妊娠中の向精神薬について

こんにちは、副院長の石田です。

ストレスが多く、未来に見通しが効きにくい現代社会において、精神疾患を治療しながら妊娠される女性は少なくありません。複数の薬剤を併用している方も多いですが、みなさん決まって薬による赤ちゃんへの影響を気にされており、中には妊娠が判明したら自己判断で内服をやめてしまう人もいます。そこで本日は妊娠中の向精神薬について少しお話ししたいと思います。

気をつけるべき薬剤

みなさんを不安にさせたくはないのですが、向精神薬の大部分は大小あれど赤ちゃんに影響する可能性があります。その中で最も気にされるのが「催奇形性」といって赤ちゃんの奇形の原因になるかどうかですが、これに関しては躁うつ病などによく使われる炭酸リチウムや抗てんかん薬が有名です。具体的には炭酸リチウムで心奇形などのリスクが2倍になるほか、バルプロ酸やカルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタールといった抗てんかん薬では胎児神経奇形をはじめとする胎児奇形の発生リスクが上昇することが知られています 1)2)。また、向精神薬全般に言えることですが、胎盤を介して赤ちゃんに届いていた薬が原因で分娩後の新生児に嗜眠、痙攣、哺乳不良などを発症する新生児不適応症候群なども知られており、メンタルのお薬を使用中の妊婦さんは慎重に妊娠・出産を見守っていく必要があります 3)。

対策

妊活を始める前に精神科の主治医とよく相談し、服薬内容をより安全な形に調整しておくことが理想です。ただし妊娠は「授かりもの」ですから、思いがけず妊娠することもあれば、病気の状態によっては薬を変えることが難しい場合もあります。そのため炭酸リチウムやバルプロ酸など、比較的リスクが高いとされる薬を服用中に妊娠が分かることもあります。では、その場合はどうすればよいのでしょうか。実は、薬を中止せずに妊娠を続けるよう提案されることも少なくありません。たとえば炭酸リチウムでは「エプスタイン奇形」という先天性の心臓病が心配されますが、その発生率はおよそ2万人に1人と非常にまれです 4)。特に奇形が発生しやすい妊娠初期に薬が投与されていた場合、このリスクが数十倍になることを示唆する研究もありますが、それでも絶対的な確率は依然として低いため、妊婦さんご本人とよく話し合ったうえで妊娠を継続する選択がなされることもあります 5)6)7)。他の薬についても同様で、「確かにリスクは上がるが、それでも絶対的な確率は小さい」というケースでは、慎重に相談しながら妊娠を続けることが選択肢のひとつになるのです。

まとめ

本日は妊娠中の向精神薬についての考え方についてお話ししました。改めて確認ですが、これらのお薬を服用中の方の最適解は妊活を始める前に主治医に相談し、服薬内容を確認した上でハイリスクな薬は止める、より安全なものに変更する、減量するなどの対策を取ることです。しかし万が一それらが間に合わなかったとしても、パニックになったり慌てて妊娠を諦めようとする前に、精神科と産科の主治医によく相談していただくと良いかもしれません。
当院は有償診療所としてはかなり珍しいことに、月イチで周産期専門の精神科医師が出張に来てくださっています。当院にかかりつけの患者さんは必要に応じて受診が可能ですので、もしお悩みの方はスタッフにご相談ください。

参考文献
1) Fornaro M, et al. Am J Psychiatry. 2020;177(1):76. Epub 2019 Oct 18.
2) Torbjorn Tomson, et al. Lancet Neurol. 2018 Jun;17(6):530-538
3) Noera Kieviet, et al. Neuropsychiatr Dis Treat. 2013 Aug 28;9:1257–1266.
4) Liu Y, et al. Int J Epidemiol. 2019;48(2):455.
5) LL Altshuler, et al. Am J Psychiatry. 1996 May;153(5):592-606.
6) C Armstrong. Am Fam Physician. 2008;78(6):772-778
7) I Romero Garechter, et al. Eur Psychiatry. 2023 Jul 19;66(Suppl 1):S198.

