帝王切開分娩による愛着形成への影響

こんにちは、副院長の石田です。

先日、とある妊婦さんから「今回帝王切開の予定なのですが、お腹を痛めずに産んでちゃんとママになれるか心配です。」という悩みをご相談いただくことがありました。よく話を聞いてみると、陣痛を経験しないで産むとちゃんと愛情が出ないのではないかとご心配されていたんですね。同じようなことを気にされる方はいつの時代も少なくありませんが、実際に帝王切開でのお産は母子の絆を阻害することがあるのでしょうか?そこで本日はこの件について少し掘り下げてみましょう。

なんでそういう考え方が出てくるのか?

そもそも私としては、なんで悠久の進化の過程で痛みを感じずに出産できるようにならなかったのかがよく分かりませんが、創世記第3章によるとアダムとイブが神様がダメって言ったのに知恵の実を食べたのがまずかったみたいです。怒った神様がアダムには労働を、イブには陣痛の苦しみを罰として与えたため、いまだにお産はしんどいままということのようでした。ちなみに労働も陣痛も英語にすると”labor”ですが、その語源はここから来ているとかなんとか。
それはさておき心理学的な話をすれば、努力正当化(effort justification)と言って人間は苦労して得たものに強い愛着を感じる傾向があるため、「出産の痛みを経験することで強く子供を愛せる」→「陣痛を耐え抜かないと愛情が足りなくなる」という考えが生まれがちなのかもしれませんね。

実際の影響はどうなっているのか?

これに関しては複数の臨床研究が出ていますが、日本人を対象とした有名なエコチル調査によると経腟分娩と帝王切開で「愛情の欠如」について統計学的な差は見られませんでした 1)。それどころか別の研究では予定、緊急を問わず帝王切開分娩では経腟分娩と比べて産後8週間と14ヶ月の時点における愛着形成が強かったという結果すら示されています 2)。ちなみに帝王切開術が全身麻酔(意識がなくなる麻酔)で行われた場合、脊椎くも膜下麻酔などの局所麻酔の時と比べて退院時の愛着形成に問題が生じる可能性を示唆する報告もありましたが、それですら産後1ヶ月の時点では差が無くなっていたということです 3)。まぁ、手術によってかえって愛情が強くなるとまで言うのはやや違和感がありますが、少なくとも帝王切開分娩のせいで赤ちゃんに対する愛情が阻害されるという心配は不要だと言ってよいでしょう。

まとめ

逆子や胎児機能不全など、帝王切開術の多くは母親というよりは赤ちゃんを助けるために行われます。言い換えると「赤ちゃんが死んでもよい」なら帝王切開をする必要はないことが多々あるんですね。それにも関わらず子供のために自分のお腹を切らせる母親の決断は、私に言わせれば純度100%の愛情であり愛着形成の阻害になり得ません。手術前は母子関係ができるか不安があるとしても生まれてきた赤ちゃんが必ず皆さんを親にしてくれますので、帝王切開が決まった方におかれましても安心して分娩に臨んでいただければと思います。

参考文献
1) Taketoshi Yoshida, et al. J Affect Disorder. 2020 Feb 15;263:516-520.
2) Svenja Doblin, et al. BMC Pregnancy and Childbirth. 2023 Apr 25;23(1):285.
3) Kenta Nitahara, et al. J Perinat Med. 2020 Jun 25;48(5):463-470.

遺伝形式に関わる専門用語

産婦人科診療ガイドラインから

羊水検査の実施要件に「ヘテロ接合体」との単語があります。

今回はこれに関わる用語の説明です。

◻︎アレル(allele):染色体のある部分(「座位」と言います)は遺伝子が存在します。アレルは対立を成すための一つの遺伝子(対立遺伝子)のことです。遺伝子は対をなしており、それらは父と母に由来します。

個人の遺伝型は、2 本の相同染色体上にある両方のアレルから成り立っているとも言えます。

・野生型アレル:疾患の原因とならない

変異型アレル:疾患の原因となる

とされ、この後の文章をご覧ください。

アレルの組み合わせ(接合様式

①ホモ接合:同じ型のアレルを持つもの

同じ型の野生型アレルを持っている→野生型ホモ接合体:異常なし

同じ型の変異型アレルを持っている→変異型ホモ接合体:この組み合わせで疾患を罹患・発症するのが劣性遺伝病です。

「劣性」は劣っているという意味ではなく、表現型を見せにくい、という意味です。両方のアレルが機能不全に陥ったうえで劣性遺伝病は疾患を罹患・発症します。

◻︎表現型(phenotype):遺伝子の組み合わせの結果、生じる個体の特性・特徴を指します。

常染色体劣性遺伝。両親ともに保因者であった場合、児は1/4の確率で罹患します。

ヘテロ接合:野生型アレルと変異型アレルが組み合わさるもの

ホモ(同一)ではないということです。

これによって罹患・発症するものは優性遺伝病です。

常染色体優性遺伝。夫婦どちらかが罹患者であった場合、児は1/2の確率で罹患します。

③ヘミ接合

ヘミとは「半分」という意味です。男性の性染色体は「XY」であり、そもそもそもY染色体に対してX染色体は対立遺伝子として成り立っていないので、XYは相同染色体上のヘミ接合と言えます。

