麻酔薬のマーカインは高比重と等比重がある

当院の帝王切開において、脊髄くも膜下麻酔はマーカイン®︎という局所麻酔薬を採用しています。

マーカイン®︎(ブピバカイン)

特徴:長時間作用型。血管内誤注入時の心毒性に注意

マーカイン®︎は濃度によって使用目的が異なります。

▪️0.125%, 0.25%:硬膜外麻酔(無痛分娩)

▪️0.5%(20mg[0.02g]/4mL):脊髄くも膜下麻酔(帝王切開での麻酔)

1%アナペイン®︎100mg(0.1g)/10mLを0.25%へ希釈するなら生理食塩水を30mL加える

0.5%マーカイン®︎は「等比重製剤」と「高比重製剤」に分けられます。

・等比重製剤:麻酔範囲の広がりが緩徐で、高比重製剤に比べて作用発現時間が遅く、作用持続時間が長い

・高比重製剤:麻酔範囲の広がりが比重に依存しているため手術台の傾斜によりある程度の麻酔範囲の調節が可能である。

等比重製剤に比べて作用発現時間が早く、作用持続時間が短い。

上記の特性から、当院の帝王切開での脊髄くも膜下麻酔は0.5%マーカイン®︎「高比重製剤」を採用しています。当院で帝王切開をご経験された方でベッドの傾きの一時調整をされた方もいらっしゃると思います。これは麻酔レベルの調整のためなのです。

執筆 院長

局所麻酔薬中毒

無痛分娩において、鎮痛のためにメインで使う薬は局所麻酔薬です。

全身麻酔で使う麻酔薬と異なり、痛みを含む感覚を局所的に遮断するので「局所麻酔薬」と呼ばれます。局所麻酔薬は

①表面麻酔(皮膚・粘膜の表面に投与)

②局所浸潤麻酔(皮下・粘膜下に注入)

③伝達麻酔(太い末梢神経幹の近くに注入)

④硬膜外麻酔

⑤脊髄くも膜下麻酔

に用いられます。例えば⑤は帝王切開の麻酔に用いられます。

局所麻酔薬中毒

ほぼどの薬も体に取り込まれると、薬の効能として血液の中に薬の濃度(血中濃度)が高まり、症状の緩和や除去に働きます。

一方で局所麻酔薬の血中濃度が過剰に高まると中毒症状が起こり、中枢神経と心臓に関わる症状が出現します。

中毒症状は耳鳴りや口のしびれ・鉄の味(味覚異常)、めまいから始まり、多弁で興奮状態、その後は全身痙攣を生じます。

さらに薬の血中濃度が上昇すると昏睡、呼吸停止、不整脈、ひいては心停止をきたします。

無痛分娩は主として硬膜外麻酔(④)を行います。局所麻酔薬を投与するためのカテーテル(管)は硬膜外腔に留置します。硬膜外腔はただの空間というわけでなく血管が存在します。

日本産科麻酔学会HP(https://www.jsoap.com)

局所麻酔薬がその血管内に入ってしまうと、中毒症状が急速に現れ、例えばいきなり痙攣をきたす事もあります。

無痛分娩における局所麻酔薬中毒のリスクを減らすために

Ⅰ. 硬膜外麻酔処置に血液が引けてこないか

カテーテルを挿入する時に血液がカテーテル内に見えてくるなら、硬膜外腔の血管内にカテーテルが入ってしまったと判断します。その時はそのカテーテルを外し、別の場所で再穿刺・カテーテルの挿入を行います。ただし、何ヶ所もその適性場所が背中にあるわけではないので、何度も血液が引けてしまう状態なら硬膜外麻酔処置は断念します。

Ⅱ. 局所麻酔薬投与前の再確認

局所麻酔薬中毒は、一度に大量投与すると起こる可能性があるので、無痛分娩では局所麻酔薬の「少量分割投与」と呼ばれる鎮痛法を行います。局所麻酔薬を投与する前に毎回、カテーテルから血液が引けない事を確認します。硬膜外処置が終わった後も体動にてカテーテルが血管内に迷入してしまう事があるからです。

Ⅲ. 局所麻酔薬投与後の症状確認

局所麻酔薬の「少量分割投与」後、先ほど述べた中毒症状がないかチェックします。

また今まで鎮痛できていたのに「急に痛みが出てきた」、「痛みが片方にある」場合はカテーテルが硬膜外腔の通常の留置位置から血管内に迷入してしまっている可能性があります。

Ⅳ. 起こった時の救命措置と中和剤の静脈内投与

局所麻酔薬中毒が起こった時は、各症状と状態に応じた急変対応を行います。また局所麻酔薬の中和剤として20%脂肪乳剤の「イントラリポス」があり、無痛分娩を行う施設では常に備えています。

そしてⅤ.(5つ目)として、無痛分娩をお受けるになる産婦さん自身がこのような副作用もありえる、と理解していただく事です。

にしじまクリニックでは引き続き、安全な無痛分娩を日々心がけ、手技や鎮痛法、副作用の対策をアップデートしてまいります。

執筆 院長

妊娠を職場に伝えるのはいつ頃が良いのか

こんにちは、副院長の石田です。

外来で妊婦さんからよくいただく質問のひとつに「妊娠したことを職場にはいつ頃伝えればよいのでしょうか?」というものがあります。実際のところ職場への報告時期に明確な決まりはなく、最終的にはご本人の判断に委ねられます。ただし、妊娠中の体調変化や働き方との兼ね合いを考えると、どのタイミングで伝えるのが望ましいかを検討するのはとても大事なことですよね。そこで今回は、その考え方のヒントとなる視点をいくつかご紹介したいと思います。

そもそもみんなどうしてるの?

