妊娠中の体重管理

こんにちは、副院長の石田です。

妊婦健診ではお母さんや赤ちゃんのコンディションを様々なデータを使って評価しています。エコーや血液検査だけでなく診察前に皆さんに行っていただく血圧、体重測定や尿検査などは重い妊娠合併症を防いだり見つけたりするのに非常に有用です。そんな中で皆さん女性ということもあり体重はとても気にされている項目の一つだと思いますが、実際にどのくらいなら増えてもいいんだろうと悩んでいる方も少なくないようです。というわけで本日は妊娠中の体重管理に関してお話ししたいと思います。

妊娠中の体重増加の内訳

多くの方がご存知の通り妊娠末期には妊娠前に比べて平均で10kgくらい重くなりますが、この内訳としては半分くらいが赤ちゃん、羊水、胎盤などで、残りの半分はお母さんの血液を含めた水分や脂肪の増加分、それに子宮が大きくなった分だと言われています。なので出産直後に妊娠前の体重まで落ちるかと聞かれればそうはならないということになります。

実際にどのくらいまで増えていいのか

これはお母さんの妊娠前の体型によって決められます。具体的にはBMI(体重(kg)÷身長(m)÷身長(m))の数値によりやせ〜肥満までが国際的に定義されており、それに基づいて日本ではBMIが18.5未満のやせている人は9〜12kg、18.5以上25.0未満の普通体型の人は7〜12kg、そしてそれ以上の肥満体型の人は個別対応となっています 1)。個別対応というのは分かりにくいですが、一応5kgぐらいを目安にすることになっているものの、実際には妊娠終了までほとんど体重が変わらない人もいたりします。体重増加基準は国が違えば数字も変わってきます。例えばアメリカではやせの人は12.5〜18kg、普通の人は11.5〜16kg、肥満の人は5〜11.5kgということになっており、日本よりもやや甘めです 2)。上記を考慮すると、妊娠の時期によって違いはあるものの、1ヶ月に2kg以上体重が増える場合には気をつけなければいけません。

体重が増えすぎると何がいけないのか

まず、イメージ通りかもですがお母さんの体重が増えすぎると赤ちゃんも育ちすぎることがあります 3)4)5)。また、妊娠高血圧症候群や帝王切開の可能性が高くなったりもしますし、その他出産後にお母さんの体重が戻りにくくなったり、赤ちゃんが生まれた後肥満児に育つ危険まであるようです 4)5)6)。また、体重が増えなさすぎた場合も逆に赤ちゃんが小さくなるようで注意が必要です 3)。

まとめ

妊娠中の体重増加は頑張っている方でも思ったようにいかないことがあります。ただ、体重増加は理論的には摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスで決まるので、病気とかでなければ意識せずに間食などで食べすぎていたり、糖質や脂質の多いバランスの悪い食事を摂っていることが多いです。逆にもともと運動習慣のある女性では筋肉量が多いため基礎代謝が高く太りにくい素養ができており妊娠に有利と言えるでしょう。今妊娠されている方はバランスの良い食事と適度な運動を心がけていただくことが大切ですが、今後妊娠をご希望されている方も是非、自分とまだ見ぬ赤ちゃんのために健康的な生活を心がけてみてください。

ところで今回の記事を書くにあたって色々と調べていたら、海外で書かれた論文の一つに「巷では自分と赤ちゃんの2人分食べなきゃ!と言って好きなだけ食事を摂る妊婦がいるが…」という前置きが書かれたものがあって、これ言うのって日本だけじゃないんだなーとちょっと微笑ましくなりました。

1) 厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/02/dl/h0201-3a4.pdf

2) Institute of Medicine (US). Weight gain during pregnancy; 2009

3) Siega-Riz AM, et al. Am J Obstet Gynecol 2009; 201: 339. e1-14

4) Langford A, et al. Matern Child Health J 2011; 15: 860-5

5) Nohr EA, et al. Am J Clin Nutr 2008; 87: 1750-9

6) Emily Oken, et al. Am J Epidemiol. 2009 Jul 15; 170(2): 173-180

先天性風疹症候群

こんにちは、副院長の石田です。

皆さんは風疹という病気をご存じかと思います。はしかに似た症状を呈しますがそれほど重症化せずに終わるため三日麻疹(みっかばしか)と言われることもある病気です。普通は熱も高くならず症状がいまいちはっきりしないまま終わることもある大したことない感染症ですが、妊婦さんが罹ると大変です。というわけで今日は先天性風疹症候群についてお話ししたいと思います。

