妊娠中のリステリア感染症について

こんにちは、副院長の石田です。

たまに物知りな妊婦さんから聞かれるのが「○○を食べてしまったのですが、リステリアは大丈夫でしょうか?」という質問です。歯磨きのCMとかでたまに名前を聞くことがあるこちらの菌ですが、妊娠とリステリアのリスクに関しては聞き馴染みがないという方も多いでしょう。そこで本日は妊娠中のリステリア感染症について少し解説いたします。

リステリア菌とは

リステリアはこの細菌に汚染されたものを食べることで感染しますが、具体的には殺菌されていない牛乳やそれから作られたナチュラルチーズ、生ハムなどを含む十分に加熱されていないお肉やパテ、そのほかスモークサーモンなんかが原因として有名です。感染しても軽症で症状がはっきりしない人が多いですが、その一方で妊婦さんは発症、重症化のハイリスクとされています 1)。潜伏期間は平均11日間で、9割の人が感染から28日以内に発症すると言われていますが、妊婦さんで多い症状は発熱や筋肉の痛み、嘔吐下痢などの割と普通の風邪みたいな症状なので鑑別診断として意識されるのは意外と難しいこともあるかもしれません 2)。ただ、母体は比較的軽症で済むことが多い一方で、胎盤を介して胎児に感染した場合は赤ちゃんの体中に細菌がばら撒かれて重症化し、子宮内胎児死亡や出生直後の新生児死亡などの原因になるため注意が必要です。

リステリア菌に感染したかもと心配になったら

リステリアを考えるのは上記に書いたような原因食材を口にしたうえで38℃以上の発熱があり、しかもそれ以外の明らかな発熱の原因が無いことがポイントになります。これらが当てはまる場合は血液培養という特殊な検査をしつつ検査結果が出る前から抗生剤を見切り発車で投与し始めます。一方でリスクのある食材を口にしてしまっても症状がない場合は感染を証明する有効な検査はなく、念のための抗生剤使用が母児の予後を改善するというエビデンスも存在しないため何もせずに経過観察とすることが推奨されています 1)。

まとめ

というわけで本日は知る人ぞ知るリステリア菌についてのお話でした。原因がある程度分かっている感染症なので、一番大切なのはリスクのあるものを口にしないことです。でも危険な食材を全て覚えるのは大変なので、私は普段から妊婦さんたちに「火の通っていないものは食べないようにしましょう」とお伝えしています。実はたったそれだけ気にするだけで、他にも問題となるトキソプラズマやサルモネラなども回避することができるんですね。妊娠中は気を遣うことがたくさんで大変ですが、できるだけTo Doはシンプルにして無駄なストレスを抱え込まずに過ごせるよう工夫していきましょう。

1) ACOG Committee Opinion No. 614. Obstet Gynecol. 2014;124(6):1241
2) Kristina M Angelo, et al. Clin Infect Dis. 2016 Dec 1;63(11):1487-1489.

妊娠中にうなぎ食べてもいいですか?

こんにちは、副院長の石田です。

夏ですね。この時期になると決まって妊婦さんたちから「妊娠中にうなぎ食べてもいいですか?」と聞かれます。この質問に限らず「温泉入っていいですか?」とか、「髪染めていいですか?」など定番の質問はいくつもあるのですが、私個人としては「無限に聞かれる質問には、無限に答える」と決めているため日々これらのお尋ねと向き合っています。ただ、外来の限られた時間ではなかなか詳しいことをお話しするのは難しいので、本日は妊娠中のうなぎについて解説していきたいと思います。

なぜ妊娠中にうなぎを食べることが気にされるのか

うなぎは栄養価が高いというイメージが強い食材ですが、ビタミンAが豊富なことでも有名です。しかしビタミンAは妊婦さんやお腹の赤ちゃんにとって流産の原因になったり、最大25%程度の非常に強い催奇形性(胎児奇形の原因となる性質)があることが知られているため「うなぎは食べたいけど心配」というジレンマを生み出しているわけです 1)。

