出生前コンサルト小児科医について

こんにちは、副院長の石田です。

皆さんは出生前コンサルト小児科医をご存知でしょうか?NIPTを含む出生前診断の医学的な原理や、それらが内包する社会的・倫理的諸問題に精通し、ご家族の不安に寄り添うことができると日本小児科学会により認定された小児科医のことです。NIPTを提供する認証施設ではそのレベルによって出生前コンサルト小児科医が常駐、もしくは連携していることが必須とされており、当院でも外来処置室前に掲げられた認証証にその名前が掲載されています。そこで本日はこの件について少し解説していきたいと思います。

出生前コンサルト小児科医とは

晩婚・晩産化や未婚率の上昇などを背景とした合計特殊出生率の低下を受けてか、NIPTの需要は近年増加傾向にあります。それに伴いNIPTを提供する施設も増えており、以前と比べると希望する妊婦さんとご家族が検査を受けやすい環境になってきています。一方で検査が無秩序に拡大することは「染色体疾患を持つ胎児は中絶の対象である」との考えが固定化する危険をはらんでおり、ひいては染色体疾患を持つ当事者やその家族にとって生きづらい未来に繋がってしまう恐れがあります。しかしそういった風潮に対して意見を述べることは、当事者からすると心ない批判に晒されるリスクを伴うため、彼らの代弁者として染色体疾患をもつ子どもたちの生きる権利を主張するべく設けられたのが出生前コンサルト小児科医の制度なのです。

出生前コンサルト小児科医の役割

出生前コンサルト小児科医は基本的に遺伝カウンセリウングを行いませんし、NIPTを積極的に勧めることもありません。もちろん疾患が胎児に見つかった場合の中絶を真っ向から批判するわけでもありませんが、どちらかというと「中絶をしたくない、産んで育てたい」というご家族を全面的に支援することが彼らの役割です。出生前コンサルト小児科医は染色体疾患を持って生まれてくる子供とそのご家族は決して孤独ではないことをお伝えし、その上でどのように成長していくか、どのようなサポートが得られるかなどといった未来を、出生前検査を受ける・受けないに関わらず具体的にお示しすることができます。

まとめ

ややもすると営利目的で必要以上に出生前診断を患者さんに勧めるインセンティブが働きかねない検査施設において、そうならないように抑制する立場にあるのが出生前コンサルト小児科医であり、彼らと連携することは「常に生命倫理と誠心誠意向き合い続ける」という我々の意思表明でもあります。ご希望の患者さんにおかれましては小児科医との面談も可能ですので、スタッフまでお気軽にご相談ください。

参考文献
・山本俊至. 日医雑誌. 第154巻・第3号 / 2025年6月: 252
日本小児科学会. 出生前コンサルト小児科医

NIPTを早く受けることについて

こんにちは、副院長の石田です。

以前からこのブログでご紹介しているように、当院では認証施設としてご希望の患者さんに妊娠11〜12週前後でNIPTを提供しています。妊婦さんの採血だけで染色体異常について知ることができるこの検査を希望される方は多いですが、検査前の相談でよく聞かれるのが「結果を早く知りたいので検査ももう少し早くできますか?」という質問です。心情的になんとなく焦ってしまうのは理解できますが、果たして早く受けることはできるのか、そしてそれは本当に良いことなのか、今回は一緒に深掘ってみましょう。

そもそもなぜその週数で行うのか?

NIPTは胎盤(厳密にいうとこの週数では絨毛と呼ばれる組織ですが)の古くなって剥がれた細胞から妊婦さんの血流中に漏れ出てきたDNAの断片(cfDNA)を数えて病気の有無を調べる検査です。この胎児・胎盤由来のcfDNAが母体血中に占める割合を”fetal fraction”と呼びますが、正確な検査を行うためにはこれが十分に高いこと、具体的には少なくとも4%以上あることが大切です 1)2)。通常胎児・胎盤由来のcfDNAは早いと妊娠5週から、遅くても妊娠9週までには母体血中にみられるようになります 3)。そして妊娠10週以降になると概ね10〜20%のfetal fractionが得られるようになるためNIPTはその頃から行われるようになるんですね 2)4)5)。

早く受けることにメリットはあるのか?

