子宮内膜症と子宮内膜増殖症は別物

外来で「子宮内膜症」と「子宮内膜増殖症」を混同されている方がいらっしゃいますので、今回はそのお話です。

子宮の内膜組織は女性ホルモンのエストロゲンの分泌量によって左右されます。

先に2つの疾患の定義を提示しますと、

・子宮内膜症:内膜組織が異所性に発生する疾患

・子宮内膜増殖症:子宮内腔の内膜腺が過剰に増殖した病態

(ともに産科婦人科用語集・用語解説集から一部抜粋)

となります。

◻︎子宮内膜症

通常、内膜組織は子宮内腔に発生するものですが、子宮内腔以外に内膜組織が発生し疾患をきたすものを「子宮内膜症」と呼びます。

子宮内膜症の最も多い発生部位は卵巣で、内膜症による腫大した卵巣腫瘍は「チョコレート嚢腫」とも呼ばれます。卵巣内膜症性腫瘍(嚢腫)の手術は病巣の嚢腫をくり抜きます。その嚢腫の内容物が文字どおりチョコレート色となのです。

外来で「子宮内膜症と言われています」との訴えがありますが、子宮内膜症は手術により組織学的検査をもって確定診断となります(経腟超音波や腫瘍マーカー採血により推定は可能です)。

産婦人科ファーストタッチから

帝王切開の時、子宮内膜症の病巣を見つける時があります。上の図表のように、病巣と癒着の程度によってStage分類が定められています。

◻︎子宮内膜増殖

子宮内膜増殖症は女性ホルモンのエストロゲンの分泌過多によるもので、肥満や多嚢胞性卵巣症候群(続発性無月経により内膜の剥離が起こしにくい時状態)が原因とされています。

毎月、子宮内膜が剥がれ落ちる現象が消退出血、いわば生理です。内膜の過度の肥厚は不正性器出血のみならず、進展率は低いですが将来的な子宮体癌のリスクを生む可能性があります。

過多月経や不正性器出血を認める場合、がん検診のほか、経腟超音波でまずは子宮内膜の厚さを測定してもらうのもよいでしょう。

院長 執筆

性分化疾患について

こんにちは、副院長の石田です。

さて、現在パリオリンピックが開催されていますが、女子ボクシング競技で性分化疾患の方が出場し波紋を呼んでいます。遺伝子的には男性であるアルジェリアのイマネ・ヘリフ選手が女子競技に出場したことの公平性が問われているわけですが、昨今の多様性尊重問題とごちゃごちゃになりながら著名人が炎上したり同じ疾患を持つ当事者が悲しい思いをしてしまったりとかなり混乱した状態になっています。そこで本日は性分化疾患について少し解説してみようと思います。

前提知識として性別の決まり方について

生物の体は遺伝情報を元にして作られます。遺伝子はとても長い二重鎖の形をしていますが、これをコンパクトに細胞内にしまっておくため何回も折りたたんだ塊が染色体です。そして人間の場合はこの染色体を2本1組(父親と母親から1本ずつ)で23組持っています。そのうちの1組が性別を決める性染色体ですが、それが両親からX染色体を1本ずつもらったXXだと体は女性に、母親からXを、父親からYをもらったXYだと体が男性に形作られていくわけです。そして、この体づくりに際してX/Yそれぞれの染色体が果たす役割が重要です。すごく雑な説明になりますが、人間の体は女性型が基本であり特に何もしなければ受精卵は女性の体を作ろうとするんですね。そんな中でY染色体は様々な方法でその工程を軌道修正することによって男性の体を作る役割を担っています。そのためY染色体がうまく働かないと、(場合によっては外見からでは分からないくらい)女性っぽい体を形成してしまうのです。同様の原理でXXXXXYという極端な染色体異常の方でも体は男性型になりますし、逆にターナー症候群という性染色体がX1本だけという方の体は女性型になります。