臍の緒の構造

臍帯動脈は2本、臍帯静脈は1

臍の緒(臍帯)は臍帯動脈と臍帯静脈がワルトン膠質という物質に包まれています。

・臍帯動脈:胎児(内腸骨動脈由来)から母体(胎盤へ向かう血液を運びます。通常2本あります。これは児左右の内腸骨動脈からつながっている(左右の内腸骨動脈→それぞれの臍動脈)から2本あるのです。

臍帯静脈:胎盤で受け取った酸素と栄養分を胎児へ送ります。1本の構造となります。

・ワルトン膠質:弾力性のある物質で、3つの血管を外部の損傷から保護し、クッションの役割を果たします。

上記3つの血管は、胎児スクリーニングにおいても確認します。臍帯動脈が1本しかない場合、胎児奇形がないか、その後の発育に異常がないかを確認していきます。

胎児循環血液の酸素飽和度

胎盤からの血流は臍帯静脈→胎児の肝臓に向かうアランチウス管(静脈管)→胎児の下大静脈→胎児右心房の経路で胎児心臓に還ります。酸素飽和度(SO2)で示すと

臍帯静脈血は80%です。下大静脈では胎児下半身から心臓に向かう静脈血が混じるため、酸素飽和度は70%位になります。この血流の大部分は胎児心房の穴(卵円孔)から左心房へ移動できるので、その後の胎児の各器官へ速やかに酸素が運ばれる仕組みが胎児には通常備わっています。

臍帯圧迫により胎児心拍数は急速に低下する(変動一過性徐脈)

CTG/NSTにおいて変動一過性徐脈は臍帯圧迫を意味します。

臍帯圧迫→臍帯動脈血流の減少→心臓後方の血圧が急激に上昇→圧受容器が感知→迷走神経反射により胎児心拍数を低下させ、変動一過性徐脈として現れます。

新生児蘇生時、アドレナリンの投与経路として臍帯静脈を用いる

新生児蘇生/NCPRの救命の流れにおいて、適切な人工呼吸かつ胸骨圧迫を行ったうえでも新生児の心拍が60回/未満の場合、アドレナリンの投与を検討します。その際の投与ルートとして第一選択は臍帯静脈となります。成人で点滴のルート確保は末梢静脈となりますが、新生児は静脈の確保を素早く行えるが臍帯静脈だからです。

執筆 院長

麻酔薬のマーカインは高比重と等比重がある

当院の帝王切開において、脊髄くも膜下麻酔はマーカイン®︎という局所麻酔薬を採用しています。

マーカイン®︎(ブピバカイン)

特徴:長時間作用型。血管内誤注入時の心毒性に注意

マーカイン®︎は濃度によって使用目的が異なります。

▪️0.125%, 0.25%:硬膜外麻酔(無痛分娩)

▪️0.5%(20mg[0.02g]/4mL):脊髄くも膜下麻酔(帝王切開での麻酔)

1%アナペイン®︎100mg(0.1g)/10mLを0.25%へ希釈するなら生理食塩水を30mL加える

0.5%マーカイン®︎は「等比重製剤」と「高比重製剤」に分けられます。

・等比重製剤:麻酔範囲の広がりが緩徐で、高比重製剤に比べて作用発現時間が遅く、作用持続時間が長い

・高比重製剤:麻酔範囲の広がりが比重に依存しているため手術台の傾斜によりある程度の麻酔範囲の調節が可能である。

等比重製剤に比べて作用発現時間が早く、作用持続時間が短い。

上記の特性から、当院の帝王切開での脊髄くも膜下麻酔は0.5%マーカイン®︎「高比重製剤」を採用しています。当院で帝王切開をご経験された方でベッドの傾きの一時調整をされた方もいらっしゃると思います。これは麻酔レベルの調整のためなのです。

執筆 院長

局所麻酔薬中毒

無痛分娩において、鎮痛のためにメインで使う薬は局所麻酔薬です。

全身麻酔で使う麻酔薬と異なり、痛みを含む感覚を局所的に遮断するので「局所麻酔薬」と呼ばれます。局所麻酔薬は

①表面麻酔(皮膚・粘膜の表面に投与)

②局所浸潤麻酔(皮下・粘膜下に注入)

③伝達麻酔(太い末梢神経幹の近くに注入)

④硬膜外麻酔

⑤脊髄くも膜下麻酔

に用いられます。例えば⑤は帝王切開の麻酔に用いられます。

局所麻酔薬中毒

ほぼどの薬も体に取り込まれると、薬の効能として血液の中に薬の濃度(血中濃度)が高まり、症状の緩和や除去に働きます。

一方で局所麻酔薬の血中濃度が過剰に高まると中毒症状が起こり、中枢神経と心臓に関わる症状が出現します。

中毒症状は耳鳴りや口のしびれ・鉄の味(味覚異常)、めまいから始まり、多弁で興奮状態、その後は全身痙攣を生じます。

さらに薬の血中濃度が上昇すると昏睡、呼吸停止、不整脈、ひいては心停止をきたします。

無痛分娩は主として硬膜外麻酔(④)を行います。局所麻酔薬を投与するためのカテーテル(管)は硬膜外腔に留置します。硬膜外腔はただの空間というわけでなく血管が存在します。

日本産科麻酔学会HP(https://www.jsoap.com)

