にしじまクリニックの医療安全

こんにちは、副院長の石田です。

予防にしても治療にしても、患者さんに効率的に医療サービスを提供し、できるだけ健康な状態を保つことが我々医療者にとって最も大切なミッションですが、そのための最重要課題の一つが医療安全です。分かりやすく言うと医療ミスが起こらないように、あるいは万が一起こってしまったとしても健康被害に及ぶ前に食い止めるようなシステムを作ることが求められるわけですが、これらの取り組みは施設ごとにちゃんとされているかどうかが外部からは見えにくく、そのため病院選びの判断材料として使いづらいのが現状です。そこで本日は当院で行なっている医療安全の取り組みを一部ご紹介したいと思います。

チームステップス

「医療チームのコミュニケーションが円滑に行われているか」は医療安全のレベルを担保する最も重要な要素の一つと考えられていますが、実際医療事故に関する多くの研究において、コミュニケーションやチームワークの欠如が医療事故の主原因であると結論づけられています 1)。そのため当院では院長主導でチームステップス(Team STEPPS®︎)を導入し、組織として医療安全の質を高め続けています。
チームステップスとはTeam Strategies and Tool to Enhance Performance and Patient Safety(医療の成果と患者安全を高めるためのチーム戦略と方法)の頭文字を取った名称で、米国の医療研究・品質調査機構(AHRQ)が開発したツールです。詳細は院長の記事を読んでいただければと思いますが、医療チームを患者さんとそのご家族とそれを下で支える医療者という形でとらえながら、(患者さんを含めた)チームメンバー全員が相互に効果的なコミュニケーションを行うことで患者さんにとって最適な医療を提供できるようにする取り組みです。チームステップスはエビデンスに基づいて医療の効率と安全を最大化するための重要なシステムと考えられています 1)。

救急対応技術

当院では院長をはじめ複数のスタッフがインストラクター資格を保持した上で、医師、助産師、看護師などの医療職が新生児蘇生法(NCPR)のコースを、医師および助産師が周産期救命(ALSO)のコースを修了しています。また、医療資格を保持していない看護助手や医療事務員もアメリカ心臓協会公認の一次救命コース(BLS)を修了、技術習得しており、これにより院内で患者さんが深刻な状態に陥ってもスタッフ全員が何かしらの形で対応に携われる体制を構築しています。さらには定期的に公認・非公認問わずスキルアップ訓練を繰り返すことで知識と技術の質が保たれるよう取り組んでいます。

まとめ

本日は当院での取り組みの一部をご紹介いたしました。一般的にクリニックは資源が潤沢な大病院と比べて医療安全の点で遅れをとることが多いかもしれませんが、当院ではむしろ小さな組織におけるフットワークの軽さを強みとして妥協することなく医療安全に向き合っています。上記以外にも月に一度の医療安全会議や、毎朝始業前のミーティングでの情報共有と短時間の勉強会など、スタッフの意識共有が持続的に行われることでにしじまクリニックを受診される患者さんたちが安心して医療を受けられるよう日々努力しています。

1) Agency for Healthcare Research and Quality: https://www.ahrq.gov/teamstepps/index.html

妊娠と麻疹(はしか)

こんにちは、副院長の石田です。

先日、「都内で3年ぶりに麻疹患者確認!」というセンセーショナルな見出しがニュースに出ましたが、それを受けて不安を感じた妊婦さんたちから「かかっても大丈夫ですか?」という質問をいただきます。もちろん感染症は病気なので「大丈夫」ということはないのですが、具体的にどんなことが心配なのかについて解説したいと思います。

麻疹とはどんな病気なのか?

麻疹はウイルスによって引き起こされる全身感染症です。主に空気感染によって伝播して行きますが、その感染力は数ある感染症の中でも最強クラスで基本再生産数(R0)はCOVID-19やインフルエンザが3〜4くらいなのに対して麻疹は15前後と「同じ空気を吸うだけで感染する」「すれ違っただけで感染する」と描写されるくらいにとても高いです。感染が成立すると幅はあるもののおおよそ2週間前後で発熱、倦怠感、咳、結膜炎などで発症し、続いて発疹が見られるのが特徴です 1)2)。そう書くとなんだか普通の風邪っぽい印象になるかもしれませんが、実際の症状はかなり強いようで肺炎や脳脊髄炎などに移行して重症化することもあり、2018年には世界でも14万人以上の人が麻疹のために亡くなったということです。決定的な特効薬は存在しないためワクチンによる予防が対策の鍵となります。