トランスジェンダーと性分化疾患の違い

トランスジェンダーは生物学的性と性自認の不一致であるのに対して性分化疾患は遺伝子と体のミスマッチです。言い換えるとトランスジェンダーの場合は男女どちらかの完全な体を持って生まれるのに対して、性分化疾患では体が男性とも女性とも言い切れない形であったり、例えば染色体が男性であっても現実的には体も心も女性として生活している点でこれら二つは大きく異なります。もちろん性的マイノリティの方々がより住みやすい社会を作っていくことはとても大切な話ではありますが、それと性分化疾患を混同して同じ土俵で話そうとすると様々な矛盾が生じて議論が進まないばかりか双方の当事者をいたずらに傷つけてしまうため注意が必要です。

まとめ

本日は性分化疾患について簡単に解説いたしました。社会にはスポーツだけでなくトイレや更衣室など様々な点で男女のどちらかを選択せざるを得ない場面が多々ありますが、性分化疾患を持つ方やそのご家族は生まれた時からずっと医療者や保健専門家、教育者などとチームを組んでライフステージごとに起こるあらゆる課題に取り組んでおられます。私としては今回の議論がそういった方々の存在を社会が改めて認識し考える機会になることを期待するとともに、当事者の方々が積み上げてきた努力を残酷に否定するような方向にならないよう強く願います1)2)。

1) Selma Feldman Witchel. Best Pract Res Clin Obstet Gynaecol. 2018 Apr;48:90-102
2) Chromosomal Sex Determination in Mammals – Developmental Biology. 6th edition.

多嚢胞性卵巣症候群の診断基準

「多嚢胞なんとか、と言われたことがあります」

このような訴えで婦人科受診をされる方が多くいらっしゃいます。そのような方の主訴として『生理不順』、いわば『月経周期異常』を気にして婦人科へおかかりになるのかと思います。前医での経腟超音波で『多嚢胞卵巣』を指摘されて上記の訴えになるかと思いますが、当院では「月経周期異常と多嚢胞卵巣では『多嚢胞性卵巣症候群』の診断基準に満たさない」と説明しています。

多嚢胞性卵巣症候群の診断基準は、

1. 月経周期異常

2. 多嚢胞卵巣またはAMH高値

3. アンドロゲン過剰症またはLH高値

以下1〜3の全てを満たす場合とされています。

多嚢胞性卵巣症候群は、生殖年齢女性の約10%に存在する頻度の高い症候群です。月経周期異常(ひいては不妊の可能性)、肥満・多毛・ニキビ、そして子宮体癌のリスクなど、様々な健康障害を呈することから的確な診断を行うことが重要です。

多嚢胞性卵巣症候群の病態は『視床下部・下垂体〜卵巣のホルモンバランスの乱れ』と表現するのが適切かと思います。

・若年女性によるホルモンバランスの未成熟

・生活習慣の乱れからホルモンバランスの乱れ

らから多嚢胞性卵巣症候群をきたす可能性があります。

あくまでも多嚢胞性卵巣症候群は視床下部や卵巣の機能不全ではない、ことをご理解いただければと思います。

3.の『アンドロゲン過剰症またはLH高値』は採血で調べることが可能です。

アンドロゲンはいわば男性ホルモンで、『テストステロン』が高値かを確認します。

LHに関しては採血時期も重要で、生理(消退出血)から10日目以降の採血が望ましいです。

執筆 院長

子宮頸がんワクチンのキャッチアップ接種が終了します。

こんにちは、副院長の石田です。

子宮頸がんワクチンは文字通り子宮頸がんを予防するワクチンです。正確には子宮頸がんの原因となるパピローマウイルスへの感染を防ぐことにより間接的に子宮頸がんが発生しないようにしています。2007年に人への接種を開始して以来、今では100カ国以上で定期接種となり、積極的に打ち続けた国では子宮頸がんの発生率が90%も低下しているようです。また、このワクチンは子宮頸がんだけでなく肛門がん、外陰がん(腟、陰茎など)、中咽頭がんや尖圭コンジローマという性病も予防してくれるため、男性にとっても有益なワクチンとなっています。我が家も先日中学生になった長男に接種を開始しました。

