妊娠と交通事故

こんにちは、副院長の石田です。

先日長男の小学校の当番で下校の見送りをしてきました。子供達が無事帰ったのを見届けて自分も帰ろうとしたら、横断歩道で信号無視して突っ込んできた乗用車に跳ね飛ばされました。幸い軽傷で済みましたので、本日は妊婦さんと交通事故について書こうと思います。

交通事故の現状

日本では少なくともここ10年くらい、交通事故がどんどん減ってきています。警察庁の発表 1) によると平成30年度の交通事故発生件数は約43万件で、前年比にすると4万件以上減っており、さらには平成20年度と比較するとほぼ半減しています。死亡事故件数についても同様の傾向があり、発生件数は3,449件ですが、やはり平成20年度と比較すると68%です。最近高齢者による暴走運転が頻繁に話題になりましたが、全年齢層で死傷者数も減少しています。そういえば先日外傷外科の医師と話をした時に、昔と違って車がとても安全になったおかげで仕事が激減していると言っていました。ちなみに妊婦さんだけに焦点をあてた統計は無いので詳しい数は分かりませんが、ガイドライン 2) によると妊婦さんの事故死亡は年間10人程度、負傷者は年間7,817人、胎児死亡は年間800人という推計もあるそうです。

妊婦さんの安全のために

交通事故の数が減っているとはいえ、未だに毎年犠牲者が出て悲しい想いをされている方がいらっしゃいます。妊娠していると42%増しで交通事故にあいやすい 3) という研究もありますが、例え軽い事故であっても割と胎児死亡につながりやすいということも言われているので十分な注意が必要です 4) 。そうは言ってもどんなに注意していたって起こってしまうことがあるということで、せめて軽傷で済むようにと以下のシートベルトの装着方法が推奨されています 2) 。

1. 肩ベルトと腰ベルトの両方を装着する

2. 腰ベルトは子宮の真上を横断しないように腰骨の低い位置を通す

3. 肩ベルトも子宮を避けておっぱいの間から子宮の上側で通す

4. ベルトの緩みが無いようにピッタリとフィットさせる

5. 運転席の場合は子宮とハンドルの間に空間ができるようにシートを調整する

まとめ

特に地方であるほど車は生活にとって欠かせません。「いつまで車に乗っていいですか?」という質問もよく患者さんから受けますが、明確な制限は無いもののやはりお腹が大きくなってくるほど自分のボディーイメージと実際の姿が乖離してくるため事故にあいやすくなる恐れがあります。人生はリスクに溢れており、交通事故の可能性も0にすることは不可能ですが、できるだけ安全に配慮して快適なカーライフをお過ごしください。

1) 警察庁 平成30年中の交通事故の発生状況; https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000031800894&fileKind=2

2) 産婦人科診療ガイドライン 産科編2017

3) Redelmeier DA, et al. CMAJ 2014; 186: 742-750

4) Neil JM, et al. Am Fam Physician 2014 Nov 15; 90(10): 717-724

妊娠分娩に関わる言葉の定義

本日のブログは私院長が妊娠分娩に関わる言葉の定義を一部ご紹介します。

産婦

産婦とは「分娩期にある女性」のことをいいます。

また、

妊婦とは「妊娠期にある、いわゆる妊娠中の女性」を、

褥婦とは「分娩後、分娩後の影響がまだ認められる女性」のことをいいます。

『妊産婦』とは母子保健法の第六条(用語の定義)に「妊娠中又は出産後一年以内の女子」と定義されています。

褥婦としての産褥期間が産婦人科学では通常6〜8週間ととらえる1)のに対し、母子保健法では産後1年までなんですね。メディアの方々はニュースなどで情報を発信される際に是非とも知っていただきたい定義です。

また、

初産婦とは「妊娠22週以降の分娩を初めて経験する産婦」、

経産婦とは「既に妊娠22週以降の分娩を経験したことのある産婦」

をいいます。

5回以上分娩したことがある方は「多産婦」とよばれます。

妊娠22週という区切りは現在のところ、出産して児の治療が可能な最小週数を示しており、以下定義に続く「周産期」や、人工妊娠中絶の適応でも関連します。

周産期(Perinatal period)

