妊娠を職場に伝えるのはいつ頃が良いのか

こんにちは、副院長の石田です。

外来で妊婦さんからよくいただく質問のひとつに「妊娠したことを職場にはいつ頃伝えればよいのでしょうか?」というものがあります。実際のところ職場への報告時期に明確な決まりはなく、最終的にはご本人の判断に委ねられます。ただし、妊娠中の体調変化や働き方との兼ね合いを考えると、どのタイミングで伝えるのが望ましいかを検討するのはとても大事なことですよね。そこで今回は、その考え方のヒントとなる視点をいくつかご紹介したいと思います。

そもそもみんなどうしてるの?

では、実際に多くの人はどのタイミングで職場に報告しているのでしょうか?ネット上の調査やアンケートを見てみると、おおむね妊娠8週前後で伝えるケースが多いようです。この時期は妊婦健診で胎児の心拍が確認され、役所に母子手帳をもらいに行くタイミングとも重なります。ただし、すべての人が「自分の意思で」報告時期を選んでいるわけではなく、つわりによる体調不良などからやむを得ず早めに伝えざるを得なかったという事情の方も少なくないようです 1)2)3)。

引用した統計を考えるときの注意点

ただし、こうした統計データを見る際には注意が必要です。ご紹介したサイトのデータをよく見てみると、「妊娠4週までに報告した」という回答が含まれているものがあります。しかし妊娠週数は最終月経の初日から数えるため、妊娠2週まではまだ受精そのものが成立していません。また妊娠3週では妊娠反応を確認することも難しく、妊娠4週の段階では超音波で胎嚢がはっきり映らないため、正常妊娠と診断されにくいのが現実です。したがって、実際には妊娠5週以降でなければ周囲に妊娠を伝えること自体が難しいと考えられるため、これらの調査結果の集計や解析方法には多少の不正確さが含まれている可能性がある点に注意が必要です。

まとめ

「安定期に入ってから報告します」という人が多そうな印象がありましたが、意外と皆さん早めの時期から伝えられているようですね。もちろんいつ伝えるかは妊婦さんそれぞれの自由で正解はありません。ただ、妊娠初期はつわりや出血、腹痛など状態が変わりやすい時期でもあり、急に仕事を休んだり病院への受診が必要になることもあります。そのため直の上司や近い家族にはいざという時にすぐ助けてもらえるよう、少し早めに伝えておくほうが親切かもしれませんね。いずれにしても無理のないように、自分の体調を含めて状況に合った時期と伝え方でご報告するようにしてください。

参考文献
1) https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20150223.pdf?utm_source=chatgpt.com
2) https://zexybaby.zexy.net/article/contents/0156/?utm_source=chatgpt.com
3) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000111846.html?utm_source=chatgpt.com

産科医による麻酔と麻酔科医任せの産科医

先日、日本母体救命システム普及協議会(J-MELS)の硬膜外鎮痛急変対応コースを受講してきました。

にしじまクリニックのHPをご覧になっていただければと思いますが、私院長と石田副院長は医師資格のみならず、多くのサブスペシャリティー(専門)資格を有しています。

私が院長となってからスタッフに一つお願いしているのは、『患者さんの安全な医療やサービスを提供するために自己研鑽を積んでもらう』事です。エクスペリエンスだけでなく、エビデンスをベースとした医療やサービスを提供する事を掲げている当院では、当院での診療やサービスに有益な学会や団体の専門資格を取得する努力を、多くのスタッフが行なっています。

さて、先日受講した硬膜外鎮痛急変対応コースについてのお話です。にしじまクリニックは担当医師が分娩と麻酔の両方の管理を担います。これは無痛分娩だけでなく、帝王切開分娩についてもです。この診療方針で最大のメリットは

柔軟かつ迅速な対応がとれる」事です。

例えば、ある産院で無痛分娩は麻酔科医が担当しているとしましょう。

そうすると事実上一つのお産に対して分業(分娩と麻酔)となります。その産院の産科医は、無痛分娩の知識は自身で麻酔を担当する施設より長けてはいないでしょうし、それらの知識の提供や経過は麻酔科医任せになってしまう可能性があります。

無痛分娩では胎児の回旋異常が起こりやすくなります。その原因が硬膜外麻酔による産道の弛緩作用によるものか、または微弱陣痛のためか、分娩担当の産科医は評価と対応をしなければなりません。

一方、当院のように産科医師が分娩と麻酔の両方を担当していれば、

分娩進行も麻酔も同時に評価を行い、先を見越した対応を行える可能性があります。

ご希望された無痛分娩自体にフォーカスする事も大事ですが、何より『安心安全なお産』が最大のゴールです。例えば緊急帝王切開行う場合、産科医が麻酔も担当するなら準備と実施が迅速であるのは容易に想像がつくと思います。

しかしながら、産科医が麻酔を担当するならば、産婦の急変について対応をしっかり取らなければなりません。先日受講した硬膜外鎮痛急変対応コースのみならず、当院の無痛分娩管理マニュアルのアップデートやスタッフの勉強会を通じて、より安心安全な無痛分娩体制を構築していきます。

執筆 院長

次の妊娠までどのくらい空けたらよいですか?

