妊娠中の虫刺され予防

こんにちは、副院長の石田です。

もう9月に入っているのに今さらなんですが、日本の夏といえば蚊に刺されるのが定番の困りごとですよね。対策として虫除けを使う方も多いと思いますが、一方で妊娠していても使っていいのか不安になる患者さんから時々ご相談もいただきます。ということで本日は妊娠中の虫除け使用について解説したいと思います。

本当は怖い蚊

「蚊に刺されても痒くなってイライラするだけでしょ」って思う人も多いかもしれませんが、実は蚊こそが世界で人間の命を最も奪っている動物とされており、世界中で年間70万人以上が犠牲になっていると考えられています 1)2)。(ちなみに人間を殺している動物第2位は人間で犠牲者は年間47万5千人だそうです。)実際は蚊が媒介する感染症が問題になるわけですが、マラリアやデング熱、黄熱病のような東南アジアやアフリカなど熱帯のイメージがある病気が有名な一方で、日本でも日本脳炎や胎児の小頭症の原因となるジカウイルスが問題になったり、アメリカでもウエストナイル熱の原因になったりしていて意外と先進国でも侮れない話なのかもしれません。

妊娠中に虫除けは使っていいのか?

虫除けクリームやスプレーに使用されている主成分はジエチルトリアミド(DEET)という物質です。DEETは蚊だけでなくノミやダニなどの予防にも効果的とされていて、70年以上もの間日本を含む世界中の虫除けに使用されています。DEETに関しては動物実験を含めて妊婦さんへの使用についての検討がなされてきましたが、研究レベルではもちろん永らく使用されてきた社会において健康被害が発生した形跡がないことなどから妊婦さんでも安全に使用していただけると考えられています 3)4)。

まとめ

簡単ではありましたが虫除けは安心して使ってくださいというご案内でした。私も東南アジアで働いている時に一度デング熱にかかって1週間ほど入院していたことがありますが、高熱、味覚障害、全身倦怠感、肝機能障害などで退院する頃には3kg以上痩せてしまいました。日本だとデング熱やマラリアになる可能性は極めて低いですが、刺されて掻きこわしたところから細菌感染を起こすこともありますし、ノミやダニが媒介する危険な感染症もあります。上手に虫除けを使ってそれらの虫から自分と赤ちゃんを守るようにしてください。

1) 澤邉京子:日医雑誌 2023;152(4):371-374
2) https://www.statista.com/chart/2203/the-worlds-deadliest-animals/
3) G P Schoenig, et al. Fundamental Appl Toxicol. 1994 Jul;23(1):63-9.
4) Blair J Wylie, et al. Obstet Gynecol. 2016 No;128(5):1111-1115.

逆子とはどのような状態なのか

妊娠末期以降、いわゆる妊娠28週以降から逆子を気にするようになるのですが、一体どういう状態か、確認しましょう。

「逆子」とは、ご存知のとおり児の位置として「骨盤位」が正式名称です。

母体に対し、児の位置や向きは胎位胎向胎勢の3つから表現されます。

胎位とは母体軸に対し胎児軸はどのようになっているかを示すものです。分類として

・縦位

・横位

・斜位

があります。そのうち縦位は内診時の児の先進部分によって

▪️頭位

▪️骨盤位

とさらに分けられるのです。

骨盤位においては主に

⚫️単殿位(児のお尻が1番下)

⚫️複殿位(児が足を曲げて、あぐらをかいているか体育座りになっている様な状態)

な状態があります。

骨盤位は英語で” Breech presentation”と訳されます。この「presentation」とは英米式の児の産道における位置と先進部の表現の一つに相当します。英米式はその他の表現で『position』という分娩中の児の向きを表現するものがあります。

骨盤位においても「position」の英語表現を用いられる時もありますが、この場合は分娩経過の表現と捉えてください。現在は骨盤位分娩が少なくなっているのであまり耳にしたことがないと思いますが、骨盤位分娩において(当然ながら内診で頭位の方位点[determining point]である後頭[Occiput]は触れないので)児の仙骨(Sacrum)を主として分娩中の児の向きを表現します。よって骨盤位分娩で内診時、児の仙骨が母体の左斜め前を向いているとpositionの表現法は

『LSA』

となるのです。

文責 院長

夫婦でできる産み分けについて

こんにちは、副院長の石田です。

妊活中のご夫婦の中でなんとなく気になることが多いのが「産み分けってできるの?」という疑問です。産み分けに関してはたくさんの書籍が出ているほか、インターネット上にも様々な情報が飛び交っており混乱してしまいますよね。そこで本日はご自宅でできる産み分けについて少し解説してみたいと思います。

そもそも赤ちゃんの性別はどうやって決まるのか?

