更年期障害かもしれないから血液検査しようと思ったときの話

こんにちは、副院長の石田です。

日本の人口ピラミッドからも分かるように、年々更年期世代の女性は増加しており、それに伴ってテレビや雑誌、インターネット上でも更年期に関する情報を目にしない日はないほどです。そうした影響もあってか、「更年期かもしれないのでホルモンバランスを採血で調べてほしい」と受診される方が少なくありません。そこで本日は、更年期障害の診断について解説していきたいと思います。

血液検査で確認できる更年期の指標

医学的に「更年期」とは、閉経を挟んで前後およそ5年間(計10年間)の時期を指します。この時期には卵巣が徐々にその役割を終えていく過程で、女性ホルモンであるエストロゲン(E2)が低下し、その一方で卵胞刺激ホルモン(FSH)は上昇していきます。そのため血液検査ではこの2つのホルモンを測定することが多く、施設や医師によって基準値はやや異なるものの、一般的にはE2が20を下回ると低値、FSHが30を超えると高値と判断されることが多い印象です。

検査する前に知っておくべきこと

さて、有用に見えるこれらの数値ですが、更年期におけるホルモン検査にはいくつか知っておくべき注意点があります。まず大前提として、ホルモン検査だけで更年期障害を診断することはできません。更年期障害は、ホットフラッシュや発汗といった血管運動症状や、イライラ・気分の落ち込みなどの精神症状などで知られていますが、同じような症状は甲状腺の病気やうつ病、心不全、重度の貧血などでも起こり得ます。そのため、更年期障害を疑った場合には、こうした他の病気ではないことを診察や検査で確認したうえで更年期としての治療を行い、症状が改善するかどうかを見て診断につなげていきます(逆にとりあえず更年期の治療を始めてみて、改善しない場合に別の病気を疑うこともあります)。また、閉経が近づけばホルモン値は前述のように変化していきますが、更年期症状が出るかどうか、そしてその重症度には大きな個人差があります。さらに言ってしまうと、ホルモン値は計測時期によって大きく変動することがあったり、更年期的な変化をする前に症状が先んじて出ることもあるのです。したがって、血液検査の結果だけで診断や治療が決まるわけではありません。

まとめ

このように言われると「検査する意味なくない!?」となりそうですが、実際特に40代後半の女性においてこれらの女性ホルモンの計測は、更年期の診断として有用ではないとされています 1)。ただ、40代前半以前の閉経にはやや若い女性など、なんらかの理由で補助診断的に計測することも多くあるため全く不要というわけでもありません。ご自身で更年期を疑われた場合、ついつい「採血して調べてもらわなきゃ」となってしまう方も少なくありませんが、まずは最寄りの産婦人科でご自身に何が必要なのかを主治医とご相談いただければと思います。

参考文献
1) 日本産科婦人科学会 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2023 CQ407

局所麻酔薬中毒

無痛分娩において、鎮痛のためにメインで使う薬は局所麻酔薬です。

全身麻酔で使う麻酔薬と異なり、痛みを含む感覚を局所的に遮断するので「局所麻酔薬」と呼ばれます。局所麻酔薬は

①表面麻酔(皮膚・粘膜の表面に投与)

②局所浸潤麻酔(皮下・粘膜下に注入)

③伝達麻酔(太い末梢神経幹の近くに注入)

④硬膜外麻酔

⑤脊髄くも膜下麻酔

に用いられます。例えば⑤は帝王切開の麻酔に用いられます。

局所麻酔薬中毒

ほぼどの薬も体に取り込まれると、薬の効能として血液の中に薬の濃度(血中濃度)が高まり、症状の緩和や除去に働きます。

一方で局所麻酔薬の血中濃度が過剰に高まると中毒症状が起こり、中枢神経と心臓に関わる症状が出現します。

中毒症状は耳鳴りや口のしびれ・鉄の味(味覚異常)、めまいから始まり、多弁で興奮状態、その後は全身痙攣を生じます。

さらに薬の血中濃度が上昇すると昏睡、呼吸停止、不整脈、ひいては心停止をきたします。

無痛分娩は主として硬膜外麻酔(④)を行います。局所麻酔薬を投与するためのカテーテル(管)は硬膜外腔に留置します。硬膜外腔はただの空間というわけでなく血管が存在します。

