ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)について

こんにちは、副院長の石田です。

妊婦健診では母子の健康を守るために様々な検査を行いますが、中には普段見慣れないものもいくつか含まれていると思います。HTLV-1なんかはまさにその代表的なものですが、一体この項目はどういった理由で計測されているのでしょうか?そこで本日はHTLV-1について少し解説してみたいと思います。

HTLV-1とは

“HTLV-1“は頭文字なので、これを正式に記述するとHuman T-cell Lymphotropic Virus type 1というウイルスです。日本語だとヒトT細胞白血病ウイルスI型という名前ですが、これはこのウイルスの名前の中にある“L”に“lymphotropic“ではなく白血病を意味する“leukemia“を使うことが日本では多いため、そのせいかと思います。感染者は世界中で1000〜2000万人と推計されていますが、九州・沖縄を中心とした日本の南西部地域はエンデミックが起きている地域として世界的にも有名です 1)2)。文字通り白血病やリンパ腫をはじめ、脊髄症やぶどう膜炎(眼病)の原因となることが知られている一方で、90%以上の感染者は死ぬまでこのウイルスによる病気を発症しません。また、これらの病気になるとしても、感染してから発症まで20〜30年程度の時間がかかると考えられています 3)。血液や体液を介して感染するため、感染経路は性交渉や注射針を中心とした針刺しに加え、授乳なども挙げられます。

HTLV-1への感染が分かったら

当院では母子手帳を使用する初めての妊婦健診で他の項目と一緒に血液検査をします。これで陰性となる場合は問題ないのですが、陽性と出た場合はさらに確認検査を行い、再度陽性となったら感染が確定します。残念ながらこのウイルスには妊娠の有無に関わらず確立した治療法はないため、赤ちゃんにうつさないことが唯一の対策となります。前述の通り母乳育児は感染経路の一つですが、授乳期間が長いほど感染率が高くなるとされており、長期で授乳した場合は15〜20%程度となる一方で、短期で授乳した場合や授乳をせず粉ミルクで育児した場合は5%を切るくらいというデータがあります 4)5)6)。そのため産後90日以内に卒乳するか、あるいはより確実に感染リスクを下げるという観点から初めから母乳を与えないという方法を取ることもガイドライン上は勧められています 7)。ただ、それでも5%前後の赤ちゃんでは感染してしまうため、その場合には小児科との連携のもとで慎重に対応することが求められます。

まとめ

本日は聞き馴染みのないHTLV-1というウイルスについて解説してみました。ウイルス自体は世界中に分布していると考えられてはいるものの、妊婦さん限定とはいえスクリーニング検査を実施しているのが日本だけということもあり、実際の感染規模や状況は未知の部分が多いとされています。また、前述の通り日本の南西部で感染率が高い一方で、現在はそれ以外の地域でも感染者が増加しているとされていることにも注意が必要です。ただ、感染していても生涯それによる病気に発展しないことの方が多いので、感染が判明した方におかれましては慌てずに主治医へ相談してみましょう。

参考文献
1) Greta Forlani, et al. Int J Mol Sci. 2021 Jul 27;22(15):8001.
2) E Eusebio-Ponce, et al. Rev Esp Quimioter. 2019 Dec;32(6):485-496. Epub 2019 Oct 25.
3) Denise Utsch Goncalves, et al. Clin Microbiol Rev. 2010 Jul;23(3):577–589.
4) K Takahashi, et al. Int J Cancer. 1991 Nov 11;49(5):673-7.
5) Kazuo Itabashi, et al. Pediatr Int. 2021 Mar;63(3):284-289.
6) Tokuo Miyazawa, et al. Viruses. 2021 May 1;13(5):819.
7) 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン 産科編. 2023:CQ612

卵子凍結について

こんにちは、副院長の石田です。

最近「卵子凍結」という言葉がちらほら見られるようになりました。結構前から子供を含めたがん患者に対する医療としての卵子凍結は一般的に行われていましたが、最近は病気でない女性の卵子凍結が注目されているように思います。実際、私も知人から「卵子凍結に興味があるんだけど」と相談されることが何回かありました。そこで本日は卵子凍結についてお話ししてみようと思います。

