ロシアのウクライナ侵攻による周産期医療への影響

こんにちは、副院長の石田です。

ロシアがウクライナへ侵攻を開始してから2年半以上が経過しています。この間首都であるキーウを含む多くの街でロシアからの攻撃による甚大な被害が出ていますが、この侵攻が周産期医療に関して国際的な影響を及ぼしていることは日本ではあまり知られていません。そこで本日はその件についてお話ししてみようと思います。

代理懐胎とは

皆さんは「代理懐胎」をご存知でしょうか?「代理母」「代理出産」という言葉に置き換えるとピンとくる方も多いかもしれませんが、不妊に悩むカップルが手を尽くしても授からない場合、主に二人の精子と卵子を使って体外受精で作成した受精卵を第三者の女性の子宮内に移植し、妊娠から出産までを代わりにやっていただくという医療です。医学的には一定の有用性があるものの、当然そこには宗教や倫理、法律など様々な問題があるため国や地域で見解や扱いは大きく異なります。また、どうしても商業的な要素が入るため先進国から新興国、あるいは富裕層から貧困層への合法・非合法を含めた搾取に発展する可能性もあり、国際的にもどう取り扱うべきか共通見解は得られていません。ちなみに代理母になる女性や生まれてくる子供の健康リスクについては一般的な不妊治療と比較してあるとも無いとも言われており、まだよく分かっていないようです 1)2)。日本では今のところ代理懐胎に関する法律はありませんが、日本産科婦人科学会が会員に対して代理懐胎への関与(斡旋を含む)を禁止しているため基本的に国内でこの医療を受けるのは難しいです 3)。

なんでウクライナ侵攻と関係があるのか

実はウクライナは世界で最も代理懐胎に関する医療技術や実務運用、法整備が進んだ国の一つとして知られています。また、ウクライナでの代理懐胎は一部の先進国で行われているものと比べて半額以下の値段で行えるため、世界中から希望者が集まってくるのです。公的な統計は無いものの、ロシアによる侵攻以前には国内外から集まった患者さんに対して年間数千件の代理懐胎が実施されていたそうです 4)。しかし今回の紛争によって依頼者がウクライナに入れなくなる、凍結保存された受精卵が電力不足による融解や攻撃による破壊のため使えなくなる、妊娠中の代理母が避難などで行方不明になる、新生児の受け渡しが難しくなるなど様々な問題が発生しているようです。また、妊娠した代理母の避難先がウクライナ国外だった場合、出生地によっては代理懐胎で出生した新生児の親権に関する法的な問題も出てくるため代理懐胎を考えていた人も、現在妊娠が進行中の当事者たちも非常に困難な状況にあるということでした 5)。

まとめ

というわけで本日は周産期医療と国際情勢にまつわる世間話でした。代理懐胎の是非はさておき、普段から目にするニュースの向こうにはこんな話もあるんだと知ると、その解像度も少し変わるでしょうか?いずれにせよ、ウクライナや中東だけでなく世界中の人たちの健康と幸福が、戦争や紛争によって理不尽に脅かされないことを祈るばかりです。

参考文献
1) Shinya Matsuzaki, et al. JAMA Netw Open. 2024 July 1;7(7):e2422634
2) Maria P Velez, et al. Ann Intern Med. 2024 Sep 24.
3) 日本産婦人科医会ウェブサイト
4) S Marinelli, et al. Eur Rev Med Pharmacol Sci. 2022;26:5646-5650
5) The Guardian. ‘The bombs won’t stop us’: business brisk at Ukraine’s surrogacy clinics

妊婦さんへのりんご病の影響

こんにちは、副院長の石田です。

私の妻が小児科医なのですが、先日「今年はりんご病が流行ってる」という話になりました。確かに「この前、子供がりんご病になっちゃいました。」という妊婦さんもたまにいらっしゃるので調べてみると、どうやら本当に患者さんが増えているようです。
NHKのサイトより