WHOによる医学分類リストであるICD-10では「妊娠22週に始まり出生後7日未満で終わる」と定義され、日本でもこれを採用しています。

妊娠、分娩回数の数え方

1)妊娠回数の数え方

現妊娠を妊娠回数に加えます。

例えば、1度お産を経験された経産婦さんが新たに妊娠しました。この場合「2妊1産」または「G2P1」と表現されます。

Gは”Gravida”または”Gravidity”、

Pは”Para”または”Parity”の略です。

2)分娩回数の数え方

妊娠22週に達した後に娩出したものを分娩回数に算入します。

3)多胎における妊娠、分娩回数の数え方

多胎は双胎(双子)であれ品胎(三つ子)であれ、妊娠回数は1、分娩回数も1とします。

例えば、1度お産を経験されたのが双胎妊娠で、その経産婦さんが新たに妊娠したとします。この場合も「2妊1産」または「G2P1」となるのです。

参考文献

1) 産科婦人科用語集・用語解説集 改定第4版

流産や中絶時の手術方法

こんにちは、副院長の石田です。

皆さんもご存知の通り、妊娠はいつでもうまくいくわけではありません。病院での診察で妊娠が確認されてもその15%は自然流産になるため、世の中の実に38%の女性が一度は流産を経験しています 1)。また、妊娠自体は順調だとしても様々な理由で諦めなければいけないこともあります。日本の中絶件数は平成29年では164,621件でしたが、これは生殖可能年齢(15〜49歳)の女性のうち約1000人に6人という実施率になります 2)。いずれにしてもご希望に応じて妊娠を終了させる手術を行うことになりますが、インターネットで調べてみても病院によってやり方は様々で、専門家でないとなかなか分かりにくいかもしれません。そこで本日は流産・中絶手術について解説したいと思います。

手術方法

日本で行われている術式はほとんどの場合2種類で、一つは掻爬(そうは)法(Dilation & Curettage: D&C)で、もう一つは吸引法(Manual Vacuum Aspiration: MVA)です。D&Cでは金属の器械を腟から子宮内に挿入し、胎児成分を掴んで引っ張り出した後に、同じく金属のスプーンみたいな器械を使って残った膜なんかを掻き出します。一方MVAではプラスチック製の大きな注射器に専用のチューブを接続し、子宮内にそれを入れて吸い出す感じになります。どちらを選択されるかは施設によって様々なのですが、最近はMVAが主流になっており、当院でもこちらを採用しています。これは何故かというと、MVAの方がD&Cと比べて手術時間がより短く、出血も少なく、入院期間が短縮される傾向があるというデータが揃っているためです。研究によっては痛みもMVAの方が少ないとしているものもありますが、実際に私自身も両方の手術を行ってきた経験から言うとMVAの方が患者さんは楽そうだなという印象があります 3)4)5)。ちなみに術式による手術後の合併症やその後の妊娠しやすさについては意見が分かれるところでしたが、現在では概ね差はないだろうというところで落ち着いているみたいです。

術前処置

手術前に頸管拡張と言って、スポンジの棒などを子宮の出口に詰めて道具が通りやすいように拡げる処置をすることがあります。事前に処置をしておくことで手術器具が子宮内にスムーズに入るようにしているんですね。こちらは施設によって行うかどうかの差がありますが、最近では「やってダメなわけじゃないけどやらなくても大丈夫そう」という受けとめになっているようです 6)。

まとめ

というわけで、選べるのであればMVAを選択している施設の方がお勧めです。日本ではまだD&Cを採用している病院が多いためかガイドラインでも術式の推奨までは踏み込んでいませんが、欧米を含む先進諸国ではD&Cが行われていることはむしろ珍しいです。事実WHO(世界保健機関), FIGO(国際産婦人科連合)、ACOG(米国産科婦人科学会)は流産・中絶手術はMVAで行われるべきとしており、今後は日本でもそちらへシフトしていくのかなと思います 7)8)9)。ただ、その一方で術式で大きく安全性が違うわけではなさそうなので、まずは家からの近さや相談しやすさなどご本人が安心して手術を受けられる病院で決めていただくのが良いのかもしれません。もし当院でのご希望があれば、お気軽に受診予約をお取りください。

1) 産婦人科診療ガイドライン 産科編2020 CQ202

2) 厚生労働省 平成29年度衛生行政報告例の概況:https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei_houkoku/17/dl/gaikyo.pdf

3) Nkwabong E, et al. Int J Reprod Contracept Obstet Gynecol. 2015 Jun;4(3):716-720

4) Jayashree V, et al. International Journal of Clinical Obstetrics and Gynaecology 2018;2(5):14-18

