チームSTEPPSの実践

患者安全のため、私達スタッフのチームビルディングは欠かせません。WHO患者安全カリキュラムガイドにも引用されている『チームSTEPPS』をにしじまクリニックでは重要視し、各分野で導入しています。

https://nishijima-clinic.or.jp/blog/2019/09/17/patient-safety-day/

今回はチームSTEPPSについての基本原理とテクニカルタームをお話しします。

チームSTEPPSは4つのスキルが柱となってチームを運用します。

①コミュニケーション

情報が明確かつ正確にチームメンバー間でやりとりされる構造化されたプロセスを用います。

・Call out:緊急事態の時、全てのチームメンバーへ同時に伝えます。

チェックバック:発信者が意図した事が受信者に確実に理解しているかを確認します。

②リーダーシップ

チームの活動が理解され、情報の変化を共有し、チームメンバーが必要なリソースを有してリーダーシップを確立します。

情報と計画を共有するためのイベントは3つあります。

・ブリーフ(打ち合わせ)

ハドル(途中協議)

・デブリーフ(ふりかえり)

③状況モニター

状況の様々な要素に目を向けて評価を行うプロセスで、チーム機能を維持するために情報を再確認します。

医療状況の評価を支援するツールである『STEP』を用いてメンタルモデルの共有を行います。

Status:患者の状況

□病歴

□バイタルサイン

など

Team:チームメンバー

□業務量

□パフォーマンス

□疲労

など

Enviroment:環境

□施設の情報、設備

□人材

□的確なトリアージ

など

Progression (for goal):目標に向けての進捗

チームが担当する患者の状態と、それに向けた業務・活動は?

など

④相互支援

他のチームメンバーの責任と業務量を正しく認識し、お互いのニーズを予想して支援するスキルです。

業務支援

・フィードバック:適時、敬意を持って、思いやりを持って

・2回チャレンジルール:チームメンバーが重大な安全に関わる事象を見つけた場合は『業務を中断する』事ができるようにする

・CUS(Concerned, Uncomfortable, Safety issue)の表現

当院では毎朝、朝礼・ブリーフ後にチームビルディングを強化するため、様々な事例に対応するための取り組みを行なっています。明日からはこの『チームSTEPPS』の実践練習を行います。

レズビアンの女性と健康管理について

こんにちは、副院長の石田です。

10/31に総選挙がありましたが、今まで以上に夫婦別姓や性的マイノリティーなど多様性に関する公約が大きな争点の一つとなったことが印象的でした。そこで本日は、意外と誤解の多いレズビアンの方々の健康管理についてご紹介させていただこうと思います。

同性愛女性の健康リスク

同性愛者の女性は異性愛者と比べていくつかの点で健康リスクが高いことが知られています。具体的には肥満率や喫煙率の増加、精神疾患の罹患率やDVリスクの上昇が指摘されています 1)。これらは欧米のデータであり、日本人でどうなるかは今後の調査が待たれますが、こういった傾向は同性愛者に特徴的な医学的要因があるというよりは、性的マイノリティーに対する社会の偏見が当事者に対して慢性的なストレスとして作用することが一因と考えられており、ある意味で当事者の方々が本来負う必要のない健康リスクを背負ってしまっているという側面は注目されるべきだと思われます。

子宮頸がんのリスクも上昇する可能性

以前からこのブログでもお伝えしていますが、子宮頸がんはその大部分が性交渉によるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を起点として罹患します。そう聞くとあたかも陰茎の挿入が無ければリスクが低いと思われがちですが、実は粘膜の接触のみで十分感染するので女性の同性愛者であっても関係なくリスクは存在するんですね。それにも関わらず上記のような誤解が広まっているためレズビアンの女性では子宮頸がんワクチンの接種率が低いことが指摘されており、そのせいで子宮頸がんの罹患リスクが異性愛者と比べて高まることが懸念されています 2)3)4)。

ほかに気をつける感染症

HPV以外にも性病で言えばクラミジアやコンジローマなんかは普通に接触感染でうつります。というか、異性愛者のようにコンドームを使えないせいか感染率は上がってしまう可能性が示唆されています 1)。一方でHIV感染は極めて稀であるものの確認されていることには注意が必要です。要は陰茎の挿入や射精という特定の行為が無くてもセックスにまつわる様々なリスクはレズビアンの方々であっても意外に下がらないということなんですね。

