妊娠中の休業についてよくある誤解

こんにちは、副院長の石田です。

さて、産婦人科医をやっていると「妊娠してから出勤や勤務が大変なので仕事を休みたいです。人事に相談したら、医者から診断書を出してもらったら休めると言われました。書いてもらえますか?」と相談されることがしばしばあります。話を深掘りしていくと、ご本人や勤務先は傷病手当金を取得しての休業を考えていらっしゃることが多いのですが、結論から言うとご協力できないことが少なくありません。ここには妊婦さんご本人だけでなく、意外とお勤め先の人事責任者も含めて制度への誤解があるのではないかと感じたので、本日はこの件について少し解説させていただこうと思います。

診断書や傷病手当金とはどういうものか

傷病手当金とは、病気やケガを原因に会社を休むために十分な給与が受けられないときに、加入している健康保険から生活を保障するために支給されるお金のことで、健康保険法第九十九条に定められています 1)。原資は加入者から集められた保険金であり、法に則った厳正な審査のもとに支給が決定します。そのため診断書の内容に疑義が生じた場合は、保険の運営側から申請書を記載した医師にかなり細かい問い合わせが来ます。
以上のことから妊娠悪阻や切迫早産などの明確な労働不能と判断されるような医学的理由が無く、「妊娠している」「仕事がつらい」だけではこれらの書類を出すことはできません。それでも無理に医師が診断書や傷病手当金申請書を記載・発行した場合は医師・患者双方とも刑事/民事責任および行政処分の対象となる可能性もあるため、皆さんが妊娠した体で出勤し働くのが大変なのは理解しつつも、制度上の要件として客観的な評価が必要ということになります。

でも、つらいもんはつらい

医学的に働けるかどうかと、ご本人がしんどい思いをしているかどうかはしばしば折り合わないことがあります。我々としても目の前の苦しんでいる患者さんに対して本当に歯がゆい気持ちになるのですが、そういう場合は「フルで働くか休むか」という二択ではなく、出勤時刻をずらす、休憩を増やす、勤務内容を軽くする、勤務時間を減らすなどの、間をとるような対策であれば比較的ご協力しやすいことが多いです。また、比較的目にするのは「職場のマタハラによって心身の不調をきたしている」というパターンです。そう聞くと「そんな仕事、むしろさっさと辞めた方がいいでしょ」って思われる方も少なくありませんが、実際には辞めてしまうと家計や上のお子さんの保育園などの面で苦しくなってしまうご家庭もあるため、問題はそれほど簡単ではありません。確かにそういうケースでは早く休めるようにしてあげた方がよいことも多いですが、それでも切迫早産など虚偽の診断で書類を作成することは適切ではなく、飽くまで病態を正しく評価することが肝心です。例えばマタハラにより抑うつや強い不安、不眠や動悸などの症状が出ている場合は精神症状として評価が可能かもしませんので、心療内科や精神科に受診していただくのがよいです。その際には必要に応じて、かかりつけの産科から紹介状などを出してもらいましょう。

まとめ

本日は医師が発行する妊娠中の診断書について解説させていただきました。基本的に産科医は制度の厳正さを理解しつつも、可能な範囲内で妊婦さんやそのご家族にできるだけ寄り添おうとしています。ただ、それでも「書類発行は難しい」と判断する場合にはそれだけの理由があるのだとご理解いただけると幸いです。とはいえ上記のように、状況次第では別の方法で力になれることもありますので、お困りの際には遠慮なくご相談いただければと思います。

参考文献
1) https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070

乳幼児突然死症候群(SIDS)について

こんにちは、副院長の石田です。

睡眠中の赤ちゃんがなんの前触れもなく亡くなってしまう乳幼児突然死症候群という病気があります。感染症や窒息などが原因で赤ちゃんが急に亡くなってしまうことはあるのですが、それらとは異なり全く原因不明の突然死として区別されています。令和6年には1歳未満のお子さんが50人以上もSIDSで亡くなっており、乳児死亡の原因として上位にランクインしています 1)2)。あまり悲しい話題を取り上げて皆さんを怖がらせたくはないのですが、外来で話していると結構誤解もありそうだなと感じることが多いので、本日はSIDSについて少し解説してみたいと思います。

