無痛カクテル

当院の無痛分娩体制において、昨年(2025年)冬から大きなアップデートがありました。

無痛分娩で使う痛みどめは局所麻酔薬です。局所麻酔薬は使えば使う程中毒を起こす可能性があるので、時間あたりどの位まで使用する、と量を定めています。鎮痛効果は痛みどめの量が要因として大きいのですが、安心安全なお産が当然ながら第一なので、無痛分娩は「痛みを取りつつ副作用を減らす」工夫が必要となります。

当院では母体安全の提言やJ-MELSの硬膜外鎮痛急変対応コースをふまえ、局所麻酔薬に少量の麻薬を添加する『無痛カクテル』を導入しました。

無痛カクテルとは医療麻薬、「フェンタニル」を添加した麻酔レシピのことです。現在最も一般的と考えられるレシピは

『局所麻酔薬の0.1%アナペインに医療麻薬のフェンタニル2μg/mLを追加したもの』になります。

医療麻薬を添加することで、局所麻酔薬単体より濃度を10分の1まで薄めることができます。局所麻酔薬の濃度を薄めることができると中毒発症の可能性を減らせたり、足の動きの制限が減るので血栓塞栓症や転倒のリスクも減らす事ができます。

また医療麻薬の添加により、お産間際の体性痛(児下降による主に骨の痛み)の鎮痛をより期待できるほか、無痛カクテルの導入例では局所麻酔薬単体例に比べ、当院では児の回旋異常率が圧倒的に減りました。また麻酔の片効ぎも減り、無痛分娩の質が上がっていると感じています。

医療麻薬に関して在庫の確保が昨年まで難しかったのですが、現在は安定確保が可能となりました。以前当院で無痛分娩を経験された方は、アップデートされた無痛分娩体制により、鎮痛効果をさらに感じることができるかもしれません。

執筆 院長

麻酔薬のマーカインは高比重と等比重がある

当院の帝王切開において、脊髄くも膜下麻酔はマーカイン®︎という局所麻酔薬を採用しています。

マーカイン®︎(ブピバカイン)

特徴:長時間作用型。血管内誤注入時の心毒性に注意

マーカイン®︎は濃度によって使用目的が異なります。

▪️0.125%, 0.25%:硬膜外麻酔(無痛分娩)

▪️0.5%(20mg[0.02g]/4mL):脊髄くも膜下麻酔(帝王切開での麻酔)

1%アナペイン®︎100mg(0.1g)/10mLを0.25%へ希釈するなら生理食塩水を30mL加える

0.5%マーカイン®︎は「等比重製剤」と「高比重製剤」に分けられます。

・等比重製剤:麻酔範囲の広がりが緩徐で、高比重製剤に比べて作用発現時間が遅く、作用持続時間が長い

・高比重製剤:麻酔範囲の広がりが比重に依存しているため手術台の傾斜によりある程度の麻酔範囲の調節が可能である。

等比重製剤に比べて作用発現時間が早く、作用持続時間が短い。

上記の特性から、当院の帝王切開での脊髄くも膜下麻酔は0.5%マーカイン®︎「高比重製剤」を採用しています。当院で帝王切開をご経験された方でベッドの傾きの一時調整をされた方もいらっしゃると思います。これは麻酔レベルの調整のためなのです。

執筆 院長

局所麻酔薬中毒

無痛分娩において、鎮痛のためにメインで使う薬は局所麻酔薬です。

全身麻酔で使う麻酔薬と異なり、痛みを含む感覚を局所的に遮断するので「局所麻酔薬」と呼ばれます。局所麻酔薬は

①表面麻酔(皮膚・粘膜の表面に投与)

②局所浸潤麻酔(皮下・粘膜下に注入)

③伝達麻酔(太い末梢神経幹の近くに注入)

④硬膜外麻酔

⑤脊髄くも膜下麻酔

に用いられます。例えば⑤は帝王切開の麻酔に用いられます。

局所麻酔薬中毒

ほぼどの薬も体に取り込まれると、薬の効能として血液の中に薬の濃度(血中濃度)が高まり、症状の緩和や除去に働きます。

一方で局所麻酔薬の血中濃度が過剰に高まると中毒症状が起こり、中枢神経と心臓に関わる症状が出現します。

中毒症状は耳鳴りや口のしびれ・鉄の味(味覚異常)、めまいから始まり、多弁で興奮状態、その後は全身痙攣を生じます。

さらに薬の血中濃度が上昇すると昏睡、呼吸停止、不整脈、ひいては心停止をきたします。

無痛分娩は主として硬膜外麻酔(④)を行います。局所麻酔薬を投与するためのカテーテル(管)は硬膜外腔に留置します。硬膜外腔はただの空間というわけでなく血管が存在します。