日本産科麻酔学会HP(https://www.jsoap.com)

局所麻酔薬がその血管内に入ってしまうと、中毒症状が急速に現れ、例えばいきなり痙攣をきたす事もあります。

無痛分娩における局所麻酔薬中毒のリスクを減らすために

Ⅰ. 硬膜外麻酔処置に血液が引けてこないか

カテーテルを挿入する時に血液がカテーテル内に見えてくるなら、硬膜外腔の血管内にカテーテルが入ってしまったと判断します。その時はそのカテーテルを外し、別の場所で再穿刺・カテーテルの挿入を行います。ただし、何ヶ所もその適性場所が背中にあるわけではないので、何度も血液が引けてしまう状態なら硬膜外麻酔処置は断念します。

Ⅱ. 局所麻酔薬投与前の再確認

局所麻酔薬中毒は、一度に大量投与すると起こる可能性があるので、無痛分娩では局所麻酔薬の「少量分割投与」と呼ばれる鎮痛法を行います。局所麻酔薬を投与する前に毎回、カテーテルから血液が引けない事を確認します。硬膜外処置が終わった後も体動にてカテーテルが血管内に迷入してしまう事があるからです。

Ⅲ. 局所麻酔薬投与後の症状確認

局所麻酔薬の「少量分割投与」後、先ほど述べた中毒症状がないかチェックします。

また今まで鎮痛できていたのに「急に痛みが出てきた」、「痛みが片方にある」場合はカテーテルが硬膜外腔の通常の留置位置から血管内に迷入してしまっている可能性があります。

Ⅳ. 起こった時の救命措置と中和剤の静脈内投与

局所麻酔薬中毒が起こった時は、各症状と状態に応じた急変対応を行います。また局所麻酔薬の中和剤として20%脂肪乳剤の「イントラリポス」があり、無痛分娩を行う施設では常に備えています。

そしてⅤ.(5つ目)として、無痛分娩をお受けるになる産婦さん自身がこのような副作用もありえる、と理解していただく事です。

にしじまクリニックでは引き続き、安全な無痛分娩を日々心がけ、手技や鎮痛法、副作用の対策をアップデートしてまいります。

執筆 院長

妊娠を職場に伝えるのはいつ頃が良いのか

こんにちは、副院長の石田です。

外来で妊婦さんからよくいただく質問のひとつに「妊娠したことを職場にはいつ頃伝えればよいのでしょうか?」というものがあります。実際のところ職場への報告時期に明確な決まりはなく、最終的にはご本人の判断に委ねられます。ただし、妊娠中の体調変化や働き方との兼ね合いを考えると、どのタイミングで伝えるのが望ましいかを検討するのはとても大事なことですよね。そこで今回は、その考え方のヒントとなる視点をいくつかご紹介したいと思います。

そもそもみんなどうしてるの?

では、実際に多くの人はどのタイミングで職場に報告しているのでしょうか?ネット上の調査やアンケートを見てみると、おおむね妊娠8週前後で伝えるケースが多いようです。この時期は妊婦健診で胎児の心拍が確認され、役所に母子手帳をもらいに行くタイミングとも重なります。ただし、すべての人が「自分の意思で」報告時期を選んでいるわけではなく、つわりによる体調不良などからやむを得ず早めに伝えざるを得なかったという事情の方も少なくないようです 1)2)3)。