保因者女性のX染色体上に変異型アレルがある場合、その男の子はY染色体と対をなそうとするX染色体が1/2の確率で変異型のため罹患・発症するのがX連鎖性劣性遺伝病です。

X連鎖性劣性遺伝

執筆 院長

日本の妊婦と新型コロナウイルス感染症のこれまで

こんにちは、副院長の石田です。

なんか最近また新型コロナウイルス感染症の患者さんが少し増えてきているのかなという雰囲気がありますが、皆さんは元気にお過ごしでしょうか?2020年から社会全体がパンデミックにより振り回されてきたこともあり、もう名前も聞きたくないという方も多いかもしれませんが、最近の学会誌でこれまでの妊婦さんとコロナの状況についてデータをまとめた論文が出ていたので内容を簡単にご紹介してみようと思います 1)。

妊婦におけるCOVID-19の発生状況

実は国内の妊婦さんにおけるCOVID-19の罹患数についての統計は報告されていません。「あんなに毎日書類書いてどこかに送ってたのに…。」とか思うんですが、全期間を通したレジストリ登録妊婦の重症度別割合を解析すると軽症(咳のみ)が85%、中等症I(呼吸困難あり)が8.2%、中等症II(酸素投与)が6.2%、重症(人工呼吸器やECMOを使用)が0.65%ということでした。ただ、中等症II+重症の割合はデルタ株(第5波)で20%だったものの、オミクロン株(第6波)以降では1%未満と急激に低下したそうです。

妊婦のCOVID-19 重症化リスク

上記の通り、第6波以降で感染した方は明らかに重症度が低いです。ワクチンに関しては接種歴不明を除いて解析すると、中等症II・重症は1回以上接種者で0.39%に対して非接種者10%と有意に差があったようです。そのほか、重症化リスクとしては妊娠前半(21週未満でリスクが6.5倍)、体格(BMI≧30でリスクが2.8倍)、年齢(31歳以上で2.8倍)、妊娠前からの基礎疾患の有無(基礎疾患有りで2.5倍)などが挙げられたそうです。一方で妊娠に伴う産科合併症(妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、切迫流早産など)に関してはCOVID-19の重症化とは関係なさそうということでした。

まとめ

本日は今さらだけど妊娠とコロナについての振り返りをご紹介してみました。どれも皆さんの肌感覚に概ね合うデータなんじゃないかなと思いますがいかがだったでしょうか?コロナだけでなくインフルエンザやマイコプラズマ、最近ではりんご病など様々な感染症が流行っていますが、妊婦さん本人はもちろんご家族も含めて十分注意しながら快適なマタニティライフをお過ごしください。

参考文献
1) Masashi D. Acta Obst Gynaec JPN 2024;76(12):1711-1716.

ロバートソン転座

染色体を形作るDNAの糸が途中で切れて、元と違う形で染色体が再構成される事を「構造異常」と言います。そのうち

・ゲノム量が変わるものを「不均衡型」

・ゲノム量に変化がないものを「均衡型」に分けれらます。

ロバートソン転座とは

今回お話する『ロバートソン転座』は染色体構造異常の一つで、

『13, 14, 15, 21, 22番染色体の長腕(q)どうしがつながった状態』をいいます。

13, 14, 15, 21, 22番染色体の短腕(p)は非常に小さく有効な遺伝子がないため、このような事が起きる可能性があるのです。

*染色体短腕の”p”はフランス語の”petit”に由来します。長腕の”q”はpの次の文字として採用されているようです。

ロバートソン転座が起きると、典型として、染色体数が45本(通常より1本少ない)となります。

14番長腕が13番長腕と結合(短腕は消失)したロバートソン転座で染色体数は45本

ロバートソン転座があると何が問題なのか

ロバートソン転座保因者は染色体数が45本となり、通常(46本)と異なりますが、上記のとおり失われた短腕(p)部分には有効な遺伝子がない(よってロバートソン転座は均衡型の一型としてもとらえられる)ため、表現型は正常(保因者自身には問題は起きない)です。

