無痛カクテル

当院の無痛分娩体制において、昨年(2025年)冬から大きなアップデートがありました。

無痛分娩で使う痛みどめは局所麻酔薬です。局所麻酔薬は使えば使う程中毒を起こす可能性があるので、時間あたりどの位まで使用する、と量を定めています。鎮痛効果は痛みどめの量が要因として大きいのですが、安心安全なお産が当然ながら第一なので、無痛分娩は「痛みを取りつつ副作用を減らす」工夫が必要となります。

当院では母体安全の提言やJ-MELSの硬膜外鎮痛急変対応コースをふまえ、局所麻酔薬に少量の麻薬を添加する『無痛カクテル』を導入しました。

無痛カクテルとは医療麻薬、「フェンタニル」を添加した麻酔レシピのことです。現在最も一般的と考えられるレシピは

『局所麻酔薬の0.1%アナペインに医療麻薬のフェンタニル2μg/mLを追加したもの』になります。

医療麻薬を添加することで、局所麻酔薬単体より濃度を10分の1まで薄めることができます。局所麻酔薬の濃度を薄めることができると中毒発症の可能性を減らせたり、足の動きの制限が減るので血栓塞栓症や転倒のリスクも減らす事ができます。

また医療麻薬の添加により、お産間際の体性痛(児下降による主に骨の痛み)の鎮痛をより期待できるほか、無痛カクテルの導入例では局所麻酔薬単体例に比べ、当院では児の回旋異常率が圧倒的に減りました。また麻酔の片効ぎも減り、無痛分娩の質が上がっていると感じています。

医療麻薬に関して在庫の確保が昨年まで難しかったのですが、現在は安定確保が可能となりました。以前当院で無痛分娩を経験された方は、アップデートされた無痛分娩体制により、鎮痛効果をさらに感じることができるかもしれません。

執筆 院長

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)について

こんにちは、副院長の石田です。

妊婦健診では母子の健康を守るために様々な検査を行いますが、中には普段見慣れないものもいくつか含まれていると思います。HTLV-1なんかはまさにその代表的なものですが、一体この項目はどういった理由で計測されているのでしょうか?そこで本日はHTLV-1について少し解説してみたいと思います。

HTLV-1とは

“HTLV-1“は頭文字なので、これを正式に記述するとHuman T-cell Lymphotropic Virus type 1というウイルスです。日本語だとヒトT細胞白血病ウイルスI型という名前ですが、これはこのウイルスの名前の中にある“L”に“lymphotropic“ではなく白血病を意味する“leukemia“を使うことが日本では多いため、そのせいかと思います。感染者は世界中で1000〜2000万人と推計されていますが、九州・沖縄を中心とした日本の南西部地域はエンデミックが起きている地域として世界的にも有名です 1)2)。文字通り白血病やリンパ腫をはじめ、脊髄症やぶどう膜炎(眼病)の原因となることが知られている一方で、90%以上の感染者は死ぬまでこのウイルスによる病気を発症しません。また、これらの病気になるとしても、感染してから発症まで20〜30年程度の時間がかかると考えられています 3)。血液や体液を介して感染するため、感染経路は性交渉や注射針を中心とした針刺しに加え、授乳なども挙げられます。

HTLV-1への感染が分かったら

当院では母子手帳を使用する初めての妊婦健診で他の項目と一緒に血液検査をします。これで陰性となる場合は問題ないのですが、陽性と出た場合はさらに確認検査を行い、再度陽性となったら感染が確定します。残念ながらこのウイルスには妊娠の有無に関わらず確立した治療法はないため、赤ちゃんにうつさないことが唯一の対策となります。前述の通り母乳育児は感染経路の一つですが、授乳期間が長いほど感染率が高くなるとされており、長期で授乳した場合は15〜20%程度となる一方で、短期で授乳した場合や授乳をせず粉ミルクで育児した場合は5%を切るくらいというデータがあります 4)5)6)。そのため産後90日以内に卒乳するか、あるいはより確実に感染リスクを下げるという観点から初めから母乳を与えないという方法を取ることもガイドライン上は勧められています 7)。ただ、それでも5%前後の赤ちゃんでは感染してしまうため、その場合には小児科との連携のもとで慎重に対応することが求められます。

まとめ

本日は聞き馴染みのないHTLV-1というウイルスについて解説してみました。ウイルス自体は世界中に分布していると考えられてはいるものの、妊婦さん限定とはいえスクリーニング検査を実施しているのが日本だけということもあり、実際の感染規模や状況は未知の部分が多いとされています。また、前述の通り日本の南西部で感染率が高い一方で、現在はそれ以外の地域でも感染者が増加しているとされていることにも注意が必要です。ただ、感染していても生涯それによる病気に発展しないことの方が多いので、感染が判明した方におかれましては慌てずに主治医へ相談してみましょう。

参考文献
1) Greta Forlani, et al. Int J Mol Sci. 2021 Jul 27;22(15):8001.
2) E Eusebio-Ponce, et al. Rev Esp Quimioter. 2019 Dec;32(6):485-496. Epub 2019 Oct 25.
3) Denise Utsch Goncalves, et al. Clin Microbiol Rev. 2010 Jul;23(3):577–589.
4) K Takahashi, et al. Int J Cancer. 1991 Nov 11;49(5):673-7.
5) Kazuo Itabashi, et al. Pediatr Int. 2021 Mar;63(3):284-289.
6) Tokuo Miyazawa, et al. Viruses. 2021 May 1;13(5):819.
7) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン 産科編. 2023:CQ612

