妊娠高血圧腎症の新しいマーカー

妊娠高血圧腎症は妊娠高血圧症候群の一種で、妊娠中の高血圧および蛋白尿に伴い、母体の臓器障害や子宮内胎児発育不全をきたす妊娠疾患で、子癇などの重篤な合併症を引き起こすことがあるため、早期に発見することが求められます。
近年の研究成果から、胎盤形成に関わる血管新生因子PlGF(Placental Growth Factor:胎盤増殖因子)および、その阻害因子sFlt-1(soluble Fms-like tyrosine kinase-1:可溶性fms様チロシンキナーゼ-1)は、妊娠高血圧腎症の病態形成に関与していることが明らかになっています。

簡単に説明すると、母体と胎児をつなぐ胎盤は、子宮へ張りめぐらされた血管があり、胎児胎盤循環が成り立っています。それら血管を作る因子PlGFに対し、阻害する因子sFlt-1の数が多い状態は胎児胎盤循環の悪化、すなわち妊娠高血圧腎症を引き起こす、ということなのです。
よって妊娠高血圧腎症を発症する妊婦は、発症前に血清中のsFlt-1のPlGFに対する比率が上昇することから、 「sFlt-1/PlGF比」(読み方:エスフルトワン/ピーエルジーエフ)比が妊娠高血圧症候群の発症を予測する補助マーカーとして保険適応となりました。

sFlt-1/PlGF比は採血検査となります。適応と対象者は妊娠18週から妊娠35週の妊娠高血圧腎症が疑われる妊婦さんで、結果sFlt-1/PlGF比が38を越える(39以上)と以後4週間以内の妊娠高血圧腎症を発症する可能性(陽性的中率36.7%)があり、高次医療連携施設との連携を図る必要があります。

このsFlt-1/PlGF比については昨年改訂された「産婦人科診療ガイドライン産科編2023」にも新規の記載として追加されました。

文責:院長

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断されたときに読む話

こんにちは、副院長の石田です。

生理不順や妊娠相談などで産婦人科を受診して多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)という診断を受けたことのある患者さんは少なくありません。しかしPCOSは少し複雑な病気であり、患者さんたちも体に何が起きているのか、どう対処するべきなのかについての理解が曖昧なことも多いです。そこで本日は病院でPCOSと診断された時のことについて少し解説したいと思います。

PCOSとは

PCOSの原因は完全に解明されているわけではありませんが、ホルモンバランスの変化により卵巣に小さな水たまりである嚢胞をたくさん作ったり(以下画像参照)排卵が障害されることで生理不順・無月経や不妊になる病気です。また、男性ホルモンが増加することで毛深くなったりニキビができやすくなることもあります。

黒くて丸い嚢胞が卵巣内にたくさん見えています。 1)

「多嚢胞卵巣」と言われるとあたかもこの嚢胞が何か悪さをしているように感じてしまいますが、実はこの病気の本質は月経異常と不妊であり、治療に関してもこれらの症状の解決を目指すことになります。

PCOSの診断

PCOSは患者さんの病歴に加え、超音波検査や採血検査を用いて診断します。すごく大雑把に説明すると、生理不順で受診された方で上の写真のような卵巣が超音波で見られて、かつ採血でホルモン値の異常も確認された場合に「あなたはPCOSです」となるわけです。ただ、実際には厳密に診断基準を満たしていない状況でも診断を伝えられている現場がありそうな印象です。

PCOSの治療

治療の目的は適切な排卵周期を回復して妊娠ができる状態にすること、また無月経が続くことによる子宮体がんリスクの上昇を防ぐことにあります。医学的に肥満との関係が示唆されておりBMI(体重kg÷身長m÷身長m)が25以上の方に関しては適切な減量によって治ることがあります。また、状況によってピルなどの薬でホルモンバランスと生理周期を整えてみたり、積極的に妊娠を考えている場合は排卵誘発を行います。PCOSにかかると血糖値が上がりやすくなりますが、その際には糖尿病治療薬であるメトホルミンを併用することも検討されます。

まとめ

本日はPCOSについての一般的なお話でした。名前が漢字だらけでいかつい上にインターネットなどでみると不妊症とか子宮がんとか書いてあって怖くなってしまう人もいると思いますが、実はとても一般的な病気で治療も確立しているため心配しすぎる必要もありません。自分がPCOSかなと思ったら、まずは落ち着いて最寄りの産婦人科を受診してみましょう。

1) Saika Amren. EMJ Radiol. 2022

風疹って何ですか

風疹は、ウイルスによる感染症です。

風疹ウイルスによって引き起こされる、急性の発疹性感染症で、飛沫感染後、2〜3週後の潜伏期を経て発熱発疹、耳介後部リンパ節腫脹の主要症状が現れます。

風疹ウイルスはトガウイルス(Togavirus)科に属する直径60〜70nmのRNAウイルスです。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスの直径は約100nmなので、風疹ウイルスはそれらより小さいウイルスと言えます。小さいウイルスのため、マスク着用でも風疹の感染予防効果は乏しいのです。