先天性風疹症候群とその歴史

妊婦さんが特に妊娠早期に感染することにより、流早産をはじめ白内障、心奇形、難聴などの先天的な異常を赤ちゃんに引き起こす感染症です。オーストラリアの眼科医であるGregg先生が1941年に新生児の先天性白内障とお母さんの風疹感染に関連があることに気づいたのが始まりでしたが、その背景には1940年に風疹が流行ったということがありました。当時はまだワクチンも存在せず周期的な大流行が存在していて、特に1962〜1965年の世界的大流行ではアメリカだけでも12.5万人の風疹患者が出た結果、1万件以上もの流産と2千人以上の新生児死亡、そして2万人以上の先天性風疹症候群の新生児が出生しました。日本でもそれから少し遅れて大流行し、特に沖縄では多数の被害者が出て社会問題になったということです。その後風疹ワクチンが開発され予防戦略が確立したことから徐々に風疹患者は少なくなり、現在ではほとんど先天性風疹症候群を見なくなりました 1)。

風疹抗体とワクチン

日本ではほとんどの人が風疹ワクチンを接種していますが、実際には風疹抗体が低い人が結構います。これは本来2回接種が必要なのに1回しか受けられていない世代がいたりとか(こちらのサイトから世代を確認できます)、ワクチン摂取の普及に伴い風疹ウイルスに暴露されなくなったため免疫が強化されなくなったりといった原因が考えられています。そのためか日本ではたまに小規模な流行が起きることがあります。風疹ワクチンは生ワクチンと言われるタイプの製剤なので妊婦さんは打てません。なので妊娠中はとにかく伝染されないようにするしかないのですが、一旦お産が終わればいつでも接種できるので当院では希望の方には産後入院中に打てるようにしています。

埼玉県に在住の旦那さんへ

ご本人が気をつけるのはもちろんですが、ご家族にも家に風疹を持って帰らないように注意していただきたいです。お子さんに関しては基本的に予防接種を2回されていると思うので大丈夫のはずですが、問題はお父さんです。今のお父さん世代は1回接種の時代の人が多いため感染の危険が高いと考えられますが、埼玉県では妊娠を希望する女性だけでなくその配偶者、風疹抗体価が低い妊婦さんの配偶者の風疹抗体価測定を無料で提供しています 2)。検査に煩雑な手続きは必要なく、受診して所定用紙に記載したら採血して終了です。事前に用意するものもありませんので、例えば夫婦で妊婦検診にエコーを見に来ていただいたら、待ち時間に書類に記入して検査すればOKなんですね。もし抗体価が低ければ当院で予防接種を提供することもできます。

まとめ

赤ちゃんの病気はその多くが偶発的で予知することが難しいですが、その中にあって先天性風疹症候群は数少ない予防できる病気です。厚生労働省が打ち出した追加対策として1962/4/2〜1979/4/1までの生まれの男性が今年から3年間、ワクチン接種を無料で行えることとなりました 3)。この中にはもう家庭内の妊娠が縁遠くなるご年齢の方も含まれていることと思いますが、自分の家族だけでなく街中ですれ違う名前も知らない妊婦さんとそのお腹にいる赤ちゃんにまで想いを馳せて、社会全体で抗体検査や予防接種を推進していければと思います。

1) Centers for Disease Control and Prevention: https://www.cdc.gov/vaccines/pubs/surv-manual/chpt15-crs.html