SIDSの基礎知識

乳幼児突然死症候群(SIDS)は日本では6000〜7000人に1人が発症するとされています。上記の通り、乳幼児突然死症候群(SIDS)は原因がはっきり分かっていませんが、なぜか12月以降の寒い時期に多いことが知られており、そのためこども家庭庁では11月を対策強化月間として普及活動と啓発に力を入れています。リスク因子としてうつ伏せ寝や親の喫煙が知られているほか、男の子の方がややなりやすいことを示す研究も存在しています 3)。特徴的なのはSIDSの80%以上が生後半年までに起こり、その中でも生後2〜4ヶ月が最も多いということです 4)。

SIDSにならないためにできること

上記の通り、うつ伏せ寝や喫煙が大きなリスク因子となっているため仰向けで寝かせることや家族は禁煙することが望まれます。特に仰向け寝の効果は絶大で、実際にそれが推奨されるようになった1990年代にはSIDSの件数が世界各国で劇的に減少しました 5)。タバコに関しては生まれてからの受動喫煙もそうですが、妊娠中の喫煙が最も悪いことが知られているため、可能な限り早くにやめていただくことが肝心です 6)。そのほか、柔らかすぎるベッドや親と一緒のベッドでは寝ないことや、枕(頭の形を矯正するためのドーナツ枕を含む)を使わないことも提唱されています 7)。一方で先日のブログでもお伝えしたように入眠時におしゃぶりを咥えさせることはSIDSから赤ちゃんを守る効果があるかもと考えられています。母乳育児はSIDSの発症率を低下させることが知られているので、感染症や持病などの事情が無い場合は是非授乳を頑張ってみてください。

まとめ

本日は乳幼児突然死症候群(SIDS)について解説しました。せっかく産まれてきた赤ちゃんが早々に亡くなってしまうのはとてもつらいことです。完全に防ぐことは難しいですが、一方でご家庭でできる予防法がありますので可能な範囲で取り組んでいただけると良いと思います。そのほかいくつか細かい注意点もありますので、気になる方はかかりつけの産婦人科や小児科で相談してみてください。

参考文献
1) こども家庭庁. 赤ちゃんが安全に眠れるように ~1歳未満の赤ちゃんを育てるみなさまへ~
2) 政府広報オンライン. 赤ちゃんの原因不明の突然死 「SIDS」の発症リスクを低くする3つのポイント
3) RG Carpenter Lancet. 2004 Jan 17;363(9404):185-91
4) Shapiro-Mendoza CK, et al. SIDS Sudden Infant and Early Childhood Death: The Past, the Present and the Future. Adelaide (AU): University of Adelaide Press; 2018 May. Chapter 13
5) Rachel Y Moon, et al. Pediatrics. 2022 Jul 1;150(1):e2022057990.
6) Tatiana M Anderson, et al. Pediatrics. 2019 Apr;143(4):e20183325.
7) Carri Cottengim, et al. Matern Child Health J. 2020 Feb;24(2):222–228.

肩甲難産の対処(アップデート版)

肩甲難産とは、児頭娩出後に胎児の肩甲が娩出されない状態を指します。典型的な徴候として「タートルサイン」、すなわち児の顔や頭が会陰に引っ込む現象が見られることがあります。診断・定義として

・児頭娩出から体幹娩出までに時間が60秒以上(5分以上経過すると児のアシドーシスのリスクが高まる)

・娩出のために何らかの補助的な産科手技を必要とする

状況です。

昨日当院で主催した周産期救急の教育コースの”ALSO”(Advanced Life Support in Obstetrics)プログラムでは、肩甲難産の対応手順を教育するために、長年「HELPERR」という対処方法の語呂合わせが用いられてきました。

ALSO先駆けのアメリカで、2020年には「HELPER4」が導入され、最後の「R4」は肩甲難産解除のための複数の手技を含んでいます。

手技自体に変わりはないのですが、中でも後在の腕の娩出(Removal of the posterior arm)が最も有効な内診手技であることを示唆するデータによって、従来の「HELPERR」よりこの手技の重要性を強調されています。ただし、すべての症例で安全に実施できるわけではありません。

そのため、「HELPER4」では医師(および助産師)が状況を評価しながら、複数の手技の中から適切な方法を選択できるようになっています。

H: call for Help early

E: Evaluate and Explain

L: Leges(McRoberts法)

P: Pressure

E: Enter± Episiotomy

R4;

R1: Removal of the posterior arm

R2: Rotatory internal maneuvers(腟内手技)