5) Tuncalp O, et al. Cochrane Database Syst Rev 2010; CD001993

6) Allen RH, et al. Contraception. 2016 Apr;93(4):277-291

7) World Health Organization. Department of Reproductive Health and Reserchn, Safe abortion: technical and policy guidance for health systems Second edition. 2012

8) FIGO. Consensus Statement on Uterine Evacuation. 2011

9) ACOG. Obstet Gynecol 2015;125:1258-1267

赤ちゃんの進み方③、骨盤の形を知る

赤ちゃんの進み方第3段、ひとまずの完結編として、今回は『骨盤の形』にフォーカスしたいと思います。

図 骨盤の形〔産婦人科の必修知識 から〕

骨盤の形もいろいろありまして、お産に関して骨盤の正面・入口面を大まかに4つの形に分けて産科医は骨盤のレントゲンを確認しています。

a.女性型:名前のとおり、一番理想な形です。前後と横の径がほぼ一緒なので、赤ちゃんの頭(児頭)がどんな進入でもお産が進んでいきます。

b.細長型:横の径より前後の径が長く、特に第1回旋の時に赤ちゃんの頭が反屈する回旋異常が起こりやすいです。ただし前後径は長いので、第2回旋は起こりつつ児頭の下降は進んでいきます。

d.男性型:横の径が長いタイプです。第1回旋はすんなりいくのですが、そのまま児頭が下降して第2回旋が行われない『低在横定位』と呼ばれる状態が起きやすいです。回旋の補助をし吸引もしくは鉗子分娩を行えば経膣分娩可能なことが多いです。

c.扁平型:これが一番やっかいな骨盤です。見た目も4タイプ中一番狭そうなのがお分かりいただけるでしょうか?骨盤内が狭いので、赤ちゃんの頭の骨同士が重なりあって下に降りようとしていきます。分娩時の障害も起こりやすいです。

初めてお産にのぞむ方は、骨盤の形を知ることが実際のお産に役立つ情報の一つとなります。

初産に加え他の因子として、身長が145cm未満の方や体重が増えすぎている方は、誘発分娩が必要な時までに骨盤撮影を行ってこの先の加療がreasonableか、骨盤評価を行うことは産科医にとって一つのツールであるべきだと私院長は考えます。

ワクチンの開発はとても大変だし時間もかかる

こんにちは、副院長の石田です。

年初以来ずっと話題の中心に居座っているコロナウイルスに対して世界中が一刻も早いワクチンの開発を心待ちにしていますが、その期待に応えようと9月10日時点で38のワクチン候補が人間での臨床試験(いわゆる治験)に入っているほか、少なくとも93のワクチン候補が動物実験されているそうです 1)。そんな中、アストラゼネカが開発しているワクチンの臨床試験中、被験者に深刻な副作用が発生したとして世界中で治験が中断されました 2)。被験者の方の健康状態が心配されるとともに、ワクチンまでの道のりが一筋縄ではいかないことを改めて感じたニュースでした。というわけで本日はワクチンの開発ってそもそもどんな感じなのかをお話ししようと思います。

ワクチン開発の流れ

ワクチンには大きく分けて安全性、免疫原性(免疫を作る力)、そして実際に作った免疫が人間を守れるという3つの性能が要求されますが、そういった有効なワクチンを作成するには以下のようなプロセスを経る必要があります 3)。

1. 探索段階(Exploratory stage)
ワクチン候補となる物質を決める段階です。通常は弱らせた病原菌そのものやウイルスの断片、細菌が放出する毒素などが原料になります。
2. 臨床前段階(Pre-Clinical stage)
培養した細胞や動物を使った実験を行います。この結果を用いて人間での実験の際の投与量などが暫定的に決まります。
3. 臨床試験(Clinical development)
実際に人間に投与してみる段階です。その目的と規模により第1相〜第3相までに分けられます。
4. 承認(Regulatory review and approval)
これまでの実験結果を然るべき機関で審議し、世の中に出して良いかどうかを決定します。
5. 製造(Manufacturing)
承認を受けた製品を製薬会社が製造します。
6. 品質管理(Quality control)
発売後も投与された患者さんのデータは収集され続け、もし有害事象があったり、副作用が無くても効果も無いなど問題があれば適宜承認を見直されたりします。

