妊娠・出産と抜け毛

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠・出産を契機に髪の毛がごっそり抜け始める女性はたくさんいます。赤ちゃんを産むと抜け毛が増えることについてはあらかじめ知識として知っている人も多いと思いますが、実際に櫛に多量についてくる毛束やお風呂の排水溝がすぐにいっぱいになるのを見ると想像以上のインパクトに驚かれるでしょう。と言うわけで本日はこのことについて解説したいと思います。

前提知識として毛の一生(ヘアサイクル)について

脱毛のメカニズムを理解するにはまず毛の一生について知っておきましょう。毛の状態は大きく分けて3つのステージのいずれかに分類されています。

成長期(anagen):読んで字のごとく毛が伸びていく時期のことです。頭髪の場合は90%がこの成長期にあるとされており、成長速度は0.3mm/日、期間は6年程度とされていますが、これは毛の生えている場所や毛の種類によって違いがあります 1)。
退行期(catagen):退行期は成長期の最後の方に3週間程度確認されている相で、この時期には毛の成長は止まります。生えている頭髪の1%以下がこの時期にあたると考えられています 1)。
休止期(telogen):通常2〜3ヶ月続くとされており、この時期に脱毛が起こります。通常は頭髪の10%程度が休止期にあるとされており、平均で50〜150本程度の脱毛が1日に見られます。

妊娠・出産は大きなストレス

では、出産を通じて抜け毛が増えるのは何故でしょうか?これには諸説ありますが、簡単に言ってしまうと妊娠・出産は女性の心身に大きなストレスを及ぼしているということです。詳細なメカニズムにはまだ未知の部分も多いですが、出産に限らず人間が大きなストレスを感じると上記のヘアサイクルが強制的に休止期に移行し脱毛が始まることが知られています。「10円ハゲ」とかはまさにその典型とも言えますが、他に有名な原因としては急激な体重減少や大きな病気などが挙げられます。特に発熱性疾患は脱毛との因果関係がよく指摘されますが、新型コロナウイルス感染の後遺症として注目される脱毛も本質的には出産による脱毛と同じということです。(逆に高熱が出るような疾患であれば脱毛の原因になり得るので、これ自体はコロナだけに起こる後遺症ではありません。)

治療

一般的にこの手の抜け毛に対しては明らかなストレス源がある場合はそれを生活から除去することが治療の第一歩になります。ただ、出産はもちろん仕事や人間関係を始め避けることができないことも多いため、実際にはご本人のお話をよく聞いて悩みや不安を吐き出してもらいつつ上記のようなメカニズムをご説明していくという流れになります。通常は2〜3ヶ月間で多量の脱毛があったとしてもその後半年から1年程度で元に戻るので心配はありませんが、それでも長期間毛が薄いのは辛いので人によってはその間カツラなどを使用することもあります。ミノキシジルという薄毛に使用される薬剤が処方されることもありますが、この手の脱毛に対する有効性はあまり期待されていません 2)。その他鉄分のサプリメントを使用すると良くなる可能性も示唆されてはいますが、研究自体が少なくまだまだ議論の余地がありそうです 3)。

まとめ

本日は妊娠・出産と抜け毛に関してお話ししました。「一時的な抜け毛はありますが、時間とともに回復するので大丈夫ですよ。」で全てではありますが、そうは言っても数ヶ月にわたって抜け続ける頭髪に悲しい気持ちになる人がほとんどだと思います。もし目立って毛が薄くなるような時は、行きつけの美容室などで頭皮が目立たない髪型を提案してもらったり、デパートのウィッグ売り場で相談してみるといいかもしれませんね。最後に余談ですが、ストレスで脱毛することはあっても、漫画みたいに一晩で白髪になってしまうことは無いと言われています。

1) Price VH, et al. N Engl J Med. 1999;341(13):964

2) Dauton A, et al. Br J Dermatol. 2017;177-52

3) Rushton DH. Clin Exp Dermatol. 2002;27(5):396