R3: Roll the patient

R4: Repeat

後方腕娩出法が最も有効というエビデンスはあるが、それだけに固執せず、状況に応じて複数の解除法を選択することがHELPER4の目的なのです。

執筆 院長

子宮頸がん検診が今年も始まりました

こんにちは、副院長の石田です。

無事に今年も6月を迎え、にしじまクリニックが担当する富士見市、ふじみ野市、三芳町では子宮頸がん検診の季節となりました。この時期になると毎回「子宮頸がん検診を受けましょう!」というブログを書くのですが、今年ももちろん書かせていただきます。

さて、「がんは早期発見が大事!」とか言われるとなんかそんな気がしますよね。がんがまだ小さい時期に見つけられて、手術とかできれいに取りきれれば治りやすいんじゃないかと誰でも思うはずです。ただ、コトはそれほど単純ではありません。というのも、定期検査をすることで早期発見と予後の改善が達成できるようになるためには、次の3つの条件を満たす必要があります。

1)がんの悪性度が高すぎない
当事者の方もいらっしゃるので具体的な病名は避けますが、世の中には「そのがんになった時点でかなり厳しい」というような、進行が速く治療が効きにくいがんというものが存在します。そのような病気の場合、そもそも早期発見したところで治すのが極めて難しいため、定期検査をする意味がほとんどないわけです。

2)がんの悪性度が低すぎない
逆に、組織学的には悪性腫瘍に分類されるけど、そもそも進行がとても遅い(下手するとがんの進行より先に寿命を迎えることもある)、あるいは治療がとてもよく効くというがんも存在します。その場合もやはり早期発見にあまり意味はなく、特徴的な症状が出た段階でちゃんと検査を受けて診断できればOKということになります。

3)早期発見のための正確で低侵襲な検査がある
究極的には、がんを発見するには肉眼で見たり手で触ってみるのが一番かもしれません。でも、がんを早期発見するために毎年全身麻酔をかけながら頭蓋骨や腹腔を切り開いて中を触りながら確認するのは、患者さんの体への負担が大きすぎて現実的ではないですよね。患者さんの身体的な苦痛がほとんど無く簡便で、しかもがんがあるときに正確に見つけられるような検査がないと意味がないわけです。

下手すると1000種類以上あるとされるがんの中で、これらの条件を満たすのは残念ながらほとんど存在しませんが、その数少ない例外の一つが子宮頸がんなのです。子宮頸がんは正常細胞が年単位の時間をかけてゆっくりがん細胞に変化していきます。本格的ながんになってしまうと治療がとても大変なのですが、一方でがんになりきる前に見つけられると、比較的簡単な治療で完治させることが可能です。加えて検査自体は子宮の出口をブラシで擦るだけという簡便さでありながらそれなりの精度を備えているため、定期的に受けていただくことでメリットが得られやすいのが特徴です。

ということでいかがでしたでしょうか?定期的な子宮頸がん検診、お勧めです。当院の地域では、今年は奇数月生まれの20歳以上の女性を対象に11月までお受けしています。生理痛や更年期障害など、別の症状で受診された方でも通常診療と一緒に検査することも可能ですので、もしご希望の場合には受付で是非お声掛けください。

オーバートリアージを許容できる診療体制

患者さんが急変したと思った時、第一印象で重症かどうかを判断するのは緊張下のなか大変な事です。

救急医療や災害医療では、アンダートリアージ(重症患者を「軽症」と誤判定すること)が患者の生命予後に与える影響が大きいため、ある程度のオーバートリアージは許容されます。これは妊婦の蘇生を含めた周産期救急にもあてはまります。

災害下の患者重症度を判定するトリアージでは、オーバートリアージ率はある程度高いのです。例えば米国の救急医療ではオーバートリアージ率30〜50%を許容し、一方アンダートリアージ率を5%未満に抑えることが目標とされています。

以上、オーバートリアージを許容できる周産期救急における診療体制は産婦さんにとっても大切となりますが、チーム医療としてこの体制を構築できるかが重要です。

オーバートリアージを許容できる条件

・チームスタッフが緊急の状態に対するアルゴリズムを理解している。学習し知識を得て、事前にシミュレーションを繰り返し行なっておくべきです。これらが浅はかだと、何でもオーバートリアージを行なってしまい本来の意義を見失ってしまいます。

・結果オーバートリアージであったとしても、判断したスタッフに過失を求めない。

・オーバートリアージを受け入れるマインドを持っていること。これは前術のアルゴリズムがスタッフに浸透すればする程深まると考えています。

オーバートリアージを許容できる診療体制とは、

重症患者の見逃しを防ぐため、多少の過大評価による資源と気持ちの余剰を受け入れられるだけの人員・設備・教育を備えた診療体制なのです。

執筆 院長