上記の通り、実際に人間での投与が始まるのは臨床試験からになりますが、このパートは次のように、さらに3段階に分けられています 4)。

第1相:通常100人に満たないくらいの小さな規模の試験で、健康な志願者に投与されます。ここでの主目的は効果の評価というよりも安全性の確認です。重篤な副作用が出ないか、安全な投与量はどの程度かが確認されます。
第2相:続いて数百人規模の試験が行われます。この相でも引き続き安全性が確認されるとともに人体の免疫機能が投与後にどのように反応するかが確認されます。
第3相:ここまで来ると数千人以上の大規模臨床試験となり、ワクチンの安全性はもちろんのこと、接種した人としていない人を偽薬を使用しながら比較してワクチンが本当に有効なのかを確かめます。

ワクチン開発にかかる時間

さて、上記のように様々な課題をクリアしてやっと実用化されるのがワクチンなのですが、これら一連の作業にはどのくらいの期間が必要だと思いますか?実は最初の探索期間だけでも通常数年はかかると言われています。加えてその後の基礎研究、臨床試験を経て慎重な審議を重ねた上で製品化されるので、結局開発期間に何十年とかかることはザラにあるんですね。実際病気が発見されてからワクチンができるまでの期間で言うと、麻疹こそ10年程度ですが子宮頸がんワクチン(パピローマウイルス)は25年、髄膜炎菌やチフスなんかだと100年近くを要しています。HIV(1983年〜)やマラリア(1880年〜)のワクチンは世界中で研究されているにも関わらず未だに存在していませんし、COVID-19と同じコロナウイルスが起こすSARSに至っては開発自体が断念されました 5)。実は治療用の薬品も上記と同様のプロセスで製品化されていくのですが、ワクチンの承認がより厳しいのは「病気の人に使うのか、健康な人に使うのか」という違いが大きいです。治療薬なら1万人に1人重篤な副作用が出るとしても残りの難病の人が治るのであれば認可されるかもしれませんが、ワクチンだとそうはいきませんよね。もともと健康な人が病気にならないために投与するのでその分安全基準が厳しいわけです。現在報道されているような「1年半で新型コロナのワクチンを開発する!」というのは実現したら素晴らしいことだけど、それを真に受けて期待し過ぎていると大きく裏切られることになる可能性があります。

そんなだからこそワクチン接種をお勧めしたい。

別に皆さんをがっかりさせたいわけではありませんが、ワクチン開発は各種報道で出ているほど簡単な話ではないんですね。では、先の見えないワクチン開発が進む中で我々が今やっておくべきことは何でしょうか?これは色々とご意見があると思うんですけど、私としては是非皆さんに現存している安全性の確立したワクチンを接種していただきたいと考えています。と言うのも、実はコロナに限らず世の中にはこれまでも怖い感染症はたくさんありました。9月12日現在で新型コロナウイルスによる死亡者数は1423人ですが、年間10000人が診断されて3000人が亡くなっている子宮頸がんや、毎年高齢者を中心に約10万人もの命を奪っている肺炎の一番の原因である肺炎球菌はワクチンで予防が可能です。新型コロナは基本再生産数(R0)=1〜2で連日報道されていましたが、麻疹(はしか)はR0=12~18だし子供を含めて結構命に関わります 6)。大人になって風疹抗体が低下してしまった人たちがもっと積極的にワクチンを接種してくれれば風疹の周期的な流行は起こらずに赤ちゃんの眼や耳、心臓の障害の発生を防げるかもしれません。その他にもインフルエンザや帯状疱疹など大人になっても受けるべきワクチンはたくさんあります。感染症の脅威を世界が認識した今だからこそ、我々が現在持っているワクチンという盾の価値を再認識し、打てるワクチンを積極的に接種する良い機会ではないでしょうか?それに、社会全体でのワクチン接種率が上がれば接種した本人の防御になるだけで無く、抗体が付きにくい人たちのことを守ることもできるんです。

まとめ

当院では子宮頸がんワクチンはもちろん、抗体が低い女性やそのパートナーの方への麻疹・風疹ワクチン、かかりつけ妊婦さんのインフルエンザワクチン(季節限定)などをご用意しています。自分と周りの大切な人を守るために、是非接種をご検討ください。

1) The New York Times. Coronavirus Vaccine Tracker: https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html

2) NHK: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200909/k10012608481000.html

3) CDC. Vaccines & Immunizations: https://www.cdc.gov/vaccines/basics/test-approve.html

4) K Singh, et al. J Postgrad Med. 2016 Jan-Mar;62(1):4-11

5) Our World in Data: https://ourworldindata.org/vaccination

6) Fiona MG et al. Lancet Infect Dis. 2017 Dec;17(12):e420-e428