抗ミュラー管ホルモン(AMH)について

こんにちは、副院長の石田です。

当院は産婦人科なので、妊娠を希望しているけどなかなか授からないという患者さんのご相談も日々お受けしています。その中でたまに聞かれるのが抗ミュラー管ホルモン(AMH)についてです。「測定してみたいんですが、採血してもらえますか?」ということで聞かれるのですが、実はこの数値は扱いが少し難しいんですね。そこで本日は抗ミュラー管ホルモンについてちょっと解説したいと思います。

抗ミュラー管ホルモンとは?

抗ミュラー管ホルモンは名前からだと分かりにくいですが、簡単に言うとその女性の卵巣の中にどれだけの卵子が残っているのかの目安となる物質です。常に新しく作られ続けている精子と違い、卵子は女性がまだ胎児の頃から左右の卵巣の中に原子卵胞と言われる状態で蓄えられていて、思春期に入り月経周期が開始するとその一部が発育し始めて順番で排卵されていきます。と言われると、まるで卵子が排卵のたびに一つひとつ無くなっていくような印象になるかもですが、実際は排卵による喪失以上に自然に無くなる卵子の方が多いです。具体的には女性が胎児の際に卵巣に500〜700万個あった原子卵胞は出生時には100~200万個程度まで減少、思春期を迎える頃には30万個程度となっています。その後も自然減少は続き、閉経ごろには1000個くらいになっていると考えられています 1)。そしてすごく大雑把なことを言うと、抗ミュラー管ホルモンはこの原子卵胞が排卵に向けて成熟卵胞へと発育する過程で分泌されるため、この数値を見ることであとどのくらい卵胞が残っているかがなんとなく分かるわけです。通常は1 ng/mlを下回ると卵胞の数がかなり低下していると解釈されます 2)。

抗ミュラー管ホルモンの限界

上記のような話になると便利じゃんAMH!となりそうですが、実は色々な意味で有用性に限界があるのも悩ましいところです。まず、AMHは測定誤差や個人差が大きいことから正常値が定まっていません。また、AMHが示すのは飽くまで卵胞数の目安であって、卵子の質は反映していないため妊娠しやすさと相関するわけでもないのです。(すごく低くても普通に妊娠できたりします。)また、多嚢胞性卵巣をはじめとして様々な要因がAMHの数値に影響を及ぼすとされているもののその全てが解明されているわけでもなく、数値の解釈や使い方そのものが現在進行形で議論されながら進化している物質であり、現時点でこれを測定しても何かがズバッと分かるというものではないんですね 3)。

まとめ

結局役に立つのか立たないのかどっちなの!?って怒られてしまいそうですが、残りの卵胞数の目安がざっくりと分かることで「不妊治療にあとどのくらいの時間がかけられそうか」や「採卵が難しそうかどうか」などの目安になるとされており、生殖医療分野の大事な検査の一つであることは間違いありません。ただ、どんな検査もそれだけで役に立つことはあまりなく、病歴や身体診察、他の様々な検査との組み合わせの中で初めて意味を持つことがほとんどです。何かで抗ミュラー管ホルモンのことを聞いて測ってみたくなった方も、まずは最寄りの産婦人科で今のご自分にはどんな診察や検査が必要なのか相談してみましょう。

1) 百枝幹雄 編. 女性内分泌クリニカルクエスチョン90
2) L Shrikhande, et al. J Obstet Gynaecol India. 2020 Oct;70(5):337-341
3) Lose M E Moolhuijsen, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2020 Nov 1;105(11):3361-3373

骨盤位に対するお灸による頭位回転の可能性

最近、首から背中にかけての痛みが日常生活に支障をきたすほどひどいので、接骨院で鍼療法をしてもらっています。

偶然にも担当の方がにしじまクリニックで生まれた方で、びっくりしましたが嬉しい出来事でした。

今回はそれと関連し、

「お灸は骨盤位を頭位へ矯正できるか 1)」

コクランレビューを確認しました。

https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD003928.pub3/full#CD003928-abs-0001

コクランレビューでは、

・お灸による骨盤位の矯正のエビデンスは限定的

・鍼療法と併用した場合は、帝王切開による出生が少なくなる。胎位矯正(いわゆる逆子体操)と併用した場合は出生時の骨盤位数が減少する可能性がある。

・骨盤位に対するお灸の可能性を評価するため、臨床的に関連性のあるアウトカムおよび介入の安全性について報告され、適切にデザインされたランダム化比較試験が必要

としています。

と言っても、私のように困ったら何かに頼りたくのは事実かと思います。さらに妊婦さんに至っては治療や療養は限定的の事が多くなってしまいますので、私院長としてはお灸/鍼の他、漢方やアロマテラピーなど、いわゆる「remedy(レメディー)」を利用することは周産期管理として賛成です。