色々と考え方はあると思うのですが、私個人としてはNIPTを早く受けるメリットはあまりないと考えています。検査精度のこともそうですが、NIPTは非確定検査と言ってそれ自体の陽性・陰性では診断が確定しません。例えばダウン症候群が陽性となっても、本当に21番染色体が3本あるかは絨毛検査や羊水検査を受けないと分からないんですね。そして多くの施設で提供されている羊水検査は妊娠16週頃にならないと受けられないので、結局そこまで待つことになります。たまに「早期NIPT」として妊娠6週頃よりNIPTを提供している施設がありますが、何かそれが可能になる新技術でもあるのかと文献を調べたり関係各所にヒアリングしてみたものの、今のところそういった事実は確認できませんでした。実際そうした施設のウェブサイトを確認すると「判定保留の場合は無料で再検査いたします」と書いてあり、もしかしたら従来のNIPTを早くにやっているだけなのかもしれません。「早くに分かれば内服薬による中絶を選択できる」とする意見も散見されますが、一般的にNIPTの結果だけで中絶を受けてくれる産婦人科はほとんど無いと思われます。

まとめ

本日はNIPTを受ける時期について解説いたしました。赤ちゃんのことを早く知りたい気持ちもあるとは思いますが、闇雲に焦るとかえってモヤモヤする時間が長くなったりとストレスが増えてしまう恐れもあります。日本の妊婦健診や出生前診断は必要な検査を適切な時期に受けられるよう配慮されていますので、慌てず一つひとつ進めていくようにしましょう。

参考文献
1) Lisa Hui, et al. Prenat Diagn. 2019 Dec 10;40(2):155-163.
2) Sanaz Mousavi, et al. BMC Pregnancy and Childbirth. 2022 Dec 8;22(1):918
3) Guibert J, et al. Hum Reprod. 2003;18(8):1733.
4) G Ashoor, et al. Ultrasound Obstet Gynecol. 2013 Jan;41(1):26-32.
5) Glenn E Palomaki, et al. Genet Med. 2011 Nov;13(11):913-20.

NIPTの検査機関と検査精度について

こんにちは、副院長の石田です。

当院は現在、日本医学会の出生前検査認証制度等運営委員会の認証を受けてNIPTを提供していますが、妊婦健診や検査前の遺伝カウンセリングでよく聞かれる質問の一つに「NIPTの検査精度って病院によって違いますか?」というものがあります。実はこれ、とても大事なことなので今回は本件について少し説明させていただこうと思います。

NIPTってどこで検査しているの?

一般的にNIPTは各医療施設でカウンセリングと採血を行ったのち、検査会社に血液サンプルを渡して行います。結果が出たらそれが病院に返送され、外来等で担当医から患者さんに報告するという仕組みになっており、院内で検査をしているわけではないんですね。つまり厳密に言うと検査精度は「どの病院を受診するか」というよりは「どの検査会社が行うか」によることになります。

病院はどんな検査会社と契約しているの?

あまり知られていませんが、NIPTの認証制度は病院や診療所などの医療施設だけでなく、検査会社の方にもあります。同じく出生前認証制度等運営委員会により認証された検査会社を「認証検査分析機関」と呼びますが、認証施設はほぼ間違いなく認証検査分析機関と契約しているため検査の質が保証されているんですね。逆に認証検査分析機関は非認証施設に検査を提供すると「委員会認証検査分析機関剥奪」につながる恐れがあります。そのため非認証施設は同様に認証を受けていない検査会社と契約していることがほとんどですので、そこで行われている検査の質が高いか低いかは分からないということになります。

まとめ

もちろん「非認証施設の検査は質が低い」と言ってしまうのは暴論ですが、少なくとも認証施設の検査は安心して受けていただけますよというお話でした。NIPTをお考えの妊婦さんとそのご家族におかれましては、そのほかにも気になることがあればスルーしてしまうのではなく、遠慮なくかかりつけの主治医に相談しましょう。

3種のPGT(概論)