問題になるのはどちらかがロバートソン転座をもつカップルが妊娠した時、流産の確率が増える事と

21トリソミーが発生する可能性(21番染色体の転座を認めれば)がある事です。

出典:日本産婦人科医会HP。POC検査において, 21モノソミー, 14トリソミー, 14モノソミーの結果が出たらどちらかがロバートソン転座保身者の可能性がある

Down症候群は女性の高年妊娠によって確率が上がる事はよく知られています。このロバートソン転座によるDown症候群(転座型21トリソミー)は年齢とは関係ありません。

またロバートソン転座は50%が新生(de novo)とされている(親がロバートソン転座保因者でないこともある)ため、流産絨毛組織染色体分析(POC)や羊水検査で見つかったり、カップルの染色体検査で判明する事象も考えられます。

転座型21トリソミーは染色体数は46本ですが、そのうち21番の長腕(q)が1本多く、生まれてくる場合はDown症候群となります。

父がロバートソン転座保因者の場合、お子さんがDown症候群となる確率は1%未満、母が保因者の場合は10〜15%といわれています。

執筆 院長

受動喫煙について

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠女性においてはご本人の喫煙のみならず、周囲の人間による受動喫煙を避けることも同様にとても大切です。しかし受動喫煙について正しい知識を持っている人は意外と少ないような印象です。そこで本日はこれに関して少しお話ししてみようと思います。

受動喫煙とは

受動喫煙とは喫煙者ではない人がタバコの成分を意図せず体内に取り込んでしまうことを言います。タバコの燃えている部分から出る煙や、喫煙者が吐き出す煙を吸い込むことで成立するのが一般的な印象かと思いますが、これらの副流煙による”secondhand smoking”以外にも住宅の壁や家具の表面に付着したり埃に混ざって滞留するタバコの成分やその副産物が、皮膚や粘膜を通して体に吸収されることで健康被害を起こす”thirdhand smoking”の危険が知られています1)2)。これらの化学物質は環境中に数ヶ月から時として数年以上留まる可能性が示唆されており、取り除くのが非常に難しいことも問題とされています。

受動喫煙による健康被害

受動喫煙による非喫煙者の健康被害に関してはこれまでにたくさんの研究があります。妊娠に関係なく、一般的には肺がんの発生率が上昇するほか、乳がん、膀胱がん、うつ症状なんかの原因にもなるとされています 3)4)5)。受動喫煙をするのが妊婦さんの場合は、本人の喫煙同様に早産や低出生体重時、死産、先天奇形の頻度を上昇させたという報告もあります 6)7)8)。また、無事出産されたとしても、赤ちゃんに乳幼児突然死症候群、中耳炎、気管支喘息、発達の遅れなどの影響が出現するというデータもあり、やはり親の喫煙は良くないよねということが改めて確認されます 3)9)10)11)。

まとめ

よく「本人から離れて吸っているから大丈夫」という妊婦さんのご家族がいらっしゃるのですが、上述の通り環境に付着したタバコの成分でも受動喫煙が成立するため、少なくとも妊婦さんや子供がタバコの臭いを感じた段階で健康被害の懸念が生じます。そのため完璧な分煙というのは極めて難しく、家族の健康を考えるとみんなで禁煙する以外に方法は無いということになるんですね。タバコには受動喫煙以外にも子供による誤嚥などの危険もあるので、せっかくの妊娠を機会に是非ご家族みんなで禁煙していただくことをお勧めいたします。

参考文献
1) Winickoff JP, et al. Pediatrics. 2009;123(1):e74.
2) Sleiman M, et al. Proc Natl Acad Sci U S A.2010;107(15):6576. Epub 2010 Feb 8.
3) Yu Tong Wang, et al. Biomed Environ Sci. 2023 jan 20;36(1):24-37.
4) Irene Possenti, et al. Eur Respir Rev. 2024 Nov 13;33(174):240077.
5) Taiji Noguchi, et al. J Epidemiol. 2020 Dec 5;30(12):566-573.
6) Leonardo-Bee J, et al. Pediatrics. 2011;127(4):734
7) Crane JM, et al. BJOG. 2011;118(7):865.
8) Leonardo-Bee J, et al. Arch Dis Child Fetal Neonatal Ed. 2008;93(5):F351. Epub 2008 Jan 24.
9) Wisborg K, et al. Arch Dis Child. 2000;83(3):203
10) Polanska K, ET al. Int J Occup Med Environ Health. 2015;28(3):419-43.
11) Jones LL, et al. Arch Pediatr Adolesc Med. 2012;166(1):18