日本では社会的に副反応への懸念が高まった影響から永らく接種控えが起こっていましたが、2022年から積極勧奨が再開しました。それに伴い対象者であったにも関わらず接種機会を逃してしまった可能性がある平成9〜19年度生まれの女性にキャッチアップ接種として無料でのワクチン提供が行われていますが、この制度が2025年3月で終了します。ワクチンは3回打ち終わるのに半年かかるので、対象者は9月までに打ち始めないと接種に最大で7万5千円〜10万円程度の自己負担が発生してしまいます。もちろんキャッチアップ接種の期間が終わっても自費で打つことは可能ですが、ご希望の方はこの期間内に打ち終えられるよう早めのご予約をお勧めします。

最近では15〜39歳を指してAYA (Adolescent & Young Adult) 世代と呼びますが、この世代の女性がかかる悪性腫瘍で最も多いものの一つが子宮頸がんとされています。若くして大きな病気にかかるのはとても大変なことですが、一方で子宮頸がんは「予防」と「定期検診による早期発見」の両方が可能な珍しい疾患です。まだお済みでない方は、是非この機会に接種をご検討ください。

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断されたときに読む話

こんにちは、副院長の石田です。

生理不順や妊娠相談などで産婦人科を受診して多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という診断を受けたことのある患者さんは少なくありません。しかしPCOSは少し複雑な病気であり、患者さんたちも体に何が起きているのか、どう対処するべきなのかについての理解が曖昧なことも多いです。そこで本日は病院でPCOSと診断された時のことについて少し解説したいと思います。

PCOSとは

PCOSの原因は完全に解明されているわけではありませんが、ホルモンバランスの変化により卵巣に小さな水たまりである嚢胞をたくさん作ったり(以下画像参照)排卵が障害されることで生理不順・無月経や不妊になる病気です。また、男性ホルモンが増加することで毛深くなったりニキビができやすくなることもあります。

黒くて丸い嚢胞が卵巣内にたくさん見えています。 1)

「多嚢胞卵巣」と言われるとあたかもこの嚢胞が何か悪さをしているように感じてしまいますが、実はこの病気の本質は月経異常と不妊であり、治療に関してもこれらの症状の解決を目指すことになります。

PCOSの診断

PCOSは患者さんの病歴に加え、超音波検査や採血検査を用いて診断します。すごく大雑把に説明すると、生理不順で受診された方で上の写真のような卵巣が超音波で見られて、かつ採血でホルモン値の異常も確認された場合に「あなたはPCOSです」となるわけです。ただ、実際には厳密に診断基準を満たしていない状況でも診断を伝えられている現場がありそうな印象です。

PCOSの治療

治療の目的は適切な排卵周期を回復して妊娠ができる状態にすること、また無月経が続くことによる子宮体がんリスクの上昇を防ぐことにあります。医学的に肥満との関係が示唆されておりBMI(体重kg÷身長m÷身長m)が25以上の方に関しては適切な減量によって治ることがあります。また、状況によってピルなどの薬でホルモンバランスと生理周期を整えてみたり、積極的に妊娠を考えている場合は排卵誘発を行います。PCOSにかかると血糖値が上がりやすくなりますが、その際には糖尿病治療薬であるメトホルミンを併用することも検討されます。

まとめ

本日はPCOSについての一般的なお話でした。名前が漢字だらけでいかつい上にインターネットなどでみると不妊症とか子宮がんとか書いてあって怖くなってしまう人もいると思いますが、実はとても一般的な病気で治療も確立しているため心配しすぎる必要もありません。自分がPCOSかなと思ったら、まずは落ち着いて最寄りの産婦人科を受診してみましょう。

1) Saika Amren. EMJ Radiol. 2022