自然なお産への過剰なこだわりは危険

近年、「自然なお産」という言葉がよく聞かれるようになりました。

これは「女性には本来自分で産む力が備わっている。だから医療が邪魔をしない出産こそが真の出産だ」という考え方のことで、その影響を受けて「自然なお産ができる施設で産みたい」などと希望する妊婦さんも中にはおられます。

 しかし、知っておいていただきたいのは、「自然なお産」至上主義の危うさです。

 かつて出産は、決死の覚悟で挑むものでした。そのため自力で産むことができず、妊産婦さんや赤ちゃん、または母児ともに亡くなってしまうケースも少なくなかったのです。しかし、ここ数十年の医療技術の発達により、出産による死亡は極端に低下しました。すると今度は、お産では死なないという「ゼロリスク幻想」が生まれました。その結果、医療不信から自然なお産に回帰する流れになり、自宅出産や水中出産などを選択する妊婦さんも出てきました。そして「病院に頼らず自然に任せたけど何も問題はなかった」という経験者が他の人にも勧め、さらに自然なお産に憧れる妊婦さんが増えていき現在に至っています。

 確かに、自然なお産を選択しても、多くの場合は無事に出産することができるでしょう。しかしリスクは数十倍にも跳ね上がり、危険な状態になった母子が確実に存在します。

 現在の日本のお産のうち、医療介入が必要なお産は決して少なくありません。いつ誰に起こるか分からないトラブルが実際に生じた時に、最新の医療に頼れないとなると、母子の生命すら危うい状況に追い込まれます。

 私を含め、ほとんどすべての産科医が、不必要な医療介入をしない出産を目指しています。しかし、出産に至るまでの過程で医療行為が必要だと判断した場合は、私たちはお母さんと赤ちゃんの安全を第一に考え、帝王切開などの適切な医療介入を行います。

 出産は、今も昔も妊婦さんにとって命がけの行為であることには変わりありません。あらゆる緊急時に対応できるように万全のバックアップ体制を整えてこそ、「自然なお産」が達成できるのです。

くり返しになりますが、全く医療の介在しないお産は、とても危険です。ぜひそのことを忘れずに、バースプラン(お産の企画書)を考えていただきたいと思っています。

執筆 顧問

赤ちゃんは1日でも長く子宮にいたほうが安全?

赤ちゃん(新生児)は、妊娠37~41週の間に生まれる「正期産児」として出生し、かつ出生時体重が2500g以上4000g以下の場合に最も予後がよいとされます。早産児(妊娠37週未満)や低出生体重児は、正期産児に比べて赤ちゃんの死亡率が高く、過期産児(妊娠42週以上)もまた死亡率が高いことが分かっています。

 「早産した未熟児の予後は、正期産児よりもよくなさそうだ」というのは、ほとんどの人が分かることだと思います。しかし「妊娠42週以上の過期妊娠で生まれた過期産児も予後がよくない」ということを知らない妊婦さんは大勢います。

「予定日超過妊娠」という言葉があります。出産予定日を過ぎると、胎盤の機能が衰えてくるために、胎内にいる赤ちゃんの状態が悪化してくることがあるのです。妊娠42週を過ぎると、胎盤機能が著しく低下します。したがって、予定日を過ぎてもなかなか産まれない場合には、分娩を誘発したほうがよい場合もあるのですが、「1日でもお腹の中にいたほうが赤ちゃんにとって好ましい」と誤解している人が多数います。自然に任せていると産まれそうもない場合には、担当の先生から「そろそろ産みましょう」と言われることがあります。その場合にはそのアドバイスにぜひ従ってください。

赤ちゃんは胎内に居たほうが安全か、それとも生まれた(胎外に出た)ほうが安全なのかを調べた報告があります。出生した児が1週未満(●)あるいは4週未満(▲)で死亡する確率と胎児が1週未満(○)あるいは4週未満(△)で死産する確率を妊娠週数ごとに出したものです。これによると、妊娠の早期には赤ちゃんは胎内にいたほうが、胎外に出てしまう(=早産する)よりも安全です。

妊娠が進むにつれてその差がどんどんなくなっていき、赤ちゃんの死亡率は妊娠39週で最低になります。その後は胎内・胎外どちらも同程度で危険率は上昇し、胎内・胎外の危険の逆転は妊娠42週で起こります。すなわち42週以降ではむしろ胎内のほうが危険になります。この結果から、妊娠39週頃に産むのが最も安全であることが分かります。

予定日を過ぎたら、「子宮の中に1日でも長くいたほうがいい」という考えは捨ててください。

執筆 顧問

親世代の話やインターネット・SNSの情報に惑わされないで!