当院では骨盤位に対する外回転術は行いません。その変わり、帝王切開を選択されても次回の妊娠がTOLACが可能な要件を満たすため考慮した術式を行なっています。

現在は大変ありがたいことに外来・分娩件数が増えていますのでTOLACに関しては「当院で骨盤位のために初回帝王切開を行った方」が考慮・対象とさせていただいています。骨盤位でも当院で帝王切開なさった方は、次回の妊娠に向けて一つの価値を見い出していただければ幸いです。

文責 院長

引用文献

1) Meaghan E Coyle, et al: Cephalic version by moxibustion for breech presentation. Cochrane Library

妊娠中のリステリア感染症について

こんにちは、副院長の石田です。

たまに物知りな妊婦さんから聞かれるのが「○○を食べてしまったのですが、リステリアは大丈夫でしょうか?」という質問です。歯磨きのCMとかでたまに名前を聞くことがあるこちらの菌ですが、妊娠とリステリアのリスクに関しては聞き馴染みがないという方も多いでしょう。そこで本日は妊娠中のリステリア感染症について少し解説いたします。

リステリア菌とは

リステリアはこの細菌に汚染されたものを食べることで感染しますが、具体的には殺菌されていない牛乳やそれから作られたナチュラルチーズ、生ハムなどを含む十分に加熱されていないお肉やパテ、そのほかスモークサーモンなんかが原因として有名です。感染しても軽症で症状がはっきりしない人が多いですが、その一方で妊婦さんは発症、重症化のハイリスクとされています 1)。潜伏期間は平均11日間で、9割の人が感染から28日以内に発症すると言われていますが、妊婦さんで多い症状は発熱や筋肉の痛み、嘔吐下痢などの割と普通の風邪みたいな症状なので鑑別診断として意識されるのは意外と難しいこともあるかもしれません 2)。ただ、母体は比較的軽症で済むことが多い一方で、胎盤を介して胎児に感染した場合は赤ちゃんの体中に細菌がばら撒かれて重症化し、子宮内胎児死亡や出生直後の新生児死亡などの原因になるため注意が必要です。

リステリア菌に感染したかもと心配になったら

リステリアを考えるのは上記に書いたような原因食材を口にしたうえで38℃以上の発熱があり、しかもそれ以外の明らかな発熱の原因が無いことがポイントになります。これらが当てはまる場合は血液培養という特殊な検査をしつつ検査結果が出る前から抗生剤を見切り発車で投与し始めます。一方でリスクのある食材を口にしてしまっても症状がない場合は感染を証明する有効な検査はなく、念のための抗生剤使用が母児の予後を改善するというエビデンスも存在しないため何もせずに経過観察とすることが推奨されています 1)。

まとめ

というわけで本日は知る人ぞ知るリステリア菌についてのお話でした。原因がある程度分かっている感染症なので、一番大切なのはリスクのあるものを口にしないことです。でも危険な食材を全て覚えるのは大変なので、私は普段から妊婦さんたちに「火の通っていないものは食べないようにしましょう」とお伝えしています。実はたったそれだけ気にするだけで、他にも問題となるトキソプラズマやサルモネラなども回避することができるんですね。妊娠中は気を遣うことがたくさんで大変ですが、できるだけTo Doはシンプルにして無駄なストレスを抱え込まずに過ごせるよう工夫していきましょう。

1) ACOG Committee Opinion No. 614. Obstet Gynecol. 2014;124(6):1241
2) Kristina M Angelo, et al. Clin Infect Dis. 2016 Dec 1;63(11):1487-1489.

レルミナ®︎錠

今回は子宮筋腫や子宮内膜症に対する内服治療薬のレルミナ®︎錠(以下レルミナ)についてお話しさせていただきます。

レルミナの適応・効能効果

・子宮筋腫に基づく過多月経、下腹痛、腰痛、貧血

・子宮内膜症に基づく疼痛(月経痛、下腹痛、腰痛、排便痛、性交痛)の改善

病態生理から考えるレルミナのメカニズム

レルミナはGnRHアンタゴニスト製剤です。

①GnRHアンタゴニストは内因性GnRHの代わりに下垂体前葉にあるGnRH受容体に結合してGnRHの作用を遮断します。

②GnRH作用・刺激を受けない下垂体前葉からは、ゴナドトロピン(FSHとLH)の分泌が抑えられます。

③ゴナドトロピンの刺激を受けない卵巣は、性ステロイドホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の分泌が抑えられます。

レルミナは子宮筋腫や子宮内膜症に関わる性ステロイドホルモンの分泌を抑えることができるので、それらの病態の悪化を防ぐことができるのです。

従来はGnRHアゴニスト製剤として注射剤を用いることが多かったのですが、レルミナは内服製剤なので、処方をさせていただき、ご自身で内服管理が可能な点が一つのポイントとなります。

レルミナ内服の注意点

・食前(食事の30分前までに)内服:レルミナは吸収面において、食事の影響を受けてしまうので、内服は食前、可能であれば朝食前をおすすめします。

・内服投与期間は6ヶ月間:性ステロイドホルモンを抑え続けることによる骨密度の低下を招く恐れがあるため、半年間の内服と治療には一定の制限が設けられています。

・その他、考えられる副作用としては

更年期様症状(ほてり、頭痛、発汗、うつ症状など)

