骨盤位に対するお灸による頭位回転の可能性

最近、首から背中にかけての痛みが日常生活に支障をきたすほどひどいので、接骨院で鍼療法をしてもらっています。

偶然にも担当の方がにしじまクリニックで生まれた方で、びっくりしましたが嬉しい出来事でした。

今回はそれと関連し、

「お灸は骨盤位を頭位へ矯正できるか 1)」

コクランレビューを確認しました。

https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD003928.pub3/full#CD003928-abs-0001

コクランレビューでは、

・お灸による骨盤位の矯正のエビデンスは限定的

・鍼療法と併用した場合は、帝王切開による出生が少なくなる。胎位矯正(いわゆる逆子体操)と併用した場合は出生時の骨盤位数が減少する可能性がある。

・骨盤位に対するお灸の可能性を評価するため、臨床的に関連性のあるアウトカムおよび介入の安全性について報告され、適切にデザインされたランダム化比較試験が必要

としています。

と言っても、私のように困ったら何かに頼りたくのは事実かと思います。さらに妊婦さんに至っては治療や療養は限定的の事が多くなってしまいますので、私院長としてはお灸/鍼の他、漢方やアロマテラピーなど、いわゆる「remedy(レメディー)」を利用することは周産期管理として賛成です。

当院では骨盤位に対する外回転術は行いません。その変わり、帝王切開を選択されても次回の妊娠がTOLACが可能な要件を満たすため考慮した術式を行なっています。

現在は大変ありがたいことに外来・分娩件数が増えていますのでTOLACに関しては「当院で骨盤位のために初回帝王切開を行った方」が考慮・対象とさせていただいています。骨盤位でも当院で帝王切開なさった方は、次回の妊娠に向けて一つの価値を見い出していただければ幸いです。

文責 院長

引用文献

1) Meaghan E Coyle, et al: Cephalic version by moxibustion for breech presentation. Cochrane Library

にしじまクリニックのチームステップス

にしじまクリニックは、スタッフ内で勉強会を行っています。先日まで6週間は医療・患者安全のためにチームパフォーマンスを向上させる目的で、チームステップス(TeamSTEPPS)のディスカッションを行いました。

1週目と2週目は、医療状況を評価する『状況モニター』について議論しました。

状況モニター

患者さんのおかれている立場をできるだけピックアップし、かつ産婦人科特有の、産婦さんのみならず赤ちゃんや旦那さんの状況も把握しましょう、という意見が当院スタッフのやさしさが垣間見え、印象的でした。

業務量においては、やるべき事が多くて大変だからこそ、適材適所のスタッフの人材配置に加え、緊急時早めに対処するための位置の事前把握、声がけ・集まりのために一定のルールが必要である、と認識しました。

施設情報として、情報をできるだけ多くのスタッフが知り、それを共有できるか。そのために機材を含めた環境を整えていきましょう、という事になりました。

緊急時適切な対応を行うために、不安な事や大事な情報を伝える発信者の表現・姿勢や、相手(受信者)に内容が適切に伝わるかが重要で、今後どうしたらよいかを考えました。

3週目と4週目は、適切なチームアプローチを行うために状況モニターを含め『4つの能力』について議論しました。

4つの能力:リーダーシップ、コミュニケーション、状況モニター、相互支援

リーダーシップについて、リーダー・コマンダーは緊急時落ち着いて指示する事が求められるのは勿論、平常時から各々が持ち場でのリーダーシップが今後さらに発揮できるようにする事を目標としました。

コミュニケーションでは、普段から患者さんの情報の誤認を防ぐため、複数人で状況を確認する『タイムアウト』を導入し実践し始めました。

にしじまクリニックのスタッフは相互支援が得意だと私院長は思っています。一方これをもっと深く突き詰めて良くする事も必要だと気がつきました。「自分の仕事はここまで」と壁を作ってしまうと相互支援は成り立たなくなるのですが、「何でもいろいろやってくれ」という事でもありません。職種や経験年数の違いを乗り越える気持ちも大事ですが、オーバーワーク・オーバービヘービアになってしまってはいけません。

5週目と6週目は、にしじまクリニックは今後、チーム体制としてどうありたいか、どうあるべきかの確認を行いました。

4つのR

総括すると、

□CUS(Concerned, Uncomfortable, Stop because of Safety issue)の表現と受け取りが重要。発信者は職種および経験年数は関係ない。受信者は寛容さを持つ。発信者のCUSの表現の能力と、受信者の受け取った情報処理能力のバランスが整ったうえで効果的なCUSが成立する。

