性暴力の被害者になってしまった時の話

こんにちは、副院長の石田です。

残念ながら定期的にニュースになってしまう話の一つに性暴力・レイプがあります。最近も自衛隊や有名料理店での性暴力が明るみに出ましたが、なかなか社会から根絶ということにはならない根深さのある犯罪です。被害者の半数程度がPTSDの症状を抱えるとも言われており、長きにわたって人生に深刻な影響が及ぶため事件発生後の適切な対応が極めて重要です 1)。被害者が女性の場合、警察、NPO、行政機関などと並んで産婦人科も相談窓口となり得ますが、そうした事態を想定して産婦人科ではどのように対応するかが決められています。そこで本日は被害を受けた時にどのような提案がされるのかを解説してみたいと思います。

ワンストップ支援センターや警察に関する情報提供

被害届を提出するかどうかはあくまで被害者の自己決定が尊重されますが、被害直後は気持ちが混乱していたり名誉毀損や報復の恐れから通報をためらっても、周囲の支援を受けながら時間をかけて加害者と争う決心をされることもあるのでタイムリーに記録を残しておくことは大切です。しかし一般的な病院を受診しても通常証拠保全用の道具がないことが多いため上記のような機関への相談をおすすめしています。ちなみにワンストップ支援センターとはそこに相談することで医療機関受診、証拠保全(被害届を出すかどうかとは別にとりあえず証拠資料を採取できます。)、法律相談、アフターケアなど性被害者にとって必要なことが全て揃っている行政機関です。24時間365日で対応しているほか、被害者の負担を極力軽減するために提供されるサービス、検査(性病・薬物検査や妊娠判定など)、治療(感染症予防投薬や緊急避妊、中絶手術など)は全て行政負担となるのも特徴です。

全身の外傷確認及び性感染症検査

ご本人が頑なに通報を望まない場合であっても同意がいただけた範囲で陰部を含めた外傷の有無を確認し、形や大きさを含めて記録します。また、性感染症に関しては、感染してから一定期間が経過しないと陽性にならないものもあるため被害が発生した日を考慮した上で適切なインターバルで複数回検査を行い判定していきます。

予防投薬

特にHIVなどの感染症予防を念頭においてご相談の上で薬を処方します。また、妊娠可能な年齢であれば被害後120時間以内(できれば72時間以内)など一定の条件を満たす場合に緊急避妊薬を使用します。ただ、緊急避妊薬は適切に投与された場合でも妊娠阻止率が100%にはなりませんので万が一妊娠が成立してしまった場合には別途中絶処置についてもご相談していくこととなります。

まとめ

というわけで本日は性暴力被害にあってしまった時の流れについて、簡単ですがまとめてみました。もちろんそんなことが起こらない社会づくりが大切ですが、万が一の時には事前にイメージがあると相談しやすいかなと思った次第です。もし相談が必要になった時はワンストップセンターにご連絡いただくのが私のおすすめですが、埼玉県に関してはアイリスホットラインとして運営されていますので、よろしければ是非見てみてください。

1) 性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議. 性犯罪・性暴力対策の強化の方針:https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/pdf/policy_02.pdf
2) 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2020 CQ427

梅毒について

こんにちは、副院長の石田です。

つい先日、今年の梅毒の感染者が過去最多になったというニュースが流れました 1)。「増えているらしい」というのは少し前から我々界隈で囁かれてはいたのですが、今年は9月頭の時点で8155人と、昨年の総数である7983人を上回っており流石にびっくりです。そこで本日は梅毒についてお話ししたいと思います。

梅毒とは

梅毒はトレポネーマ(Treponema pallidum)と呼ばれる細菌による感染症で、性病の一種です。オーラルセックスを含めた性交渉で感染するほか、妊婦さんが感染すると胎盤を介して赤ちゃんに垂直感染を起こすこともあります。梅毒が順調に進行していくととても重い合併症を発症したり、場合によっては死にいたる可能性も十分あるため社会に流行されると極めて厄介な感染症の一つです。記録のある中で最古のアウトブレイクは15世紀末のナポリらしいですが、日本でも南蛮人が渡来してきた16世紀ごろから流行が確認されているようです。また、吉原などの遊廓で遊女の方が多数犠牲になったようですが、そのことについては「JIN-仁-」や「鬼滅の刃」といった漫画でも取り上げられているのでご存知の方も多いのではないでしょうか?