局所麻酔薬がその血管内に入ってしまうと、中毒症状が急速に現れ、例えばいきなり痙攣をきたす事もあります。

無痛分娩における局所麻酔薬中毒のリスクを減らすために

Ⅰ. 硬膜外麻酔処置に血液が引けてこないか

カテーテルを挿入する時に血液がカテーテル内に見えてくるなら、硬膜外腔の血管内にカテーテルが入ってしまったと判断します。その時はそのカテーテルを外し、別の場所で再穿刺・カテーテルの挿入を行います。ただし、何ヶ所もその適性場所が背中にあるわけではないので、何度も血液が引けてしまう状態なら硬膜外麻酔処置は断念します。

Ⅱ. 局所麻酔薬投与前の再確認

局所麻酔薬中毒は、一度に大量投与すると起こる可能性があるので、無痛分娩では局所麻酔薬の「少量分割投与」と呼ばれる鎮痛法を行います。局所麻酔薬を投与する前に毎回、カテーテルから血液が引けない事を確認します。硬膜外処置が終わった後も体動にてカテーテルが血管内に迷入してしまう事があるからです。

Ⅲ. 局所麻酔薬投与後の症状確認

局所麻酔薬の「少量分割投与」後、先ほど述べた中毒症状がないかチェックします。

また今まで鎮痛できていたのに「急に痛みが出てきた」、「痛みが片方にある」場合はカテーテルが硬膜外腔の通常の留置位置から血管内に迷入してしまっている可能性があります。

Ⅳ. 起こった時の救命措置と中和剤の静脈内投与

局所麻酔薬中毒が起こった時は、各症状と状態に応じた急変対応を行います。また局所麻酔薬の中和剤として20%脂肪乳剤の「イントラリポス」があり、無痛分娩を行う施設では常に備えています。

そしてⅤ.(5つ目)として、無痛分娩をお受けるになる産婦さん自身がこのような副作用もありえる、と理解していただく事です。

にしじまクリニックでは引き続き、安全な無痛分娩を日々心がけ、手技や鎮痛法、副作用の対策をアップデートしてまいります。

執筆 院長

妊娠を職場に伝えるのはいつ頃が良いのか

こんにちは、副院長の石田です。

外来で妊婦さんからよくいただく質問のひとつに「妊娠したことを職場にはいつ頃伝えればよいのでしょうか?」というものがあります。実際のところ職場への報告時期に明確な決まりはなく、最終的にはご本人の判断に委ねられます。ただし、妊娠中の体調変化や働き方との兼ね合いを考えると、どのタイミングで伝えるのが望ましいかを検討するのはとても大事なことですよね。そこで今回は、その考え方のヒントとなる視点をいくつかご紹介したいと思います。

そもそもみんなどうしてるの?

では、実際に多くの人はどのタイミングで職場に報告しているのでしょうか?ネット上の調査やアンケートを見てみると、おおむね妊娠8週前後で伝えるケースが多いようです。この時期は妊婦健診で胎児の心拍が確認され、役所に母子手帳をもらいに行くタイミングとも重なります。ただし、すべての人が「自分の意思で」報告時期を選んでいるわけではなく、つわりによる体調不良などからやむを得ず早めに伝えざるを得なかったという事情の方も少なくないようです 1)2)3)。

引用した統計を考えるときの注意点

ただし、こうした統計データを見る際には注意が必要です。ご紹介したサイトのデータをよく見てみると、「妊娠4週までに報告した」という回答が含まれているものがあります。しかし妊娠週数は最終月経の初日から数えるため、妊娠2週まではまだ受精そのものが成立していません。また妊娠3週では妊娠反応を確認することも難しく、妊娠4週の段階では超音波で胎嚢がはっきり映らないため、正常妊娠と診断されにくいのが現実です。したがって、実際には妊娠5週以降でなければ周囲に妊娠を伝えること自体が難しいと考えられるため、これらの調査結果の集計や解析方法には多少の不正確さが含まれている可能性がある点に注意が必要です。

まとめ

「安定期に入ってから報告します」という人が多そうな印象がありましたが、意外と皆さん早めの時期から伝えられているようですね。もちろんいつ伝えるかは妊婦さんそれぞれの自由で正解はありません。ただ、妊娠初期はつわりや出血、腹痛など状態が変わりやすい時期でもあり、急に仕事を休んだり病院への受診が必要になることもあります。そのため直の上司や近い家族にはいざという時にすぐ助けてもらえるよう、少し早めに伝えておくほうが親切かもしれませんね。いずれにしても無理のないように、自分の体調を含めて状況に合った時期と伝え方でご報告するようにしてください。

参考文献
1) https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20150223.pdf?utm_source=chatgpt.com
2) https://zexybaby.zexy.net/article/contents/0156/?utm_source=chatgpt.com
3) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000111846.html?utm_source=chatgpt.com