のどの腫れに桔梗石膏

インフルエンザウイルスでも新型コロナウイルスでも、風邪を引いてから薬を購入しに行くのは大変なので、事前の準備が大切です。

風邪はほとんどがウイルスによるものなので、抗菌薬は必要ありません。諸症状に対する漢方薬や解熱剤をストックしておくと良いでしょう。

のどの腫れには「桔梗(キキョウ)」を含んだ漢方が効果があります。当院ではツムラの桔梗湯(キキョウトウ, 138番)を処方することがあります。

なお、のどの痛みが強い場合は「石膏(セッコウ)」を含んだものがさらに有効で

キキョウ 2.0g

セッコウ 5.0g

の2つの生薬を配合した『桔梗石膏』がクラシエから市販薬として販売されています。
桔梗は気管や気管支にたまった痰を除去する働きがあります。
また石膏は、炎症を鎮める働きがあります。ちなみに石膏は皆さんが想像されるとおり天然の鉱物(含水硫酸カルシウム)です。石膏は東洋医学では体を冷やす「寒」の性質があるとされています。

桔梗石膏は、処方箋としては出すことが難しいので、ドラッグストアで購入されることをお勧めします。

執筆 院長

出生後の赤ちゃんとビタミンD

こんにちは、副院長の石田です。

出産したことがあるお母さんたちはご存知だと思いますが、生まれたばかりの赤ちゃんはしばらくの間ビタミンKのシロップを週一で投与します。これは赤ちゃんの脳出血を予防するための処置ですが、最近はこれに加えてビタミンDも投与しようという流れがあります。実はこれ、海外だと結構前からやられてたりするんですが、一体どういうことなのでしょうか?ということで本日は生まれたばかりの赤ちゃんとビタミンDについて解説したいと思います。

ビタミンDとは

骨の健康を支える栄養素として重要なのがビタミンDです。ビタミンDは腸でのカルシウム吸収を促進し、血中カルシウム濃度を一定に保つ働きを通じて骨の形成や維持に重要な役割を果たしています。カルシウムそのものを十分に摂取していても、ビタミンDが不足していると骨の健康は保たれにくくなるんですね。ビタミンDの大きな特徴は、他の多くのビタミンとは異なり、紫外線を浴びることで皮膚で合成される点にあります。つまり、ビタミンDは「食べ物から摂る栄養素」であると同時に「日光によって体内で作られる栄養素」でもあるのです。食事からもビタミンDを補うことは可能ですが、実は効率的に摂取できる食材は一部の魚やきのこ類などごく限られているため、日常的な食事だけで十分量を確保することは簡単ではありません。このような背景から、ビタミンDの主要な供給源は日光であると言えます。適度に日光を浴びる生活習慣は、骨の健康を守るうえで栄養バランスと同じくらい大切な要素なのです。

最近の日本人はビタミンDが不足がち問題

近年、乳児におけるビタミンD欠乏が新たな健康課題として注目されています。その背景として、外で遊ぶ機会の減少や、日焼けを過度に避ける不適切なUV対策などの生活習慣の変化により、日光を浴びる時間が著しく減っていることが考えられています。乳児に必要なビタミンD摂取量の目安は、適度な日照を受けていることを前提に1日あたり5μgとされています。一方で、母乳栄養は乳児にとって最良の栄養方法とされるものの、母乳に含まれるビタミンD量は決して多くありません。母乳中のビタミンD含有量は、およそ0.3μg/100mLと少ないことが知られています。さらに重要なのは、母乳中のビタミンD量が母親の体内のビタミンD量に影響される点です。近年、成人女性においても日照不足や生活習慣の変化により、ビタミンDが不足しがちな人が増えています。このような状況では、母乳に含まれるビタミンD量が想定されている目安よりもさらに少なくなる可能性が示唆されています。

ビタミンDのシロップについて

そんな現代っ子たちの問題を解消すべく、国際的なガイドラインでは1歳までの乳児に対して1日10μgのビタミンDサプリメント摂取が推奨されています。それを踏まえて昨年には、日本小児科学会からも「日本の子供達にもビタミンD投与した方がいいんじゃない?」という提言が出されました 1)。日本でも子供達のビタミンD不足や、それに伴うくる病という骨が柔らかくなったり曲がったりする病気が増えているとされており、これらのことから今後ビタミンDサプリの使用が海外のように普及していくことが予想されます。

まとめ

本日は子供達のビタミンD欠乏についてお話ししました。そのほか世界保健機関(WHO)によると、北緯(南緯)37度以上に居住している場合も秋から春にかけての日照時間の関係でビタミンDが不足するリスクがあるそうです 2)。日本で言うと北関東以北が該当しますね。
さて、今後ビタミンDシロップの使用が広まったとしても、やはり大切なのは適度に日光を浴びることです。真夏の昼間の直射日光に我が子を曝す必要はないかもですが、一方で極端に日焼けを恐れるのはかえって体に良くないです。是非かかりつけの小児科の先生とも相談しながら、お日様との良いお付き合いを心がけてみてください。

参考文献
1) 日本小児科学会. 日本小児学会雑誌. 129巻3号:494〜496(2025)
2) World Health Organization. Vitamin D Supplementation for Infants.