子宮腔内バルーンタンポナーデ

産後の異常出血に対し、子宮収縮薬を用いても止血効果が不十分の場合に子宮腔内バルーンタンポナーデ法が用いられます。

以下、挿入手順をご紹介します。

①子宮内検索として、子宮内からの出血・凝血を可能な限り排出します。ある程度子宮内の出血を排出しないとカテーテルの先穴が詰まってしまったり、バルーン自体が押し出されて排出してしまうからです。

またこの時点で胎盤遺残がないかも確認します。

Note:私が国境なき医師団でアフリカに居た時もBakri®︎分娩後バルーンは準備されており、感心した思い出があります。

‘Uterine Exploration under Anesthesia(UEA)’と表現されるくらい、この時に鎮痛として麻酔管理は適切かも判断・対応していく事が重要です。


②膀胱内容量を減らすため、尿道へフォーリーカテーテルを留置します(子宮内手技のフォーカスされがちだが、緊急時であっても導尿は推奨)。


③子宮内へバルーンカテーテル(Bakri®︎分娩後バルーンまたはアトム子宮止血バルーン)を挿入します(バルーンはしっかりしぼませておく)。用手にて直接子宮内腔へカテーテルを挿入するか、産褥腟鏡をかけ胎盤鉗子などでカテーテルを把持して子宮内へ挿入します。バルーンが内子宮口より上部に位置していることを確認します。

介助者が経腹超音波で子宮内のバルーン位置を確認しながら手技を行う事が望ましいです。


Note:選択的帝王切開の分娩後異常出血で、子宮口が狭く用手挿入が困難な場合、スタイレット付きのアトム子宮止血バルーンが扱いやすいです。

またいずれに手技にも言える事ですが、適切な場所と体位のもと、挿入を行う事がポイントとなります。


④滅菌生理食塩水または蒸留水で子宮内のバルーンを拡張します。容量は最大500mLまで、バルーンを拡張することで腟鏡をかけた子宮頸管からバルーンが見えてくる(通常250mL前後で見えてくる)のを『適量拡張』と判断します。

Note:バルーンへの注入量は150〜500mLです。子宮止血専用バルーンの代替品としてメトロイリンテルの使用も可能ですが、注入量の限界やラテックスアレルギーの懸念、そして保険適応の有無から子宮止血専用のバルーンが望ましいのは言うまでもありません。


⑤ドレナージポートに閉鎖式導尿バッグをつなぎます。留置後の出血モニタリングが可能なのが子宮止血専用バルーンの良い点です。

⑥バルーンが下降しないよう腟内にガーゼを充填します(vaginal pack、日本ではヨードホルムガーゼが用いられる事が多い)。または頸リス鉗子で子宮頸管側方を把持してバルーンの下降を防ぐという手段もあります。

Note:重症PPHまたは産科危機的出血が想定される緊急状態において、『15分後経過しても止血効果が不十分』なら次の止血法を考慮すべきです。すなわち、動脈塞栓術が行える高次施設への産褥搬送となります。

(院長執筆)

『無痛分娩』の程度

無痛分娩は本当に”無痛”なのでしょうか。

結論から申し上げますと、痛みはゼロではない、のです。

にしじまクリニックでは無痛分娩は硬膜外麻酔を採用しています。硬膜外腔にカテーテルを入れて、そこから局所麻酔薬を注入できるようにします。

(本来、分娩の目標は『母児ともに安全な分娩を迎える』ことです。無痛分娩処置における無理は禁物であることをご承知ください。)

では無痛分娩をいつ開始するか。原則として産婦さんが希望する時期に硬膜外麻酔の手技を行います1)。それは陣痛(10分間以内に子宮収縮による痛みを定期的に伴う状態)開始後、となりますので、この時点で既に「分娩は痛みはゼロで行われる」ことはないのです。よって無痛分娩を希望されるとしても、知識や準備をせずに陣痛を迎えると、分娩の満足度が得られにくいばかりか安全な分娩をそこなわれる可能性すらあるのです。