引用した統計を考えるときの注意点

ただし、こうした統計データを見る際には注意が必要です。ご紹介したサイトのデータをよく見てみると、「妊娠4週までに報告した」という回答が含まれているものがあります。しかし妊娠週数は最終月経の初日から数えるため、妊娠2週まではまだ受精そのものが成立していません。また妊娠3週では妊娠反応を確認することも難しく、妊娠4週の段階では超音波で胎嚢がはっきり映らないため、正常妊娠と診断されにくいのが現実です。したがって、実際には妊娠5週以降でなければ周囲に妊娠を伝えること自体が難しいと考えられるため、これらの調査結果の集計や解析方法には多少の不正確さが含まれている可能性がある点に注意が必要です。

まとめ

「安定期に入ってから報告します」という人が多そうな印象がありましたが、意外と皆さん早めの時期から伝えられているようですね。もちろんいつ伝えるかは妊婦さんそれぞれの自由で正解はありません。ただ、妊娠初期はつわりや出血、腹痛など状態が変わりやすい時期でもあり、急に仕事を休んだり病院への受診が必要になることもあります。そのため直の上司や近い家族にはいざという時にすぐ助けてもらえるよう、少し早めに伝えておくほうが親切かもしれませんね。いずれにしても無理のないように、自分の体調を含めて状況に合った時期と伝え方でご報告するようにしてください。

参考文献
1) https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20150223.pdf?utm_source=chatgpt.com
2) https://zexybaby.zexy.net/article/contents/0156/?utm_source=chatgpt.com
3) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000111846.html?utm_source=chatgpt.com

産科医による麻酔と麻酔科医任せの産科医

先日、日本母体救命システム普及協議会(J-MELS)の硬膜外鎮痛急変対応コースを受講してきました。

にしじまクリニックのHPをご覧になっていただければと思いますが、私院長と石田副院長は医師資格のみならず、多くのサブスペシャリティー(専門)資格を有しています。

私が院長となってからスタッフに一つお願いしているのは、『患者さんの安全な医療やサービスを提供するために自己研鑽を積んでもらう』事です。エクスペリエンスだけでなく、エビデンスをベースとした医療やサービスを提供する事を掲げている当院では、当院での診療やサービスに有益な学会や団体の専門資格を取得する努力を、多くのスタッフが行なっています。

さて、先日受講した硬膜外鎮痛急変対応コースについてのお話です。にしじまクリニックは担当医師が分娩と麻酔の両方の管理を担います。これは無痛分娩だけでなく、帝王切開分娩についてもです。この診療方針で最大のメリットは

柔軟かつ迅速な対応がとれる」事です。

例えば、ある産院で無痛分娩は麻酔科医が担当しているとしましょう。

そうすると事実上一つのお産に対して分業(分娩と麻酔)となります。その産院の産科医は、無痛分娩の知識は自身で麻酔を担当する施設より長けてはいないでしょうし、それらの知識の提供や経過は麻酔科医任せになってしまう可能性があります。

無痛分娩では胎児の回旋異常が起こりやすくなります。その原因が硬膜外麻酔による産道の弛緩作用によるものか、または微弱陣痛のためか、分娩担当の産科医は評価と対応をしなければなりません。

一方、当院のように産科医師が分娩と麻酔の両方を担当していれば、

分娩進行も麻酔も同時に評価を行い、先を見越した対応を行える可能性があります。

ご希望された無痛分娩自体にフォーカスする事も大事ですが、何より『安心安全なお産』が最大のゴールです。例えば緊急帝王切開行う場合、産科医が麻酔も担当するなら準備と実施が迅速であるのは容易に想像がつくと思います。

しかしながら、産科医が麻酔を担当するならば、産婦の急変について対応をしっかり取らなければなりません。先日受講した硬膜外鎮痛急変対応コースのみならず、当院の無痛分娩管理マニュアルのアップデートやスタッフの勉強会を通じて、より安心安全な無痛分娩体制を構築していきます。

執筆 院長

次の妊娠までどのくらい空けたらよいですか?

