経口中絶薬の当院の現状とその運用

昨年5月から日本でも開始となった経口中絶薬「メフィーゴ®︎パック」の当院の現状とその運用を公表します。

・期間:2023年6月〜2024年6月

・メフィーゴ®︎パックの成功割合(にしじまクリニックでは「入院当日以内に外科的手術療法を行わずに胎嚢が排出されたもの」を成功、としています):100%

内訳;

初妊娠:11例(うち1例がミフェプリストンのみで胎嚢が排出)

経産婦:10例(うち1例がミフェプリストンのみで胎嚢が排出)

当院の処置スケジュール

・規定どおり、ミフェプリストンの内服開始日が妊娠9週0日以内を遵守する。

・当院の休診日が木曜日と日曜日であるため、最大週に2枠で処置を設定している。

土曜日の外来午後にミフェプリストンを内服し、月曜日に入院

水曜日の外来午後にミフェプリストンを内服し、金曜日に入院

・入院後ミソプロストール内服(バッカル錠であり服用後30分の飲用を控える)後に胎嚢の排出があれば翌朝診察後退院とする。

胎嚢の排出後もしばらくは性器出血を認めるため、現段階での指針の入院処置扱いは妥当と考える(患者側も入院扱いは安心要因と思われる)。

・(現時点ではいないが)入院後ミソプロストール内服後でも翌朝までに胎嚢の排出がなければ、手術療法へ移行する(よって入院翌朝の食事は提供しない)。

ミソプロストールは従来から存在する比較的古典的な薬剤であり、今後日本の産婦人科医療のために、産婦人科医師はこの薬剤の扱いに慣れておく必要があります。

埼玉県ではメフィーゴ®︎パックを扱える産婦人科医療機関は、当院を含めわずか10施設にとどまっています(2024年6月現在)。早期の人工妊娠中絶において、流産処置の選択は、医療機関ではなく妊婦本人であってほしいと思うのです。

執筆 院長

NIPTの普及が進んでもNT計測は必要

当院で今冬からの運用開始予定のNIPTですが、妊娠11〜13週に行うNT計測は引き続き行います。

NT肥厚は21トリソミーを疑うソフトマーカーの一種ではありますが、NT肥厚は染色体異常のほか、以下の児の異常の可能性があります。

NTの肥厚と関連する児の異常(染色体異常以外)

・先天性心疾患

・臍帯ヘルニア

・羊膜索症候群

・横隔膜ヘルニア

・尿路閉塞

ダンディーウォーカー

・骨系統疾患

アキネジア症候群

・貧血

・感染症

・代謝性疾患

・単一遺伝子病

どうでしょう、かなり多岐にわたる疾患が関連してますよね。

NIPTが普及しても、現時点で日本では3つのトリソミーの有無を検出しているにすぎません。今後NTを含めた超音波所見を見なくてよい、とはならないのです。

上記らの児の異常がNT計測で全てわかる、というわけではありません。しかしながらNT肥厚が見つかれば、今後さらに注意して児の異常がないか診ていくきっかけになるのは間違いありません。

執筆 院長

臨月の「内診グリグリ」について

こんにちは、副院長の石田です。

多くの病院では臨月に入ると毎回の妊婦健診で内診を行い、子宮口の開き具合や赤ちゃんの頭の下降を確認します。その際に皆さんからよく聞かれるのは「内診痛くしますか?」とか「グリグリするんですよね?」といったご質問です。なんとなく陣痛が来るようにそうしてるんだろうなってことは知っていても、安全性や効果などに関してはよく分からなかったりしますよね。そこで本日は俗に言う「内診グリグリ」について説明したいと思います。

何をやっているのか?

グリグリとか言うと闇雲に刺激しているようで乱暴な印象を受けるかもしれませんが、実際には「卵膜剥離」と言って子宮と赤ちゃんを包んでいる卵膜の間に指を入れて数周回しながら剥がす作業を行なっています。(グリグリと言うよりはクルクルって感じでしょうか。)痛いことが多いですが、一方で子宮口がある程度ほぐれて児頭も多少降りてきているような状況では全く痛くなかったということもしばしばあります。

なぜ卵膜剥離をすると陣痛が来やすくなるのか?

卵膜を剥離すると子宮内組織からプロスタグランジンF2αやホスホリパーゼA2などの子宮口の開大や子宮収縮を促すホルモンが放出されます。また、子宮口(子宮頸管)が刺激で伸展するとファーガソン反射という生理現象によってオキシトシンという陣痛ホルモンが分泌されるため、それも陣痛を来やすくする効果があると考えられています 1)。

実際効果はあるのか?