共通の認識として、“Safety issue”の場合はその場の行為を止めてでも緊急の場へ向かう。この時はオーバートリアージでも許容する。

情報の共有のために複数人数でハドル(huddle)とカンファレンス(conference)で質の高い情報を共有し、目標が正しいかどうかを確認・上方修正する。

huddle: to get or come together in a crowd

conference: meeting for the exchange of ideas

事前に情報を共有する事で緊急時の対応を円滑に行えるようにする。

新しく取り組みを行うのではなく、今行っている事を修飾して強化していく。

という事らにたどり着きました。

皆さまの働かれている企業はチームとしてよい環境でしょうか。

にしじまクリニックはチームパフォーマンスおいてまだ100点満点ではありません(既に満点と思うようであれば、その企業は成長しません)が、「より良いチームにしていきたい」と思う向上心は当院スタッフ全員が持っています。それは今後、さらに患者さんの安全の提供のみならずスタッフが働きやすい環境の構築にもつながる、と確信した勉強会でした。

(院長執筆)

子宮腔内バルーンタンポナーデ

産後の異常出血に対し、子宮収縮薬を用いても止血効果が不十分の場合に子宮腔内バルーンタンポナーデ法が用いられます。

以下、挿入手順をご紹介します。

①子宮内検索として、子宮内からの出血・凝血を可能な限り排出します。ある程度子宮内の出血を排出しないとカテーテルの先穴が詰まってしまったり、バルーン自体が押し出されて排出してしまうからです。

またこの時点で胎盤遺残がないかも確認します。

Note:私が国境なき医師団でアフリカに居た時もBakri®︎分娩後バルーンは準備されており、感心した思い出があります。

‘Uterine Exploration under Anesthesia(UEA)’と表現されるくらい、この時に鎮痛として麻酔管理は適切かも判断・対応していく事が重要です。


②膀胱内容量を減らすため、尿道へフォーリーカテーテルを留置します(子宮内手技のフォーカスされがちだが、緊急時であっても導尿は推奨)。


③子宮内へバルーンカテーテル(Bakri®︎分娩後バルーンまたはアトム子宮止血バルーン)を挿入します(バルーンはしっかりしぼませておく)。用手にて直接子宮内腔へカテーテルを挿入するか、産褥腟鏡をかけ胎盤鉗子などでカテーテルを把持して子宮内へ挿入します。バルーンが内子宮口より上部に位置していることを確認します。

介助者が経腹超音波で子宮内のバルーン位置を確認しながら手技を行う事が望ましいです。


Note:選択的帝王切開の分娩後異常出血で、子宮口が狭く用手挿入が困難な場合、スタイレット付きのアトム子宮止血バルーンが扱いやすいです。

またいずれに手技にも言える事ですが、適切な場所と体位のもと、挿入を行う事がポイントとなります。


④滅菌生理食塩水または蒸留水で子宮内のバルーンを拡張します。容量は最大500mLまで、バルーンを拡張することで腟鏡をかけた子宮頸管からバルーンが見えてくる(通常250mL前後で見えてくる)のを『適量拡張』と判断します。

Note:バルーンへの注入量は150〜500mLです。子宮止血専用バルーンの代替品としてメトロイリンテルの使用も可能ですが、注入量の限界やラテックスアレルギーの懸念、そして保険適応の有無から子宮止血専用のバルーンが望ましいのは言うまでもありません。


⑤ドレナージポートに閉鎖式導尿バッグをつなぎます。留置後の出血モニタリングが可能なのが子宮止血専用バルーンの良い点です。

⑥バルーンが下降しないよう腟内にガーゼを充填します(vaginal pack、日本ではヨードホルムガーゼが用いられる事が多い)。または頸リス鉗子で子宮頸管側方を把持してバルーンの下降を防ぐという手段もあります。

Note:重症PPHまたは産科危機的出血が想定される緊急状態において、『15分後経過しても止血効果が不十分』なら次の止血法を考慮すべきです。すなわち、動脈塞栓術が行える高次施設への産褥搬送となります。

(院長執筆)

『無痛分娩』の程度

無痛分娩は本当に”無痛”なのでしょうか。

結論から申し上げますと、痛みはゼロではない、のです。

にしじまクリニックでは無痛分娩は硬膜外麻酔を採用しています。硬膜外腔にカテーテルを入れて、そこから局所麻酔薬を注入できるようにします。

(本来、分娩の目標は『母児ともに安全な分娩を迎える』ことです。無痛分娩処置における無理は禁物であることをご承知ください。)

では無痛分娩をいつ開始するか。原則として産婦さんが希望する時期に硬膜外麻酔の手技を行います1)。それは陣痛(10分間以内に子宮収縮による痛みを定期的に伴う状態)開始後、となりますので、この時点で既に「分娩は痛みはゼロで行われる」ことはないのです。よって無痛分娩を希望されるとしても、知識や準備をせずに陣痛を迎えると、分娩の満足度が得られにくいばかりか安全な分娩をそこなわれる可能性すらあるのです。

もう少し具体的に、陣痛の痛みをより感じる時間帯を申し上げると、分娩第1期進行期以降、いわゆる子宮口が4〜6cmの時期以降は分娩進行のスピードが早まりますので、痛みを感じやすいです。よってこの時期に硬膜外麻酔の手技を行うことが多いです。また初産婦さんと経産婦さんでは分娩進行スピードは異なりますので、それを意識した鎮痛の開始を心がける必要があります。