ビタミンAの摂取量について

妊娠中の摂取が心配な一方で、ビタミンAはうなぎ以外にも色々な食材に含まれているし、そもそも生命活動の維持に必要なのも事実です。実際、ビタミンAは暗いところでの視力や免疫機能、肌や粘膜の状態を保つのに重要な役割を果たしています。そのため妊娠中は体に入れないように気をつけるというものでもありませんし、むしろ量に注意しながら必要な分はちゃんと摂取することが求められます。ではどのくらいまでなら問題ないのかというと、具体的には10,000 IU/日を超えなければ良いと考えられています 2)。うなぎのビタミンA含有量はアメリカ合衆国農務省のデータベースで確認すると、1人前を100gとした場合およそ3,500IUであり摂取上限よりも低そうなことが分かります 3)。ちなみに海外のデータを参照してくるのは単純に日本の厚労省等が出すような信頼性が高くてかつ新しいデータがうまく見つけられなかったからなのですが、やっと辿り着いた内閣府食品安全委員会の少し古いファクトシートによると妊婦さんのビタミンA摂取上限量は2700mcg RAE(単位が違うことに注意)とされており、この単位で換算するとうなぎは100g辺り1500mcg RAEとなっているのでやはり3食の中で1回くらい食べても平気なんだろうなということが分かります 4)。

まとめ

というわけで本日は妊娠中のうなぎについてのお話でした。今年は7/23と8/4に土用丑の日がありますが、妊娠中の滋養強壮として暑い夏を乗り切るために食べたい、食べさせたいという妊婦さんやそのご家族も多いです。上記のようにビタミンAは摂取方法に注意が必要な栄養素ではありますが、うなぎを毎食とか毎日食べるわけでなければ多少多めに摂ったとて問題になることはまずありませんので気にせず楽しんでいただいて良いと思います。
ただ、それでもこの時期に妊娠初期で食べるのを悩んでいますという妊婦さんたちに私は問いたい。

「うなぎの旬をご存知ですか?」と。

そう、うなぎが一番美味しくなるのは冬眠に入る直前にしっかり脂を蓄える初秋から冬です。むしろ夏場はうなぎの売り上げが落ちるため、江戸時代に平賀源内のアドバイスによって土用丑の日=うなぎとマーケティングされたという説すらあるんですね。なので赤ちゃんへの影響を心配しながらうなぎを食べるくらいなら、秋冬になって器官形成期を抜けるのを待ってから、心置きなく美味しいうなぎを味わってみてはいかがでしょうか?

1) M Guillonneau, et al. Arch Pediatr. 1997 Sep;4(9):867-74
2) R K Miller, et al. Reprod Toxicol. Jan-Feb 1998;12(1):75-88
3) USDA National Nutrient Database for Standard ReferenceRelaese 28: https://ods.od.nih.gov/pubs/usdandb/VitaminA-Food.pdf
4) 内閣府 食品安全委員会 ファクトシート 平成24年9月26日更新:http://www.fsc.go.jp/sonota/factsheet-vitamin-a.pdf

後期流産

今回は「後期流産」についてお話します。まずは定義をお示しします。

流産:(日本では)妊娠22週未満に児を娩出すること

人工流産:人工操作によって妊娠22週未満の妊娠を中絶すること

人工妊娠中絶:人工流産と人工早産に分けられる。通常は母体保護法の観点から人工流産とほぼ同義

以上をふまえ、妊娠12週以降の22週未満の流産(死産を含む)は「後期流産」といいます。

人工妊娠中絶の処置として児の娩出を行う場合は、母体保護法第14条に基づき(原則)夫婦の同意書が必要となります。

後期流産・妊娠12週以降の人工妊娠中絶処置

■子宮頸管拡張:妊娠12週以降の後期流産を安全に行うために最も重要な処置です。頸管拡張は徐々に行うため、時間・日数を要します。

■子宮収縮薬(ゲメプロスト)投与:頸管拡張がしっかり行われた後、ゲメプロストを3時間ごとに後腟円蓋に投与します。1日最大5個までの投与となります。子宮頸管拡張がしっかり行われている場合は1日の最大用量内に児を娩出することがほとんどです。

ゲメプロスト投与の禁忌例:(全・部分)前置胎盤、骨盤内感染

■児と胎盤の娩出

□後期流産・人工妊娠中絶後に母体は乳汁漏出をきたすことがあり、カベルゴリンの内服をしてもらうことがあります。

流産処置に関する注意点

・Rh(D)陰性の母体は産後の抗D人免疫グロブリンの注射を勧めます。

・後期流産では胎盤遺残が生じやすく、その後の出血や感染に注意を要します。

・にしじまクリニックでは、流産処置の前後に抗菌薬を内服・点滴・腟内のいずれかの投与を行いますが、産後の骨盤内感染を全て防げるわけではありません。産後に感染症を起こす多くの場合は処置前から母体がクラミジアや嫌気性菌などを有するとされ、これらは比較的特殊な抗菌薬の選択が必要とされるためです。

