臍の緒の構造

臍帯動脈は2本、臍帯静脈は1

臍の緒(臍帯)は臍帯動脈と臍帯静脈がワルトン膠質という物質に包まれています。

・臍帯動脈:胎児(内腸骨動脈由来)から母体(胎盤へ向かう血液を運びます。通常2本あります。これは児左右の内腸骨動脈からつながっている(左右の内腸骨動脈→それぞれの臍動脈)から2本あるのです。

臍帯静脈:胎盤で受け取った酸素と栄養分を胎児へ送ります。1本の構造となります。

・ワルトン膠質:弾力性のある物質で、3つの血管を外部の損傷から保護し、クッションの役割を果たします。

上記3つの血管は、胎児スクリーニングにおいても確認します。臍帯動脈が1本しかない場合、胎児奇形がないか、その後の発育に異常がないかを確認していきます。

胎児循環血液の酸素飽和度

胎盤からの血流は臍帯静脈→胎児の肝臓に向かうアランチウス管(静脈管)→胎児の下大静脈→胎児右心房の経路で胎児心臓に還ります。酸素飽和度(SO2)で示すと

臍帯静脈血は80%です。下大静脈では胎児下半身から心臓に向かう静脈血が混じるため、酸素飽和度は70%位になります。この血流の大部分は胎児心房の穴(卵円孔)から左心房へ移動できるので、その後の胎児の各器官へ速やかに酸素が運ばれる仕組みが胎児には通常備わっています。

臍帯圧迫により胎児心拍数は急速に低下する(変動一過性徐脈)

CTG/NSTにおいて変動一過性徐脈は臍帯圧迫を意味します。

臍帯圧迫→臍帯動脈血流の減少→心臓後方の血圧が急激に上昇→圧受容器が感知→迷走神経反射により胎児心拍数を低下させ、変動一過性徐脈として現れます。

新生児蘇生時、アドレナリンの投与経路として臍帯静脈を用いる

新生児蘇生/NCPRの救命の流れにおいて、適切な人工呼吸かつ胸骨圧迫を行ったうえでも新生児の心拍が60回/未満の場合、アドレナリンの投与を検討します。その際の投与ルートとして第一選択は臍帯静脈となります。成人で点滴のルート確保は末梢静脈となりますが、新生児は静脈の確保を素早く行えるが臍帯静脈だからです。

執筆 院長

男子中学生たちに子宮頸がんワクチンをお勧めしたい

こんにちは、副院長の石田です。

私は産婦人科医なので、普段仕事で関わる人の大部分は女性です。しかし本日は、普段はほぼ接点のない男子中学生に向けて、子宮頸がんワクチンの接種を提案したいと思っています。子宮がない男子は当然子宮頸がんにも罹りませんが、それでもこのワクチンを接種することには大きなメリットがあります。

ほとんどの子宮頸がんはパピローマウイルスの感染によって発病しますが、男性の場合は一生子宮頸がんになることはない一方で、のどや陰茎、肛門のがんや、尖圭コンジローマという性病の原因にはなります。がんによって形や機能を損なったり、カリフラワーのようなコンジローマが群生している陰茎や肛門の写真はネットを検索すればいくらでも出てきますが、これらの病気がいかに皆さんのQOL(人生の質)に負の影響を与えるかは簡単に想像できると思います。しかしそれらの病気をワクチン接種で予防できるとすれば、それは素晴らしいことです。現代では性の多様化が進んでいますが、もし恋愛対象が女性の場合、あなたが子宮頸がんワクチンを打ったと彼女が知れば、男子にも関わらず女性の健康に当事者意識を持って関わろうとする姿に惚れ直すことは間違いありません。きっと彼女のご両親も、あなたを信じて大事な娘を快く預けてくれることでしょう。(※あくまで個人の感想です。)

このワクチンが世に出て約20年経ちますが、世界に先駆けて接種を進めたオーストラリアでは重篤な副作用がほとんど無いまま、2035年には子宮頸がんが国内から撲滅される見込みが立つほどの有効性を示しています。また、すでに東京都内では男子が無料で接種できる自治体も増えており、きっとこの流れは他の近隣自治体にも波及してくるでしょう。ちなみに埼玉県でも秩父市や熊谷市など、男子の接種に助成金を出す市町村があります。特にそういった場所では前述のメリットに対して接種により抱えるリスクはほぼありません。小児科や産婦人科での接種が可能ですが、小さな子供や女性だらけの診療所を受診するのは抵抗を感じるでしょうか?そんなことを気にする必要はありません。妻も小児科医である私から言わせれば、待合室にいる周りの患者は誰もあなた方を気にしていないので心配無用です。