どんな症状?

書籍によって微妙に違ったりすることもあるのですが、基本的には3つに分けられるステージを、発症と改善を繰り返しながら徐々に進行していきます。感染後約3週間して1期に入りますが、症状は感染した部分にできる単発の潰瘍だけです。通常は陰部ということになりますが、女性の場合はただでさえ見えにくい部分である上にこの潰瘍は痛くないので気がつかないことも多いと言われています。潰瘍が自然に消失した後3ヶ月ほど経って今度は全身に細菌がばら撒かれる2期に突入します。2期では体中に発疹が出たり、発熱や倦怠感なども自覚されますが、人によっては肝炎や腸炎、めまい、耳鳴り、眼病なども発症することがあります。そしてこの2期の症状も自然と回復し、そこから再び潜伏期に入りますが、おおよそ30%前後の患者さんたちは平均3年程度で3期梅毒を発症します。3期は心臓の弁や大動脈、そして中枢神経に深刻なダメージを来すほか、ゴム種と呼ばれる塊を体表から骨、そして内臓まであらゆるところに発生させ、著しい機能障害を引き起こします。(”tertiary syphilis”で画像検索すると痛々しい写真がたくさん出てきます。)一方妊娠中の垂直感染(母子感染)を起こした場合、出生直後はほとんど症状がないものの、赤ちゃんの発育とともに肝機能障害や骨・歯の異常、神経発達障害などが現れます。

梅毒の治療

梅毒は細菌感染なので、抗菌薬(抗生物質)を使用します。具体的にはペニシリンと呼ばれるグループのお薬を使いますが、日本の場合は飲み薬として1ヶ月以上服用し続けなくてはいけません。病期にもよりますが、海外では原則1回の注射で治療が済むのと比べると随分煩雑ですよね。これは、日本で同製剤によるアレルギー反応が大きな社会問題になったことから国内で使用することができなくなってしまったためでしたが、2021年より再び注射薬が承認販売され始めたことから今後は患者さんの負担が大きく軽減することが期待されています。

まとめ

というわけで本日は激増中の梅毒についてのお話でした。抗生剤が出てくる前は死の病でしたが今ではちゃんと診断できれば治る感染症です。しかし上記のように進行すればするほど症状も重くなるし場合によっては治療もややこしくなったり長くなったりすることがあります。ハイリスクな性行動を取らないように気をつけた方が良いのはもちろんですが、万が一気になる症状が出てきたときは最寄りの産婦人科に相談するようにしましょう。

1) NHK: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220913/k10013815451000.html

抗ミュラー管ホルモン(AMH)について

こんにちは、副院長の石田です。

当院は産婦人科なので、妊娠を希望しているけどなかなか授からないという患者さんのご相談も日々お受けしています。その中でたまに聞かれるのが抗ミュラー管ホルモン(AMH)についてです。「測定してみたいんですが、採血してもらえますか?」ということで聞かれるのですが、実はこの数値は扱いが少し難しいんですね。そこで本日は抗ミュラー管ホルモンについてちょっと解説したいと思います。

抗ミュラー管ホルモンとは?

抗ミュラー管ホルモンは名前からだと分かりにくいですが、簡単に言うとその女性の卵巣の中にどれだけの卵子が残っているのかの目安となる物質です。常に新しく作られ続けている精子と違い、卵子は女性がまだ胎児の頃から左右の卵巣の中に原子卵胞と言われる状態で蓄えられていて、思春期に入り月経周期が開始するとその一部が発育し始めて順番で排卵されていきます。と言われると、まるで卵子が排卵のたびに一つひとつ無くなっていくような印象になるかもですが、実際は排卵による喪失以上に自然に無くなる卵子の方が多いです。具体的には女性が胎児の際に卵巣に500〜700万個あった原子卵胞は出生時には100~200万個程度まで減少、思春期を迎える頃には30万個程度となっています。その後も自然減少は続き、閉経ごろには1000個くらいになっていると考えられています 1)。そしてすごく大雑把なことを言うと、抗ミュラー管ホルモンはこの原子卵胞が排卵に向けて成熟卵胞へと発育する過程で分泌されるため、この数値を見ることであとどのくらい卵胞が残っているかがなんとなく分かるわけです。通常は1 ng/mlを下回ると卵胞の数がかなり低下していると解釈されます 2)。