2) http://www.pref.saitama.lg.jp/a0701/fuusinn-kanzyazouka.html

3) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/rubella/index_00001.html

避難所で生活をする赤ちゃんのためのQ&A

台風19号の影響、皆さま大丈夫だったでしょうか。個人的には3.11以来の家族に迫る危険を身にしみて感じました。備えはやはり大事ですね。

私の住まいの地域では避難勧告が発令しました。今回は家にいることを選択しましたが、今4ヶ月の乳児がおり、もし避難所等で生活することになった場合、不安やストレスはいかほどか、想像を絶するものがあります。

『備え』とは、知識を得ることも当てはまると思います。日本未熟児新生児学会が作成したリーフレットを添付しましたので、皆さま是非ともチェックなさってください。

7http://plaza.umin.ac.jp/~jspn/shinsai/pdf/qafamily.pdf

被災された方々の一刻も早い復興をお祈り申し上げます。

院長記載

妊娠中に温泉に行っても良いのか

こんにちは、副院長の石田です。

行っても良いです。と言い切ってしまうとそれで終わりなのですが、これに関しては外来で定番のご質問です。恐らくイメージとしては温泉の成分が体に染み込むことで赤ちゃんに届いて問題を起こす的なご心配かと思います。ちなみに不安を煽りたいわけじゃないけど哺乳類の実験で母体の高体温は赤ちゃんの奇形の原因になる可能性は示唆されています 1)。まぁ、深部体温が温泉ごときで急激に上昇するわけはないので関係ありませんが。

いずれにしても「ネットでも大丈夫って書いてあったけど心配だし一応医者に聞いておこう」という人が多いのではないかと思いましたが、中々外来では時間的にも詳しくご説明できないので、ちょっとブログで書いてみることにしました。

温泉が妊娠に悪いという科学的根拠はない

これ、調べた範囲では国内外で温泉の妊娠に対する悪影響を証明した論文はありませんでした。昔は「温泉法」という法律で妊娠は温泉への入浴に対して禁忌として扱われていましたが、科学的根拠がないという理由で平成26年の改訂の際に撤廃されました。というか、色々と調べてみましたが、そもそもなんで温泉が妊娠に対して禁忌になったのか誰も知らないらしいです…。ちなみに「温泉とかサウナは赤ちゃんに影響ないから安心して」っていう論文はシドニー大学のチームから発表されてました 2)。

そうは言っても気をつけた方が良いこともある

まず、妊婦さんはお腹が大きくなるにつれて体の重心の位置が変わっています。そのため思いがけず転倒するリスクが無いわけではありません。泉質や浴場の材質によっては床が滑りやすくなっていることもありますので転んで怪我をしたりお腹を打ったりしないように気を付けましょう。また、経験的に何人かの妊婦さんが強い泉質のお湯に入って肌荒れを起こしてしまったのを診察したことがあります。事前に自分と温泉との相性を調べることは難しいですが、妊娠すると肌が荒れやすくなる人もいらっしゃいますので異常を感じたらすぐに水道のお湯で体を流し、入浴を中止するようにしてください。

温泉は直接関係ないけど…

地元の温泉に行かれる人はまだ良いのですが、ちょっと足を伸ばして温泉旅行という場合には出血や腹痛など何か良くないイベントが起きた際にかかりつけの医療機関を簡単に受診できなくなります。なので絶対ダメというわけではないけれど、旅行のリスクをよくご理解いただいたうえで、万が一の時に受診できる医療機関が近辺にあるかどうかを確認してから出かけましょう。

日本人は昔から温泉が大好きです。「温泉離れ」なんてことも言われますが、年間の延べ宿泊利用者数は最新のデータで1億3000万人以上です 3)。 温泉に行かれる方は体調管理やいざという時の備えに十分注意しながら快適な温泉ライフをお楽しみください。

1) Edwards MJ. Terato Carcinogen Mutagen 1986: 6(6): 563-82

2) Ravanelli N, et al. Br J Sports Med. 2019 Jul; 53(13): 799-805

3) https://www.onsen-r.co.jp/data/cs/

妊娠中のサプリ

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠を目指す人も既に妊娠した人も、よく外来で質問が出るのはサプリについてです。妊娠に絡めたビタミン剤は世の中に多く出ているのですが、いつから飲んだ方が良いのか、いつまで飲んだ方がよいのか、そもそも飲んだ方が良いのかなど、ビタミンに関する疑問はとても多いです。ということで、本日はこれについて少しお話しします。