もう少し具体的に、陣痛の痛みをより感じる時間帯を申し上げると、分娩第1期進行期以降、いわゆる子宮口が4〜6cmの時期以降は分娩進行のスピードが早まりますので、痛みを感じやすいです。よってこの時期に硬膜外麻酔の手技を行うことが多いです。また初産婦さんと経産婦さんでは分娩進行スピードは異なりますので、それを意識した鎮痛の開始を心がける必要があります。

硬膜外麻酔は、より深度のある脊髄くも膜下麻酔(帝王切開での麻酔)と違って、また妊婦さんに負担の少ない・低濃度の局所麻酔薬を選択するという観点から運動機能が麻痺する程の麻酔はかけられません。実際硬膜外麻酔による脊髄幹鎮痛を行なっている分娩において、多少脚のしびれはあっても怒責は可能なのです。ということは『怒責がかけられる=子宮収縮はわかる』のです。

また分娩第1期はTh10〜L1の痛みに対し、子宮口全開大(10cm)以降である分娩第2期の痛みの部位は、S2〜S4でより鋭い痛みとなる知覚神経による体性痛も伴います2)。安全な麻酔の心がけるゆえに局所麻酔薬の少量分割投与(1回につき局所麻酔薬を5cc/30分注入投与)とするため、分娩進行スピードの早い経産婦さんは維持鎮痛が追いつかない場合もあります。

硬膜外麻酔手技のカテーテル挿入位置は、上記の痛み部位をおさえるため、多くの場合はL3-4の部位としています。

個人差はありますが、カテーテルから局所麻酔薬単独の少量分割投与を数回(2・3回の注入投与)行うことで鎮痛の効果発現が得られることが多いです。

もちろん、分娩後の処置(腟壁会陰裂傷の縫合等)まで鎮痛管理を行います。この時、硬膜外麻酔が効いていれば傷周囲の皮下浸潤麻酔は不要です。ここで「(S領域まで)麻酔が効いていたんだ」と気づかれる方もいます。

あとはしっかり正中にカテーテルが挿入されていることが鎮痛効果を得られる要因ともなりますので、硬膜外カテーテルの挿入手技時は、体位保持のご協力をよろしくお願いします。カテーテルの挿入方向等による硬膜外麻酔の鎮痛が不十分である事象は約8%みられるそうです3) 。ただし重ねて申しあげますが、無痛分娩処置における無理は禁物であり、麻酔が効かない・効きにくいからといって何度も再処置(穿刺挿入手技)を行うことは、むしろリスクを招く可能性がありますので、硬膜外麻酔を中止する可能性はご理解ください。

とはいえ、硬膜外麻酔管理による『無痛分娩』は、行わない方に比べて圧倒的に鎮痛効果を得られるのは事実です。痛みをできるだけおさえてご自身の既往や合併症に対しベネフィットを得られることもありますから、気になることがありましたら是非とも担当医師にお尋ねください。

(院長執筆)

参考資料、文献;

1) 月刊産科麻酔(日本産科麻酔科学会)

2) 岡原祥子. 正常分娩の鎮痛・鎮静. pp556-561. 日臨麻会誌Vol.38No.4

3) Pan PH, et al. Incidence and characteristics of failures in obstetric neuraxial analgesia and anesthesia: a retrospective analysis of 19,259 deliveries. pp227-233. Int J Obstet Anesth 2004; 13: 227

『STEP』の活用

にしじまクリニックでは患者・妊婦さんの安全を確かなものにするために、チーム体制の強化を行なっています。エビデンスに基づいたチーム体制を強化するため、”チームSTEPPS”というプログラムを実診療で浸透させていきます。今回はチームSTEPPSの能力の一つである『状況モニター』のうち、『STEP』というツールについて述べていきます。

患者・妊婦さんのみならず、チームのメンバーを「モニター」することで医療安全を確かなものにし、エラーを回避していきます。そのツールとして『STEP』の情報をメンバー内で共有していくのです。STEPとはモニターする4つの大項目の頭文字を合わせたものです。