硬膜外麻酔は、より深度のある脊髄くも膜下麻酔(帝王切開での麻酔)と違って、また妊婦さんに負担の少ない・低濃度の局所麻酔薬を選択するという観点から運動機能が麻痺する程の麻酔はかけられません。実際硬膜外麻酔による脊髄幹鎮痛を行なっている分娩において、多少脚のしびれはあっても怒責は可能なのです。ということは『怒責がかけられる=子宮収縮はわかる』のです。

また分娩第1期はTh10〜L1の痛みに対し、子宮口全開大(10cm)以降である分娩第2期の痛みの部位は、S2〜S4でより鋭い痛みとなる知覚神経による体性痛も伴います2)。安全な麻酔の心がけるゆえに局所麻酔薬の少量分割投与(1回につき局所麻酔薬を5cc/30分注入投与)とするため、分娩進行スピードの早い経産婦さんは維持鎮痛が追いつかない場合もあります。

硬膜外麻酔手技のカテーテル挿入位置は、上記の痛み部位をおさえるため、多くの場合はL3-4の部位としています。

個人差はありますが、カテーテルから局所麻酔薬単独の少量分割投与を数回(2・3回の注入投与)行うことで鎮痛の効果発現が得られることが多いです。

もちろん、分娩後の処置(腟壁会陰裂傷の縫合等)まで鎮痛管理を行います。この時、硬膜外麻酔が効いていれば傷周囲の皮下浸潤麻酔は不要です。ここで「(S領域まで)麻酔が効いていたんだ」と気づかれる方もいます。

あとはしっかり正中にカテーテルが挿入されていることが鎮痛効果を得られる要因ともなりますので、硬膜外カテーテルの挿入手技時は、体位保持のご協力をよろしくお願いします。カテーテルの挿入方向等による硬膜外麻酔の鎮痛が不十分である事象は約8%みられるそうです3) 。ただし重ねて申しあげますが、無痛分娩処置における無理は禁物であり、麻酔が効かない・効きにくいからといって何度も再処置(穿刺挿入手技)を行うことは、むしろリスクを招く可能性がありますので、硬膜外麻酔を中止する可能性はご理解ください。

とはいえ、硬膜外麻酔管理による『無痛分娩』は、行わない方に比べて圧倒的に鎮痛効果を得られるのは事実です。痛みをできるだけおさえてご自身の既往や合併症に対しベネフィットを得られることもありますから、気になることがありましたら是非とも担当医師にお尋ねください。

(院長執筆)

参考資料、文献;

1) 月刊産科麻酔(日本産科麻酔科学会)

2) 岡原祥子. 正常分娩の鎮痛・鎮静. pp556-561. 日臨麻会誌Vol.38No.4

3) Pan PH, et al. Incidence and characteristics of failures in obstetric neuraxial analgesia and anesthesia: a retrospective analysis of 19,259 deliveries. pp227-233. Int J Obstet Anesth 2004; 13: 227

『STEP』の活用

にしじまクリニックでは患者・妊婦さんの安全を確かなものにするために、チーム体制の強化を行なっています。エビデンスに基づいたチーム体制を強化するため、”チームSTEPPS”というプログラムを実診療で浸透させていきます。今回はチームSTEPPSの能力の一つである『状況モニター』のうち、『STEP』というツールについて述べていきます。

患者・妊婦さんのみならず、チームのメンバーを「モニター」することで医療安全を確かなものにし、エラーを回避していきます。そのツールとして『STEP』の情報をメンバー内で共有していくのです。STEPとはモニターする4つの大項目の頭文字を合わせたものです。

陣痛が発来した産婦さんでSTEPを考えてみます。

Status of the patient:産婦さんの状況

□患者・妊婦(産婦)さんの妊娠週数・妊娠分娩歴・既往歴・GBS保菌・アレルギー

□バイタルサイン

□身体所見:内診・CTGモニターの評価 等

□心理社会的状況:外国籍・立会い分娩・臍帯血採取 等

Team members:チームメンバー

□業務量は適切か(担当助産師、分娩担当以外の業務):忙しい状況かどうかは日々異なる

Environment:環境

□院内の状況:LDRや手術室の状況

□人材・人員:バックアップスタッフ、アロマスタッフ、担当医 等

□的確なトリアージ:内診やCTGモニターの評価等の継続性の確認

Progress toward goal:目標と進行状況

□既存の計画:モニタリングや内診評価、分娩誘発、分娩様式は適切か

これらの因子をまとめ、チームメンバー内で共有します。当院ではナースステーションのホワイトボードにまとめて情報を見れるように行います。

医師と助産師・看護師との1対1の申し送りだけではなく、チームメンバー内でこのSTEPを共有するハドルの時間は患者安全にとても効果的であり、当院では主に午前中のナースステーションでSTEPの共有を行います。

(院長執筆)