まとめ

というわけで本日はレズビアンの女性と健康管理について少しご案内いたしました。私的に一番伝えたいのは、同性愛者の女性でも子宮頸がんワクチンや頸がん検診の恩恵は十分に期待できるのでお勧めですということです。
社会の在り方や意識が少しずつ変容してはいるものの、性的少数者に対する正確なヘルスケア情報を得るのが難しいという問題があります 5)。そうした状況が少しでも改善してみんなが元気でいられるように微力ながらこれからも発信していきたいと思います。

1) Daniel AK, et al. Am Fam Physician. 2017;95(5):314-321

2) Marina A, et al. Ann Intern Med. 2015 Jul 21;163(2):99-106

3) McRee AL, et al. Vaccine. 2014;32(37):4736-4742

4) Robinson K, et al. BJOG 2017;124:381-392

5) Daniel AK, et al. Am Fam Physician. 2017;95(5):314-321

海外の周産期事情を知る

先日、国境なき医師団の広報活動の一つとして、春日部共栄中学校の生徒さんに2015年と2018年に行ったナイジェリアミッションについてお話しさせてもらいました。

国境なき医師団は、非営利の医療・人道援助団体で医師とジャーナリストによって1971年にフランスで設立されました。今年で設立50周年を迎えます。また1999年にノーベル平和賞を受賞した医療組織でもあります。

主な活動は緊急医療援助のほか、証言活動も重要な活動でして、説明責任と透明性を遵守し独立性、中立性、公平性のある活動を行っています。

活動する地域の半数がアフリカを占め、私院長も2回のミッション・派遣がギニア湾に面したナイジェリアでした。

ではWHO・GHOによる統計から周産期事情を見てみましょう。

Infant mortality rate(乳児死亡率)に注目しましょう。1000出生あたり、日本は1.80に対し、

ナイジェリアは74.16と、もう桁が違いますよね。「ナイジェリアで分娩したら、あなたが生まれる子の致死率が74倍上がります。」と言われたらどう思いますか?

また、内外が混沌としているアフガニスタン。つい1ヶ月前に私のメンターである看護師(女性)がミッションを行ってきました。世界各国がタリバンを政府として承認するかどうかと言っている間にも、多くの家族と赤ちゃんの立場が危うくなっています。

コロナ禍で海外へ目を向けることが難しい中、今回の講演を聴いてくれた中学生の皆さんが少しでも「海外の周産期事情」を垣間見え、また感じてもらったのかな、と思います。

赤ちゃんの歯のケアについて

こんにちは、副院長の石田です。

皆さん、普段の歯磨きはきちんとされていますか?虫歯になると痛いし歯医者さんに通わないといけないしで何かと大変ですが、人生100年時代にあって歯の健康はQOL(生活の質)を維持するためにもとても大切です。ちなみに交通事故などの賠償請求額の判例からすると、社会的には歯1本辺り概ね100万円前後の価値と考えられているようでした。歯の数が大人で30本前後なので全部で3000万円と考えると改めて大事にしないとという気にもなるでしょうか?というわけで本日は大切な赤ちゃんの歯のケアについて書いていこうと思います。

虫歯についての基礎的なお話

虫歯は主に歯の表面に付着したミュータンス菌やソブリヌス菌などが食べ物に入っている糖分を酸に変えることで歯を溶かす感染症です。文部科学省の統計によると5歳までに虫歯が見つかった子供は治療後も含めると30%程度に確認されていますが、ある論文によると虫歯は気管支喘息より多い可能性があるともされており、とても他人事ではありません 1)2)。子供の場合は放っておくと痛みなどの症状や歯の喪失から摂食、会話、学習の障害に発展することがあると考えられており注意が必要です 3)。

虫歯のリスク因子

産婦人科のブログということで小さな赤ちゃんでのリスクを挙げると、夜間の授乳、お菓子や甘い飲み物の消費、シロップ薬の長期使用などがあります 4)5)6)7)。また、環境因子で言うと両親に虫歯がある、家庭内に喫煙者がいるなどは子供が虫歯になる確率を上げることで有名です 8)。逆にフッ素塗布を行うと虫歯になりにくくなることから強くお勧めされています 9)。

歯科受診はいつから?