妊娠と麻疹

三日ばしかと呼ばれることもある風疹と混同されることもありますが、母体に感染すると胎児に難聴、失明、心疾患などといった影響を及ぼす風疹と違って先天奇形との因果関係は指摘されていません。その一方で感染した妊婦が重症化しやすかったり、流早産や子宮内胎児死亡や母体死亡のリスクが高いとされています 3)。その他、胎児が子宮内感染し出生後に発症する先天性麻疹という病態もありますが、それが懸念される場合には別途特別な対応を行うこととなります。

まとめ

本日は妊娠と麻疹について超簡単にお話ししました。麻疹はそれ自体が非常に強い感染力と症状がありますが、妊娠という免疫機能が控えめになった状況と合わさるとさらにリスクが上がります。そうそう流行するものでもありませんがその一方で定期的に話題になるのも事実ですので、ワクチン以外の対策が難しい感染症ではあるものの妊婦さんにおかれましては感染防御に、またご家族に関してはできるだけ持ち込まないようにワクチン接種を含めて心がけていただければと思います。

1) Richardson M, et al. Pediatr Infect Dis J. 2001;20(4):380
2) Hubschen JM, et al. Lancet. 2022;399(10325):678
3) Ogbuanu IU, et al. Clin Infect Dis. 2014 Apr;58(8):1086-92

お腹の赤ちゃんに臍の緒が巻いているか心配になった時に読む話

こんにちは、副院長の石田です。

臨月も近くなり、いよいよお産を意識し始めると気になってくるのが「臍の緒が赤ちゃんの首に巻きついていたらどうしよう?」という心配です。実際、少なくない妊婦さんに「うちの子、大丈夫ですか?」と聞かれるので、本日はこの件について解説したいと思います。

臍の緒が首に巻きついているとどうなるのか?

結論から言うと赤ちゃんへの影響はあまり考えなくて良いようです。首に臍帯が巻きついている場合は出生直後の赤ちゃんの元気度を表すアプガースコアが低くなる傾向があるようですが、一方で胎児死亡や新生児集中治療室への入院率は上昇しなさそうと言うことで、それが深刻な状況に発展することはほとんどないようです 1)2)。また、分娩中に胎児心拍異常の出現率が上がるかもしれないと考えられている一方で、諸説あるものの脳性麻痺を含む神経障害などの発生に関しては「明らかな影響はなさそう」というのが多数派の見解のようです 2)3)4)。

当院での対応

上記の通り出生直後の赤ちゃんの立ち上がりが悪くなる可能性があること、エビデンスは定かではないものの分娩の最後に少し引っ張られて出にくくなることがある印象から、念のため当院では37週の妊婦健診時に首への臍帯巻絡がないかどうかチェックして記録に残してスタッフ間で情報共有しています。ただ、医学的にはそれが赤ちゃんの予後に大きな影響を与える可能性は低いこと、そうは言っても「臍帯が赤ちゃんの首に巻いていますよ」と聞くと必要以上に妊婦さんとご家族を心配させてしまう可能性が高いことから積極的にお伝えしてはいません。一方で内緒にしているわけでもないので、その際に聞かれれば正直にお答えもしています。

まとめ

ということで本日は臍帯巻絡についてお話ししてみました。我が子の首がロープのようなもので絞められていると想像するとちょっと怖い気もしますが、実は20%程度の赤ちゃんに臍帯巻絡は見られるとされており、そんなに珍しいものでもありません 1)。日本産婦人科医会のウェブサイトでも「心配しすぎないで大丈夫ですよ」と案内されていますが、実臨床の経験としてもほとんどの赤ちゃんは問題なく生まれてくるので安心していただいて大丈夫です 5)。ただ、「それでも気になるから知っておきたい!」という妊婦さんもいらっしゃることと思いますので、気になる時には超音波検査中に遠慮なく院長や私に聞いてみてください。

1) Dexter J L Hayes, et al. PLoS One. 2020 Sep 24;15(9):e0239630
2) Eyal Sheiner, et al. Arch Gynecol Obstet. 2006 May;274(2):81-3
3) Gutvirtz G, et al. Early Hum Dev. 2019;133:1
4) Ogueh O, et al. Acta Obstet Gynecol Scand. 2006;85(7):810
5) 日本産婦人科医会. 女性の健康Q&A: https://www.jaog.or.jp/qa/confinement/200819/

