出生前診断の注意点

こんにちは、副院長の石田です。

産婦人科で正常妊娠を診断された後、夫婦によって検討が始まるのがNIPT、クアトロ検査、羊水検査などの遺伝学的な出生前診断を受けるかどうかです。これらの検査は赤ちゃんが産まれてくる前に染色体異常を主とした病気の有無が分かるため、夫婦の取れる選択肢が増えるという点で魅力的である一方、実は小さくない落とし穴がいくつもあることは意外と知られていません。そこで本日は出生前診断を受けるか悩んでいるご夫婦に知っておいていただきたい注意点について解説したいと思います。

遺伝情報がもつ注意すべき特殊性

遺伝情報の注意すべき特徴の一つは「あいまいである」ということです。例えばダウン症候群は出生前診断で気にされる最も有名な疾患ですが、もし診断されてもその子が実際にどの程度の重症度で産まれてくるか、将来どのような病気にいつかかるかなど具体的な未来を正確に知ることはできません。加えて染色体異常の中には病気ではない子供が産まれてくる変異がいくつもありますが、その全てが把握されているわけではないため未知の異常が見つかった時にどのように対処すれば良いか専門家ですら答えられないということも起こり得ます。しかもこれらの異常は家系に由来していることもあるため、安易に検査をするとその影響が意図せず広範囲の家族に広がる可能性があるほか、そもそも個人の遺伝情報は変更不可能なため一度知ってしまうと二度と知らなかった状態には戻れないということにも注意が必要です。

「知っておきたいだけ」というご夫婦も注意が必要

中には「何があっても産むことは決めているけど、事前に赤ちゃんの状態が知りたいから検査します」というご夫婦もいらっしゃいますが、そういう場合でも注意が必要です。そもそも胎児にとって出生前診断はやらなければ通常どおり産まれることができる一方で、行った場合は陽性からの中絶や検査による有害事象(破水など)の発生によって流産になる可能性があるイベントであり、赤ちゃん側の視点に立つと受けるメリットが乏しい検査なのかもしれません。そのため検査で期待できることと赤ちゃんが背負うリスクのバランスについては慎重な判断が必要です。さらには検査結果を知らなければ産んだ赤ちゃんも、異常結果を知ってしまったがために決心が揺らぐ可能性は十分にあります。結果に関わらず産むと決めているご家族であっても検査のメリットやデメリット、そして異常結果となったときのことについてはよく話し合っておくことが大事です。

検査で検出できる病気には限界がある

新生児の3〜5%は大小何かしらの先天性疾患を持って産まれてくると言われていますが、遺伝学的検査で検出できる染色体異常は全先天異常のうちの1/4しかありません。しかも遺伝子疾患の中には出生直後は正常でも年単位の時間をかけてゆっくり発症してくるような病気もありますし、そもそも産まれた後も人間はさまざまな病気にかかる可能性があります。それらを踏まえた上で染色体異常の有無だけを事前に知ることがご夫婦にとって必要十分なのかは吟味が必要でしょう。

まとめ

本日は出生前診断を受ける前に知っておくべきことについて解説いたしました。ここまで出生前診断についてネガティブな面ばかりに焦点をあててきましたが、もちろん上手に使えば多くのメリットが受けられる便利な検査であることは間違いありません。検査の利点欠点を総合的に判断するのは簡単な作業ではありませんが、お困りの際にはまずかかりつけの産婦人科で相談してみてください。

風疹って何ですか

風疹は、ウイルスによる感染症です。

風疹ウイルスによって引き起こされる、急性の発疹性感染症で、飛沫感染後、2〜3週後の潜伏期を経て発熱発疹、耳介後部リンパ節腫脹の主要症状が現れます。

風疹ウイルスはトガウイルス(Togavirus)科に属する直径60〜70nmのRNAウイルスです。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスの直径は約100nmなので、風疹ウイルスはそれらより小さいウイルスと言えます。小さいウイルスのため、マスク着用でも風疹の感染予防効果は乏しいのです。

ヒトに感染性のあるエンベロープRNAウイルスとしては風疹のほか、新型コロナウイルス、インフルエンザウイルスも同様です。

風疹に対する免疫がない集団において、1人の風疹患者から5~7人にうつす強い感染力があります。よって胎児感染、先天性風疹症候群の発生を起こさないためにも妊婦さんはご自身の風疹抗体価を有している事、また風疹の感染予防に努める事が大事なのです。