では、実際に多くの人はどのタイミングで職場に報告しているのでしょうか?ネット上の調査やアンケートを見てみると、おおむね妊娠8週前後で伝えるケースが多いようです。この時期は妊婦健診で胎児の心拍が確認され、役所に母子手帳をもらいに行くタイミングとも重なります。ただし、すべての人が「自分の意思で」報告時期を選んでいるわけではなく、つわりによる体調不良などからやむを得ず早めに伝えざるを得なかったという事情の方も少なくないようです 1)2)3)。

引用した統計を考えるときの注意点

ただし、こうした統計データを見る際には注意が必要です。ご紹介したサイトのデータをよく見てみると、「妊娠4週までに報告した」という回答が含まれているものがあります。しかし妊娠週数は最終月経の初日から数えるため、妊娠2週まではまだ受精そのものが成立していません。また妊娠3週では妊娠反応を確認することも難しく、妊娠4週の段階では超音波で胎嚢がはっきり映らないため、正常妊娠と診断されにくいのが現実です。したがって、実際には妊娠5週以降でなければ周囲に妊娠を伝えること自体が難しいと考えられるため、これらの調査結果の集計や解析方法には多少の不正確さが含まれている可能性がある点に注意が必要です。

まとめ

「安定期に入ってから報告します」という人が多そうな印象がありましたが、意外と皆さん早めの時期から伝えられているようですね。もちろんいつ伝えるかは妊婦さんそれぞれの自由で正解はありません。ただ、妊娠初期はつわりや出血、腹痛など状態が変わりやすい時期でもあり、急に仕事を休んだり病院への受診が必要になることもあります。そのため直の上司や近い家族にはいざという時にすぐ助けてもらえるよう、少し早めに伝えておくほうが親切かもしれませんね。いずれにしても無理のないように、自分の体調を含めて状況に合った時期と伝え方でご報告するようにしてください。

参考文献
1) https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20150223.pdf?utm_source=chatgpt.com
2) https://zexybaby.zexy.net/article/contents/0156/?utm_source=chatgpt.com
3) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000111846.html?utm_source=chatgpt.com

次の妊娠までどのくらい空けたらよいですか?

こんにちは、副院長の石田です。

お産を終えた患者さんから外来でよくいただく質問のひとつに「次の妊娠まではどれくらい空けるべきですか?」というものがあります。これに関しては患者さんの年齢や体調、社会的な状況、前回の分娩の経過や方法(経腟分娩か帝王切開か)など個々の背景によって最適なアドバイスは変わり得るほか、医師や施設によっても考え方が違ったりするため一概に「〇年あけましょう」と言い切ることは難しいです。ただ、「人によって違いますから」として終わるのも味気ないので、本日はいくつかのデータを示しながらどのように考えるべきか一緒に見ていきましょう。

リスクが高いとされる期間

出産から次の妊娠までの期間(interpregnancy interval)でリスクが高いとされているのは以下の通りです。
6ヶ月未満:
出産から6か月以内に次の妊娠をすると、早産や低出生体重児などのリスクが増えることが報告されています 1)2)3)。また、先行する出産が帝王切開だった場合、特に次回を経腟分娩で考えている方は子宮破裂のリスクが高まることが示唆されています 4)。そのためこの期間での妊娠はできるだけ避けた方がよいと考えられています。
60ヶ月以上:
妊娠までの間隔が5年以上になると、妊娠高血圧症候群や難産などのリスクが上昇する可能性が指摘されています 2)5)6)。これは単純に年齢が進むせいもあるかもしれませんが、初回の妊娠には次回の妊娠に向けて体を出産に適した状態に整える効果があり、その効果が5年以上経つと消えてしまうためなのだと考える専門家もいるそうです。

リスクが低く、次の妊娠に最適な期間

データから見ると18〜24ヶ月が最も医学的にリスクが低いとされていますが、実際にはご年齢やキャリア・ライフプランからそれほど待てない場合もあります。そのため妊活のご相談の際には上記以外にご家族の事情も踏まえながらいつ頃にするかを一緒に決めて行くことになります。ちなみに流産後の妊娠については、少し古い資料ではあるものの世界保健機構(WHO)からは6ヶ月以上あけるように推奨が出ているようですが、その後の臨床研究では流産から次の妊娠までの期間については6ヶ月より早くても問題なさそうということが示されています 7)8)9)。