卵子凍結とは

排卵誘発などを行い採取した卵子を未来の妊娠のために凍結保存する医療技術です。リアルタイムで新しく作り続けられる精子と違い、卵子は女性が生まれつき卵巣内に持っている分が全てで新たに作られることはありません。そのため卵子は持ち主の女性と一緒に加齢していきます。また、胎児期の卵巣内に約500万個ある卵子は、生まれた時には約100万個にまで減少しています。そして思春期には10万個程度まで減っており、1000個程度になると閉経すると考えられています。つまり卵子は時間経過とともに質と量の低下を受けるため、女性は歳をとるほど妊娠しにくくなったり、子供の染色体異常が発生しやすくなったりするのです。しかし卵子凍結は採卵時点での卵子の状態を維持できるため、質の低下を止められるわけです。そのため「今は予定が無いけど、将来の妊娠のためにより状態の良い卵子を残しておきたい」と考える女性にとって選択肢の一つとなっているのです。

卵子凍結の注意点

晩婚・晩産化が進む日本社会において、卵子凍結はより良いライフプランニングのための有力な選択肢に思えるかもしれませんが、実際には注意が必要です。まず、卵子凍結は必ずしも未来の妊娠を約束してくれるわけではありません。凍結した卵子を使用する際は解凍した上で体外受精を行い、一定程度細胞分裂させた“胚“を子宮内に移植する必要があります。これらの過程を経て最終的に出産まで辿り着くのは凍結卵子1個あたり10%前後というデータがあり、希望すればすぐに妊娠できるわけではないことが分かります 1)。また、卵子凍結で止められるのは「卵子の時計」だけで、女性の身体そのものの時間は止まりません。そのため母体年齢が高くなるほど医療技術を用いても妊娠が成立する可能性が低下します 2)3)。さらには加齢に伴い妊娠前から何かしらの病気を持っている可能性が高まったり、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群、早産、産後の大出血など妊娠・出産に伴う健康リスクも増加します。卵子凍結を検討している女性は、あらかじめこれらを十分に理解することが大切です。

まとめ

卵子凍結は様々な社会課題を内包しつつも、治療によって卵巣機能を失う可能性があるがんなどの病気を抱えた女性、性的マイノリティーの方、妊娠を希望しているがまだ良い出会いが無い女性などに、血の繋がった子供を持つチャンスがより多くもたらされるという点で良い医療技術です 4)。事実、ある調査によると卵子凍結を実施したうちの89%の女性が凍結した卵子を使用する・しないに関わらず、より多彩な選択肢を持てたことに満足しているという結果が示されました 5)。その一方でしばしば気になるのが、「卵子凍結をすればいつでも凍結時のコンディションで安全に妊娠できる」という楽観的な誤解を持つ方や、採卵から妊娠・出産に至るまでのリスクに対する理解が足りていないと感じる方が少なくないことです。また、卵子凍結をお考えであっても、状況によってはそもそも自然妊娠や従来の不妊治療で進めるべきと思われる方もいらっしゃいます。選択肢の多い時代だからこそ、皆さんのライフプランにどれが最適な方法かを最寄りの専門施設で相談してみると良いかもしれませんね。

こちらは日本産科婦人科学会による卵子凍結についての解説動画です。非常に分かりやすいと思いますので是非ご覧ください。
https://www.jsog.or.jp/medical/865/

参考文献
1) Practice Committees of the American Society for Reproductive Medicine and the Society for Assisted Reproductive Technology. Fertile Steril. 2013 Jan;99(1):37-43.
2) Sarah Druckenmiller Cascante, et al. J Assist Reprod Genet. 2024 Nov;41(11):2979-2985.
3) Angela Q Leung, et al. Reprod Biomed Online. 2021 Oct;43(4):671-679.
4) Sarah Druckenmiller Cascante. Reprod Biomed Online. 2023 Dec;47(6):103367.
5) Eleni A Greenwood, et al. Fertil Steril. 2018 Jun;109(6):1097-1104.e1.