抗ミュラー管ホルモンの限界

上記のような話になると便利じゃんAMH!となりそうですが、実は色々な意味で有用性に限界があるのも悩ましいところです。まず、AMHは測定誤差や個人差が大きいことから正常値が定まっていません。また、AMHが示すのは飽くまで卵胞数の目安であって、卵子の質は反映していないため妊娠しやすさと相関するわけでもないのです。(すごく低くても普通に妊娠できたりします。)また、多嚢胞性卵巣をはじめとして様々な要因がAMHの数値に影響を及ぼすとされているもののその全てが解明されているわけでもなく、数値の解釈や使い方そのものが現在進行形で議論されながら進化している物質であり、現時点でこれを測定しても何かがズバッと分かるというものではないんですね 3)。

まとめ

結局役に立つのか立たないのかどっちなの!?って怒られてしまいそうですが、残りの卵胞数の目安がざっくりと分かることで「不妊治療にあとどのくらいの時間がかけられそうか」や「採卵が難しそうかどうか」などの目安になるとされており、生殖医療分野の大事な検査の一つであることは間違いありません。ただ、どんな検査もそれだけで役に立つことはあまりなく、病歴や身体診察、他の様々な検査との組み合わせの中で初めて意味を持つことがほとんどです。何かで抗ミュラー管ホルモンのことを聞いて測ってみたくなった方も、まずは最寄りの産婦人科で今のご自分にはどんな診察や検査が必要なのか相談してみましょう。

1) 百枝幹雄 編. 女性内分泌クリニカルクエスチョン90
2) L Shrikhande, et al. J Obstet Gynaecol India. 2020 Oct;70(5):337-341
3) Lose M E Moolhuijsen, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2020 Nov 1;105(11):3361-3373

レルミナ®︎錠

今回は子宮筋腫や子宮内膜症に対する内服治療薬のレルミナ®︎錠(以下レルミナ)についてお話しさせていただきます。

レルミナの適応・効能効果

・子宮筋腫に基づく過多月経、下腹痛、腰痛、貧血

・子宮内膜症に基づく疼痛(月経痛、下腹痛、腰痛、排便痛、性交痛)の改善

病態生理から考えるレルミナのメカニズム

レルミナはGnRHアンタゴニスト製剤です。

①GnRHアンタゴニストは内因性GnRHの代わりに下垂体前葉にあるGnRH受容体に結合してGnRHの作用を遮断します。

②GnRH作用・刺激を受けない下垂体前葉からは、ゴナドトロピン(FSHとLH)の分泌が抑えられます。

③ゴナドトロピンの刺激を受けない卵巣は、性ステロイドホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の分泌が抑えられます。

レルミナは子宮筋腫や子宮内膜症に関わる性ステロイドホルモンの分泌を抑えることができるので、それらの病態の悪化を防ぐことができるのです。

従来はGnRHアゴニスト製剤として注射剤を用いることが多かったのですが、レルミナは内服製剤なので、処方をさせていただき、ご自身で内服管理が可能な点が一つのポイントとなります。

レルミナ内服の注意点

・食前(食事の30分前までに)内服:レルミナは吸収面において、食事の影響を受けてしまうので、内服は食前、可能であれば朝食前をおすすめします。

・内服投与期間は6ヶ月間:性ステロイドホルモンを抑え続けることによる骨密度の低下を招く恐れがあるため、半年間の内服と治療には一定の制限が設けられています。

・その他、考えられる副作用としては

更年期様症状(ほてり、頭痛、発汗、うつ症状など)

があります。先程の骨密度と同じく、性ステロイドホルモンの分泌が抑制され続けるためです。ただし、レルミナの内服期間は6ヶ月間のため、レルミナ内服終了後は速やかに更年期様症状の改善が見込まれます。

レルミナの6ヶ月内服後、LEP製剤やジエノゲスト錠への切り替えを行い内服治療を続ける場合は、症状に応じて漢方等の処方や内服の工夫を行うことも手段の一つと言えそうです。

勿論、にしじまクリニックの外来でもレルミナの処方は可能です。子宮筋腫や子宮内膜症による症状でお困りの方はご来院いただき、担当医師と一緒に治療の相談をしていきましょう。