まとめ

本日は、出産から次の妊娠までの期間について解説しました。とはいえ赤ちゃんは「授かりもの」であり、妊娠の時期を思い通りにコントロールすることはできません。そのため間隔が短かったり長かったりしても、必要以上に心配する必要はありません。また、この記事で紹介したデータも研究デザインなどの影響を受けており、出産と妊娠の間隔がリスクに本当に直結するのかについてはまだ議論が続いています。私たち医療者はそれぞれの患者さんの状況に合わせて安全なお産をサポートしていきます。どうか過度に不安を抱かず、妊娠・出産という大切な時間を前向きに楽しんでいただければと思います。

参考文献
1) Agustin Conde-Agusdelo, et al. JAMA. 2006 Apr 19;295(15):1809-23.
2) E Fuentes-Afflick, et al. Obstet Gynecologist. 2000 Mar;95(3):383-90.
3) Katherine A Ahrens, et al. Paediatr Perinat Epidemiol. 2019 Jan;33(1):O25-O47.
4) David M Stamilio, et al. Obstet Gynecol. 2007 Nov;110(5):1075-82
5) Agustin Conde-Agudelo, et al. Am J Obstet Gynecol. 2007 Apr;196(4):297-308.
6) Bao-Ping Zhu et al. Am J Obstet Gynecol. 2006 Jul;195(1):121-8.
7) World Health Organization. Birth spacing_report from a WHO technical consultation
8) Chrishny Kangatharan, et al. Hum Reprod Update. 2017 Mar 1;23(2):221-231
9) Mohamed M Ali, et al. Lancet Glob Health. 2023 Oct;11(10):e1544-e1552.

妊娠初期の流産に向き合う治療方法の選択肢

こんにちは、副院長の石田です。

当院では多くのご家族が毎日のように新しい命を迎え入れている一方で、残念ながら流産を経験される方も一定数いらっしゃいます。流産とは、妊娠21週6日までに何らかの理由で妊娠が終わってしまうことを指します。妊娠22週が一つの区切りになっているのは、それ以前では新生児の生存そのものが極めて難しいからですが、かつて妊娠28週だったこの境界は医学の進歩によって徐々に引き下げられ、1993年から現在の週数に至っています。このうち妊娠12週までに起こるものを「初期流産」と呼びますが、本日はそうなってしまった時の治療方法について解説したいと思います。

初期流産について

統計によりバラツキがありますが、診断された妊娠のうち15%前後は流産になるとされています 1)。しかし、実は妊娠と診断される前に流産が起きる場合もあることが知られており、そういったケースでは月経が少し遅れただけと勘違いされたまま人知れずに流産となっています。こうした妊娠初期のごく早い段階のも含めると、全妊娠の約40%近くが流産に至るという報告もあります 2)。初期流産の多くは胎児の染色体異常や絨毛形成の異常など偶発的で防ぐことができない要因によるものであり、お母さんの生活習慣や行動が直接の原因になることは多くありません 3)。

初期流産の治療方法

初期流産と診断された場合の治療には、大きく分けて「自然排出を待つ方法(待機的管理)」と「手術による方法(外科的治療)」があります。
待機的管理は子宮の中の内容物が時間の経過とともに自然に排出されるのを待つ方法です。自然排出が成功すれば手術による子宮損傷や麻酔の合併症などを避けられます。また、手術費用がかからないため経済的負担も少なく済みます。ただし自然排出が必ず起こるとは限らず、長く待っても排出が始まらないこともあります。その場合、出血や感染のリスクを考慮して手術に切り替えることがあります。
外科的治療は手術で子宮内容物を取り出す治療です。取り出した胎児や胎盤の組織を確実に病理検査に出せるため、まれに見られる胞状奇胎などの異常妊娠を早期に発見できるという利点があります。また、流産を診断後のスケジュールを立てやすく、心身の切り替えもしやすいという特徴もあります。ちなみに当院ではWHOの推奨に基づき真空吸引法という患者さんの体にやさしい手術法を採用しています。
ガイドライン上はどちらの選択肢も理にかなっているとされており、どちらか片方に絶対的な優位性があるということはありません。

まとめ

本日は初期流産の治療に関してお話ししました。これら以外に外国では薬物治療も選択肢に入ります。院長も私も海外医療での使用経験があるためその有用性を知っていますが、残念ながら日本では使えません。
待機と手術、どちらの方法にもメリットと注意点がありますが、流産手術は保険適応であり民間の医療保険も適用される可能性があるため経済的に重い負担になりにくいこと、また待機療法において先々の目処が立たないことが患者さん本人の心に思った以上に負担となりやすいことから、特にご希望がない方には当院では手術を勧めることが多いです。ただ、これに関しては医師や病院によって考え方が分かれる部分ではありますので、残念ながら流産となってしまった方におかれましては主治医とよく相談して方針を決めていただければと思います。

参考文献
1) 日本産科婦人科学会. 産婦人科診療ガイドライン産科編 2023 CQ202
2) Toni Jackson, et al. JAAPA. 2021 Mar 1;34(3):22-27.
3) Clark Alves, et al. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2025 Jan-