があります。先程の骨密度と同じく、性ステロイドホルモンの分泌が抑制され続けるためです。ただし、レルミナの内服期間は6ヶ月間のため、レルミナ内服終了後は速やかに更年期様症状の改善が見込まれます。

レルミナの6ヶ月内服後、LEP製剤やジエノゲスト錠への切り替えを行い内服治療を続ける場合は、症状に応じて漢方等の処方や内服の工夫を行うことも手段の一つと言えそうです。

勿論、にしじまクリニックの外来でもレルミナの処方は可能です。子宮筋腫や子宮内膜症による症状でお困りの方はご来院いただき、担当医師と一緒に治療の相談をしていきましょう。

(院長執筆)

妊娠中にうなぎ食べてもいいですか?

こんにちは、副院長の石田です。

夏ですね。この時期になると決まって妊婦さんたちから「妊娠中にうなぎ食べてもいいですか?」と聞かれます。この質問に限らず「温泉入っていいですか?」とか、「髪染めていいですか?」など定番の質問はいくつもあるのですが、私個人としては「無限に聞かれる質問には、無限に答える」と決めているため日々これらのお尋ねと向き合っています。ただ、外来の限られた時間ではなかなか詳しいことをお話しするのは難しいので、本日は妊娠中のうなぎについて解説していきたいと思います。

なぜ妊娠中にうなぎを食べることが気にされるのか

うなぎは栄養価が高いというイメージが強い食材ですが、ビタミンAが豊富なことでも有名です。しかしビタミンAは妊婦さんやお腹の赤ちゃんにとって流産の原因になったり、最大25%程度の非常に強い催奇形性(胎児奇形の原因となる性質)があることが知られているため「うなぎは食べたいけど心配」というジレンマを生み出しているわけです 1)。

ビタミンAの摂取量について

妊娠中の摂取が心配な一方で、ビタミンAはうなぎ以外にも色々な食材に含まれているし、そもそも生命活動の維持に必要なのも事実です。実際、ビタミンAは暗いところでの視力や免疫機能、肌や粘膜の状態を保つのに重要な役割を果たしています。そのため妊娠中は体に入れないように気をつけるというものでもありませんし、むしろ量に注意しながら必要な分はちゃんと摂取することが求められます。ではどのくらいまでなら問題ないのかというと、具体的には10,000 IU/日を超えなければ良いと考えられています 2)。うなぎのビタミンA含有量はアメリカ合衆国農務省のデータベースで確認すると、1人前を100gとした場合およそ3,500IUであり摂取上限よりも低そうなことが分かります 3)。ちなみに海外のデータを参照してくるのは単純に日本の厚労省等が出すような信頼性が高くてかつ新しいデータがうまく見つけられなかったからなのですが、やっと辿り着いた内閣府食品安全委員会の少し古いファクトシートによると妊婦さんのビタミンA摂取上限量は2700mcg RAE(単位が違うことに注意)とされており、この単位で換算するとうなぎは100g辺り1500mcg RAEとなっているのでやはり3食の中で1回くらい食べても平気なんだろうなということが分かります 4)。

まとめ

というわけで本日は妊娠中のうなぎについてのお話でした。今年は7/23と8/4に土用丑の日がありますが、妊娠中の滋養強壮として暑い夏を乗り切るために食べたい、食べさせたいという妊婦さんやそのご家族も多いです。上記のようにビタミンAは摂取方法に注意が必要な栄養素ではありますが、うなぎを毎食とか毎日食べるわけでなければ多少多めに摂ったとて問題になることはまずありませんので気にせず楽しんでいただいて良いと思います。
ただ、それでもこの時期に妊娠初期で食べるのを悩んでいますという妊婦さんたちに私は問いたい。

「うなぎの旬をご存知ですか?」と。

そう、うなぎが一番美味しくなるのは冬眠に入る直前にしっかり脂を蓄える初秋から冬です。むしろ夏場はうなぎの売り上げが落ちるため、江戸時代に平賀源内のアドバイスによって土用丑の日=うなぎとマーケティングされたという説すらあるんですね。なので赤ちゃんへの影響を心配しながらうなぎを食べるくらいなら、秋冬になって器官形成期を抜けるのを待ってから、心置きなく美味しいうなぎを味わってみてはいかがでしょうか?

1) M Guillonneau, et al. Arch Pediatr. 1997 Sep;4(9):867-74
2) R K Miller, et al. Reprod Toxicol. Jan-Feb 1998;12(1):75-88
3) USDA National Nutrient Database for Standard ReferenceRelaese 28: https://ods.od.nih.gov/pubs/usdandb/VitaminA-Food.pdf
4) 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート 平成24年9月26日更新:http://www.fsc.go.jp/sonota/factsheet-vitamin-a.pdf