個人差がありますが、歯は生後6〜9ヶ月頃から生え始めるので、日本では概ね1歳を過ぎた頃から歯科受診することがお勧めされます。その後の歯科検診の受診頻度は定まったものが見つからなかったのですが、米国小児科学会によると3歳までは半年おき、その後5歳までは1年おきに受診してフッ素塗布をすることが勧められていました 10)。日本の歯医者さんのホームページを見ると3ヶ月おきの検診をお勧めしているところも多いようです。いずれにしても小さいうちは特に虫歯になりやすいので頻回のチェックが必要なんでしょうね。

まとめ

というわけで簡単ではありますが、子供の歯のケアについて触れてみました。よくよく考えてみれば普通は産婦人科って生後1ヶ月くらいまでしか赤ちゃんのこと診ないのになんだか偉そうに専門外のことを語ってて急に恥ずかしくなってきましたが、せっかく調べて書いたので果敢に記事を公開したいと思います。いずれにしても子供達の歯は傷つきやすく繊細です。お子さんに歯が生え始める頃になったらお近くの小児歯科を調べて受診してみましょう。

1) 文部科学省:令和2年度学校保健統計調査速報:https://www.nichigakushi.or.jp/dentist/material/pdf/toukei_2020.pdf

2) Dye BA, et al. NCHS Data Brief. 2012;(96):1-8

3) Jackson SL, et al. Am J Public Health. 2011;101(10):1900-1906

4) Warren JJ, et al. Community Dent Oral Epidemiol. 2009;37(2):116.

5) Hallonsten AL, et al. Int J Paediatr Dent. 1995;5(3):149

6) Maguire A, et al. Caries Res. 1996;30(1):16

7) P Bahuguna, et al. Eur J Paediatr Dent. 2013 Mar;14(1):55-8

8) Aligne CA, et al. JAMA. 2003;289(10):1258

9) Clark MB, et al. Pediatrics. 2020;146(6)

10) American Academy of Pediatrics. Bright Futures Fourth Edition. Guidelines for Health Supervision of Infants, Children, and Adolescents.

全脊髄くも膜下麻酔が起こったら

無痛分娩の硬膜外麻酔において、万が一硬膜を貫通し、脊髄くも膜下腔にカテーテルが流入・迷入した場合、そのまま局所麻酔薬が入り続けると体の痛みに対する麻酔効果レベルが腰部から胸部へ上がります。この状態を放置してしまうと『全脊髄くも膜下麻酔』が起こり、いずれは呼吸停止に至ってしまいます。

にしじまクリニックでは事前の予防や対策から、今まで一度も全脊髄くも膜下麻酔が起こったことはありませんが、万が一に備え、当院医療従事者は気道確保や人工呼吸の練習を繰り返し行なっています。

(全・高位)脊髄くも膜下麻酔の初発症状は下肢の運動麻痺です。

テストドーズ(初回の局所麻酔試験注入)時に脚の動かしにくさを訴えたら、

またいきなり「陣痛が楽になった」の訴えがあれば、

脊髄くも膜下腔に局所麻酔が入っている可能性を疑います。

Th4(乳頭の高さ)以上の麻酔レベルでは呼吸抑制が起こります。

麻酔等により、呼吸状態の悪化または停止が疑われた場合

・気道確保を行います。

他スタッフへ情報を共有するとともにバイタルサインの確認を行います。

血圧低下なども予想し、救急カート類をすぐ使えるようにしておきます。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

・呼吸停止時にはただちに人工呼吸を行います。

気道確保をしつつマスクを口鼻に密着させるために、手の添え方はE-C法を行います。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

人工呼吸を行うには空気および酸素を送り込むバッグが必要となり、2 種の様式があります。

A.自己膨張式バッグ(バックバルブマスク)

ガス源(圧縮空気や酸素)を必要としません。

母体急変時の初期対応(メディカ出版)から

B.流量膨張式バッグ(ジャクソンリース)

患者の呼吸状態に応じた呼吸管理を行うことができます。手順としては

①酸素回路を接続する

②麻酔器の電源を入れる

③手動換気が行えるようガス回路のセレクトし、手動換気側へレバーを向ける。

④酸素投与開始

⑤APLの調整;

Adjustable Pressure Limitingの略で、バルブ調整を行うことで気道内圧をコントロールし、ひいては肺損傷を防ぎます。要は自発呼吸がある時は圧を少なくし、呼吸がない時は圧を高くして人工呼吸・換気を行います。

呼吸がない場合は1分間に10回の人工呼吸・換気を行います。

なお心肺停止の場合、『胸骨圧迫30回と人工呼吸2回』がセットとなります。

胸骨圧迫を行う場合は高濃度酸素が必要となってくるため、バックバルブマスクよりジャクソンリースを選択する方が望ましいと言えます。

参考文献;

無痛分娩プラクティスガイド(MEDICAL VIEW)

母体急変時の初期対応(メディカ出版)

J-CIMELSベーシックコースインストラクターマニュアル第2版(メディカ出版)