とは言え、もちろんワクチン接種を強いる気はありません。自分の体よりも社会のために打つとして「思いやりワクチン」という言葉もありますが、誤解を恐れずに言うのであれば、私はワクチンは接種する人を守ることが本質であり、社会全体での感染症の抑制は副次的な効果だと考えています。どんな医療行為も一人ひとりがしっかり納得した上で自分の意思で受けるべきであり、誰かに押し付けられるものではありません。ただ、思春期男子である皆さんがもしこのワクチンを接種してくれたら、それはきっとあなたと社会にとって少し良い未来につながるでしょうし、もし接種をしなかったとしてもこの記事が女性の健康という一つの社会課題に目を向けるきっかけになってくれると嬉しいです。

麻酔薬のマーカインは高比重と等比重がある

当院の帝王切開において、脊髄くも膜下麻酔はマーカイン®︎という局所麻酔薬を採用しています。

マーカイン®︎(ブピバカイン)

特徴:長時間作用型。血管内誤注入時の心毒性に注意

マーカイン®︎は濃度によって使用目的が異なります。

▪️0.125%, 0.25%:硬膜外麻酔(無痛分娩)

▪️0.5%(20mg[0.02g]/4mL):脊髄くも膜下麻酔(帝王切開での麻酔)

1%アナペイン®︎100mg(0.1g)/10mLを0.25%へ希釈するなら生理食塩水を30mL加える

0.5%マーカイン®︎は「等比重製剤」と「高比重製剤」に分けられます。

・等比重製剤:麻酔範囲の広がりが緩徐で、高比重製剤に比べて作用発現時間が遅く、作用持続時間が長い

・高比重製剤:麻酔範囲の広がりが比重に依存しているため手術台の傾斜によりある程度の麻酔範囲の調節が可能である。

等比重製剤に比べて作用発現時間が早く、作用持続時間が短い。

上記の特性から、当院の帝王切開での脊髄くも膜下麻酔は0.5%マーカイン®︎「高比重製剤」を採用しています。当院で帝王切開をご経験された方でベッドの傾きの一時調整をされた方もいらっしゃると思います。これは麻酔レベルの調整のためなのです。

執筆 院長

更年期障害かもしれないから血液検査しようと思ったときの話

こんにちは、副院長の石田です。

日本の人口ピラミッドからも分かるように、年々更年期世代の女性は増加しており、それに伴ってテレビや雑誌、インターネット上でも更年期に関する情報を目にしない日はないほどです。そうした影響もあってか、「更年期かもしれないのでホルモンバランスを採血で調べてほしい」と受診される方が少なくありません。そこで本日は、更年期障害の診断について解説していきたいと思います。

血液検査で確認できる更年期の指標

医学的に「更年期」とは、閉経を挟んで前後およそ5年間(計10年間)の時期を指します。この時期には卵巣が徐々にその役割を終えていく過程で、女性ホルモンであるエストロゲン(E2)が低下し、その一方で卵胞刺激ホルモン(FSH)は上昇していきます。そのため血液検査ではこの2つのホルモンを測定することが多く、施設や医師によって基準値はやや異なるものの、一般的にはE2が20を下回ると低値、FSHが30を超えると高値と判断されることが多い印象です。

検査する前に知っておくべきこと

さて、有用に見えるこれらの数値ですが、更年期におけるホルモン検査にはいくつか知っておくべき注意点があります。まず大前提として、ホルモン検査だけで更年期障害を診断することはできません。更年期障害は、ホットフラッシュや発汗といった血管運動症状や、イライラ・気分の落ち込みなどの精神症状などで知られていますが、同じような症状は甲状腺の病気やうつ病、心不全、重度の貧血などでも起こり得ます。そのため、更年期障害を疑った場合には、こうした他の病気ではないことを診察や検査で確認したうえで更年期としての治療を行い、症状が改善するかどうかを見て診断につなげていきます(逆にとりあえず更年期の治療を始めてみて、改善しない場合に別の病気を疑うこともあります)。また、閉経が近づけばホルモン値は前述のように変化していきますが、更年期症状が出るかどうか、そしてその重症度には大きな個人差があります。さらに言ってしまうと、ホルモン値は計測時期によって大きく変動することがあったり、更年期的な変化をする前に症状が先んじて出ることもあるのです。したがって、血液検査の結果だけで診断や治療が決まるわけではありません。