(院長執筆)

双子の一卵性、二卵性について

こんにちは、副院長の石田です。

当院では妊娠検査が陽性となって来院される方が毎日いらっしゃいますが、エコーを見てみると双子だったということが年に数回あります。その際によく聞かれるのが「一卵性ですか、それとも二卵性ですか?」という質問ですが、実はどちらなのかは生まれてからでないと分かりません。これに関しては「え?でもうちの双子は妊娠中に二卵性って言われたよ!?」といった感じで誤解なさっている方がとても多い印象なので、本日は双子の赤ちゃんの「膜性」と「卵性」について少し解説してみようと思います。

「膜性」とは

双子の胎児を超音波で診断する時に最も産婦人科医が気をつかうのが膜性の診断です。具体的には赤ちゃんたちを包む絨毛膜と羊膜の2種類の「膜」の数を数えます。ちなみに絨毛膜というのはその後胎盤に変化していく膜で、羊膜というのは赤ちゃんと羊水を包んでいる半透明の膜です。破水というのはこの羊膜が破れて羊水が出てくる状態のことですね。
赤ちゃんが2人見えた場合はこれらの膜がいくつあるか確認するのですが、数え方としては胎嚢(赤ちゃんのお部屋)が2つあれば絨毛膜は2つある(二絨毛膜)と判定できます。そしてこの場合は羊膜も必ず2つに分かれています。
逆に胎嚢が1つしかないのに中に赤ちゃんが2人見えてきた場合は一絨毛膜ということになります。この場合はさらにその内部で赤ちゃんを隔てる薄い膜があるかを確認しますが、もし胎嚢内で赤ちゃんたちの間が仕切られていれば二羊膜、完全に同じ部屋の中にいる場合は一羊膜と診断されます。
なのでまとめると双子の「膜性」は二絨毛膜二羊膜、一絨毛膜二羊膜、一絨毛膜一羊膜の3種類があるということになります。

「卵性」とは

一方で卵性とは受精卵の数を表します。一度の排卵周期で2つの卵子に1つずつの精子がそれぞれ受精して両方とも着床した場合は二卵性、一つの受精卵が途中で2つに分割してそれぞれ1人の人間として育つのが一卵性です。二卵性は最初から別の人間なので性別や血液型なども違う可能性がありますが、一卵性はもとの受精卵が一緒なので遺伝情報も原則的には100%合致します。なので一卵性の双子では下手すると顔認証のセキュリティがお互いに突破しあえるくらい似ていたりします。

「膜性」と「卵性」の違い

上記の通り、二卵性の場合はそもそも受精卵が違うので必ず二絨毛膜二羊膜双胎となるのですが、実は一卵性の場合は3種類の膜性全てになる可能性があります。これは受精卵が分割する時期によるのですが、具体的には受精卵が1個できた後に1~3日目で2人に分かれた場合は二絨毛膜二羊膜に、4〜8日目に分かれた場合は一絨毛膜二羊膜に、9〜12日目に分かれた場合には一絨毛膜一羊膜になると考えられています。(ちなみにそれ以降に分かれた場合は結合双胎という体の一部がくっついた双子になります。)これらのことから一般的に妊婦健診で確認できるのは膜性のみであり、卵性は出生後に遺伝子を調べないと診断できません。妊娠中に担当医から二卵性ですと言われたという方は、胎嚢が2つあります(二絨毛膜)と伝えられたのを誤解されたか、あるいはその医師が双子に対して誤った理解をしているかだと考えられます。

まとめ

というわけで本日は意外とみんなが知らない双子についての豆知識でした。実は世界では「二卵性の一絨毛膜双胎」とか不思議な双子ちゃんたちがちらほら報告されている(そのため一絨毛膜であっても一卵性と言い切れない)のですが、基本的にそれらは例外オブ例外なので皆さんは上記だけをご理解いただければ問題ありません。医学的には双子のリスクや注意点は膜性によってかなりの部分が決まってきますので、妊婦さんやそのご家族は一卵性かな?二卵性かな?とか思いつつも担当医とよく話し合いながら妊娠、出産を楽しんでみてください。