陣痛が発来した産婦さんでSTEPを考えてみます。

Status of the patient:産婦さんの状況

□患者・妊婦(産婦)さんの妊娠週数・妊娠分娩歴・既往歴・GBS保菌・アレルギー

□バイタルサイン

□身体所見:内診・CTGモニターの評価 等

□心理社会的状況:外国籍・立会い分娩・臍帯血採取 等

Team members:チームメンバー

□業務量は適切か(担当助産師、分娩担当以外の業務):忙しい状況かどうかは日々異なる

Environment:環境

□院内の状況:LDRや手術室の状況

□人材・人員:バックアップスタッフ、アロマスタッフ、担当医 等

□的確なトリアージ:内診やCTGモニターの評価等の継続性の確認

Progress toward goal:目標と進行状況

□既存の計画:モニタリングや内診評価、分娩誘発、分娩様式は適切か

これらの因子をまとめ、チームメンバー内で共有します。当院ではナースステーションのホワイトボードにまとめて情報を見れるように行います。

医師と助産師・看護師との1対1の申し送りだけではなく、チームメンバー内でこのSTEPを共有するハドルの時間は患者安全にとても効果的であり、当院では主に午前中のナースステーションでSTEPの共有を行います。

(院長執筆)

思春期の生理痛とその対処法

こんにちは、副院長の石田です。

当院は最近10代の女性患者さんが増えてきています。婦人科受診が初めてで色々不安という方も多いですが、彼女たちの訴えで最も多いのが生理痛です。そこで本日は思春期の生理痛について少しお話しします。

思春期の生理痛の原因

子宮筋腫や子宮内膜症などが原因で生理が重くなるのを「器質性月経困難症」と言いますが、これらは20代以降によく見られる一方で10代の女性では特に原因疾患が指摘できない「機能性月経困難症」がほとんどです。これは生理中に子宮の筋肉を収縮させるプロスタグランジンというホルモンが体質的に出過ぎる結果、子宮の血流が悪くなることで痛みが強く出ると考えられています。どこまでが普通でどこからが病気という明確な線引きは無く、ご本人が生理痛のせいで生活に支障が出ていれば診断となります。そのため実態の把握が難しいですが、あるデータによればほとんどの女の子が生理痛に悩んでいて、20〜40%は日常生活に影響が出ているとされており無視できない問題です 1)。

診察

問診と必要に応じて身体診察が行われますが、当院は院長も私も男性医師なので診察中は必ず女性スタッフが同席いたします。問診は生理のこと以外にも性交渉の有無などプライベートな質問があるのでご家族が一緒に来院されている場合でもご本人の希望がない限りは原則お一人で話を伺います。また、答えたくない質問に無理に答える必要はありませんし、仮に喫煙や飲酒などについて「ある」と答えても親や学校に連絡がいくことはありません。
身体診察では精度が高いのは腟からの診察になりますが、性交渉未経験であったりそもそも気が進まなかったりということがあればお腹の触診や超音波検査に切り替えます。いずれにしてもご本人の意思を尊重しながらの診察になるので安心していただいて大丈夫です。

治療

治療法は様々ですが、よく使われるのは痛み止め、漢方、低用量ピルです。痛み止めは最もシンプルな治療で、市販薬でも有効な場合は病院に通う手間も省けます。もし生理痛が思ったように良くならない場合、生理の時期がある程度よめるのであれば生理開始直前から1日3回など予め服用し始めると痛みがコントロールしやすくなることもあります。
漢方は体質改善的な働きが期待できます。安価であり比較的導入しやすいですが、苦くて粉なうえに1日3回の服用を継続する必要があるのが難点です。加えて効果の発現までに要する時間が人によって異なることと、必ずしも全員に一定の効果が期待できるわけではありません。
低用量ピルは避妊薬という印象が強いかもですが、生理も軽くしてくれます。痛みだけでなく出血量も減るのでそちらでもお悩みの場合はより強く効果を実感できるでしょう。加えて月経前症候群の改善、ニキビの抑制や望まない妊娠を防ぐ効果もあります。製剤によっては生理回数を減らしたり、生理のタイミングを自分でコントロールすることもできるため思春期の女性にとってはとても良い選択肢です。「避妊ピル」というとなんだか使うのが恥ずかしくなってしまう人もいるかもですが、当院でも生理痛の緩和を目的に処方を受けている中高生の女の子はたくさんいらっしゃるので身構えすぎる必要はありません。
上記以外の治療としては、子宮内避妊リング(ミレーナ®︎)も選択肢となりますが、思春期では初交(初めてのセックス)がまだだったり子宮内への器具の挿入に抵抗感が強いことも多く実際に使用されることは少ないです。ただ、効果は高いですし、10代に使用できないということは全くありませんので興味があれば是非ご相談ください。