こんにちは、副院長の石田です。

お産を終えた患者さんから外来でよくいただく質問のひとつに「次の妊娠まではどれくらい空けるべきですか?」というものがあります。これに関しては患者さんの年齢や体調、社会的な状況、前回の分娩の経過や方法(経腟分娩か帝王切開か)など個々の背景によって最適なアドバイスは変わり得るほか、医師や施設によっても考え方が違ったりするため一概に「〇年あけましょう」と言い切ることは難しいです。ただ、「人によって違いますから」として終わるのも味気ないので、本日はいくつかのデータを示しながらどのように考えるべきか一緒に見ていきましょう。

リスクが高いとされる期間

出産から次の妊娠までの期間(interpregnancy interval)でリスクが高いとされているのは以下の通りです。
6ヶ月未満:
出産から6か月以内に次の妊娠をすると、早産や低出生体重児などのリスクが増えることが報告されています 1)2)3)。また、先行する出産が帝王切開だった場合、特に次回を経腟分娩で考えている方は子宮破裂のリスクが高まることが示唆されています 4)。そのためこの期間での妊娠はできるだけ避けた方がよいと考えられています。
60ヶ月以上:
妊娠までの間隔が5年以上になると、妊娠高血圧症候群や難産などのリスクが上昇する可能性が指摘されています 2)5)6)。これは単純に年齢が進むせいもあるかもしれませんが、初回の妊娠には次回の妊娠に向けて体を出産に適した状態に整える効果があり、その効果が5年以上経つと消えてしまうためなのだと考える専門家もいるそうです。

リスクが低く、次の妊娠に最適な期間

データから見ると18〜24ヶ月が最も医学的にリスクが低いとされていますが、実際にはご年齢やキャリア・ライフプランからそれほど待てない場合もあります。そのため妊活のご相談の際には上記以外にご家族の事情も踏まえながらいつ頃にするかを一緒に決めて行くことになります。ちなみに流産後の妊娠については、少し古い資料ではあるものの世界保健機構(WHO)からは6ヶ月以上あけるように推奨が出ているようですが、その後の臨床研究では流産から次の妊娠までの期間については6ヶ月より早くても問題なさそうということが示されています 7)8)9)。

まとめ

本日は、出産から次の妊娠までの期間について解説しました。とはいえ赤ちゃんは「授かりもの」であり、妊娠の時期を思い通りにコントロールすることはできません。そのため間隔が短かったり長かったりしても、必要以上に心配する必要はありません。また、この記事で紹介したデータも研究デザインなどの影響を受けており、出産と妊娠の間隔がリスクに本当に直結するのかについてはまだ議論が続いています。私たち医療者はそれぞれの患者さんの状況に合わせて安全なお産をサポートしていきます。どうか過度に不安を抱かず、妊娠・出産という大切な時間を前向きに楽しんでいただければと思います。

参考文献
1) Agustin Conde-Agusdelo, et al. JAMA. 2006 Apr 19;295(15):1809-23.
2) E Fuentes-Afflick, et al. Obstet Gynecologist. 2000 Mar;95(3):383-90.
3) Katherine A Ahrens, et al. Paediatr Perinat Epidemiol. 2019 Jan;33(1):O25-O47.
4) David M Stamilio, et al. Obstet Gynecol. 2007 Nov;110(5):1075-82
5) Agustin Conde-Agudelo, et al. Am J Obstet Gynecol. 2007 Apr;196(4):297-308.
6) Bao-Ping Zhu et al. Am J Obstet Gynecol. 2006 Jul;195(1):121-8.
7) World Health Organization. Birth spacing_report from a WHO technical consultation
8) Chrishny Kangatharan, et al. Hum Reprod Update. 2017 Mar 1;23(2):221-231
9) Mohamed M Ali, et al. Lancet Glob Health. 2023 Oct;11(10):e1544-e1552.