そもそもサプリって意味あるのか

妊娠、出産に焦点をあてて出されるサプリは英語でprenatal vitaminと言って、世界中で星の数ほどの種類が出ていますが、メインは葉酸、鉄、カルシウム、ビタミンB群、ビタミンDなどになります。これらの栄養素は基本的には食事でしっかり摂ることが大事で、妊婦さんの食事摂取基準が1日それぞれ葉酸:480μg、鉄:8〜9g(初期) / 20〜21g(中期以降)、カルシウム:650mg、ビタミンB12:3μgという感じです 1) が、これに対して日本人の平均摂取量は、例えば葉酸だと大体220〜250μg、鉄では6〜7gなど 2) 妊娠によって増大した需要に対して食生活が大きく変化するわけでもないためどうしても不足しがちになってしまうのも現実です。なので手軽に足りない分を補えるサプリはとても便利なんですね。

葉酸がすごい

妊娠系サプリの栄養成分の中でも一際存在感があるのはやっぱり葉酸ですね。葉酸は二分脊椎という病気を予防するのに効果があります。人間の脊椎は妊娠7週頃に形成されますが、その際になんらかの理由で背骨が一部形成されずそこから脊髄という大事な神経の幹が外側に向かって飛び出してしまうのが二分脊椎です。重度になると腰に大きな塊を形成するだけでなく下肢の麻痺や排泄機能異常などを起こし日常生活にも関わる重大な障害を引き起こす大変な病気ですが、葉酸のサプリにはこれを予防する力があるんですね。具体的には妊娠前から1日0.4mg(400μg)を飲み続けることで効果が発揮されます 3) 。(逆に、妊娠早期で脊椎の形成が完成するため妊娠に気づいてから飲み始めても遅いわけです。)

鉄もすごい

次に鉄ですが、妊婦さんは元々の鉄需要が増大するだけでなく妊娠末期に向けて血液の量も増大するため材料不足と希釈効果の両面から容赦なく貧血になる傾向があります。それに加えて出産自体が出血を伴うイベントになるので貧血状態でお産を迎えてしまうともうフラフラなわけですね。なので妊娠中は産婦人科医や助産師、看護師も妊婦さんが貧血にならないようにとても気を遣っているし、一旦その傾向が見つかればすぐにお薬を使うようにしています。それでも日本は諸外国に比べて妊婦健診が多く貧血が見つかりやすいのですが、海外は健診回数が少なく日本ほど検査もしないので、初めから全ての妊婦さんにサプリを勧める地域もあります。

その他も大事

その他の栄養素もとても大事です。カルシウムは妊娠、授乳を通して強烈に赤ちゃんに持っていかれるため、この時期のお母さんの摂取量が少ないと若くして骨粗鬆症になってしまうことなんかもあります。同様にビタミンDもとても大切だし、その他多くの必要な栄養素が手軽に摂れるとあって最近は自主的に飲んでいる妊婦さんが増えたような印象があります。

まとめ

必ずしも飲まないと妊娠できないとか無事に出産を乗り越えられないというわけではありませんが、その反面で様々なメリットがあることも事実です。薬局とか通販でもたくさん種類があって選べますし、当院でもご希望の方にエレビット4) という製品をご用意しておりますので興味のあるかたはお気軽にご相談ください。ちなみにうちの院長がこれでの利益をあんまり考えていないらしく、まとめ買いじゃなければECサイトより少し安いみたいです。

1) 日本人の食事摂取基準(2015年版):厚生労働省

2) 国立健康・栄養研究所 http://www.nibiohn.go.jp/eiken/kenkounippon21/eiyouchousa/keinen_henka_eiyou.html

3) 産婦人科診療ガイドライン 産科編2017:日本産科婦人科学会

4) https://www.shop.bayer.jp/elevit/?_ga=2.172540643.1123320824.1563860664-1911164368.1563860664