人は通常23組、46本の染色体と言われる遺伝情報を保有しています。2本1組になっているのは父親由来と母親由来をそれぞれ1本ずつ持っているからですが、このうち性染色体が生物学的な性別を決める働きをしています。性染色体にはXとYの2種類がありますが、これがXXの組み合わせなら女性、XYの組み合わせなら男性に分化していくことになります。精子や卵子には本人由来の2本の性染色体のうちで片方だけが入ることになりますが、女性がもつ卵子にはいずれにしてもXしか入れないのに対して男性が作る精子にはXもしくはYが入るので、これらが受精して1セットとなる際にXの精子が受精すれば女の子に、Yの精子が受精すれば男の子になるわけです。

工夫次第で産み分けはできるのか

先に結論からお伝えすると、あまり期待しない方が良いようです。ナトリウムやカリウムを多く含む食事を摂ると男の子が、カルシウムやマグネシウムを多く含む食事を摂ると女の子が生まれやすいという話がありますが、実際にそれでやってみたら差が出たという研究がある一方で、エビデンスの質という点では必ずしも高くないため有用と結論づけるには早い印象でした 1)2)3)。また、セックスの仕方で産み分けるという方法もあります。有名なところでは挿入の深さや体位などに変化をつけるShettles法などがありますが、実はこちらに関しても効果があるかは疑わしいです。わずかながら産み分け効果が見られたというデータもありますが、より綿密に行われた研究では産み分けにはならなそうという結論でした 4)5)。そのほか、妊娠するまでの期間で性別に差が出るかという研究でも明らかな違いは見られなかったようで、結局夫婦が自分たちでできる期待値の高い産み分けは無さそうだなという印象でした 6)。

まとめ

医学的には(倫理的な議論はあるものの)フローサイトメトリーを用いた精子の選別や、体外受精で作成した受精卵をPGTという技術で調べて希望する性別のものを移植するなどの方法でより確実な産み分けが可能ですが、自分たちの力でとなるとお勧めできるような方法はなさそうです。とはいえ、あまり真剣になりすぎずに占い程度のテンションで楽しめるのであれば色々と調べて試してみるのはありかもしれませんね。
ちなみに私が以前働いていたミャンマーでは、男性の睾丸が右の方が大きければ女の子が、左の方が大きければ男の子が第1子に生まれると現地スタッフに言われたことがあります。実際、その場にいた子持ちスタッフで検証したところ、なんと100%の正確性でした。

1) Stolkowski J, et al. Int J Gynaecol Obstet. 1980;18(6):440
2) Dariush Farhud, et al. Iran J Public Health. 2022 Aug;51(8):1886-1892
3) A M Noorlander, et al. Reprod Biomed Online. 2010 Dec;21(6):794-802
4) R H Gray. Am J Obstet Gynecol. 1991 Dec;165(6 Pt 2):1982-4
5) Wilcox AJ, et al. N Engl J Med. 1995;333(23):1517
6) Mike Joffre, et al. BMJ. 2007 Mar 10;334(7592):524

妊娠中に飛行機に乗って大丈夫?

こんにちは、副院長の石田です。

さて、世の中が徐々にアフターコロナの雰囲気になる中で国内外とも飛行機を使って移動される方も増えているようです。もうすぐお盆ということもあり妊婦さんの中には旅行や帰省を検討中の方も多いかとは思いますが、良く聞かれるのが「飛行機乗って大丈夫ですか?」というご質問です。そこで本日は妊娠に対する飛行機移動の影響について解説したいと思います。

飛行機での移動は妊婦さんにとって安全なのか

結論から言うと、飛行機での移動は妊娠中でも特に問題ないと言われています。妊娠中に1回でも飛行機に乗った妊婦さんを調査したところ、乗らなかった人と比べて性器出血の発症率、早産率、妊娠高血圧症候群の発症率などで差はなかったというデータが出ていました 1)。また、60万人以上の妊婦さんを対象とした臨床研究において飛行機に搭乗した妊婦さんでは出生体重が平均9g、妊娠週数が平均0.36日ほど統計学的に優位に増加したという報告もありましたが、もしそれが正しいとしても赤ちゃんの健康に影響があるような重大な話ではないでしょう 2)。宇宙線と言われる放射線による赤ちゃんへの影響を懸念する人もいますが、こちらは地上と比べると被曝量は高まるものの、その違いは微々たるものであり気にする必要はなさそうです。ただし、パイロットやキャビンアテンダント、そして頻繁に飛行機を使用する人に関しては問題となるレベルに到達することがあるようで、そういった仕事や生活環境にある人は個別に対応する必要があるということでした 3)4)。