胎児心拍のカテゴリー分類

当院では原則、37週以降の妊婦健診からNST(ノンストレステスト)として胎児心拍数陣痛図を確認しています。胎児心拍と外側法による子宮収縮波形を目にする機会があると思いますが、初見では赤ちゃんが元気なのか、元気でないのかわからないと思います。実臨床でも経験とトレーニングを積んでいないと判読が難しいものです。

米国立小児発達研究所、通称NICHD(National Institute of Child Health and human Development)は、胎児心拍波形の見方の標準化を目指し、1997年にガイドラインを策定しました。

日本でも長年この判読と対応の標準化に努めており、日本産婦人科医会が『胎児心拍数陣痛図の判読と解釈・対応』を発刊し、これは日本産科婦人科学会が発刊する『産婦人科診療ガイドライン 産科編』にも準拠しています。

今回は、NICHDによる胎児心拍波形の分類はⅠ、Ⅱ、Ⅲの3つに分類されており、それらの要点を記載します。

NICHDカテゴリー分類におけるポイント

・カテゴリーⅠは正常、早発一過性徐脈は認めてもよい

・カテゴリーⅢは胎児心拍バリアビリティーの消失に加えて

反復する遅発一過性徐脈

反復する変動一過性徐脈

徐脈

サイナソイダルパターン

いずれかを認める

・カテゴリーⅡはⅠとⅢでない所見

で、要するにカテゴリーⅠであれば「児の良い予後を予知できる状態」です。

また、NICHDカテゴリー分類でも日本の波形レベル分類でも、一過性頻脈の有無で判読が左右されません。

産婦さんやご家族には難しい内容ですが、今回言いたかった事の一つとして日本のガイドライン一辺倒ではなく、他国のガイドラインを照らし合わせる事で見えてくるものがある、という事です。自身の知識の向上だけではなく、ひいては安心なお産につながるものだと私は思っています。

執筆 院長

妊娠初期の流産に向き合う治療方法の選択肢

こんにちは、副院長の石田です。

当院では多くのご家族が毎日のように新しい命を迎え入れている一方で、残念ながら流産を経験される方も一定数いらっしゃいます。流産とは、妊娠21週6日までに何らかの理由で妊娠が終わってしまうことを指します。妊娠22週が一つの区切りになっているのは、それ以前では新生児の生存そのものが極めて難しいからですが、かつて妊娠28週だったこの境界は医学の進歩によって徐々に引き下げられ、1993年から現在の週数に至っています。このうち妊娠12週までに起こるものを「初期流産」と呼びますが、本日はそうなってしまった時の治療方法について解説したいと思います。

初期流産について

統計によりバラツキがありますが、診断された妊娠のうち15%前後は流産になるとされています 1)。しかし、実は妊娠と診断される前に流産が起きる場合もあることが知られており、そういったケースでは月経が少し遅れただけと勘違いされたまま人知れずに流産となっています。こうした妊娠初期のごく早い段階のも含めると、全妊娠の約40%近くが流産に至るという報告もあります 2)。初期流産の多くは胎児の染色体異常や絨毛形成の異常など偶発的で防ぐことができない要因によるものであり、お母さんの生活習慣や行動が直接の原因になることは多くありません 3)。

初期流産の治療方法

初期流産と診断された場合の治療には、大きく分けて「自然排出を待つ方法(待機的管理)」と「手術による方法(外科的治療)」があります。
待機的管理は子宮の中の内容物が時間の経過とともに自然に排出されるのを待つ方法です。自然排出が成功すれば手術による子宮損傷や麻酔の合併症などを避けられます。また、手術費用がかからないため経済的負担も少なく済みます。ただし自然排出が必ず起こるとは限らず、長く待っても排出が始まらないこともあります。その場合、出血や感染のリスクを考慮して手術に切り替えることがあります。
外科的治療は手術で子宮内容物を取り出す治療です。取り出した胎児や胎盤の組織を確実に病理検査に出せるため、まれに見られる胞状奇胎などの異常妊娠を早期に発見できるという利点があります。また、流産を診断後のスケジュールを立てやすく、心身の切り替えもしやすいという特徴もあります。ちなみに当院ではWHOの推奨に基づき真空吸引法という患者さんの体にやさしい手術法を採用しています。
ガイドライン上はどちらの選択肢も理にかなっているとされており、どちらか片方に絶対的な優位性があるということはありません。

まとめ

本日は初期流産の治療に関してお話ししました。これら以外に外国では薬物治療も選択肢に入ります。院長も私も海外医療での使用経験があるためその有用性を知っていますが、残念ながら日本では使えません。
待機と手術、どちらの方法にもメリットと注意点がありますが、流産手術は保険適応であり民間の医療保険も適用される可能性があるため経済的に重い負担になりにくいこと、また待機療法において先々の目処が立たないことが患者さん本人の心に思った以上に負担となりやすいことから、特にご希望がない方には当院では手術を勧めることが多いです。ただ、これに関しては医師や病院によって考え方が分かれる部分ではありますので、残念ながら流産となってしまった方におかれましては主治医とよく相談して方針を決めていただければと思います。

参考文献
1) 日本産科婦人科学会. 産婦人科診療ガイドライン産科編 2023 CQ202
2) Toni Jackson, et al. JAAPA. 2021 Mar 1;34(3):22-27.
3) Clark Alves, et al. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2025 Jan-