日本産科麻酔学会HP(https://www.jsoap.com)

局所麻酔薬がその血管内に入ってしまうと、中毒症状が急速に現れ、例えばいきなり痙攣をきたす事もあります。

無痛分娩における局所麻酔薬中毒のリスクを減らすために

Ⅰ. 硬膜外麻酔処置に血液が引けてこないか

カテーテルを挿入する時に血液がカテーテル内に見えてくるなら、硬膜外腔の血管内にカテーテルが入ってしまったと判断します。その時はそのカテーテルを外し、別の場所で再穿刺・カテーテルの挿入を行います。ただし、何ヶ所もその適性場所が背中にあるわけではないので、何度も血液が引けてしまう状態なら硬膜外麻酔処置は断念します。

Ⅱ. 局所麻酔薬投与前の再確認

局所麻酔薬中毒は、一度に大量投与すると起こる可能性があるので、無痛分娩では局所麻酔薬の「少量分割投与」と呼ばれる鎮痛法を行います。局所麻酔薬を投与する前に毎回、カテーテルから血液が引けない事を確認します。硬膜外処置が終わった後も体動にてカテーテルが血管内に迷入してしまう事があるからです。

Ⅲ. 局所麻酔薬投与後の症状確認

局所麻酔薬の「少量分割投与」後、先ほど述べた中毒症状がないかチェックします。

また今まで鎮痛できていたのに「急に痛みが出てきた」、「痛みが片方にある」場合はカテーテルが硬膜外腔の通常の留置位置から血管内に迷入してしまっている可能性があります。

Ⅳ. 起こった時の救命措置と中和剤の静脈内投与

局所麻酔薬中毒が起こった時は、各症状と状態に応じた急変対応を行います。また局所麻酔薬の中和剤として20%脂肪乳剤の「イントラリポス」があり、無痛分娩を行う施設では常に備えています。

そしてⅤ.(5つ目)として、無痛分娩をお受けるになる産婦さん自身がこのような副作用もありえる、と理解していただく事です。

にしじまクリニックでは引き続き、安全な無痛分娩を日々心がけ、手技や鎮痛法、副作用の対策をアップデートしてまいります。

執筆 院長

子宮収縮薬(陣痛促進剤)のあれこれ

こんにちは、副院長の石田です。

予定日超過などの何らかの医学的な理由や無痛分娩を含む社会的な理由で分娩誘発を行う妊婦さんは少なくありません。そんな時に使用するのが子宮収縮薬と言われるお薬です。このお薬にはいくつか種類があって、医師は病歴や診察所見をもとにその患者さんに最も望ましいと思われるものを選択して使用します。医師によって選び方に個性がありますが、大雑把な使い方は共通しているため我々からすると個々の患者さんの使用薬剤を見るだけで現在の状況がざっくりと把握できます。しかし患者さんからするとどんな理由で昨日と今日の子宮収縮薬が違うのかが分かりにくくて不安になるかもしれないので、本日はこれについて少し解説したいと思います。

プロスタグランジンとオキシトシン

子宮収縮薬にはおおまかにプロスタグランジンとオキシトシンという2種類の薬剤があります。いずれも分娩の進行に重要な役割を担うホルモンで、本来は体内で自然に分泌されて陣痛発来に寄与しますが、人工的に陣痛を起こしたい場合にはお薬として妊婦さんに投与します。細かい使い分けは長くなるので割愛しますが、プロスタグランジンは現在点滴で使用する注射薬、口から飲む経口薬、腟の中に入れて使用する坐薬の3種類が日本で使用できます。


ところで、分娩の三要素という言葉をご存知でしょうか?娩出力(陣痛の強さ)、産道(赤ちゃんの通り道)、娩出物(赤ちゃん)という3つの要素が噛み合って初めて分娩は成功するということで、要は陣痛が弱い、産道が通りにくい、赤ちゃんの大きさや向きが良くないなどどれか一つでも状況が許さないと赤ちゃんは生まれてきてくれないわけですが、プロスタグランジンはこの中で産道の状態を改善する力が大きいとされています。そのため「子宮の出口が固く閉じてて陣痛を起こしても出てこられなさそう」という患者さんにまず使うことが多いです。この製剤は永らく点滴薬と経口薬のみでしたが、最近になって世界に遅れて日本でも経腟坐薬が発売され使われ始めました。坐薬に関しては国内では新しい薬なのでなかなか使い方に迷う施設が多いと聞く一方で、院長と私はそれぞれ海外で似たような薬を使い慣れていたためか、気がつけば意図せず当院が県内で最も使用実績のある施設となっているようです。


