妊娠中に温泉に行っても良いのか

こんにちは、副院長の石田です。

行っても良いです。と言い切ってしまうとそれで終わりなのですが、これに関しては外来で定番のご質問です。恐らくイメージとしては温泉の成分が体に染み込むことで赤ちゃんに届いて問題を起こす的なご心配かと思います。ちなみに不安を煽りたいわけじゃないけど哺乳類の実験で母体の高体温は赤ちゃんの奇形の原因になる可能性は示唆されています 1)。まぁ、深部体温が温泉ごときで急激に上昇するわけはないので関係ありませんが。

いずれにしても「ネットでも大丈夫って書いてあったけど心配だし一応医者に聞いておこう」という人が多いのではないかと思いましたが、中々外来では時間的にも詳しくご説明できないので、ちょっとブログで書いてみることにしました。

温泉が妊娠に悪いという科学的根拠はない

これ、調べた範囲では国内外で温泉の妊娠に対する悪影響を証明した論文はありませんでした。昔は「温泉法」という法律で妊娠は温泉への入浴に対して禁忌として扱われていましたが、科学的根拠がないという理由で平成26年の改訂の際に撤廃されました。というか、色々と調べてみましたが、そもそもなんで温泉が妊娠に対して禁忌になったのか誰も知らないらしいです…。ちなみに「温泉とかサウナは赤ちゃんに影響ないから安心して」っていう論文はシドニー大学のチームから発表されてました 2)。

そうは言っても気をつけた方が良いこともある

まず、妊婦さんはお腹が大きくなるにつれて体の重心の位置が変わっています。そのため思いがけず転倒するリスクが無いわけではありません。泉質や浴場の材質によっては床が滑りやすくなっていることもありますので転んで怪我をしたりお腹を打ったりしないように気を付けましょう。また、経験的に何人かの妊婦さんが強い泉質のお湯に入って肌荒れを起こしてしまったのを診察したことがあります。事前に自分と温泉との相性を調べることは難しいですが、妊娠すると肌が荒れやすくなる人もいらっしゃいますので異常を感じたらすぐに水道のお湯で体を流し、入浴を中止するようにしてください。

温泉は直接関係ないけど…

地元の温泉に行かれる人はまだ良いのですが、ちょっと足を伸ばして温泉旅行という場合には出血や腹痛など何か良くないイベントが起きた際にかかりつけの医療機関を簡単に受診できなくなります。なので絶対ダメというわけではないけれど、旅行のリスクをよくご理解いただいたうえで、万が一の時に受診できる医療機関が近辺にあるかどうかを確認してから出かけましょう。

日本人は昔から温泉が大好きです。「温泉離れ」なんてことも言われますが、年間の延べ宿泊利用者数は最新のデータで1億3000万人以上です 3)。 温泉に行かれる方は体調管理やいざという時の備えに十分注意しながら快適な温泉ライフをお楽しみください。

1) Edwards MJ. Terato Carcinogen Mutagen 1986: 6(6): 563-82

2) Ravanelli N, et al. Br J Sports Med. 2019 Jul; 53(13): 799-805

3) https://www.onsen-r.co.jp/data/cs/

妊娠と貧血

こんにちは、副院長の石田です。

妊娠されたことがある人はご存知かと思いますが、妊婦健診中に結構な確率で「貧血」が言い渡されます。実際データ的にも半数以上の妊婦さんが貧血と診断されることが言われていますが 1)、これは一体どういうことなんでしょう?

というわけで本日は妊娠と貧血のお話です。

貧血とは

貧血とは「血が足りない」状態ですが、具体的には血液中の赤血球という細胞が正常よりも少ない状態を言います。検査的にはヘモグロビン(Hb)やヘマトクリット(Ht)が指標になりますが、世界保健機構(WHO)は妊娠中の場合はHb <11 g/dL、あるいはHt < 33%の場合で貧血と定義しています 2)。また、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)では妊娠中期はHb < 10.5 mg/dL、Ht < 32%としていますが、それ以外の妊娠初期と後期に関してはWHOと同じ基準になっています 3)。ちなみに当院の場合は妊娠中も産後も一貫してHb <11 mg/dLを貧血として治療しています。

なんで貧血になるのか

妊娠中は血の原料である鉄分の需要が増大します。妊娠・出産を通して全部で1000mg以上の鉄が必要になると言われていますが、内訳としては赤ちゃんと胎盤に300〜350mg、お母さんの血液量増加分に500mg、分娩中の出血による喪失量が250mgくらいと試算されています 4)。妊娠初期には単純に生理が無くなったことで一時的に鉄の需要は低下するものの、妊娠末期には7.5mg /日まで増加します。厚生労働省によると、鉄の食事摂取基準は妊娠していない生理のある女性だと大体10mg /日前後ですが 5)、実際に腸管から吸収されるのは10%程度になりますので普通の食事をしていると1mg程度しか補われないため貧血になっていくんですね。

貧血を放っておくとどうなるのか

貧血自体がふらつきや息切れなどの症状を起こしますし、本当に重度の貧血の場合は心不全になることもあります。また、出産自体が出血を伴うイベントになりますので、貧血の状態でさらに大出血になったら体へのダメージは深刻です。出産自体も大変ですがその後の育児はもっと大変なので、貧血の状態で臨むのは非常に辛いと思います。さらに言うと妊娠中の貧血は胎児の発育遅延や早産との関係も示唆されており、あらゆる観点から放っとくとロクなことが無いということになります 6)。

治療法

諸外国では日本ほど密な妊婦健診も行われず(途上国だと妊娠中全部で4回とかの国もあります)貧血が見逃されやすいこともあってか、ほとんどの女性が妊娠するとサプリメントをお勧めされているようです。妊婦さん用のサプリがたくさん販売されており、主に鉄分、ビタミンB群、葉酸など赤血球を作るのに欠かせない栄養素がたくさん入っています。ちなみに当院ではエレビット®︎という製品を取り扱っています。サプリメントを摂っていると貧血の予防効果が期待できますが、実際に貧血になってしまった場合には医薬品での治療が必要となります。具体的には鉄のお薬を処方することになりますが、中には内服で気持ち悪くなってしまう人もいるので、そのような方には注射での治療の選択肢もあります。

まとめ

というわけで意外と恐い貧血というお話でした。皆さんもご存知のように鉄分は小松菜やほうれん草などの青菜類、また豆類にも豊富に含まれています。貧血になってしまうのは妊婦さんの宿命的な部分が大きいですが、皆さんも是非普段の食生活から意識してみてはいかがでしょうか?

1) Achebe MM, et al. Blood 2017 Feb 23: 129(8): 940-949

2) World Health Organization; 2001

3) Centers for Disease Control and Prevention. MMWR Recomm Rep. 1998; 47(RR-3): 1-29

4) Bothwell TH. Am J Clin Nutr. 2000 Jul; 72(1 Suppl): 257S-264S

5) 厚生労働省 鉄の食事摂取基準: https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0529-4aq.pdf

6) Ren A, et al. Int J Gynecol Obstet. 2007 Aug; 98(2): 124-8