(院長執筆)

思春期に入っても生理が来ない時の話

こんにちは、副院長の石田です。

女の子が初めて迎える生理を初潮(初経)と言いますが、日本人の平均は12.2歳頃ということです 1)。ただ、これにはそれなりの個人差があるため医学的には14歳までに生理が始まれば正常という扱いになっています。一方で15歳以降で初経が発来した状態を遅発初経、18歳になっても生理が来ない状態を原発性無月経と定義されますが、特に原発性無月経の場合には様々な健康上のリスクが発生するため医療介入が必要となります。というわけで本日はなかなか生理が始まらなくて心配されている女性とそのご家族に向けて解説させていただこうと思います。

生理のメカニズム

生理は子宮内部の膜が定期的に剥離し腟を経由して体外に排出される現象ですが、これは卵巣から分泌されるエストロゲンとプロゲステロンというホルモンによって調整されています。しかしこれは卵巣が勝手にやっているわけではなく、脳の下垂体というところから分泌されるLHとFSHというホルモンによってコントロールされているし、さらに言うと下垂体はその上位にある視床下部という大ボスみたいなやつの管理下で働いています。つまり「生理が来ない」という場合には視床下部から腟までのどこかに不具合がある可能性が高いと言うことになります。上記のどこに異常があるのかでも状況が変わりますが、二次性徴の遅れは本人の精神的な負担に止まらず、性器発育の遅延、骨粗鬆症、動脈硬化、糖脂質代謝異常などのリスクが上昇する可能性があるため適切な医療介入が求められます 2)3)。

原発性無月経の原因

極端なダイエットやストイックなスポーツによる栄養失調、あるいは脳腫瘍などがある場合は、視床下部や下垂体など脳からのホルモン分泌が障害されることがあります。Turner症候群などの染色体異常やミュラー管形成不全といった病気ではそもそも生まれる前にうまく子宮や卵巣が作れません。脳、卵巣、子宮が正常に機能していても処女膜が閉鎖している場合は生理の血液が子宮と腟内に溜まり続けるため下腹部の膨満感や痛みなどが出現します。また、別のホルモンに機能障害が起こると女性ホルモンも巻き添えになって生理が来なくなることがありますし、珍しいところでは見た目は女性なのに染色体を調べると実は男性だったというアンドロゲン不応症という病気もあります。その他にも様々な原因疾患が鑑別となるため、実際の診察では自覚症状、既往歴、家族歴などを幅広く問診するほか乳房の発達や陰毛を含めた外性器の発達、そして血液検査や画像検査などを行なって確定診断を導いていくことになります 4)。

病院を受診するタイミング

日本と違って海外では15歳頃が診断基準となることが多いこと、またあまり介入が遅れると身体的にも精神的にも患者さんの負担が重くなることから、15歳くらいまでに生理がこない場合は受診することが勧められています 3)。治療は無月経の原因によって異なりますが、状況によっては将来の妊娠や社会生活に影響が出ることもあるのでご本人との相談の上で必要に応じて複数の専門科や地域社会、教育現場などを含めた多職種で協力しながら介入していくこともあります。

まとめ

今回は生理がなかなか来ない女の子についての記事でした。ちなみに病気のことをたくさん書いたので不安にさせてしまったかもですが、単に“遅咲き“だったというケースも多いです。特に親がそうであった場合は子供もそうなることが多いと考えられています 5)。しかし中には上記のように疾患があったり、場合によってはいじめや虐待などから生理がはっきりしないうちに妊娠してしまっていたということもあり、我々としては多角的なアプローチが求められる症状でもあります。それ故に診断を得るまでは時間を要することが多いので患者さんも大変ですが、気になった方は是非最寄りの産婦人科に相談してみてください。

1) 日野林 俊彦. 発達加速現象に関する進化発達心理学的研究:https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-22330189/22330189seika.pdf
2) Catherine M Gordon, et al. Curr Opin Obstet Gynecol. 2003 Oct;15(5):377-84
3) 産婦人科診療ガイドライン 婦人科外来編2020. CQ311
4) Tarannum Master-Hunter, et al. Am Fam Physician. 2006 Apr 15;73(8):1374-82
5) Sasha R Howard. Front Endocrinol. 2019;10:423