。

■D(中枢神経):意識障害が生じた場合はけいれんや中枢神経系の障害が疑います。開眼・言語反応・運動反応を評価するGlasgow Coma Scale(GCS)の点数を評価します。これは他施設へ搬送する時により正確な情報伝達のツールであるとも言えます。

その他瞳孔や麻痺の確認を行います。

■E(体温と体表所見):発熱がある場合、感染や産褥熱が疑います。さらにショック状態であれば敗血症を考えて血液培養の採取や速やかな抗菌薬の投与を開始します。

■F(胎児心拍):ABCDEを評価しかつ蘇生にて安定化させたら、母体の危険が少なくなったと判断し、続いて胎児の生理学的徴候を評価します。

いずれのアプローチにおいても途中で患者様の状態の悪化がみられたら、再度Aからアプローチしていきます。

Primary surveyを一通り終えたらチーム内でハドル(途中協議)を組み患者様の状態を総括し、続いてSecondary survey(産婦人科蘇生・治療により特化したアプローチ)に移ります。

(院長執筆)

肩甲難産

にしじまクリニックでは毎月テーマを決めて朝練を行なっています。先月から今月にかけては、主に助産師を対象に難産における実際の手技の復習や確認を行いました。そこで今回は「肩甲難産」時の対処法にてご説明します。

肩甲難産とは、児頭娩出後、肩が産道にとどまってしまい児全体を娩出できないことをいいます。巨大児や比較的高い位置からの器械分娩で起こることがあります。また児が標準体重でも、産婦の過度な体重増加や低身長なども肩甲難産の要因となります。

肩甲難産に対し『HELPERR』手技を行います。

①Help

他スタッフはもちろん、産婦本人にも情報を共有し、以下の手技の強力を得ます。児全体を娩出できた後も新生児蘇生(NCPR)に備えます。

②Episiotomy

後の腟内手技(Enter the vagina)を見越して、できれば児背側に(正中)側会陰切開を行います。

③elevate Legs

産婦の両脚・膝を本人の胸側へ付ける様な体勢にします。夫もしくはパートナーが立ち会って入れば、ご協力をいただく場合があります。

なおこの体勢にて70%以上の肩甲難産を乗り切ることができるといわれています1)。

④Push the pubis

児の両肩径を狭めるために恥骨上を押します。いわゆる児の肩を「しぼませ」手娩出するイメージです。

⑤Enter the vagina

腟内手技にて児を縦から斜めの方向にし、児の娩出をはかります。

・ルビン法:母体前方にある児の肩を直接「しぼませ」ます。

・ウッズスクリュー法:児をうつ伏せ方向に回旋させます。

・リバースウッズスクリュー法:児を仰向け方向に回旋させます。

⑥Remove the posterior arm

母体後方にある児の腕を腟入口部に向けることで、両肩径を狭めることができます。

⑦Roll the patient

小骨盤の内径が広がり、児を娩出しやすくします。

以上各手技を列挙しました。順番どおり行う必要はなく、その時の状況に応じてこれらの手技を実践していきます。もちろん、産婦さんの適切な息みもあってこそこの「難産」を乗り切れますので、改めて当院限定公開のYouTubeコンテンツやオンライン講座などでお産の予習をお願いできればと思います。

(院長執筆)

参考文献;

1) MSF. Essential obstetric and newborn care. 2019

母乳育児は赤ちゃんだけでなくお母さんの体も守ってくれる

こんにちは、副院長の石田です。

母乳が赤ちゃんの健康にとても大切なことは有名です。赤ちゃんにとって必要な栄養がほとんど入っているし、初乳には免疫成分も含まれているため赤ちゃんを感染症からも強力に守ってくれます。その一方で母乳育児がお母さん側にもメリットがあることは意外と知られていません。ということで本日はこの件についてお話ししていきたいと思います。

母乳をあげると糖尿病になりにくくなる

母乳で育てられた子供は肥満になりにくいことが広く知られていますが、実は母乳をあげる母親にも糖尿病の発症予防効果があることが知られています 1)。メカニズムとしては代謝やホルモンの要素やストレスの影響なんかも考えられていますが、詳しいことはまだよく分かっていないようです 2)。ただ、糖尿病は進行すると失明や腎不全、四肢末端の壊死など人生の質を著しく損なう病気であり、発症リスクが減るのは有難いですね。

母乳をあげると高血圧や心臓発作になりにくくなる

母乳育児は糖尿病だけでなく母親の血圧上昇も防いでくれるようです 3)。このメカニズムとしては妊娠・出産により心臓血管系に負担がかかった体を授乳が元に戻してくれるのではと考えられています(諸説あり)。また、別の研究では授乳歴のある女性では無い女性と比べると心筋梗塞など実際の心血管疾患の発症率が10%以上低いという結果が出ていました 4)。どうやら授乳は心臓や血管を健康に保つのに重要な役割を果たしてくれているようです。

母乳をあげるとがんになりにくくなる

母乳育児を行った女性は行わなかった女性に比べて将来的な乳がん、卵巣がん、子宮体がんの発生率が減少するというデータがあります。具体的には乳がんで4%以上、卵巣がんで18〜44%程度、子宮体がんで11%程度のリスク低減効果が臨床研究で確認されました 5)6)7)8)。これらは授乳によって生理・排卵周期の回復が遅れることが理由と考えられていますが、ポイントは授乳期間後にもがんの発生率を抑え続けてくれるということで、これは大きなメリットなんじゃないかと思います。

まとめ

母乳というとどうしても赤ちゃん側の恩恵が注目されがちですが、実はお母さんの健康にとってもメリットの大きい育児法なんだよというお話でした。母乳は原則としてお産後の女性からしか出ませんので、どうしても産後半年から1年くらいは母親への育児負担が大きくなりがちです。乳頭が傷ついたり乳腺炎になったりとトラブルもある中で理不尽さを感じる女性も少なくないかもしれませんが、逆に上記のようなメリットを享受できるのも母乳をあげられる女性だけです。医学的な理由等で授乳ができない方は難しいですが、そうでなければ是非心折れずに赤ちゃんとの時間を楽しんでみてください。

1) Aune D, et al. Nutr Metab Cardiovasc Dis. 2014;24(2):107.
2) Bhakti Karla, et al. J Pak Med Assoc. 2015 Oct;65(10):1134-6
3) Binh Nguyen, et al. PLos One. 2017 Nov 29;12(11):e0187923
4) Lena Tschiderer, et al. J Am Heart Assoc. 2022 Jan 18;11(2):e022746
5) Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancer. Lancet. 2002;360(9328):187
6) Islami F, et al. Ann Oncol. 2015;26(12):2398.
7) Ana Babic, et al. JAMA Oncol. 2020 Jun 1;6(6):e200421
8) Jordan SJ, et al. Obstet Gynecol. 2017;129(6):1059