こんにちは、副院長の石田です。

お産を終えた患者さんから外来でよくいただく質問のひとつに「次の妊娠まではどれくらい空けるべきですか?」というものがあります。これに関しては患者さんの年齢や体調、社会的な状況、前回の分娩の経過や方法(経腟分娩か帝王切開か)など個々の背景によって最適なアドバイスは変わり得るほか、医師や施設によっても考え方が違ったりするため一概に「〇年あけましょう」と言い切ることは難しいです。ただ、「人によって違いますから」として終わるのも味気ないので、本日はいくつかのデータを示しながらどのように考えるべきか一緒に見ていきましょう。

リスクが高いとされる期間

出産から次の妊娠までの期間(interpregnancy interval)でリスクが高いとされているのは以下の通りです。
6ヶ月未満:
出産から6か月以内に次の妊娠をすると、早産や低出生体重児などのリスクが増えることが報告されています 1)2)3)。また、先行する出産が帝王切開だった場合、特に次回を経腟分娩で考えている方は子宮破裂のリスクが高まることが示唆されています 4)。そのためこの期間での妊娠はできるだけ避けた方がよいと考えられています。
60ヶ月以上:
妊娠までの間隔が5年以上になると、妊娠高血圧症候群や難産などのリスクが上昇する可能性が指摘されています 2)5)6)。これは単純に年齢が進むせいもあるかもしれませんが、初回の妊娠には次回の妊娠に向けて体を出産に適した状態に整える効果があり、その効果が5年以上経つと消えてしまうためなのだと考える専門家もいるそうです。

リスクが低く、次の妊娠に最適な期間

データから見ると18〜24ヶ月が最も医学的にリスクが低いとされていますが、実際にはご年齢やキャリア・ライフプランからそれほど待てない場合もあります。そのため妊活のご相談の際には上記以外にご家族の事情も踏まえながらいつ頃にするかを一緒に決めて行くことになります。ちなみに流産後の妊娠については、少し古い資料ではあるものの世界保健機構(WHO)からは6ヶ月以上あけるように推奨が出ているようですが、その後の臨床研究では流産から次の妊娠までの期間については6ヶ月より早くても問題なさそうということが示されています 7)8)9)。

まとめ

本日は、出産から次の妊娠までの期間について解説しました。とはいえ赤ちゃんは「授かりもの」であり、妊娠の時期を思い通りにコントロールすることはできません。そのため間隔が短かったり長かったりしても、必要以上に心配する必要はありません。また、この記事で紹介したデータも研究デザインなどの影響を受けており、出産と妊娠の間隔がリスクに本当に直結するのかについてはまだ議論が続いています。私たち医療者はそれぞれの患者さんの状況に合わせて安全なお産をサポートしていきます。どうか過度に不安を抱かず、妊娠・出産という大切な時間を前向きに楽しんでいただければと思います。

参考文献
1) Agustin Conde-Agusdelo, et al. JAMA. 2006 Apr 19;295(15):1809-23.
2) E Fuentes-Afflick, et al. Obstet Gynecologist. 2000 Mar;95(3):383-90.
3) Katherine A Ahrens, et al. Paediatr Perinat Epidemiol. 2019 Jan;33(1):O25-O47.
4) David M Stamilio, et al. Obstet Gynecol. 2007 Nov;110(5):1075-82
5) Agustin Conde-Agudelo, et al. Am J Obstet Gynecol. 2007 Apr;196(4):297-308.
6) Bao-Ping Zhu et al. Am J Obstet Gynecol. 2006 Jul;195(1):121-8.
7) World Health Organization. Birth spacing_report from a WHO technical consultation
8) Chrishny Kangatharan, et al. Hum Reprod Update. 2017 Mar 1;23(2):221-231
9) Mohamed M Ali, et al. Lancet Glob Health. 2023 Oct;11(10):e1544-e1552.