かつて出産を経験した方々、特に実母や義母をはじめとする年配の女性は、自分の昔の記憶を引っ張り出して、あなたにいろいろとアドバイスしてくるかもしれません。

 「私の時はこうだったのよ」という思い出話で終わるなら何も問題はないのですが、「だから、あなたもこうしなきゃ!」と行動を強いるような言葉は、無視していただいて結構です。

 医学の進歩は目覚ましく、30年前に比べて妊娠・出産の常識は大きく変化しています。私は両親学級で常々「お母さんの言うことを聞いてはいけない」と話しています。その頃の情報が正しいと思っている年配の方々は大勢います。真面目な妊婦さんほど他人からのこうしたアドバイスに悩んでしまいがちですが、ぜひ話半分に受け流してください。

また、インターネット・SNSにある情報にも要注意です。熱心な患者さんほど、自分であれこれ調べて情報収集する傾向にあるようです。確かに、中には信頼できる情報もあるのですが、眉をひそめたくなるほど怪しい情報も渦巻いています。特に、投稿者が自分の質問や疑問を書きこみ、誰かがそれに回答するQ&Aのマタニティーのコミュニティーサイトや(名前を偽る)匿名掲示板は、事実ではない情報が多々あります。

以前、ある妊婦さんが、腹痛を訴えて来院されたことがありました。聞くと、前日の昼からずっと腹痛があったといいます。どうしてすぐ来院しなかったのかと尋ねると、「インターネットで調べたら、『横になっていればおさまります』と書いてあったので様子を見ていた。」とおっしゃっていました。この方は、大病院に救急車で搬送したのですが、早産されました。もう少し早く来てくださっていたら妊娠継続できていた可能性があると思うと、残念でなりません。インターネットに書いてある断片的な情報から「自分の症状はこれに当てはまるだろう」と勝手に思い込んで、自己判断してしまうのはきわめて危険です。

 また、「寝ていれば大丈夫」といった楽観的な誤情報も困りものですが、「妊婦さんだから安静にしているべき」「薬は一切飲んじゃダメ!」などといった、妊婦さんの不安をいたずらにあおる誤情報にあふれている点も、インターネットの良くないところです。

妊婦さんの状態を誰よりもよく知っているのは、かかりつけの主治医です。AIよりもです。遠慮せずに、何でも主治医へ尋ねるようにしてください。

執筆 顧問 

「初産婦の出産は予定日より遅れることが多い」は誤り

以前、私顧問が執筆した

はじめてママになる人の「妊娠・出産」読本(西島重光著 2016年幻冬舎)から

どうしても知っておいて欲しいことを今後とりあげていきます。

多くの妊婦さんが周りの人たちから言われる言葉に、「初めての出産は、予定日より遅れるものだよ」というものがあります。しかし、これは本当ではありません。

日本産科婦人科学会による「全国の周産期統計」(2015年)のデータを見ると、初産婦・経産婦ともに、予定日より少し前の妊娠39週での出産が最も多く、次いで38週の出産、その次に40週の出産であることが分かります。(図1)当院の統計でも、全国統計と同様に39週での出産が最も多く、過半数の妊婦さんは予定日前に産んでいます。初産婦の方が経産婦よりも予定日以降に産む比率が高い(=予定日より遅れる人の割合が多い)(図2)傾向にあり、これが少々誤解されて広まったのではないかと考えられます。

以前、あるマタニティ雑誌に掲載されていた「出産の想定外ランキング」の第1位は「予定日よりも出産が早く始まった」でした。なんと6割もの方が第1位に選んでおり、多くの妊婦さんが分娩予定日より前に出産する事実を知らなかったことを表しています。