風疹の予防には、予防接種が最も有効ですが、いわゆる「生ワクチン*」のため、妊婦さんは風疹ワクチン接種は受けることができません(産後の接種は可能です)。

*生ワクチンは病原体となるウイルスの毒性を弱め、病原性をなくしたものを原材料として作られます。

風疹抗体価が低く免疫が不十分な妊婦さんが妊娠20週頃までに風疹のかかると、眼や心臓、耳などに障害をもつ先天性風疹症候群を有する赤ちゃんが産まれてくる可能性があります。

妊婦さんの風疹初感染において、先天性風疹症候群は妊娠8週までに約50%、妊娠12週までに約40%、妊娠16週までに約30%、妊娠20週まででは数%起こるといわれています。

風疹抗体価を十分にもっていない(風疹HI 16倍以下)場合、特に妊娠20週までにおいて外出をする際には可能な限り人混みを避けましょう。また夫が風疹抗体価があるかの確認し、必要あれば夫の風疹ワクチン接種を検討するとよいでしょう。

院長執筆

参考文献;

Rubella (German Measles, Three-Day Measles). CDC

風疹とは. 国立感染症研究所

胎児診断・管理のABC(第6版). 金芳堂

悪露はどの位でなくなるのか

産後の出血を「悪露(オロ)」といいます。

子宮の中に溜まった出血や卵膜の残りが、子宮復古(子宮収縮)とともに排泄されます。

量の変化

悪露の量は通常分娩3日目までがピークといわれています1)。出血は通常産後5日目あたりから減少します。

帝王切開の場合は元々子宮口が開大していないため、少量の悪露がしばらく続く場合があります。

色の変化

一般的には産後4週目には透明な帯下になる、といわれてますが、診察の経験上、産後1ヶ月健診でもまだ赤〜茶色の悪露はあり得ます。ポイントとしては産後1ヶ月健診において子宮内腔に悪露の滞留がほとんどない状態を確認する方が大事かな、と思います。

再診察の目安

産後6週間が経っても悪露の量が減らなければ再診察をお受けになった方が良いでしょう。

また産後日数に関わらず、発熱または悪露の悪臭がある場合は子宮復古不全を伴った産褥熱・子宮内膜炎の可能性があります。その場合は産院へ連絡し、早めに受診を受けてください。

院長執筆

参考文献

1)Essential obstetric and newborn care. MSF

ダウン症候群について

こんにちは、副院長の石田です。

めでたく妊娠が成立し、自治体から母子手帳を受け取って妊婦健診が始まると、ご家庭によって話題に上がるのが羊水検査をはじめとした出生前検査を受けるかという選択肢です。一部の先進的なものを除くと一般的に行われている出生前検査はDNAの塊である染色体を調べるものですが、検査で診断がつく染色体異常の中で最も知られている疾患はダウン症候群でしょう。実際ダウン症は出生する新生児の中で最も頻度の高い染色体疾患の一つですが、その名前の認知度とは裏腹に実際の状況は意外と知られていません。そこで本日はダウン症候群について少し解説したいと思います。

ダウン症候群とはどのような状態か

人間はおよそ37兆個の細胞を持っていますが、通常その一つひとつに両親由来の染色体を23対、計46本保有しています。ところがダウン症候群では21番目の染色体が3本ある、あるいは部分的に重複するなどの理由で過剰になっており、その結果心疾患をはじめとした合併症を持ったり成長発達に遅れが生じることがあるのです。一般的なダウン症候群の罹患頻度は600〜800出生に1人で、母体年齢が上がると頻度が増加するのは有名ですが、実は精子形成の異常が原因になることも10%前後あると言われています 1)。ちなみに意外と誤解されている方が多いのですが、“ダウン“は1866年に本症を発表したイギリス人のダウン医師にちなんだ名称であり「下」というニュアンスの”down”とは全く関係がありません。

ダウン症候群をお持ちの方の生活について

ダウン症候群に様々な合併症があるのはイメージがあると思いますが、当事者の方々が実際どのように生活されているかはご存知でしょうか?上述の通り発達が遅れる傾向がある一方で、保育や初等教育の段階では問題なく通常級で過ごされることも多く、約80%の方が支援学級を含め高校を卒業されます。卒業後は90%が就職し、芸術やスポーツ分野で活躍することも少なくありません。社会福祉に関しては5歳までに9割程度の方が療育手帳を取得されますが、それによる税控除や公共料金・交通機関等の割引を受けることもでき、その他20歳まで支給される福祉手当や成人期以降で受けられる福祉サービスや障害年金もあります。そして何より皆さんに知っていただきたいのは、ダウン症候群をもつ方の約90%がほぼ毎日幸せを感じながら勉学や仕事に肯定的な自己認識を持って暮らされているということです 2)。