飛行機での旅行の際の注意事項

さて、妊婦さんが飛行機に乗ること自体は問題ないわけですが、その一方で注意すべきこともあります。まず、妊婦さんは深部静脈血栓症という危険な病気にかかるリスクが高いです。細かい解説は別の記事に改めますが、この病気は特に飛行機内のような長時間動けない状況でかかりやすいです。そのため妊婦さんは着圧ストッキングの着用、こまめな水分補給、座席でできる体操などを行なって予防に努めていただくのがおすすめです。また、飛行機で移動する先は当然遠方になりますが、例えばもし旅行先で早産になってしまった場合、場所と週数によっては赤ちゃんは助からないか、良くて新生児集中治療室での長期入院になります。その際には少なくとも父母のどちらかは赤ちゃんが退院するまでずっとその街での生活を余儀なくされるため精神、体力、そして経済的に大きな負担が強いられることになります。国内での帰省であればまだいいでしょうが、もし海外旅行の場合は旅行保険が妊娠関連の疾患や新生児の治療をカバーすることは極めて稀であり高額の治療費が請求されることもありえます。そのため私は外来で経過良好な妊婦さんに「飛行機で旅行してもいいですか?」と聞かれた時には「どうしても必要な移動であれば止めませんが」と前置いたうえで上記のリスクをお伝えして慎重に検討してもらうようにしています。

まとめ

というわけで本日は妊婦さんと飛行機での旅行についてのお話でした。妊娠は常に状態が急激に変わり得る不安定な状態なので、本音を言うと妊娠中はあまり遠方に出かけないほうがいいかなと思っています。ただ、どうしても移動しなければいけない事情がある妊婦さんにおかれましては上記のようなリスクを十分ヘッジできるような旅行計画をたてられることをお勧めします。

1) Mala Freeman, et al. Arch Gynecol Obstet. 2004 May;269(4): 274-7.
2) Hila Shalev Ram, et al. PLoS One. 2020 Feb 6;15(2):e0228639.
3) Robert J Barish. Obstet Gynecol. 2004 Jun;103(6):1326-30
4) ACOG Committee Opinion No. 746. Obstet Gynecol. 2018 Aug;132(2):e64-e66

Safe abortionについて考える

女性の健康を守るための安全な人工妊娠中絶ケア「Safe abortion」をどこでも行えるよう、WHOは2003年にガイダンス初版を刊行しました。

https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/42586/9241590343-eng.pdf

ということは既に20年が経っているのです。それまで日本はどうだったでしょうか?

WHOガイドラインでは

妊娠9週までの中絶は薬剤(メフィーゴ®︎パック)による人工妊娠中絶(推奨の強さ:強)を、

妊娠12週頃(日本では妊娠12週未満)の外科的人工妊娠中絶では真空吸引法(推奨の強さ:強)を

推奨しています。

また規則、政策及び人権面の検討事項に関する推奨事項として

「安全な中絶ケアへのアクセスの妨げ・適時のサービス提供の妨げは撤廃されなければならない」

とも明記されています。

日本では真空吸引法は2018年から(やっと)保険適応収載となり、

薬剤による人工妊娠中絶は2023年に始まったばかりです。内服法としてメフィーゴ®︎パックを扱える登録施設はまだ少ない状況ではありますが、現在日本で行う経口妊娠中絶薬のスケジュール方法は、日本産婦人科医会らが安全な中絶ケアを実現するため、有識者が熟慮し作成したものだと私は感じています。

人工妊娠中絶の方法を選択可能な海外では内服法(薬剤)か手術法(外科的)かは半々の施行率となっています。

薬剤による人工妊娠中絶か外科的人工妊娠中絶かは医療施設が決めるのではなく、妊娠した女性が決める権利であってほしいと思います。

埼玉県内でメフィーゴ®︎パックを扱う産婦人科施設https://www.linepharma.co.jp/search_du.php?pre=埼玉県

文責 院長