丙午(ひのえうま)についての雑感

あけましておめでとうございます、副院長の石田です。

私の妻が小児科医なんですが、先日「2026年って丙午なんだよね?」と言われました。なんでも小児科界隈ではベテランの先生方を中心に、これがきっかけで少子化がさらに加速してしまったらどうしようと心配する雰囲気があるらしいです。確かにネットニュースやYouTubeでも丙午について議論するようなものをチラチラ見かけます。そこで本日はこの件について少しお話ししてみたいと思います。

そもそも干支とは

一般的に干支(えと)と言うと子(ネズミ)から亥(イノシシ)までの生まれ年ごとに割り振られた12種類の動物がイメージされると思います。これを十二支と言いますが、正式にはこれらの動物に加えて甲(きのえ)から癸(みずのと)で構成される十干(じっかん)という暦法を組み合わせた60種類で干支は表されることになっています。例えば1982年生まれの私の場合、十二支は戌(いぬ)で、干支は壬戌(みずのえいぬ)と表されるわけです。余談ですが、60歳を還暦と呼ぶのは干支が1周して元の自分の“暦“に“還“るからです。

では丙午とは

すごく簡単に言うと、八百屋お七という情熱的な女性がある男の人のことを好きすぎて放火事件を起こした末に死刑になったという、井原西鶴の作ったハードボイルドなフィクションが流行った結果、転じて「丙午生まれの女性は気性が荒く、男を不幸にする」という迷信が広がって、丙午の年の出生数がダダ下がったという話です。実際前回の丙午である1966年の出生数は25%程度減少しており、江戸前期に作られたストーリーが約300年の時を越えて赤ちゃんの数に影響したことを考えるとなんだか壮大な感じがしますよね。いずれにしても今年は60年ぶりの丙午ということで、ちょっとした話題になっているのです。

雑感

日本全体で妊婦さんがどうお考えかは分からないのですが、私のイメージでは丙午を気にしている妊婦さんはほとんどいません。妊娠、出産の性質上、今年が予定日になる患者さんは昨年の5月ごろから妊婦健診を開始していますが、普段の妊婦健診でその心配を口にされる方はほぼ皆無でしたし、エコーを見ながら「女の子ですよ」と伝えても、みなさんとても喜んでくれます。客観的な数字の話で言うと、妊婦健診で来られる患者さんの数も全く減っていませんし、少なくとも当院の周辺地域のご家族はあまり気にしていなさそうです。

まとめ

本日は話題の丙午についてお話ししてみました。干支占い的に言われる性格の傾向では、丙午生まれは「明るく行動が大胆で、無理だと言われることでも実現させられる強さがある」人だそうです。今年生まれた子どもたちは、将来世界をより良い場所に変えてくれるような世代になるかもしれませんね。

本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

「お産の時に会陰切開してほしくないな」と思っているみなさんへ

こんにちは、副院長の石田です。

お産が近づいてくると気になることの一つに会陰切開があります。会陰切開が分娩時に行われることがある、ということ自体は初産婦の方でも多くが知っているものの、実際に「切る」と想像すると不安や恐怖を感じてしまう人もいるでしょう。そこで本日は、会陰切開をどう考え、どのように向き合っていけばよいのかについて一緒に考えていきたいと思います。

会陰切開とはなんなのか

会陰切開とは、赤ちゃんが産道を通りやすくするために会陰部(腟と肛門の間)をハサミで切開する医療手技のことを指します。経腟分娩を経験する女性のうち、会陰切開の有無にかかわらず実際にはおよそ90%前後の方に何らかの会陰裂傷が生じるといわれていますが、切れ方によっては複雑に広がり治りにくくなるケースもあるため、自然に裂けてしまうよりも重症化しにくい方向へ誘導したり、後で縫合しやすいきれいな傷を作る目的であらかじめ会陰切開を行うことがあります 1)。また、母体や赤ちゃんの状態が悪化し分娩を急ぐ必要がある場合、あるいは吸引分娩・鉗子分娩など補助的な器具を使用する場面でも、安全性を高めるために会陰切開が必要となることがあります。切開を入れるタイミングは、赤ちゃんの頭が降りてきて出そうになる直前で行われるのが一般的です。