そこで本日は妊娠とりんご病について少しお話ししてみようと思います。

りんご病とは

パルボウイルスB19感染による伝染性紅斑という病気の別名です。経過中に両頬が赤くなるその見た目からりんご病とも呼ばれますが、日本では約5年周期で流行が見られ、1回の流行は1〜2年続くとされています。(実際、前回の流行は2019年頃でした。)一度感染するとその後は終生免疫を獲得すると考えられており、現在本邦における妊娠可能年齢女性の抗体保有率は概ね50%程度と推計されています。一般的には感染すると5〜10日程度の潜伏期を経て発熱、咳、咽頭痛、関節痛などのいわゆる風邪症状で発症し、その後5日程度して特徴的な頬と体の赤みが出現します。このうち患者が最もウイルスを排出するのは風邪っぽい症状の時であり、頬の赤みが出てりんご病だったと気づく頃にはもはや感染力はありません。

妊娠中の感染

妊婦がパルボウイルスB19に感染すると17〜33%に胎児感染を生じますが、このウイルスは胎児の造血システムに干渉して胎児貧血や胎児水腫を引き起こすことが知られています。また、特に妊娠初期で感染した場合は流産や胎児死亡の原因になることが知られており注意が必要です。一方で胎児水腫は母体感染から8週以内に起こることがほとんどであり、それを過ぎると確率は大きく下がります。また、胎児水腫となった場合も34%は自然寛解したという報告もあるため感染したかもと思ってもそれだけで悲観し過ぎることはないのかもしれません。また、感染後に胎児死亡とならず無事出産された場合、赤ちゃんに長期的な後遺症が残るかどうかは研究によって結果にバラつきがあるため、今のところはあるとも無いとも言えない状況です。

まとめ

本日は妊娠とりんご病について解説いたしました。妊娠中の感染に対しては超音波などで胎児貧血の徴候が見られた場合に胎児輸血を行ったりすることはあるものの、できる治療は極めて限定的です。加えてワクチンなども無く感染予防も簡単ではありませんが、現在妊娠している方は注意してお過ごしください。

濃度計算

今回は、以前のブログでの次男との勉強関連の第2弾です。

私達大人になっても使えるもので濃度計算があります。今回は産科で使われる薬からお話します。

・エフェドリン塩酸塩(エフェドリン®︎):β刺激薬で、帝王切開の麻酔後に血圧が低くなった場合に用いられます。

エフェドリンは注射液で1アンプル1mLです。

生理食塩水9mLで希釈したものを分けて静脈注射します。

濃度計算はエフェドリン1mL÷エフェドリン1mLと生理食塩水9mLを合わせた10=0.1、よって100分率としてエフェドリンは10%含まれている(10倍希釈)ということになります。

・アドレナリン(ボスミン®︎):昇圧薬として「カテコラミン」に分類されます。主にショック時に扱われる薬です。

アドレナリンは誤投与量を防ぐため、濃度が0.1%製剤として統一されています。

この「0.1%」はどういう状態か考えてみましょう。

まず『1gの個体を溶液に溶かして全体を100mLとした時、1%と表される』

また『水の密度はおよそ1g/mL』であることを知っておく必要があります。

アドレナリン注射アンプルは1mL中1mgのアドレナリンが含まれています。

よって、1000mg(=1g)/1000mLともいえるので、濃度は0.1%、ですね。

ちなみに、新生児蘇生でアドレナリンを用いる場合、先ほどのエフェドリン同様にアドレナリン1アンプル(1mL)を生理食塩水9mLに合わせ10倍希釈したものを分けて投与します。

したがって、アドレナリンの10倍希釈したものの濃度は「0.01%」ということになります。

執筆 院長

あなたの分娩予定日は何曜日?

最近、次男と日暦算について勉強する機会がありました。これは日常でも使えるものなので、求め方を覚えておいて損はないと思います。

99日(月曜日)に受診し、分娩予定日410日と言われた。410日は何曜日?