Cochraneというイギリス発祥の国際的な研究組織によるメタ解析によるとグリグリした後には実際に陣痛が来やすくなり、誘発分娩が必要になる確率が下がることが分かっています。一方で安全性についても帝王切開が増えたり母児の死亡率が増えたりということは無く、やられる時の痛み以外には特にリスクなく受けられる処置のようです。また、同論文によるとグリグリされた女性の多くが処置に対して満足しており、友人にも勧めたいと回答しているということでした 2)。

まとめ

本日は世に言う内診グリグリについてご説明しました。私に関しては予定日を過ぎてしまった妊婦さんには誘発分娩にならないで済むようご本人から同意を得たうえで卵膜剥離をすることがありますが、「臨月に入ったから」というだけでグリグリすることはありません。ただ、中には絶対にやらないでほしい方、逆に毎回やってほしい方などお考えも様々かと思いますので、ご希望がある場合には遠慮なくお申し出ください。

1) Blackburn S. Maternal, Fetal, & Neonatal Physiology – A Clinical Perspective. 3rd Edition. Missouri: Saunders Elsevier, 2013
2) Elaine M Finucane, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2020 Feb 27;2(2):CD000451

単一遺伝子病

単一遺伝子病とは、いわゆるメンデルの法則に基づいた家系が関わる遺伝疾患です。遺伝様式としてさらに常染色体優性、常染色体劣性、X連鎖性、Y連鎖性に分けられます。

1. 常染色体優性遺伝

・50%の可能性で児に罹患します。

*常染色体優性遺伝については「保因者(疾患の原因となる遺伝子を持っているが無症状)」という立場がなく、夫婦どちらかが「罹患者(その病気が発生する」という遺伝形式になります。

・性差なく罹患します。

・代表疾患:筋緊張性ジストロフィー、マルファン症候群、成人型多発性嚢胞腎、22q11.2欠失(ディジョージ)症候群

2. 常染色体劣性遺伝

・両親ともに保因者であった場合、児は25%罹患します。

*罹患者25%、非発症者の2/3が保因者となります。

・性差はありません。

・代表疾患:先天性代謝異常症、小児型多発性嚢胞腎

3. X連鎖性劣性遺伝

・母親が保因者の場合、

男児の半分が罹患します。

女児の半分は保因者となります。

・代表疾患:ドゥシェンヌ型筋ジストロフィー、血友病、色覚異常

単一遺伝子病については家系図の作成を含めた詳細な家族歴背景を確認する必要があるほか、出生前遺伝学的検査と周産期管理を含め、高次施設での対応が強く望まれます。

現在、日本国内では染色体異数性を対象(21, 18, 13トリソミー)を対象としてNIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)が実用化されています。一方国外では単一遺伝子病の検出なども試みられています。今後NIPTの手法を用いて様々な疾患を診断する時代が来るかもしれません。

執筆 院長

赤ちゃんの青あざ(蒙古斑)について

こんにちは、副院長の石田です。

生まれたての赤ちゃんの全身を観察するとほぼ必ずお尻を中心として青あざが見られます。国際的には(恐らく特定地域や人種に対する差別等への配慮もあり)先天性真皮メラノサイトーシスと呼ばれる変化ですが、日本ではいまだに「蒙古斑」という呼び方が一般的ですね。さて、この蒙古斑ですがいかにも赤ちゃんという見た目が可愛らしい一方で、残ってしまうのではないかと心配される親御さんが少なくありません。そこで本日は蒙古斑についてお話ししたいと思います。

蒙古斑とは

蒙古斑とは新生児に最もよく見られる先天性の色素沈着です。蒙古斑の出現率には明確に人種差があり、アジア人で81~100%の確率で見られる一方で白人の子供では10%未満ともされています 1)2)3)。そのためひと昔前のアメリカでは虐待のあざと勘違いされて赤ちゃんが保護施設に入れられてしまったなんてこともあったそうです。最もよく見られるのはお尻の辺りですが、続いて肩なんかも好発部位として知られている一方で 逆に頭や顔などには出にくいとされています。3)。(実際うちの子も産まれた時は肩にありました。)1~2歳までに消え始めて10歳くらいまでで大部分が消失されると言われていますが、一方で3%程度は大人になっても残存する可能性が示唆されています 4)。

治療

蒙古斑はほとんどの場合で自然に消失する変化であり、残存したとしても皮膚がんなど悪い病気にはならないとされていることから一般的には治療を必要としません。ただ、出ている場所によっては見た目の問題でレーザー治療を行う場合があります 5)。また、やや似ている病変で主に頭頸部に出現する太田母斑や伊藤母斑などは実際に病気に発展していく可能性があるので疑われる場合には専門科の診察が必要になる場合があります。

まとめ

本日は蒙古斑について説明しました。上記の通り日本人にはよく見られる所見であり、昔から転じて未熟な人を示すのに「尻が青い」という言葉も使われます。多くの場合は気にせず消えるのを待っていただければと思いますが、蒙古斑とは印象が違う色素沈着や気になる場所に出ているという場合には気軽に主治医にご相談ください。

1) A K Leung. Int J Dermatol. 1988 Mar;27(2):106-8
2) A H Jacobs. et al. Pediatrics. 1976 Aug;58(2):218-22
3) A Cordova. Clin Pediatr (Phil’s). 1981 Nov;20(11):714-9
4) Divya Gupta, et al. Pediatr Dermatol. 2013 Nov-Dec;30(6):683-8
5) Kanlaya Tanyasiri, et al. J Dermatol. 2007 Jun;34(6):381-4