まとめ

というわけで本日は思春期女性の生理痛についてお話ししました。生理痛は人によって重さが違うこと、男性には分からないことなどが理由で周囲に理解されにくい悩みの一つです。特に10代の女性では周囲に相談しにくかったり産婦人科受診へのハードルが高かったりと解決が難しい問題かもしれません。しかし素敵な思い出や経験を重ねる思春期の貴重な時間が生理痛で台無しされるのは勿体無いです。当院ではできるだけご本人の気持ちに寄り添った形で丁寧に診察を進めるよう心がけておりますので是非安心して受診していただければと思います。

1) Aalia Sachedina, et al. J Clin Res Pediatr Endocrinol. 2020 Feb 6;12(Suppl 1):7-17

陽圧換気を行うバッグ

皆様は「人工呼吸」というとどのようなイメージをもたれるでしょうか。

今回は人工呼吸、いわば陽圧換気を行うためのバッグについて取り上げようと思います。

陽圧換気を行うためには大きく2種類のバッグがあります。

自己膨張式バッグ

ガス源(空気、酸素)が必要ないので、持っていけば場所を選ばず使用可能です。またリザーバーバッグと酸素を繋ぐこともでき、人工呼吸として高濃度酸素を供給することが可能です。ただしフリーフロー酸素投与は行えません。

成人の自己膨張式バッグはAmbu社のバッグが有名なため、「アンビューバッグ」と呼ばれることもあります。

自己膨張式バッグ

流量膨張式バッグ

ガス源とその回路(「ジャクソンリース」と呼ばれます)が必要となるので、主に出生直後のウォーマー機能のあるインファントベッドで用います。フリーフロー酸素や持続的陽圧換気補助(CPAP: Continuous Positive Airway Pressure)を行うことができます。

流量膨張式バッグ

なぜCPAPが行えることが重要かと申しますと、

例えば風船を膨らますことを想像してみてください。新しい風船を膨らます時は、力を入れて空気を入れますよね?風船が膨らんだ後、再度空気が抜けたとしても2回目3回目は最初より空気を送りやすくありませんか?これは初回の空気の残気が風船の中に残っているからです。これは肺も同じ原理で空気が残存していると呼吸補助による吸気も楽に送り込まれるんですね。この『残気』を保持してあげる状態の圧を『PEEP』と呼び、このPEEPをかけ続ける補助換気のことを『CPAP』といいます。要は赤ちゃんが呼吸をすることが楽になるのです。

PEEP: Positive End Expiratory Pressure

にしじまクリニックの医師と助産師と看護師は全員、新生児蘇生法のNCPR取得者です。

生まれた全ての赤ちゃんはNCPRのアルゴリズムに従って管理を進めていきます。多くは出生直後も異常なくルーチンケアへと進みます。

しかしながら、自発呼吸があってもちょっと調子の悪そうな、いわゆる『努力呼吸』または『チアノーゼ(児の酸素化不良)』がみられる一次性無呼吸状態の子を見つけ出してすぐにCPAPやフリーフロー酸素を行ってあげることができる『安定化の流れ』に児の状態をつなげていくことが重要なのです。

『安定化の流れ』は図右側(青矢印方向)

出生後、陽圧換気が必要な児は約5%といわれています。自発呼吸がない、または心拍が1分に100回未満の子には人工呼吸が必要なので上記2種類のバッグを用いて人工呼吸を行い二次性無呼吸に対する『救命の流れ』に進んでいきます。

(院長執筆)