まとめ

このように言われると「検査する意味なくない!?」となりそうですが、実際特に40代後半の女性においてこれらの女性ホルモンの計測は、更年期の診断として有用ではないとされています 1)。ただ、40代前半以前の閉経にはやや若い女性など、なんらかの理由で補助診断的に計測することも多くあるため全く不要というわけでもありません。ご自身で更年期を疑われた場合、ついつい「採血して調べてもらわなきゃ」となってしまう方も少なくありませんが、まずは最寄りの産婦人科でご自身に何が必要なのかを主治医とご相談いただければと思います。

参考文献
1) 日本産科婦人科学会 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2023 CQ407

局所麻酔薬中毒

無痛分娩において、鎮痛のためにメインで使う薬は局所麻酔薬です。

全身麻酔で使う麻酔薬と異なり、痛みを含む感覚を局所的に遮断するので「局所麻酔薬」と呼ばれます。局所麻酔薬は

①表面麻酔(皮膚・粘膜の表面に投与)

②局所浸潤麻酔(皮下・粘膜下に注入)

③伝達麻酔(太い末梢神経幹の近くに注入)

④硬膜外麻酔

⑤脊髄くも膜下麻酔

に用いられます。例えば⑤は帝王切開の麻酔に用いられます。

局所麻酔薬中毒

ほぼどの薬も体に取り込まれると、薬の効能として血液の中に薬の濃度(血中濃度)が高まり、症状の緩和や除去に働きます。

一方で局所麻酔薬の血中濃度が過剰に高まると中毒症状が起こり、中枢神経と心臓に関わる症状が出現します。

中毒症状は耳鳴りや口のしびれ・鉄の味(味覚異常)、めまいから始まり、多弁で興奮状態、その後は全身痙攣を生じます。

さらに薬の血中濃度が上昇すると昏睡、呼吸停止、不整脈、ひいては心停止をきたします。

無痛分娩は主として硬膜外麻酔(④)を行います。局所麻酔薬を投与するためのカテーテル(管)は硬膜外腔に留置します。硬膜外腔はただの空間というわけでなく血管が存在します。

日本産科麻酔学会HP(https://www.jsoap.com)

局所麻酔薬がその血管内に入ってしまうと、中毒症状が急速に現れ、例えばいきなり痙攣をきたす事もあります。

無痛分娩における局所麻酔薬中毒のリスクを減らすために

Ⅰ. 硬膜外麻酔処置に血液が引けてこないか

カテーテルを挿入する時に血液がカテーテル内に見えてくるなら、硬膜外腔の血管内にカテーテルが入ってしまったと判断します。その時はそのカテーテルを外し、別の場所で再穿刺・カテーテルの挿入を行います。ただし、何ヶ所もその適性場所が背中にあるわけではないので、何度も血液が引けてしまう状態なら硬膜外麻酔処置は断念します。

Ⅱ. 局所麻酔薬投与前の再確認

局所麻酔薬中毒は、一度に大量投与すると起こる可能性があるので、無痛分娩では局所麻酔薬の「少量分割投与」と呼ばれる鎮痛法を行います。局所麻酔薬を投与する前に毎回、カテーテルから血液が引けない事を確認します。硬膜外処置が終わった後も体動にてカテーテルが血管内に迷入してしまう事があるからです。

Ⅲ. 局所麻酔薬投与後の症状確認

局所麻酔薬の「少量分割投与」後、先ほど述べた中毒症状がないかチェックします。

また今まで鎮痛できていたのに「急に痛みが出てきた」、「痛みが片方にある」場合はカテーテルが硬膜外腔の通常の留置位置から血管内に迷入してしまっている可能性があります。

Ⅳ. 起こった時の救命措置と中和剤の静脈内投与

局所麻酔薬中毒が起こった時は、各症状と状態に応じた急変対応を行います。また局所麻酔薬の中和剤として20%脂肪乳剤の「イントラリポス」があり、無痛分娩を行う施設では常に備えています。

そしてⅤ.(5つ目)として、無痛分娩をお受けるになる産婦さん自身がこのような副作用もありえる、と理解していただく事です。

にしじまクリニックでは引き続き、安全な無痛分娩を日々心がけ、手技や鎮痛法、副作用の対策をアップデートしてまいります。

執筆 院長