カンガルーケア

こんにちは、副院長の石田です。

生後すぐに赤ちゃんを肌と肌で抱っこするカンガルーケア。どこの分娩施設でも母親学級などでご案内があり、マタニティー雑誌などでも頻繁に特集が組まれたりと知らないお母さんはいないくらい有名な単語ですが、その一方で稀にですが赤ちゃんが突然死したりと悲しいニュースを見ることもあります。今日はそんなカンガルーケアについて少しお話ししたいと思います。

そもそもカンガルーケアって何なのか?

Skin-to-skin contactとも呼ばれ、裸の赤ちゃんを同じくはだけさせたお母さんの(別にお父さんでもいいんだけど)胸の上に乗せて早期に親子の接触を図る技術になりますが、元々は医療行為がカンガルーケアの意味合いでした。

1976年にスウェーデンで早期接触として初めて紹介された1)という話がありますが、実際に臨床現場で医療として提供されたのは1978年のコロンビアでした。首都ボゴタの新生児集中治療室に勤務していたDr. Reyという教授が、当時の経済危機を背景に人的、設備的な不足の中、非常に高かった未熟児の死亡率を改善したいと考えて導入したのがカンガルーケアだったのです2)。

一般的に未熟児は体温調節機能が脆弱なため簡単に低体温になってしまい、それがもとで様々な合併症で命を落とすことが問題となっていました。しかし、カンガルーケアによって直にお母さんの体温で温めることにより低体温症を劇的に減らすことができたほか、それに伴って感染症や気道合併症をはじめとした数々の疾患に対する罹患率が減少していきました。また、その体勢から授乳が容易であり赤ちゃんの栄養状態も改善し、同時にお母さんの満足度や子育てに対する自信の向上にも繋がっていったため徐々に世界中に広まっていきました。要するに、カンガルーケアは最初は人材や設備の整わない途上国での未熟児に向けた医療行為だったんですね。その後も世界中でカンガルーケアの有効性を報告する研究が相次ぎ、2016年にはCochrane reviewでそれらの研究がまとめられ、医学的な効果が改めて立証されることとなりました3)。

日本でのカンガルーケア

現代日本の分娩施設は人的、物質的設備が整っている医療施設がほとんどですので、赤ちゃんが低体温症で亡くなることはほとんどありません。特に正期産で問題なく産まれてきた赤ちゃんにとってカンガルーケアに医学的な意味はあまりありませんが、親子関係の強化、確立を目的として全国的に広がっています。(ただし、母乳率の向上、母乳期間延長に対する有効性、母親の愛着行動スコアの上昇などは報告されています4)。) そのため日本でのカンガルーケアは赤ちゃんの安全が最優先事項であり、絶対に行わなければいけないものではありません。ちなみに少し古いですが、2010年に結果が発表された調査によると全国205施設のカンガルーケア中の事故による重症例受け入れで16例が新生児集中治療室に入院、うち9例が死亡を含め重篤な後遺症を残したということでした5)。全体からするととても低い割合ではありますが、そういった悲しいことが起こらないように、これらの結果を受けて各施設では赤ちゃんにモニターを着ける、必ず医療者が付き添うなどの対応が取られています。

カンガルーケアはするべきか

愛着形成を重要視する医療施設やママ友からカンガルーケアを強く勧められて、何となくやらなきゃいけないものとプレッシャーを感じているお母さんも少なくありません。しかし、カンガルーケアの本質的には(少なくとも日本で特に問題なく産まれてきた)赤ちゃんにとっては必須ではないし、これをやらないと親子になれないとか絆が弱くなるわけでもありません。

その一方でカンガルーケア自体は先進国でもメリットの大きい技術です。初めて赤ちゃんと対面して実際に肌を合わせて抱っこするという行為は女性にとっても、それを見守る男性にとっても親としての自覚を強く芽生えさせるし、何よりとても良い思い出になります。

当院ではご希望のあるお母さんには安全に配慮しながらカンガルーケアを提供しています。「どんな感じかまずは話を聞いてみたい!」といった軽い感じで全く問題ありませんのでご興味のある方は是非スタッフまでお声かけください。

1) De Chateau P. Birth and Family Journal 1976; 3: 149-55

2) Rey SE, et al. Proceedings of the Conference 1 Curso de Medicina Fetal y Neonatal. 1981; Bogota Colombia: Fundacion Vivar, 1983. (Spanish)

3) Conde-Agudelo, A; Diaz-Rossello, JL (23 Aug 2016). The Cochrane Database of Systematic Reviews (8): CD002771

4) Elizabeth R Moore, et al. (18 Jul 2007). Cochrane Systematic Review: CD003519

5) 渡部晋一、分娩室における出生直後のSTS(カンガルーケア)の安全性について ー全国のNICUへのアンケートをふまえてー 倉敷中央病院 第28回周産期新生児医学会周産期学シンポジウム 京都 2010