会陰切開の実際

いや、会陰切開が医療的に大切な処置なのは知っているんだと。それは分かるんだけどハサミでお股を切るなんて想像するだけで怖いから、できればそんなことしないで欲しいんだよってみなさん思っていることでしょう。そんなお母さんたちにここからは私の超主観的なアンサーになるんですけど、自分はお産前から会陰切開のことなんてあまり気にしなくてよいと考えています。というのも、前提として赤ちゃんが生まれる直前は陣痛もさることながら、腟と会陰も赤ちゃんの頭にゴリゴリ押し広げられてとても痛いんですよ。そんな中で「会陰切開すれば赤ちゃんがすぐ出てくる」「これでお産にしましょう」って伝えて「やらないで!」って断られたことは1回も無いです。というか、なんなら喰い気味に「いいから早く切って!!」って怒られたことは数えきれないほどあります。そのぐらいお産の瞬間って大変なんですよね。もちろん無痛分娩なら切開やその後の縫合も痛くないので気にする必要はないでしょう。会陰切開のリアルな現場はそんな感じなので、お産前からそれを気にし過ぎるよりはもっと分娩中の過ごし方とか楽しいことを考えた方が建設的なのかなというのが私の意見でした。

まとめ

ということで本日は会陰切開について少しお話ししました。たまに会陰切開を入れなければ縫わなくて済むと誤解されている妊婦さんもいらっしゃるのですが、お股を3kg近い赤ちゃんが通過するわけですから、上記の通り会陰切開の有無に関わらずほとんどのお産で大なり小なり切れます。そしてそもそも我々産婦人科医としても、切らなくて済むなら切りたくないんですよ。切らずに裂傷なしでお産になればそれで仕事が終わる上に、患者さんからは(何もやってないのに)名医的な雰囲気ですごく感謝されることが多いからです。それでも時にはお母さんの会陰を深刻なダメージから、そして赤ちゃんの健康を重大なリスクから守るためには躊躇なく行わなければなりません。もちろんその時の声掛けなどを打ち合わせるために当院のバースプランにも会陰切開の項目がありますが、とは言え妊婦さんたちはあまりそこに固執することなく、楽しく分娩に臨んでいただければと思います。

参考文献
1) Nicola Adanna Okeahialam, et al. Am J Obstet Gynecol. 2024 Mar;230(3S):S991-S1004.

家系図の様式

家系図では両親・子ども・孫などを記載します。

表現型による性別から男性は「□」、女性は「○」、性別不明は「◇」で示し、年齢を性別記号の下に記載します。

原則男性は女性の左に記載し、世代ごとに同様の配置とします。同胞(兄弟姉妹)は出生順に左から右に記載します。

配偶者および同胞の関係は横線で結びます。世代や個人は縦線で示します。近親婚・血族婚(いとこ婚など)の場合は、配偶者間を二重線で結びます。

離婚は配偶者の関係線を途中で「//」で区切ります。

胎児は性別に相当する記号の中(性別不明は「◇」)に「P」と書き込み、在胎週数を性別記号の下に記載します。また染色体数が判明していれば在胎週数の下に記載します。

*罹患胎児の場合、性別記号(「□」, 「○」, 「◇」)を黒で塗りつぶします。

分娩にいたらなかった妊娠(自然流産、子宮外妊娠、中絶)は「△」で示し、妊娠中絶の場合は記号右上より左下に斜線を引きます。

出生後、死亡に至った場合は記号の右上より左下に斜線を引き、死亡年齢を「d.」として記号下に記載します(例: d. 1982, d. 43, d. 4 mo)。

例えば、罹患胎児の自然流産だった場合は「△」を黒で塗りつぶし在胎週数を下に記載します。POC染色体分析で染色体が判明していればさらに下に記載します。

相談者(クライエント)は性別記号左下に「↗︎」を記します。罹患者だった場合は性別記号を黒に塗りつぶします。

発端者(最初に当該家系における遺伝的問題に気づく契機となった人[罹患者])は性別記号下に「P↗︎」を記載します。発端者は罹患者であるので記号は常に黒く塗りつぶされています。

執筆 院長