まとめ

本日は身近なのに意外と知らないかもしれないダウン症候群のことについて少しだけ解説いたしました。ダウン症候群をもつ方々の健康や生活に関しては日本ダウン症協会/日本ダウン症学会による『ダウン症のある方たちの生活実態と、ともに生きる親の主観的幸福度に関する調査報告書日本ダウン症協会のホームページで動画も交えて非常に分かりやすく紹介されています。もしよろしければこの機会に是非一度ご覧になってみてください。

1) Muller F, et al. Hum Genet. 2000 Mar;106(3):340-4
2) 平成27年度 厚労科研 小西班研究班報告

臨月を過ごす時間におすすめの映画

こんにちは、副院長の石田です。

以前このブログで臨月の過ごし方について「好きなように過ごしてもらって大丈夫ですよ」という記事を書かせていただきました。

しかし、そうは言っても時間を持て余してしまうご夫婦も多いようで、毎日「どうやって過ごせばいいか悩んでます」という相談を受けます。そこで本日は(別に観るのが妊娠末期である必要は全く無いんですけど)臨月を過ごすのにおすすめの映画を2本ご紹介したいと思います。
(以下、小見出しがYouTubeの予告編のリンクになっています。)

クリード 炎の宿敵

誰もが知るシルベスター・スタローン主演、ロッキーシリーズからのスピンオフ作品第2弾です。ロッキーの親友でありライバルでもあるアポロの息子、アドニス・クリードはロッキーの指導のもとついにボクシングヘビー級王者となりました。最愛の人との間に娘も生まれ幸せな時間を過ごしていたアドニスでしたが、そこにかつて父の命を奪ったロシア人ボクサー、イワン・ドラゴとその息子ヴィクターが現れます。世代を越えた因縁の中でアドニスとヴィクターはリングで戦うことになるが…というお話です。
「なんで臨月にボクシング映画?」というご意見は重々承知の上で、こちらは父親になる皆様へのお勧めです。親となったアドニスは、家族を持つことで与えられる父親としての役割と本来の自分の夢、そして守るものができたことにより得た強さと弱さという様々な葛藤の中で苦しみます。しかしそこを抜けて新たな自分を手に入れる様は、世界中の多くの男性が初めて父親になった時に直面する課題として普遍的なテーマだと言えるでしょう。実は円満ではない家庭の方が多く出てくるのがこの時期にお勧めするにはどうなのかと言う感じもありますが、出産を控えた男性方にとっては響く内容かと思います。ただ問題は、この映画を理解するにはアドニスとロッキーの出会いを知る必要がありますし、さらにはロッキーとドラゴ、アポロとドラゴ、そしてロッキーとアポロの関係もおさえておく必要があります。つまりロッキーシリーズを一から全部観るハメになりますが、父親にとってのロッキーは英文学生にとってのシェイクスピア、経済学生にとってのマルクスと同様必須教材となりますので(諸説あり)、時間をかけても全部観ることをお勧めいたします。

ワンダー 君は太陽

遺伝子疾患により人とは違う見た目で生まれてきた少年オギーは、小学5年生で初めて学校に通うこととなります。家族が当初予想していた通り露骨ないじめや偏見を受けてオギーは苦しみますが、本人の勇気と家族をはじめとする周りの人々の愛情で困難と試練をたくましく乗り越えていくというお話です。
世界的なベストセラー小説「ワンダー」を映画化した作品ですが、主人公のオギーだけでなく、両親や姉、そして友人など様々な当事者の苦悩を丁寧に一人称で描いており、一つひとつに頷きながら半泣きで観ていくと最終的に感動と愛情で温かい気持ちになって終わる感じの映画です。本作ではオギーに身体的特徴という強烈なアイコンがありますが、そうでなくとも人は誰でも必ずコンプレックスがあって、それが故に傷ついたり傷つけたりすることが多々あると思います。私も自分の子供のことでは常に葛藤だらけですが、この映画を観てどんな時も愛情と寛容が困難に立ち向かう最強の武器なのかもしれないと改めて思わされました。主演の天才子役ジェイコブ・トレンブレイ、母親役のジュリア・ロバーツはもちろん最高なんですけど、頼りなさそうなのに実はすごくちゃんとしている父親という絶妙な感じを出すオーウェン・ウィルソンが自分的にはすごく刺さりました。是非ご夫婦で楽しんでみてください。

まとめ

というわけで本日は臨月に観るおすすめの映画についてでした。以前臨月に読む本をご紹介した時と全く同じ導入の記事で恐縮ですが、それと合わせて皆さんが良い時間を過ごすきっかけになれれば幸いです。