2024年9月:30−9+1=22日←9月9日〜30日までの日数

10月:31日

11月:30日

12月:31日

2025年1月:31日

2月:28日

3月:31日

4月:10日←4月10日までの日数

日数の合計は214日となります。1週間は7日ですので、合計日数から7を割ります。

214÷7=30あまり4

この7で割ったあまりの数が重要で、『1週間に満たなかった最後の週の日数』となります。

この時の30は、「30週間」ということです。

9月9日は月曜日で、起点を月曜日としています。月曜日を含め4日経った『木曜日が4月10日』となります。

*余りがない場合は同じ曜日、ということではありません。余りがない時は起点の曜日から1つ前の曜日になります。

余りが1の時に起点と同じ曜日となります。例えば、来週の月曜日は9月16日ですが9月9日を含めると7日ではなく、8日あることでご理解いただけるかと思います。

いかがでしたでしょうか?皆さんもこの計算とカレンダーで是非お調べになってみてください。

院長 執筆

出生前診断に関する情報提供の歴史

こんにちは、副院長の石田です。

最近はドキュメンタリーや映画、特集報道などが頻繁に組まれるほど出生前診断が世間で注目されています。少し前までは医療者側から患者に対して出生前診断の話を積極的にするのは控える風潮だったのですが、数年前からはむしろ全ての妊婦さんとその家族にご案内していく方向に方針転換されたためより身近に感じやすくなったことも影響しているかもしれません。でもなんで「聞かれるまでは話さない」から「妊婦全員に情報を伝える」という正反対の方向に舵が切られたのでしょうか?本日はその辺について少し説明してみようと思います。

出生前診断の情報提供が進まなかった背景

クアトロテストに関しての通知ではありましたが、平成11年に厚生省(当時)の出生前診断に関する専門委員会から「医師は妊婦に対し本検査の情報を積極的に知らせる必要はなく、本検査を勧めるべきでもない」という見解が示されたこともあり、永らく現場では出生前診断については医療者側から安易に触れないという空気がありました 1)。この背景には闇雲にこの検査が行われることによって障害を持つ方々を社会から排除するような流れになってしまうのではないか、必要以上に羊水検査や中絶が増えてしまうのではないかといった懸念があったわけです。医師としてもただでさえ複雑で内容が難しい出生前診断について外来で一人ひとり丁寧にご説明というのも現実的ではなく、「聞かれれば答える」が標準的な対応となっていきました。

インフォームドチョイス(説明と選択)の時代へ

しかしそこから時を経て日本の妊婦さんを取り巻く環境は大きく変化します。医学的にはNIPTの実用化、新生児医療の進歩、遺伝カウンセリング体制の整備、社会福祉制度やピアサポートの充実などにより難しい病気を持つ赤ちゃんとそのご家族がより健康に社会生活を送りやすくなったことから、妊娠中から胎児染色体異常を調べることの意義が増してきました。社会的には出産の高齢化により胎児の状態を知るニーズが高まりますが、一方でネット上には信憑性の低い情報が溢れていたり、非認定施設において不十分な情報提供のもと標準検査に加えて精度不明のオプション検査が高額で販売されていたりと妊婦さんにとって望ましくない状況も見られるようになりました。そのため令和3年の厚労省専門委員によるワーキンググループが「これからは出生前診断に関する正しい情報を積極的に発信し、妊婦さんと家族に選んでもらうようにしよう!」というインフォームドチョイスの方針を打ち出したのです。それを踏まえて現在は産婦人科医療施設だけでなく自治体窓口やNPOなど様々な窓口で情報提供と相談支援が全ての妊婦さんを対象に行われるようになりました。

まとめ

本日は出生前診断に関する情報提供の姿勢がどのように変わってきたかのお話でした。出生前診断をどう扱うかという問題はしばしば医療科学技術のイノベーションに社会の理解や受容が追いつかないことで起こります。これは前述の報告書の中で「滑りやすい坂」と表現されていますが、今後も技術革新に伴って検査の幅が広がったり価格が落ちることで検査の裾野が広がっていくと、思いがけない問題が滑りやすい坂を転げ落ちるように暴走する可能性が懸念されています。その坂の先に障害を持つ人々が生きづらくなるような世界がないよう、社会全体でしっかりと手綱を握っておくことも大切なのかもしれませんね。

  1. 厚生省児童家庭局母子保健課. 厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会「母体血清マーカー検査に関する見解」についての通知発出について:https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/1107/h0721-1_18.html
  2. 厚生科学審議会科学技術部会・NIPT等の出生前検査に関する専門委員会. NIPT等の出生前検査に関する専門委員会報告書:https://www.mhlw.go.jp/content/000783387.pdf