PGT(Preimplantation Genetic Testing)とは

体外受精や顕微授精によって得られた胚(受精卵)の細胞を一部取り出して染色体や遺伝子の解析をし、将来的に生まれてくる子の遺伝情報を調べる検査のことです。いわゆる「着床前検査」をさします。

*体外受精と顕微受精について

・体外受精(conventional IVF):卵子が入った培養液に精子を入れて受精成立を期待する方法です。

・顕微受精(ICSI: IntraCytoplasmic Sperm Injection):男性不妊により、体外受精では受精成立しない場合などに行います。卵細胞質内に精子を注入します。

PGTは3つの種類があり、それぞれ検査で分かることが異なります。

・PGT-A(Aneuploidy):染色体数の過不足をみる

・PGT-SR(Structural Rearrangement):不均衡型転座などの有無をみる

・PGT-M(Monogenic disorder):単一遺伝子病の有無をみる

PGTに関する細則

日本産婦人科学会から2022年1月に見解・細則が示されました。

PGT-Aの実施において、遺伝カウンセリングに特別な資格要件がありません(遺伝カウンセリングは必要です)。最近は不妊治療を行う施設で主に反復流産の既往をもつ夫婦に対し、妊娠率を上げる事を目的に行われ、その後妊娠され当院へ紹介となるケースも増えてきました。

PGT-Mは臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングのうえ日本産科婦人科会への個別審査・申請と承認の後に検査を実施することが義務付けられています。

PGT-SRも臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが必要となります。

参考;

東邦大学大森病院リプロダクションセンターHP https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/repro_f/patient/pgt/

執筆 院長

染色体の分離と不分離

減数分裂はなぜ必要なのか?

ヒトの細胞の中は、常染色体として相同染色体(母由来と父由来のゲノムが2本で1セット)が22組とXXまたはXY染色体が入っており、計46本の染色体で成り立っています。これをそのままコピーしてしまうと、誕生する子の染色体数は精子の46本と卵子の46本を合わせて92本になってしまいます。したがって、生殖細胞は2回分裂することによって、細胞1個あたりの染色体数を23本 に半減させるのです。これを「減数分裂」と言います。

相同染色体は第一減数分裂で(同じ)染色体同士が対合(たいごう)した後に分離され、さらに第二減数分裂でも二価染色体が分離され、配偶子(卵子、精子)が作られます。

胎生期(母親のお腹にいる間)に胎児卵巣内での細胞の減数分裂は始まっており、第一減数分裂の前期で一旦停止します。思春期に排卵周期が開始されてから第一減数分裂が再開されます(女性は実に10数年減数分裂が停止していることになります)。

一方、精子形成においての第一・第二減数分裂は思春期以降に続いて行われます。

母体年齢が上昇すると、受精可能な卵子形成時の染色体不分離の頻度が増加する

生殖細胞のストック数は出生時に既に決定され、その後増えることはありません。女性が一生で排卵する卵子は400 〜500個とされています。受精できる卵子は排卵時に原則1つ作られるので、年齢を重ねるごとにその時排卵される卵子は減数分裂の停止期間が長くなっていきます。これが染色体の不分離を起こしやすくなり、ひいては高年妊娠でダウン症候群(21トリソミー)の発生率が高くなる理由となります。

第一減数分裂での染色体の形成が、のちの配偶子形成に左右される

生殖細胞は通常、第一減数分裂で2価染色体を形成しますが、

ロバートソン転座保因者は3価染色体を形成し、その後の配偶子形成、そして受精で21トリソミーが起こる可能性があります。

均衡型相互転座保因者の第一減数分裂では、転座に関わる染色体2本とそれらに対応する正常染色体2本の相同部位が対合して4価染色体を形成(2種類の染色体での転座のため)し、特に11番染色体と22番染色体の転座・派生染色体を持つ場合はエマヌエル症候群が起こる可能性があります。

*4価染色体が分離する時は大きく3通りあり(3価染色体の分離は大きく2通り)、中でも染色体の量がバランスよく分配されたものであれば、児は保因者の片親と同じ均衡型相互転座を引き継いだ状態となる、と言うことができます。

執筆 院長