 出産は分娩予定日の前後に多いのですが、出産の多くは「出産予定日」より前の妊娠39週頃になりますし、予定日ピッタリに産む人は100人中4人ぐらい(5%以下)でほとんどの人は予定日以外に出産します。私は両親学級で、分娩予定日を気にし過ぎる妊婦さんたちに「40という切りのよい数字があったから予定日とされているだけ」と伝えています。

出産予定日は「産む日」ではないのです。出産は予定日より早くなるものだと考えて、早めに出産準備をしておきましょう。

執筆 顧問

妊娠中の休業についてよくある誤解

こんにちは、副院長の石田です。

さて、産婦人科医をやっていると「妊娠してから出勤や勤務が大変なので仕事を休みたいです。人事に相談したら、医者から診断書を出してもらったら休めると言われました。書いてもらえますか?」と相談されることがしばしばあります。話を深掘りしていくと、ご本人や勤務先は傷病手当金を取得しての休業を考えていらっしゃることが多いのですが、結論から言うとご協力できないことが少なくありません。ここには妊婦さんご本人だけでなく、意外とお勤め先の人事責任者も含めて制度への誤解があるのではないかと感じたので、本日はこの件について少し解説させていただこうと思います。

診断書や傷病手当金とはどういうものか

傷病手当金とは、病気やケガを原因に会社を休むために十分な給与が受けられないときに、加入している健康保険から生活を保障するために支給されるお金のことで、健康保険法第九十九条に定められています 1)。原資は加入者から集められた保険金であり、法に則った厳正な審査のもとに支給が決定します。そのため診断書の内容に疑義が生じた場合は、保険の運営側から申請書を記載した医師にかなり細かい問い合わせが来ます。
以上のことから妊娠悪阻や切迫早産などの明確な労働不能と判断されるような医学的理由が無く、「妊娠している」「仕事がつらい」だけではこれらの書類を出すことはできません。それでも無理に医師が診断書や傷病手当金申請書を記載・発行した場合は医師・患者双方とも刑事/民事責任および行政処分の対象となる可能性もあるため、皆さんが妊娠した体で出勤し働くのが大変なのは理解しつつも、制度上の要件として客観的な評価が必要ということになります。

でも、つらいもんはつらい

医学的に働けるかどうかと、ご本人がしんどい思いをしているかどうかはしばしば折り合わないことがあります。我々としても目の前の苦しんでいる患者さんに対して本当に歯がゆい気持ちになるのですが、そういう場合は「フルで働くか休むか」という二択ではなく、出勤時刻をずらす、休憩を増やす、勤務内容を軽くする、勤務時間を減らすなどの、間をとるような対策であれば比較的ご協力しやすいことが多いです。また、比較的目にするのは「職場のマタハラによって心身の不調をきたしている」というパターンです。そう聞くと「そんな仕事、むしろさっさと辞めた方がいいでしょ」って思われる方も少なくありませんが、実際には辞めてしまうと家計や上のお子さんの保育園などの面で苦しくなってしまうご家庭もあるため、問題はそれほど簡単ではありません。確かにそういうケースでは早く休めるようにしてあげた方がよいことも多いですが、それでも切迫早産など虚偽の診断で書類を作成することは適切ではなく、飽くまで病態を正しく評価することが肝心です。例えばマタハラにより抑うつや強い不安、不眠や動悸などの症状が出ている場合は精神症状として評価が可能かもしませんので、心療内科や精神科に受診していただくのがよいです。その際には必要に応じて、かかりつけの産科から紹介状などを出してもらいましょう。

まとめ

本日は医師が発行する妊娠中の診断書について解説させていただきました。基本的に産科医は制度の厳正さを理解しつつも、可能な範囲内で妊婦さんやそのご家族にできるだけ寄り添おうとしています。ただ、それでも「書類発行は難しい」と判断する場合にはそれだけの理由があるのだとご理解いただけると幸いです。とはいえ上記のように、状況次第では別の方法で力になれることもありますので、お困りの際には遠慮なくご相談いただければと思います。

参考文献
1) https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070