ヒトに感染性のあるエンベロープRNAウイルスとしては風疹のほか、新型コロナウイルス、インフルエンザウイルスも同様です。

風疹に対する免疫がない集団において、1人の風疹患者から5~7人にうつす強い感染力があります。よって胎児感染、先天性風疹症候群の発生を起こさないためにも妊婦さんはご自身の風疹抗体価を有している事、また風疹の感染予防に努める事が大事なのです。

風疹の予防には、予防接種が最も有効ですが、いわゆる「生ワクチン*」のため、妊婦さんは風疹ワクチン接種は受けることができません(産後の接種は可能です)。

*生ワクチンは病原体となるウイルスの毒性を弱め、病原性をなくしたものを原材料として作られます。

風疹抗体価が低く免疫が不十分な妊婦さんが妊娠20週頃までに風疹のかかると、眼や心臓、耳などに障害をもつ先天性風疹症候群を有する赤ちゃんが産まれてくる可能性があります。

妊婦さんの風疹初感染において、先天性風疹症候群は妊娠8週までに約50%、妊娠12週までに約40%、妊娠16週までに約30%、妊娠20週まででは数%起こるといわれています。

風疹抗体価を十分にもっていない(風疹HI 16倍以下)場合、特に妊娠20週までにおいて外出をする際には可能な限り人混みを避けましょう。また夫が風疹抗体価があるかの確認し、必要あれば夫の風疹ワクチン接種を検討するとよいでしょう。

院長執筆

参考文献;

Rubella (German Measles, Three-Day Measles). CDC

風疹とは. 国立感染症研究所

胎児診断・管理のABC(第6版). 金芳堂

女性の尿もれについて

こんにちは、副院長の石田です。

普段外来をやっていても思うのですが、ご年齢や妊娠の有無に関係なく尿もれに悩む女性は多いです。人種や社会環境によってばらつきは大きいものの、実際に20〜40%程度の女性が尿もれを経験しているというデータもあり、どの女性にとっても他人事ではないのかもしれません 1)2)。そこで本日は女性の尿もれについて少しお話ししてみようと思います。

尿もれの種類

尿もれは医学的にいくつかの型に分類されますが、女性によくみられるのは腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁です。腹圧性尿失禁とは咳、くしゃみ、笑う、重いものを持ち上げるなどでお腹に力が入った時に尿が漏れてしまう状態で、原因としては膀胱の出口の開け閉めを行なっている括約筋の機能低下だったり、尿道を支える力が弱まってしまう尿道過可動などがあります。一方で切迫性尿失禁は突然強い尿意が出現し我慢できずに出てしまうというもので、膀胱炎や脊髄損傷などの原因により排尿筋が過剰に収縮する過活動膀胱が有名です。他には腹圧性と切迫性が混ざった混合性尿失禁というのもあり、女性においてはこれらの3種類が主な病態となります。

尿もれの治療

上記の通り尿もれの型によって原因が違いますが、いずれにしてもまずは生活習慣を見直すことである程度の症状改善が期待できます。肥満、喫煙はリスクとして知られているため適度な運動と減量、そして禁煙は尿失禁の症状改善に効果があると考えられています 3)4)5)。特にKegel体操という骨盤底筋群の強化に使われる運動はお勧めされますが、効果が出るまで2ヶ月前後かかるともされているため根気よく取り組む必要があります。また、アルコールやカフェインは症状を悪化させる可能性が指摘されているため心当たりがある方は試しに控えてみるのもいいかもしれません 3)。これらに加えて膀胱訓練などの行動療法や各患者さんの病態に合うと思われる薬剤を選んで併用することでできるだけ患者さんが快適に暮らせるように治療を進めていきます。

まとめ

本日は女性の尿失禁について解説してみました。尿失禁は加齢による肉体変化に伴って起こることも多く根治が難しいことも少なくありませんが、その一方で治療による改善は十分に見込めます。羞恥心を持ちやすい症状のためずっと一人で悩んでしまう方も多いですが、気軽に最寄りの専門医にご相談いただけると良いと思います。

1) Dragana Živković et al. Acta Clin Croat. 2022 Mar;61(1):115-123
2) I Milsom, et al. Climacteric. 2019 Jun;22(3):217-222
3) Mari Imamura, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2015 Dec 2;2015(12):CD003505
4) Leslee L Sudak, et al. N Engl J Med. 2009 Jan 29;360(5):481-90
5) Riikka M Tähtinen, et al. Obstetric Gynecol. 2011 Sep;118(3):643-648