妊娠したら重いものを持っていいのか

こんにちは、副院長の石田です。

病院で無事に正常妊娠が確認された直後に最も気になることの一つが「重いもの持って大丈夫ですか?」という疑問です。日常生活での買い物や仕事はもちろん、上のお子さんがいれば抱っこしていいのかということも気になりますよね。特に介護や運送などの仕事をされている人は心配が絶えないと思います。そこで本日はこの話題について触れてみたいと思います。

重量を取り扱うことのリスク

妊娠中に重量を扱うことで物理的な子宮への圧迫や持ち上げる動作・体勢による静脈圧の変化、下肢から血液還流の減少などが起こりえますが、理論上はこれらにより流早産や低出生体重児、妊娠高血圧症候群のリスクが懸念されます 1)2)。また、妊娠に伴う重心の変化、関節や背骨の不安定性の増加、バランスコントロールの変化などにより、筋肉や骨格の損傷リスクも妊娠前と比較して上昇すると考えられています 1)。

妊娠中に持ち上げるものの重量制限

では、どの程度の重さまでなら取り扱っても大丈夫なのでしょうか?重量制限については、日本では女性労働基準規則第二条で妊婦の年齢と作業の種類によって以下のように定められています。

また、米国疾病予防センター(CDC)では妊娠20週以前か以降か、持ち上げる頻度、そして高さや角度によって細かく決められていました 3)。細かくご紹介するとキリがないんですが、例えばお腹の高さに持ち上げる作業が5分に1回未満の場合、妊娠20週以前では16.3kg、妊娠20週以降では11.8kgですが、5分に1回以上で、しかも1日1時間以上その作業に従事する場合には妊娠20週までは8.2kg、妊娠20週以降では5.9kgとされています。(細かくて目が疲れますが、気になる人は以下の表をご参照ください。)

実際重いものは妊婦さんと赤ちゃんのリスクるのか

上記のように諸々と示されてはいるものの、実は根拠となるエビデンスの質は必ずしも高いものではないようで、この問いに関して明確な答えは未だに出ていないようです。データによってはリスクは上昇しない、あるいはリスクの上昇が示されてはいてもその幅は決して大きくないという話もあるようです 4)。ちなみに英国王立内科協会の資料によると重量物を取り扱う妊婦さんにおける早産、流産、新生児の低体重リスクの上昇はそれぞれ0.1%、0.2%、0.8%程度に留まるようでした 5)。そもそも上記の目安を提案しているCDCですら、サイトの下の方で「実際に流産などになったとしても、それが重いものを持ったせいかどうか判断するのはほぼ無理だし、実際本当の意味で何キロまでならいけるかとかは我々には分からない。」と書いているんですね 3)。

まとめ

というわけで本日は妊婦さんと赤ちゃんに対する重量物のリスクについてのお話でした。上記を踏まえた上で、私は「無理せず持ち上げられる程度のものであれば、あまり気にし過ぎなくて良いですよ」とお伝えしています。確かにお母さんと赤ちゃんのリスクが上昇する可能性は否定できませんが、そもそもその動作は上の子の抱っこや買い物などの日常生活や、家計を支える仕事など必要でやっていることがほとんどだからです。もちろんただでさえ体調が万全とは言えない妊娠期に重労働を避けられればそれに越したことはありませんが、どうしても自分がやらなければいけない時にはその動作は必ずしも大きなリスクとは言えないので心配し過ぎなくても良いと思います。逆に、男性や妊娠していない女性におかれましては、「妊娠中に重いものを持たせるとリスクがあるかもしれない!」と考えて積極的に周りの妊婦さんの重労働を代わってあげてください。

1) Thomas R Waters, et al. Hum Factors. 2014 Feb;56(1):203-214
2) Palmer KT, et al. Occup Environ Med 2013;70:213-22
3) Centers for Disease Control and Prevention. The National institute for Occupational Safety and Health (NIOSH). Physical Job Demands – Reproductive Health: https://www.cdc.gov/niosh/topics/repro/images/Lifting_guidelines_during_pregnancy_-_NIOSH.jpg
4) The American Collage of Obstetricians and Gynecologists Committee Opinion No. 804. Obstet Gynecol 2020;135:e178-88
5) Royal College of Physicians. Advising women with a healthy, uncomplicated, singleton pregnancy on : heavy lifting and the risk of miscarriage, preterm delivery and small for gestational age.: https://www.nhshealthatwork.co.uk/images/library/files/Clinical%20excellence/6220_Pregnancy_info_heavy_lifting.pdf