妊娠と葉酸摂取について

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠を希望される方、あるいは妊娠された方の多くは「葉酸摂取が妊娠に良いらしい」という情報を見聞きすることと思います。実際、外来でも葉酸摂取についてのご質問は頻繁にお受けするのですが、具体的に何がどう良いのか、どのように摂取したら良いのかは意外と知らない方が多い印象です。そこで本日は妊娠中の葉酸摂取について解説したいと思います。

葉酸を摂るとどんな効果が期待できるのか

妊娠は一般的に初期、中期、後期の3期間に分けて考えることが多いですが、特に初期は器官形成期と言って受精卵が細胞分裂を繰り返しながら人間の形を作っていく重要な時期です。多くの先天奇形がこの時期のエラーによって起こると考えられていますが、葉酸摂取は二分脊椎に代表される神経管閉鎖障害に対する予防効果があることで知られています 1)。具体的には葉酸を適切に摂取した妊婦さんでは摂取しなかった方と比べて93%程神経管閉鎖障害を予防できたというデータもあり、国内外で広くお勧めされています 1)2)3)。

葉酸の摂取方法

神経管閉鎖障害は概ね妊娠6〜7週頃に病気として完成してしまうため、確実に効かせるためには少なくとも妊娠1ヶ月前くらいから妊娠11週末までの内服が勧められています。逆に妊娠していることに気づくのは通常妊娠5〜6週以降のため、そこから飲みはじめても手遅れです。用量は1日0.4mg(400μg)が標準ですが、モノによっては0.8mg(800μg)入っているサプリもあります。これに関しては1mg(1000μg)を超えなければそれほど気にする必要はありません。実は葉酸摂取の神経管閉鎖障害予防効果のメカニズムに関してはよく分かってないことも多いのですが、葉酸自体に薬効があるというよりは葉酸不足によるリスクの上昇を抑えるようなイメージかと思われます 4)。なので逆に言うと双子だから2倍飲むとかそういう話はありません。一方で様々な理由から神経管閉鎖障害のハイリスクとされる女性もいらっしゃいますのでそういった方々には1日4〜5mgの葉酸が処方されることがあります。

神経管閉鎖障害以外への効果や副作用

葉酸の効果については他にも様々な検証がされています。顔面奇形である口唇裂や口蓋裂、そして心奇形などについては予防効果を示唆する研究も存在しますが、未だに結論には至っていません 5)6)7)。また、一時期流早産の予防になるんじゃないかという話題もあったのですが、どうやらそちらもどっちつかずのようです 8)9)10)。その他、葉酸は赤血球を作る際にも重要な役割を果たすので、妊娠中の貧血予防が期待できます。一方で妊娠期間を通じて1日5mgを超える量を服用し続けると、赤ちゃんが1歳になった時に運動神経発達遅延が指摘されるリスクが上昇するという報告もあり、無闇に使えば良いわけでもないということにも注意が必要です 1)。

まとめ

というわけで本日は妊娠にまつわる葉酸についてのあれこれでした。ところで神経管閉鎖障害は複数の要因が複雑に作用して発症すると考えられています。そのため葉酸を摂取していれば絶対に大丈夫というわけでもないし、逆に赤ちゃんに発症してしまったからといって摂取してなかったせいだと自分を責める必要もありません。葉酸摂取自体はお勧めされますが、決して安くないサプリをいつになるか分からない妊娠成立まで飲むのは誰でも気軽に始められるわけでもないので、100点満点の女性が105点を目指すようなイメージで「+@」と考えて取り組まれるのが良いかもしれませんね。

1) 産婦人科診療ガイドライン 産科編2020 CQ105
2) NHS. Vitamins, supplements and nutrition in pregnancy: https://www.nhs.uk/pregnancy/keeping-well/vitamins-supplements-and-nutrition/
3) CDC. Folic Acid: https://www.cdc.gov/ncbddd/folicacid/about.html
4) Kohji Sato. Med Hypotheses. 2020 Jan;109429.
5) Luz Maria De-Regil, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2015(12):CD007950
6) Badovinac RL, et al. Birth Defects Res A Clin Mol Teratol. 2007;79(1)8-15
7) Liu S, et al. Circulation. 2016;134(9):647
8) Balogun OO, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2016 May 6;2016(5):CD004073
9) Mantovani E, et al. Biomed Res Int. 2014:481914.
10) Bingbing Li, et al. Front Neurosci. 2019 Nov 28;13:1284