オキシトシンは点滴薬で、陣痛(娩出力)を強くする効果がとにかく強いです。また、プロスタグランジンよりも使用に関しての制限が少なく使いやすいのも特徴です。その一方で子宮の出口を開きやすくする効果はあまり期待できないため、「既にある程度出口が開いていて、あとは赤ちゃんを押し出してあげるだけ」という状況で使うことが多いです。

まとめ

というわけで本日は分娩誘発に用いられる薬剤について解説しました。まとめると、分娩誘発の基本戦略は様々な方法で産道を通りやすくしてから最後にオキシトシンで陣痛を誘発してお産にするというのが一般的です。子宮の出口である頸管はBishop scoreという国際的に用いられる指標で6点以上なら熟化しているとみなされますが、薬剤の種類や剤型の選択は子宮頸管の状態だけでなく妊婦さんの年齢、週数、経産数、体型、基礎疾患の有無、そして赤ちゃんのサイズ等様々な要因を考慮した上で医師の経験や好みも織り交ぜて決定されます。子宮収縮薬に関しては各種メディアで定期的に危険性が訴えられることで何か悪役のような扱いを受けることがありますが、使用基準や方法は膨大に積み上がったエビデンスに裏打ちされたガイドラインで厳格に定められており、適切に使用される分には極めて安全な薬剤です。それどころかこれらの薬がなければ多くの母子の命が失われていたことに疑いの余地はありません。分娩誘発と言われるとなんだか怖くなってしまう人もいるかもしれませんが、主治医によく話を聞いた上で安心して臨んでいただければと思います。

当院の無痛分娩で計画分娩が望ましい理由

当院では硬膜外麻酔の無痛分娩を原則、計画分娩としてお願いしています。理由として以下となります。

痛みが強くなる前に硬膜外処置を行い、無痛分娩対応を行わないと一定の満足度が得られない可能性がある

陣痛発来後、さらに痛みが強くなった状態で硬膜外麻酔の処置を行い、局所麻酔薬を注入しても、ご自身が痛みをどの位軽減されたのか、わかりにくく、結局痛いまま分娩を終えてしまった、という経験になりかねません。また「痛い、痛い」と訴えられ、リクエストどおりに局所麻酔薬をどんどん注入してしまうと局所麻酔中毒の危険性も出てしまいます。

上記でも触れましたが、当院では硬膜外処置にて留置したカテーテルから『局所麻酔薬』を注入します。他院ではそれに加えて『麻薬』を投与することもあります。実際、麻薬も入れた方が鎮痛効果が高いのですが、呼吸抑制のリスクもあるのです。当院としては安全な鎮痛管理を行うため、麻薬の投与は行いません。ただしこの方針は一般的に言われている”無痛分娩”と何ら変わりはありません。

日中、院長か副院長がいれば局所麻酔量の調整ができる(分節麻酔)

先ほど申し上げたとおり安全な鎮痛管理を行うため、夜間や当直医による無痛分娩時は安全量の局所麻酔薬を時間どおり注入する形となります。これはある程度の鎮痛は得られるものの、分娩の進行によって児頭も下降するため、痛みの場所も変わってくるので痛みを再度感じてくるのも事実です。日中、私院長か副院長がいる時は慎重管理のもと、局所麻酔薬投与量を多くして鎮痛領域を広げる対策が可能なのです。

夜間の陣痛発来時、LDR 2部屋ですでに無痛分娩の対応の時は、安全のため硬膜外処置をお受けできないことがある

やはり日中の方がマンパワーが多く夜間に比べ柔軟な対応が行いやすいのです。当院での分娩提供環境(LDR 2室、手術室1室)からは夜間同時3例の無痛分娩対応は安全面から難しく、夜間は硬膜外処置をお受けできないことがあります。

よって上記から、当院では外来での内診所見から

経産婦さんは39週頃、

初産婦さんは40週頃の

計画分娩をお勧めすることが多いです。

当院では分娩件数の増加とともに、無痛分娩希望の方も多くなっています(他院と比べ、価格が1/2〜2/3の設定になっているのも要因でしょうか)。安心安全な分娩を提供するためこれらのご理解をいただきますようよろしくお願い申し上げます。

文責 院長