こんにちは、副院長の石田です。
お産はとても幸せなライフイベントですが、その一方で長い育児生活の出発点であり前途多難な旅路の始まりとも言えます。もちろん育児はその分楽しみや幸せもたくさんあるものの、その難しさの中で病んでしまうお母さん、お父さんが少なからずいらっしゃるのも事実です。最近ではメディアでも盛んに取り上げられるようになった「産後うつ」はその代表的な状態で時に命にも関わる重大なテーマですが、その実態は意外に知られていません。そこで本日は産後うつについてお話ししたいと思います。
産後うつとは
身体的な病気と違って定義が難しいのですが、一般的には産後12ヶ月までに発症するうつ症状のことを言います。「産後」とありますが、実は出産前に発症するものも同様に扱います。似たような産後の落ち込み症状にマタニティーブルーがありますが、こちらの症状が比較的軽度で通常1~2週間程度で自然に落ち着くのに対して産後うつは症状が重く、いつまで経っても改善しないのが特徴です。産後うつを発症する原因についてはホルモンバランスの変化や遺伝子的な要因、そして環境の変化などが言われますが、実はよく分かっていません 1)2)3)。
産後うつの症状
産後うつの症状は、一般的なうつ病とほぼ同じと考えられています。具体的には
1. 常に気分が落ち込んでいる。いつも悲しい気分になる。
2. 何ごとにも興味が湧かなくなる。
3. 体重変化:急激に痩せたり太ったりする。
4. 睡眠障害:眠れなくなる、もしくはずっと眠っている。
5. 集中力、記憶力の低下。
6. 自己肯定感の低下:自分は価値のない人間だと思い込んで責めてしまう。
7. 希死念慮:死にたい、自分は死んだ方が良い人間だと思ってしまう。
などが挙げられますが、特に7が見られる場合には注意が必要です。
精神疾患の難しいところは「病識」と言って自分は病気であると自覚するのが難しいことです。これらの症状があっても自分では異常に気付きにくく、そのせいで適切な医療介入が遅れると治療に時間がかかってしまう恐れがあるので、周り(特に家族)がそれに気づいてあげることがとても重要です。
当院での取り組み
とは言え、ご家族であっても様子がおかしいと感じたところでそれが病気かどうか判断することは難しいかもしれません。そこで当院では以前より産後2週間の診察時にエジンバラ問診票を使用した取り組みを行なっています。エジンバラ問診票とは産後うつを早期に発見するためにイギリスで開発されました。上記の症状はそのままだと解釈が難しいですが、これらを分かりやすい質問に直したものがこの問診票で世界各国で使用されています。この質問票は飽くまでスクリーニングなので産後うつの確定診断がつけられるわけではありませんが、ここでの回答をもとに患者さんの悩みや感じていることを掘り下げることができるので非常に便利です。もしここで病気が疑われた場合は専門の医師へご紹介したり、必要に応じて地域のサービスをご案内したりしています。
※東京都のウェブサイトから借りてきました。
産後うつの治療
授乳の問題もあるため重症度や患者さんの希望などから認知行動療法などの薬を使わない精神療法が用いられることもありますが、その一方で抗うつ薬による授乳への影響は限定的であることから薬物療法が選択されることも多いです 4)。ただ、薬を使用するかどうかは別として、授乳による睡眠不足などが原因の一端となっている場合には混合栄養や人工栄養による育児が選ばれることもあります。
まとめ
というわけでとても大雑把になってしまいましたが産後うつ病について簡単に解説いたしました。気分が落ち込む→赤ちゃんをうまくお世話できない→自分を責める→気分が落ち込む…と負のスパイラルの中にハマるのはとても辛いことですが、誤解を恐れずに言うと多くの方にとってそれは医学的な介入が必要な「病気」であり、皆さんが「弱い」とか「悪い」とか言うわけではありません。まだまだ分からないことも多く確立した予防法などはほとんど存在しませんが、だからこそ我々医療者が患者さんの異変にいち早く気づけるよう、そしていざと言う時に診断・治療に迅速に繋げられるような信頼関係を養っていくためにもかかりつけの妊婦健診にはしっかり通っていただければと思います。
1) Viktorin A, et al. Am J Psychiatry. 2016 Feb;173(2):158-65
2) Schiller CE, et al. CNS Spectr. 2015 Feb;20(1):48-59
3) O’Hara MW, et al. Annu Rev Clin Psychol. 2013;9:379-407
4) Kokubu M, et al. Arch Women’s Ment Health 2012;15:211-216