世界各国の不妊治療事情

こんにちは、副院長の石田です。

体外受精など、「基本治療」とされる一連の不妊治療が2022年4月に保険適用されてから1年が経ちました。この間、不妊治療から無事妊娠が成立して当院を受診してくださった患者さんも大勢いらっしゃいますので、恐らく多くの方が保険診療の恩恵を受けられたことと思います。さて、そんな折ですが、学会誌に「諸外国における不妊治療の公費負担状況」という面白い論文が投稿されていたので本日はそちらから世界の不妊治療事情をご紹介させていただこうと思います 1)。

各国の公費負担割合

まずはご参考までに、International Federation of Fertility Societies(IFFS)という生殖医療に関わる代表的な国際組織が出したレポートによると、回答を得た88カ国のうち、53%にあたる47カ国で不妊治療をする患者さんに何かしらの経済的支援が行われているそうです 2)。そんな中で冒頭の論文を読むと、ヨーロッパでは大半の国で何らかの公費負担が実施されているようで、たとえばフランス、イギリス、スペイン、デンマーク、スウェーデンなどではそれぞれに設定した条件のもと、100%の治療費が公費で賄われているということでした。また、保険の種類や州によってはドイツでも100%補助が出ることがあるほか、オランダでも加入している保険次第で90%がカバーされることもあるようです。ちなみに日本では43歳未満の女性が対象で、子供一人あたり6回(40歳以上では3回)まで保険適用としていますが、上記の国々では年齢制限は概ね40歳前後、治療回数は3回前後に設定されていることが多いです。他の国や地域で言うと、台湾は日本と大体同じような内容、韓国では自己負担10〜50%(年齢や所得による)、そしてなんとイスラエルでは婚姻状況を問わず45歳までのすべての女性が、第2子が出生するまで無償・無制限で治療を継続することができるみたいです。

上記の補足

さて、ここまでの流れだと「日本、まだまだじゃん。少子化なんだしもっと頑張らないと。」って思う方もいらっしゃるかもですが、もちろんそれぞれの社会にはそれぞれに抱える問題点もあります。例えば手厚そうに見える欧州各国の制度ですが、国によっては薬剤費は自腹だったり肥満女性は対象外になるなど必ずしもみんなに使い勝手が良いわけでもないようです。また、公費診療だと診察予約が1〜2年先になることもザラにあるようで、そこまで待てない女性に関しては結局自費での治療を選ぶことも少なくないみたいです。イスラエルは大盤振る舞いに見えますが、恐らくは文化的な事情に加えて常に亡国の緊張感がある歴史的背景などから「子供を産むことへの同調圧力」が極めて強く、加えて上記の制度がそれを後押ししているため一部の女性に対してかかる精神的負担の大きさが社会問題になっているということでした。そこで言うとフリーアクセスで予約も取りやすく、かつ国際的に見ても低単価とされている日本の不妊治療費用がさらに保険適用になっているのは、妊娠、出産を希望するカップルや個人にとって優しい社会と言えるのかもしれません。

まとめ

というわけで本日は不妊治療についてのお話でした。不妊治療はもともと産婦人科医の中でも知識や技術がそれに特化した人材でないと扱いきれないという特殊性があります。そのため私自身はこの分野に関して何か偉そうなことを言える立場にはないのですが、こうして制度の国際比較とその背景の考察をすることで様々なことが見えてくるのは興味深いなと思い記事にさせていただきました。とは言え当院でも、妊娠を希望しているけど専門施設にかかるのはちょっとハードルが高いという患者さんのご相談や初期診療はお受けしております。ご希望の方は是非気軽に予約を取ってお越しください。

1) 前田恵理 日本産科婦人科学会雑誌 Vol. 75, No. 3, pp.392-399, 2023
2) IFFS 2022. Global Trends in Reproductive Policy and Practice, 9th Edition. Global Reproductive Health 2022;7:e58